魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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今果心の呟き

 学校での報告をして悠元は帰宅の途に就いたが、その折に達也からメールが来て「事情聴取に時間が掛かる」と連絡を受けた。多分19時前後になるだろう、とのこと。

 そうなると夕食を作っても時間が余り過ぎると思い、悠元は久々に九重寺へ出向くと、いつもならば偽った気配を読んで八雲辺りが出張ってきそうなのに、今日は上段の弟子の一人が出迎えた。

 

「神楽坂殿、これはどうも」

「おや、珍しいですね。八雲和尚は留守でしょうか?」

「いえ、今接客をしておりまして」

 

 珍しいこともあるが、そもそも古式魔法師の間で八雲は『果心居士(かしんこじ)の再来』あるいは『今果心(いまかしん)』とまで謳われる御仁。本人は「世捨て人」と自称しながらもあらゆる伝手を有し、彼を知る人間がこの寺を訪ねることも少なくない。尤も、彼に見合う報酬を支払えるかはその人次第だろうが。

 その八雲が来客を受け入れているとなれば、かなり限定されてくる。それこそ『護人』か『元老院』クラス、その口利きを受けたものぐらいだろう。

 

 そんな風に悠元が考え込んでいると、寺の奥から歩いている人物が一人。歳こそ取っているのが風貌にも見て取れるが、それでも偉丈夫の面影を残すスーツ姿の男性。そして一際目を引くのが白く濁った左目を隠そうともせずに堂々たる足取りを向けるもの。

 『元老院』の四大老の一角、青波(せいは)入道もとい東道青波その人であった。青波も悠元の姿に気付き、近付いて足を止めて頭を下げた。

 

「これは神楽坂殿。よもやこの場所で会うとは思わなんだ。聞けば襲撃に遭ったと聞いたが……其方に限って怪我など有り得ぬだろうがな」

「これは御謙遜を、東道殿。私とて不意を突かれれば怪我ぐらいは致します」

「そうか……八雲の茶は何時も上達せぬな。では、私はこれで」

 

 愚痴気味に八雲の淹れた茶の感想を零すあたり、八雲のことを信用できないというか、弱みを握られたくないと思っているのだろう。八雲が『九頭龍』の長であることも大きいと思うが。

 改めて弟子の案内で庫裏ではなく本堂の奥の間に通された悠元を待っていたのは、茶の間を意識したようなセッティングをして待っていた八雲だった。

 

「おや、今日は四大老の方々が態々不味い茶を飲みに参られたのかな?」

「皮肉はよしてください、九重先生」

「冗談だよ、悠元君。何にせよ、まずは一杯点てよう」

 

 そうして八雲は丁寧に点てた茶を悠元に差し出し、悠元は一応礼儀作法に従って茶を飲んだ。これでいて「不味い」と言える辺りは東道青波の性格やら八雲への心情があるのかもしれないが。

 

「結構なお手前で。美味しいです」

「そうか、そうか。いやはや、流石に上司である君の前で不味い物なんて飲ませたら、君の母や剛三殿に拳骨を食らいかねないからね」

 

 茶の礼儀作法は千姫から学んだものらしく、神楽坂家は魔法以外にも茶道や華道などの文化的な作法や技術の継承にも力を入れている。悠元は男性ながら一応学んでおり、本妻となる深雪もその作法などを学ぶことになる。

 それはともかく、悠元は胡坐をかいた上で八雲と相対した。

 

「先程東道殿と会いました。何か依頼を受けたのですか?」

「依頼というか、達也君の補助をして欲しいと頼まれてね。彼が不都合な状況に陥らないようにして欲しい、ということらしい」

「……言い方は悪くなりますが、あの人は馬鹿ですか?」

 

 悠元がそう言い放ったのは単純明快で、既にエドワード・クラークが達也の素性を知りえた以上、何らかの動きをUSNAを介する形でアクションを起こすのは明白。それだけでなく、彼が『エシェロンⅢ』を介してイギリスや新ソ連を突くことだって予想される。

 ここまでのことを知らないのは無理ないとしても、『パラサイト事件』の折に達也は戦略級魔法師としての容疑をUSNA軍に掛けられ、その始末として『スターズ』までもが動いていた。これを一過性と考えることの方が愚かとしか言いようがない。

 

「達也君がその状況に既に陥っていると?」

「正確に言えば、USNAの国家科学局のエージェントことエドワード・クラークは達也が戦略級魔法『質量爆散(マテリアル・バースト)』の使い手であることを認識しており、今回の一件はその下準備として顧傑を利用しています。彼が追跡を逃れるために用いていたハッキングツールの出所はUSNAの通信傍受システムなので」

「……閣下はそのことを知らないように思えたから、まだ楽観視するようなことを述べたという訳か」

 

 悠元から放たれた事実に、八雲は真剣な表情をしつつも頭を掻くような仕草を見せた。八雲も忍術使いとして情報収集に自信はあるが、現当主である悠元の情報収集能力には度肝を抜くほどだった。尤も、悠元は自身に関わりがない限り国外にリソースを振り分けており、国内のリソースは『九頭龍』などの専門職に放り投げている。

 

「そして、水面下ではオーストラリアと大亜連合も密かに動いています。そこで、九重先生にお願いしたいのは沼津にある顧傑が乗ってきた貨物船を平塚の新港に移動させてほしいのです」

「それぐらいはお安い御用だけど、顧傑の乗ってきた足を平塚に運ぶのはどうしてだい?」

「ああ、それなんですが……顧傑の棺桶になってもらうつもりです」

「ん? 一体どういうことなのか、説明してくれるかい?」

 

 八雲からすれば、青波から聞いた話―――顧傑をこの国から追い出すのに手を貸してほしい―――という趣も当然理解している。だが、悠元が頼んだことは一歩違えば顧傑の逃亡を手助けすることとなる。八雲の疑問も尤もである、と思いながら悠元は説明を始める。

 

「顧傑が海上に逃げて、公海上に出たところでUSNA軍が出張ってくるのは目に見えています。いや、彼の逃亡を阻止しようとする十師族の実働部隊すら妨害するのも想定の内です。なら、味方と敵の思惑双方を根底から邪魔してやろうと思いまして」

「……成程、顧傑に化けて敵の目論見を欺くという訳だね。その間に貨物船で顧傑を国外へ出せば、日本に出張っているUSNA軍はこれ以上手が出せなくなる訳だ」

 

 当初、USNA軍の攻撃の直前で介入して面子を潰してやろうと考えていた。だが、正直エドワード・クラークの一件でも腹が立っていたことから、思い切ってUSNAの目論見を根底から潰すため、悠元は顧傑の姿に偽って彼らの目論見が成功しかけたところで姿を明かし、直接交渉する方針にした。

 元々考えていた方針に少し脚色した程度だが、別段困ることはない。

 

「まあ、どちらにせよ顧傑はUSNAに引き取らせます。大漢の難民ネットワークを放置し続けた責任は大きいですし、向こうは向こうでスキャンダルものですし」

「手厳しい事を言うものだね」

「元は向こうの身から出た錆です。その錆落としをこの国でやらせようとした報いと受け取ってもらいます」

 

 そのため、今夜は夕食を作った後、達也の帰りを待って一気に行動を起こす。今回の作戦には実働部隊の誰かに協力してもらう必要があり、その中で一番適任である達也を引き込む必要がある。

 なお、逃げるパフォーマンスをする際、事のついでに顧傑の関係者を処分させる腹積もりでいる。実働部隊に負担を強いる形となるが、この国を少しでも良くするための“仕事”だと割り切って欲しい。

 

「そして、肝心の顧傑の代わりですが……爺さんに担ってもらいます」

「それは構わないけど、本人の許可は得ているのかい?」

「ええ。その代わりとして今夜仕掛けることになりましたが」

 

 顧傑に成り代わるとすれば、割と体格が近い人間が良いと考えた。剛三の方が体格的にがっちりしているが、この辺は魔法で誤魔化せば行けると踏んでいる。これを想定して魔法を付与する古代の方法を再現したりはしたが、まさか本当に使うことになるとは思ってもみなかったのが本音だ。剛三も最初は難色を示したが、USNAに一泡吹かせるためといわれれば引き受ける他なかった。

 

「……十師族は今回の逮捕劇に大きく貢献した、ということで政府と警察から発表させます。その後の法律関連の仕事で手を抜くようならば、尻にダイナマイトでも仕掛けるつもりです」

「比喩だとは思うけど、君が言うと信憑性が出て来そうで怖いね」

 

 平気で人を欺くような忍術使い(しょくぎょう)の人に言われたくはないが、悠元は新たに点てられた茶を飲み干した上で静かに立ち上がった。

 

「それでは、顧傑が乗ってきた貨物船の方は任せました」

「確かに引き受けたよ。君も若いのに大変だね」

「……流石に文句の一つぐらいは言いたいですがね」

 

 別に好き好んでこの役割を引き受けたわけではない。転生しても苦労を自ら買ってしまっている部分は性分なのかもしれないが、本来大人たちが正すべき部分を直さなかったことに起因する。既得権益を守りたい保守的思想は分からなくもないが、魔法という存在が世の中に出ている以上、それに即した体制作りは避けられないものとなってしまった。

 悠元が出て行ったあと、八雲は苦笑にも似た表情を見せていた。

 

「やれやれ、あの歳で神楽坂の名を背負うだなんて、僕ならとうに逃げ出しているね」

 

 八雲からすれば、達也ならばまだしも悠元の存在を初めて認識した時は冷や汗が止まらなかった。達也はまだ敵対さえしなければ穏便に済むだろうが、悠元の場合は敵対せずとも利敵行為に走った段階で切ることを躊躇わない。この辺は実の祖父である剛三譲りなのだろう。

 USNAの一部が達也を敵視している以上、悠元がUSNAに対しての態度を崩さないことは明白で、しかも魔法以外の社会的・経済的手段を用いて相手を締め上げている。

 

 いくら米軍が強大でも、それを裏打ちするだけの大衆の支持を得た大統領を抑えられては下手に動けなくなる。それを見越した上で動ける悠元に八雲は感嘆にも似た呟きを漏らしたのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 悠元が司波家に戻ったのは16時ぐらいであった。そして、悠元は手早く着替えて『ドレッドノート』を駆って第一高校に向かった。目的は達也らの私物の回収であった。元々車両乗り入れの許可証は出している(家の都合でどうしても緊急の交通手段を用いるため、という目的で申請している)ため、特に呼び止められることもなかった。

 すると、悠元を出迎えるように燈也とエリカが立っていた。

 

「お、早かったじゃない。はい、深雪と水波の私物よ」

「こっちが達也の私物になります。しかし、かなり高そうなバイクですね」

「まあ、物が物だからな……二人とも、ちょっと耳を貸してくれ」

 

 悠元は後部座席のアタッシュケースに私物の入った袋を丁重に入れた後、悠元はヘルメットを外した上で二人を近くによらせ、小声で話す。

 

「今夜、テロリストの拘束に動くことになる。十文字先輩や将輝には達也経由で話す様にしておくが」

「……まあ、どうやって特定したのかは聞かないけど、兄貴に話した方がいい?」

「できれば直接口頭で伝えてくれ。今回の一件はUSNAも絡んでいるからな」

「USNAって……あの国はこの国を貶めたいのでしょうか?」

 

 悠元の言葉を聞いて燈也がそうぼやくのも無理はないが、その原因が人間主義者にあるということは今の時点で伝えるわけにはいかない。事の次第が全て片付いてからになるだろう。

 

「まあ、詳しい事情は今のところ何も言えん。燈也はこのまま十文字先輩の指揮で動いてくれ。必要ならレオや幹比古にも声を掛けるつもりだ」

「うーん……そうですね、万全を期すならレオの防御力は先輩に劣りませんし、自分から声を掛けます。エリカもいいですか?」

「ま、アイツの頑丈さはあたしが良く知ってるからね。対魔法師用のハイパワーライフルの弾丸すら“潰す”なんて人間業じゃないし」

 

 レオの防御力向上の訓練は続けられており、現状では極音速ミサイルですら無効化出来るほどの防御力を獲得している。その反面という形でエリカや夕姫に押しかけられているのは否定できない事実だが。

 

「分かった。そしたら今日の22時、平塚の新港で合流ということで」

「オッケー。でも、いいの?」

「今回は国防軍が大っぴらに動かない以上、警察に頑張ってもらうしかないからな」

 

 エリカが懸念していることも理解するが、今回は警察の矜持を回復させる意味で必要なことだ。それに、国防軍は別口で動いてもらうため、顧傑の捕縛は専ら十師族の実働部隊に任せる事になる。

 尤も、ここにはもう一手切り札(カード)を加える形となることは殆どの人間に言っていない。そのカードは、使い方を変えれば立派な“軍事力”となるためであった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 達也らの私物を持ち帰って各々の部屋に置いて来たところで達也からメールがあり、聴取の合間に顧傑へマーカーを撃ち込んだと報告があった。口頭での連絡にしなかったのは、USNA軍が顧傑の動きを把握している為だったという旨も添えられていた。

 帰宅は19時ぐらいになるということで、悠元は夕食でも作ろうかと思案したところで端末の着信音が鳴り、悠元はそのまま通話ボタンを押した。

 

「もしもし、神楽坂ですが」

『あ、悠元。今はまだ学校?』

「いや、家に帰ってたよ。それで姉さんはどうして連絡を?」

 

 電話を掛けてきたのは美嘉だった。襲撃のことは少なくとも耳にしているだろうが、そのことを聞くまでもなく美嘉は本題を切り出した。

 

『今日、そっちの方で襲撃があったって聞いてね。それで、かっちゃん―――十文字家の当主が達也君たちを招きたいと提案したの。その席に悠元も同席させたいことも』

 

 十文字家は警察関係にも伝手がある為、そのラインで情報を得たのかもしれない。今回の襲撃がテロ事件の後に起きており、双方とも魔法師を狙った事件となれば事情を聞きたいと思うのは無理もないだろう。

 

「それは構わないけど、居候先にいる桜井さんを一人残すわけにはいかない。どうにか出来ないか?」

『水波ちゃんね……じゃあ、一緒に連れてきたら? その子も当事者なんでしょ?』

 

 美嘉は水波が一人となったところで襲撃されるぐらいなら、対処できる人間が傍に居る形で同行させた方がいいと踏んだ。どうせ一人ぐらい増えても問題ないとしたので、悠元は了承の旨を伝えた。

 美嘉との通話を終えて達也の端末にメールを送ったところ、十文字家当主の招きとなれば無視も出来ない、ということで「了解した」と返信が来た。それが17時過ぎ頃のことで、達也らが帰ってきたのは予定よりも1時間早い18時だった。送迎に関しては寿和と稲垣がしてくれたらしい。

 本来の時間よりも早かったのは、今回は警察官の現行犯の取り押さえという部分が大きく、一部始終を複数の私服警官が見ていたというのも大きい。なので、深雪らが聞かれたのは事件の事実確認だけで済んだ形となる。

 達也らを労いつつも、克人の招きもあって失礼のない程度にフォーマルな恰好をしていくこととなった。尤も、悠元の場合は神楽坂家当主としての立場もある為、ノーネクタイのスーツ姿に着替えた。

 


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