魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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『白』の関わり

 ケーキを食べ終えたところで本題に入ることとした。それは昼間の会話に出たブランシュの情報だ。

 

「反魔法国際政治団体ブランシュ。奴らは表向き市民運動を標榜しているが、その実態は立派なテロリストだ」

 

 非人道的な政治テロを手段としているのに“市民活動”とはこれ如何に、とツッコミを入れたくなる。

 

「でも、なぜ一高の生徒にエガリテの構成員が……反魔法派は魔法を否定したいのではないのですか?」

「彼らはそう言っておきながら、表立っては魔法を否定していない。彼らは『社会的差別の撤廃』……では、差別とは何か」

 

 彼らは魔法師の平均所得に触れて平等という名の格差是正を訴えている。魔法師が魔法で収入を得るのは不公平だ、というのが彼らの唱える主張。

 

「そんなこと言ったら、魔法を使わずにプロフェッショナルの職業に就いている人まで追及しないとバランスが取れないんだがな。魔法という『見えざる力』に囚われ過ぎて視野が狭くなっている」

「確かに悠元の言い分も解る。結局は方便が大事なのだから……彼らにとっての都合のいい『平等』を唱えるために他人を騙し、時には自分をも騙すためのな」

 

 一流のアスリートだって始めからスポーツが上手だったわけではない。

 アーティストだって始めから自分の才覚や技術を使いこなせていたわけではない。

 魔法師だって膨大な量の理論や知識を叩き込み、魔法を研鑽していくために長い時間をかける必要がある。どの職業でも知識や経験の積み重ねが必要であり、とりわけ魔法師の場合は高度な技術を要求されることが多い。

 彼らの主張は魔法師も機械と同じように画一的な性能を出せる、という風に考えているとしか思えない部分があるのは確か。

 

「……魔法から離れたくはないが、一人前に見られないことに耐えられない。第一線で活躍している人間はそれに見合うだけの時間を努力として積み重ねている事実に目を背ける。いや、言葉は悪いが劣っていると決めつけて現実から逃げている、というべきかな」

「容赦のない返しだな、悠元。だが、その弱さは解らなくもない。俺の中にもそういう気持ちは確かにある」

「何を仰っているのですか! お兄様には誰にも真似できない才能があります! それに、誰にも負けないように何十倍の努力を積み重ねてきたではありませんか!」

 

 普通と違う魔法師だからこそ、達也の心境は紛れもなく本物だろう。深雪はそれに対して達也の特殊性と努力を主張する。彼はそれを肯定した上で、そうでなければ連中のような甘い言葉に乗せられていただろうとも呟く。

 

「魔法が使えない者、魔法の才能に劣った者。彼らが主張する先に望むものとは……」

「この国を魔法の廃れた国にしたい、ということでしょうか?」

「それで利益を得るのが誰かとなれば……凡その察しはつく。気が付かないわけじゃないだろ?」

 

 この国は周囲を大国に囲まれながらも主権国家としての体を成している。その根底にあるのは戦略級魔法という存在が重要なファクターを担っている。

 ブランシュと昨今の魔法師排斥運動……ただ、この国に関してはかなり緩い報道に止まっているが、それでも魔法師としての力を奪おうとする連中の存在が確かにいる。表向きは友好を唱えながらも、裏では虎視眈々と力を削ごうとする……それを十師族が放置するはずもない。いや、放置などしてはいけないのだ。

 

「さて、こっから本題だな……俺の実家である三矢家は既に動いてる。エガリテのメンバーに襲撃を受けたから、名分は成り立つ。そして三矢家から日本魔法協会を経由する形で七草家と十文字家にブランシュへの策を講じてもらう形とした」

「……叔母様やお母様は、そのことを?」

「無論知っている、というか連絡済だ。今回については双方も納得して貰えたから、四葉が動くことにはならんだろう……というか、そんな事態になる前に上泉家が大きく動きかねない」

 

 今回、四葉家には別件で動いてもらうことを“助言”という体で要請している。その為に『八咫鏡(ヤタノカガミ)』から数ランクは落ちるが、エシェロンⅢおよびフリズスキャルヴを視野に入れた暗号通信・情報収集・傍受をするための電子系干渉魔法『精霊の鏡(カーヴァンクル)』を提供することに決めた。これは国防軍にいる知り合いに渡したものとは別の術式で、術式自体の干渉強度は『精霊の鏡』が上になる。

 それを渡す人間はかなり厳選し、現時点では真夜と深夜、そして元の三人だけに止める(個人認証のセキュリティも兼ねた暗号化・専用化処理を行う)。その際にフリズスキャルヴでの情報検索はあまりお勧めしないような感じを匂わせる文面にした。彼女ならその程度の芸当ぐらいはできるだろうという期待を持ってのことだ。

 

「まあ、達也あたりは率先して動きそうだから事実上の黙認だな」

「お前は俺を瞬間湯沸かし器か何かと勘違いしてないか?」

「でも、お兄様なら間違いなく動きますね」

「深雪まで……お前たち、実は双子の兄妹とかじゃないよな?」

 

 二人は知らないが、今回四葉家への要請内容は『伊豆・横浜方面への情報網構築』というもの。これはこの先に出てくるであろう七賢人の1人に関係してくる。

 彼がおそらくフリズスキャルヴを駆使することは目に見えているため、重要な個所への直接的な連絡網を兼ねてのもので、同じ第三研出身ともいえる師補十八家の三日月家にもその協力を仰いでいる。

 

「誕生日が一月以上違うんだから無理あるだろうに……」

「そういえば、悠元さんって誕生日はいつなんですか? 聞いたことがなかったような……」

「……2月14日」

「ええっ!?」

「……プレゼントがチョコってオチか。お前の場合は」

「家族以外だと話したのは二人が最初だよ……(深夜さんと真夜さんはなぜか知ってたけど)」

 

 いくら相手が賢人でもスーパーコンピューターレベルの処理能力を頭の中に搭載しているわけではない。最悪こちらには『万華鏡』と『天神の眼』がある。それと達也の『精霊の眼』で確実に追い込む。なぜなら……その人物というのは剛三からすれば『変な言いがかりで自分や四葉を恨む敵』と明言するほどの人物だったからだ。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 所変わって四葉本家。

 当主の私室にて、真夜は葉山から渡された紙の書面に目を通していた。それを一通り読み終えると葉山に差し出し、彼は慣れた手つきで受け取ると速やかにその場で“燃やした”。灰一つも残さぬ卓越した技量に感心しつつも、真夜は呟く。

 

「―――深雪さんが『世界から愛されている』なら、彼は『世界に認められている』なのでしょうね。言葉に出してはいないけど、フリズスキャルヴのことまで見抜かれてるでしょう……怖いと思う?」

「普通は見抜けぬでしょうな。ですが、深夜様からの報告では独自の情報網を持っていると聞き及んでおります。僭越ながら私めも恐ろしいと感じてしまいますが、幸い彼は剛三殿の縁で達也殿や深雪様―――ひいては四葉に好意的でもあります。味方に引き入れるのは上策かと」

 

 三矢家から電子系干渉魔法『精霊の鏡』の提供。その引き換えという形で伊豆・神奈川方面の情報網構築という“助言”を受けた。これはいわば三矢家からの要請ともいえる。

 その根底にあるのは全世界傍受システム『エシェロンⅢ』の追加拡張システムであるフリズスキャルヴへの対抗手段のひとつということに他ならない。

 

「ですが、これは四葉にとって好機とみるべきであり、将来への保険でもありましょう。科学技術と魔法の違いはあれど、所在の解らぬものに頼り切るより、提供元が解るという遥かに安心できる材料は何よりも大きいでしょう。『白』への対処は彼らにお任せすべきかと」

「彼らが今の利を得て、私たちが未来の利を得る。彼らに気付かれないような貸しを作っておく……ふふっ。ヒルズタワーの一件といい、あの子は何をしてくれるのか楽しみね。増々引き入れたくなってしまうわ」

 

 フリズスキャルヴで欺き、『精霊の鏡』で真の情報を掴む。二つの情報収集手段を得た真夜はその意図も自ずと察している。葉山としてもフリズスキャルヴに頼り切ることを危惧していたため、三矢家からの術式供与はまさに「渡りに船」とも言えた。

 

「ただ、役割をハッキリとさせ過ぎると端末を渡してきた連中も気付くでしょう。『表』の情報収集の吟味はお任せしてもよろしいかしら?」

「畏まりました。深夜様には如何されましょう?」

「私から話しましょう。『精霊の鏡』の暗号強度も見ておきたいですから」

 

 変わりつつある四葉家。恐らく、そのことを一番よく感じていたのは当主である真夜なのかもしれない。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 その翌日、悠元と深雪は用事を済ませるために外出していた。

 外出とは言っても、学校の生徒会に関わる買い物である。

 

「はわっ、発注ミスしちゃいました! 次の配達は週明け……しかも、ネットじゃ売ってないし……」

「あの、それでしたら私が買いに行ってきましょうか」

「すいません、すいません!」

 

 学校の放課後に生徒会の仕事をしていたのだが、あずさが発注ミスをして買いそびれた備品が発覚。ネット注文できない品だったので深雪が引き受けた。その時のあずさの慌てっぷりがある意味微笑ましかったのはここだけの話である。

 

 ただ、勧誘週間中の一件もあって一人で出歩かせるのは危険だった。ましてや深雪は歩くだけでも目立ってしまいがちだ。なので、その護衛として悠元が抜擢されたというわけだ。

 なお、達也については紗耶香からの呼び出しがあったらしい。まあ、達也からすればそこまで期待しないと言い除けた上で断るのだろう。

 

「言い分は解るんだが……変に気を配らなければならない、というのは面倒なものだ」

「すみません、悠元さん。私のせいで……」

「深雪は謝らなくていいって。さっさと買い物を終わらせないと」

 

 買い物ひとつするだけでも周囲の視線は深雪に奪われる。なので、2人の周囲に認識を偽らせる古式魔法を展開している。深雪からして『こんなに気にせず街を歩けたのは初めてかもしれない』とのことだった。人気者ってやっぱ大変だなと思っていると、深雪が考え込むような仕草を見せていた。

 

「どうした?」

「その、実は……っ!?」

「これは……(この街中でキャスト・ジャミングだと……)」

 

 深雪が何かを話そうとした瞬間、2人の脳裏にノイズのようなものが走るが、双方ともに事象干渉力を上げて打ち消した。明らかに意図的なノイズ―――キャスト・ジャミングの線を疑い、一旦買い物を切り上げてその発生源に向かって走る。走りながら深雪が悠元に話す。

 

「悠元さん。実はさっき、ほのかと雫、それに紅い髪の子が店の物陰から何かを窺うようにしていたんですが……」

「……っ!」

 

 深雪の話から推測すれば、その女子が英美であるとすぐに判明した。三人が何かを追いかけていた……先日の一件からするに、その追いかけていた対象は男子剣道部主将の(つかさ)(きのえ)だろう。だからこそ、この件から手を引くように忠告はした。だが、彼女らは止まらなかった。

 

 ノイズの強度は増してくる。場所的に監視システムの届かない路地裏―――完全に姿を隠した男たちが数人。そして、蹲っている三人の女子生徒。男たちの手には、ナイフが握られていた。

 それを見やる悠元は表情を引き締めて力強く一歩を踏み出した瞬間、彼の姿が消え……男たちのナイフが根元から綺麗に“斬られていた”。

 

「―――当校の生徒から離れなさい」

 

「全く、人の忠告を聞かないからこうなるんだよ……ま、言って解るなら苦労はしないか」

 

 顔をフルフェイスのヘルメットで覆った男たちに臆することなく、悠元と深雪は相対する。二人の視線はまるで氷をそのまま人間の表情に落とし込んだかのように冷ややかだった。

 

「ば、馬鹿な!? このアンティナイトは高純度の特注品だぞ!? このキャスト・ジャミングの影響下で動けるわけが」

「馬鹿はアンタらだろ。未知の妨害技術ならともかく、キャスト・ジャミングなんてどうとでもなる……深雪、三人を頼む」

「はい。悠元さん、御存分に」

 

 この場は悠元一人で事足りる―――それを理解したかのような深雪の発言を聞きつつ、悠元は一歩ずつ男たちに近付いていく。男たちの武器はナイフだったが、すでに使い物にならない。それ以上に、悠元から放たれる雰囲気がまるで獲物を狙う虎のように見えていた。

 

「ば、化け物が……!」

「キャスト・ジャミングを使って、躊躇いなくクラスメイト刺そうとしたあんた達がそれを言うか? この狂信者(テロリスト)どもが」

 

 すると、我慢できずに男たちのうちの一人が悠元に向かって走り出し、拳を突き出す。だが、その拳が悠元に届き切る前に、その男性は横の壁に激突して気絶した。男たちには悠元がただ歩いているだけにしか見えず、無防備……それなら勝機があると男たちは次々と襲い掛かる。一対複数で狭い空間……普通なら男たちに分があるだろう。

 

「魔法は見えぬ力。だが、その資質はごく一部に限られ、極めて高い力を持つ者はその一握りしかいない」

 

 一人目の頭部をメットごと蹴って壁に打ち付けて気絶させる。

 

「魔法を使うにもその理論を正しく理解し、使いこなすまでに長い時間を要する。魔法師だって人間だ。機械のようにいきなり高精度のことなんてできるはずもない」

 

 二人目の鳩尾に拳を入れて卒倒させる。誰かに聞いてもらうわけでもなく、話しながらも攻撃は的確に決まっていく。

 

「魔法の存在があったからこそ核兵器による人類滅亡は回避された。尤も、魔法がその代わりとなったわけだが、誰にでも使える兵器が使えなくなった意味は大きい。お前らのような狂信者という存在がそんなものを持っていたら、危険極まりないからな」

 

 三人目はすばやく投げ飛ばし、四人目は裏拳でメットごと殴りつけ、壁に強打させる。残る男たちに対して悠元はハッキリと告げる。

 

「てめえらは『三矢』に喧嘩を売った。だから買ってやる。悪いが、てめえらは―――ここで拘束(チェックメイト)だ」

 

 その残った男たちの腹部あたりに空気の塊のような何かが命中し、そのまま床に倒れた。

 魔法を使うことなく全員を打ち倒した悠元は素早くCADを操作して魔法を発動させる。すると、この路地裏一帯に人払いの結界が発生した。手早く男たちを拘束させると、深雪たちのところに近付いた。

 

 英美、雫、そしてほのかの表情は青褪めていた。悠元からこれ以上関わるなと忠告されたにも拘らず、今回のような事態を招いたのだ。偶々悠元と深雪がいたから助かっただけであり、今度はないと思っていい。

 

「さて、この場はこちらに任せてもらうぞ。忠告を破ったんだ、異存はないな?」

「……うん」

「そうだね……」

「はい……」

 

 何よりも悠元は十師族の人間。この場においては自ずと力関係が最も強くなってしまう。悠元は実家に連絡して近くの喫茶店まで迎えを出すよう要請した。それが通ったので携帯をしまい、三人に話しかける。

 

「とりあえず、三矢家で車を出してもらえることになった。今日はそれで帰るといい。また襲われない保証がないからな……近くの喫茶店で待ってればいいから」

「……ありがとう」

 

 雫が辛うじてお礼を言い、英美とほのかは頭を下げてその場を後にした。すると、深雪がどこかに連絡を取っていた。深雪から通信機を差し出された悠元は受け取りつつ電話に出ると、突然大きな声が聞こえてきた。

 

『やあ、悠元君!』

「~~~~!! 古式魔法で声を増幅させないでください! 危うく鼓膜が逝かれると思ったんですから! こないだの仕返しですか!」

 

 電話の相手―――八雲の悪戯に対して説教めいたことを返すが、当の本人にとっては悪戯の範疇なのだろう。八雲は軽めの口調を崩すことなく悠元に問いかける。

 

『あっはっは……深雪君から聞いたよ。大変なことになってるみたいだねえ』

「笑いごとで済めば警察なんて要りませんよ。ま、今回は流石に警察じゃ拙いでしょうし」

 

 『ブランシュ』のことだから警察関連にもパイプはあるだろう。とはいえ、内情(内閣府情報管理局)や公安(警察省公安庁)が動いてほしいとも思うが、動く気配はなし……そうなると、上泉家か九重寺の二択になるが、昨今の事情で前者は使えないということになる。

 

『で、魔法は使ったのかな?』

「いえ、体術のみです。キャスト・ジャミングのノイズ程度なら対策のしようはいくらでもありますし」

『そんなことが言えるのは君か達也君ぐらいだろうね。流石は新陰流師範代。さっき深雪君にも言ったけど、彼らの身柄はこちらで預かるよ』

「助かります。今回のことを爺さんが聞いたら、確実に木刀6本は持ってきますから」

六爪(ろくそう)……それは本気だね』

 

 最初聞いたときは何の冗談と思うが、実際に見たときは本当にヤバいと感じた。片手に3本ずつの6本持ち……どう考えても冗談の類にしか見えないだろうが、それが上泉剛三の異名―――『六爪』。

 自分の場合は師範代の修行の仕上げに一度だけその状態の剛三と対峙した。結果的に一本は取れたが、もう二度とやりたくない。何せ、慣性制御も無視した自己加速術式で飛んでくるのだ。普通に真似したら確実に死ぬレベルの話。

 なお、そのことが元継の幼馴染(剛三の孫娘、悠元の従姉)と詩鶴にばれて説教ののち、強制滝行されていた剛三だった。曰く『死んだ妻に似てきてマジ怖い』とのこと。総師範の威厳は一体どこにあるのかと小一時間ほど考えていたのであった。

 

『それにしても、達也君といい君といい、深雪君には甘いね……深雪君はそう思ってないみたいだけど』

「俺はともかく、達也が許しませんよ。それではお願いしますね……というか、来てますよね?」

「ありゃ、ばれた?」

「先生!? いつの間に……」

 

 気が付けば背後にいる八雲に溜息を吐きつつ悠元は男達の身柄を彼に引き渡し、深雪と一緒に生徒会の買い物の続きをすることにしたのだった。

 




六爪のイメージは某ゲーム・アニメの『やたら英語使う武将』から。
現実的じゃないですが、物理的にはいけるはず……多分。

なお、剛三が本当の意味でマジになったら得物が木刀じゃなくなります。

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