魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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不動の表情、止まらぬ悪寒

 達也が案内する形で出向いたのは、ミーティングに使っているレストランだった。外見だけ見れば少し大きな戸建ての住宅にしか見えない為、紹介制のレストランということは間違いない。

 深雪と水波は疑問を呈するような表情を見せていたが、特段驚くようなことでもない。魔法師と懇意にしている以上、どうしても隠しておきたい部分は存在する。ただ、その場には克人だけでなく佳奈に燈也、そして将輝がいた。

 

「お待たせしました」

「急に呼んですまないな。神楽坂殿もご足労をお掛けします」

「気にしておりませんよ、十文字殿」

 

 この場には八人がいるわけだが、四人掛けのテーブルに達也は燈也や水波と同席する形となった。これは、今回克人が聞こうとしていることに達也はそこまで関与していない為だ。

 そうなると、自ずと克人と将輝、悠元と深雪、そして佳奈で同じテーブルを囲むことになるわけだが、克人がテーブル端のホスト席に座り、深雪を佳奈の前に座らせた上で悠元は将輝の前に座った。

 すると、分かっていた流れと言うべきか、将輝は深雪に対して怪我の有無を問いかける。特に何もなかったと深雪は社交辞令的な笑みを浮かべて返すと、将輝は顔を赤くしながら安堵する様子を見せた。

 

「神楽坂、今日は災難だったな」

「それは否定しません。幸い得手があったので人間主義者のリーダーが銃と魔法を使うところは抑えられましたが」

 

 そして、克人は将輝を嗜めるのではなく悠元に声を掛けた。悠元と克人は互いに家の当主だが、この場でそれに目くじらを立てる必要もないと判断して克人の言葉に知られていない事実を付け加えた上で答えた。

 

「魔法? その人間主義者のリーダーは魔法師だったの?」

「いや、正確にはそのリーダーなる人物を魔法の中継点―――俗に言う無線の子機みたく魔法を飛ばす古式魔法の技法によるものだった。その一端は第三研でかつて研究していたものにも繋がるので直ぐに対処できただけだよ、佳奈姉さん」

 

 現代魔法で離れた相手に魔法を掛ける技術は元々第三研で研究されていたものの一つで、その技術は旧第十研にも提供された代物。悠元の言葉で昨夏のことを思い出した佳奈は口を噤んだ。

 

「そして、今回の一件に関わっていたのは『ブランシュ』の下部組織―――『エガリテ』の残党でした。更にアンティナイトの出所ですが、一昨年春の事件で国防軍に引き取られたはずのものが一部紛失していたようです……正直、国防軍には知り合いもいるのであまり口悪く言いたくないのですが、職務の怠慢と言わざるを得ないほどです」

 

 『ブランシュ』に関してはその摘発に十文字家や七草家が関わっていたため、その残党がいるなど思いもしなかったような表情を克人が見せていた。だが、裏の世界は克人が思っている以上に複雑怪奇である。自分が危ないと見れば、平気で蜥蜴の尻尾切りを実行できる。そんなのが平然と罷り通るのがアンダーグラウンドの社会に他ならない。

 

「……神楽坂、今のは本当なのか?」

「本当だよ。使われていた指輪の形状があまりにも似ていたから、直ぐに調べてもらった」

 

 悠元はアンティナイトの保管状況を蘇我大将に依頼し、すぐさま兵器開発部で管理されているアンティナイトを調べたところで発覚した。ものの数時間で結果が出たということは、分かりやすい形だったのは間違いなく、現在はアンティナイトを含めた入退室記録を洗い出しているそうだが、出てくる可能性は低いとみている。仮にそうなったらそうなったで別の対応をするだけだが。

 

「リーダーに掛けられていた術式の記録解析を専門家に頼んでいます。早くても明日中には結果が出るでしょう。分かり次第先輩方にお伝えします」

「それはありがたいが……実働部隊に加われないと?」

「今の状況で船頭を増やしたら、忽ち泥船に早変わりですので」

 

 悠元と元継はあくまでも最後の詰めの段階にならないと動かない―――その意を伝えるように、克人の問いかけに対する答えとした。現状の実働部隊の構成上、悠元が下手に介入すれば指揮系統に混乱を生じさせることは事実であり、これには克人も頷くほかなかった。

 

「それにしても、深雪ちゃんは災難だったね……以前それっぽい人たちが第一高校の生徒を取り囲んでいたことはあったけど、私と美嘉の姿を見るなり逃げていったんだよね。丁度1週間前になるかな」

「そんなことがあったのですか……」

 

 佳奈と美嘉も人間主義者と遭遇したが、その時の男たちの人数は七人程度だったらしい。見るなり逃げていったとなれば、十師族関係者なのに優先度がかなり下に位置していたことを意味する。

 

「深雪ちゃんが狙われたとなれば護衛を付ける必要があるけど……まあ、悠元がいるから事足りるかな」

「佳奈姉さん……もしかすると、今度は狙われる可能性があるんだから、あまり一人で出歩かないで欲しい」

「その時は、誰か近くの生徒に声を掛けて一緒に帰るようにする」

 

 佳奈は悠元の強さを誰よりも知っているし、今回の一件の対処は主に悠元が担当したため、不足は無いとみている。それは理解しつつも悠元は心配そうな表情を佳奈に向けていた。それが血の繋がった実の姉弟からくるものだと達也や深雪は理解していた。

 

「そうですね、悠元相手なら人間主義者が逆に嵌められて社会的に抹殺されそうですし」

「……言っとくが、神楽坂家当主の前に魔法科高校の学生だからな、俺は。そんな事を言うなら、“歩く爆散死体製造機(ターミネーター)”の一条(コイツ)はどうなる?」

「お、おい、神楽坂!?」

「いや、本当のことだろう? 佐渡や横浜では『爆裂』で敵性勢力を屠ったことは紛れもない事実だろうに」

 

 物理的にグロテスクかつホラーの光景へと変貌させる魔法を使える将輝のことを悠元が指摘すると、将輝は「そんな人間じゃない!」と否定したがったが、悠元から言われた事実に思わず怯んでしまった。

 

「ま、京都では多少なりとも成長していたのも事実だな」

「……お前は人を褒めたいのか貶したいのかどっちなんだ?」

「両方」

「はぁ……」

 

 将輝に対して平然と言ってのける悠元の態度に反抗しようとも思ったが、この場には将輝の想い人である深雪がいる以上、彼女の前で子供のような真似は出来ないと諦めて大人しく引き下がった。当然、悠元も将輝が変に反論しなかった理由を察しつつ、話を続けることにした。

 

「そんな態度を見せるってことは……深雪を囮にでも使うつもりだったのか?」

「そんなことはっ……!」

「ま、どうせ真紅郎(ジョージ)が一応前置きを置いた上で考えたんだろうが……そこで一条が代わりに申し出たところで囮の意味がなくなる」

 

 将輝の武名(実績)はこの国で知らぬ者はいないし、国外にも知れ渡っている部分がある。明らかに相手を殺せる魔法を有する将輝を矢面に立たせるのは明らかに失敗する流れしか見えない。彼の魔法が『爆裂』だけでないことは無論知っているが、彼が囮になることで却って魔法師に対する恐怖を煽る結果に繋がりかねない。

 

「ちなみに、護衛の提案は一体誰が?」

「智一殿だ。流石にいきなり頭ごなしにするわけにもいかないと思ったのでな」

「不要です。必要であれば自分が深雪の護衛をします」

 

 神楽坂家当主が自分の婚約者の護衛というのは変な話に思われるかもしれないが、この辺はしっかりとした算段があって成り立っている。元々居候である悠元からすれば、世話になっている司波家(達也と深雪)の人間を守るのはその対価の一つであり、護衛をするのは別段おかしい話ではない。

 十師族の観点で言っても家督継承から遠い自分と異なり、達也と深雪はその椅子に最も近い存在だった。魔法力や実戦力の観点を抜きにして考えれば、力のある人間が弱い立場の人間を守るのは「筋が通る」と考えている。

 

 提案主は智一とのことだったが、七草家当主の意向が入り混じっていないとも限らない。なお、真由美に関しては三矢家から通う生活を続けており、その間の部屋は悠元が元々使っていた部屋で生活しているらしい。自分の為に部屋を余らせる必要もないので、そこに関しては特に気にしていない。

 

「その点で言えば、アンティナイトの経験がない十師族関係者が狙われる可能性があります。幸い、第一高校は23日まで生徒の安全確保の為に臨時休校となりましたが、付け狙われることもなくは無いと思います」

「そうだな……今回は理璃も巻き込まれている以上、他人事とは言えんからな」

 

 その後、ミーティングもそこそこに会食と相成ったが、将輝が若干居づらそうにしているのを達也は心の中で「ご愁傷様だな」と何故か呟いた。複数の女性に言い寄られる立場は理解できなくもないが、将輝の恋を叶えるためのハードルは将輝本人が思うよりも遥かに高いことに当人は全く気付いていない。

 

(まあ、万が一深雪を振り向かせたところで手綱を握れるとは思えんがな)

 

 何せ、自分の妹(正確には従妹だが)は独占欲が強いし、急激に伸びた彼女の魔法力を完全に抑え込めるのは自分か悠元の二人だけしかいない。

 そもそもの話、悠元と深雪の関係が婚約者とは言っているものの、内情を見れば立派な夫婦みたいな関係になっている。深雪を強引に奪おうとすれば、悠元の怒りを本気で買うことになる。

 まだ悠元が将輝のストーカー化を危惧して穏便に出ていることを将輝が感じ取れればよいのだが、それを認識している節は見られない。

 

 一途な恋慕を向けて来る感情という意味では、達也はほのかが該当すると思っていた。ただ、彼女の場合は達也の事情もあって受け入れられたが、将輝の場合はそうもいかないし、既に恋仲となっている相手がいる。しかも、その相手は同じ十師族の係累にして名家の当主。

 単純に「分が悪い」という言葉で片付けられればどれだけ楽だろう……と達也は思わなくもなかった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 顧傑は焦っていた。

 彼とて、この国のことを最初から軽んじていたわけではない。かの英雄と呼ばれた上泉剛三は四葉の復讐劇で力を落とし、もう一人の英雄である神楽坂千姫も永らく表舞台からその名を見せなかった。

 だが、その片割れで神楽坂の名を継ぐ者が浮上した。彼の者の名は神楽坂悠元。その存在はこの国で開催された九校戦にてその存在感を如何無く発揮し、十師族すら抑え込む芸当を見せた。

 だが、いくら彼でも古式魔法の全てを把握しているわけではなく、彼自身が先導するわけでもない。十代という若さからすれば、十師族の当主のように動くことはまずないだろうとみていた。

 

 実際、箱根のテロは不発に終わった。顧傑はすぐさま原因を探ったが、出てきた情報は皇宮警察本部特務隊『神将会』が関わったという事実だけ。『フリズスキャルヴ』で皇宮警察のサーバーを探っても、それに繋がる情報は一切該当しなかった。

 メディアや人間主義者を煽ろうとしても、神坂グループ―――神楽坂家によって抑え込まれた。そして、その現当主は十代という若さでその地位に就いた神楽坂悠元。彼が飾りではなく本当の意味で当主として動いているのならば、顧傑にとって勝ち目は一切なくなるも同然だった。

 手駒であった周公瑾が死んだ遠因に彼の存在が関わっていたという情報がある以上、この国に留まり続けるのは四葉家への復讐を完遂できなくなるリスクしか負わない。知り合いの魔法師が剣術家の子弟に印を打ち込んだがあっさりと解除されたこともそうだが、いよいよ顧傑にとって脱出が出来る機会のリミットは刻一刻と迫っていた。

 

(……っ!? な、何だ、意識が……こんな、時に……)

 

 すると、顧傑は誰かから見られている気配を察する間もなく息苦しさを覚え、急激に意識がブラックアウトした。死に至るわけではないというのは自身が使う魔法から察したものの、抵抗する猶予もなく顧傑は意識を手放したのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 会食を終えた悠元は達也と深雪、水波に同行を願った上で本気の隠形を展開し、林の中で達也が顧傑に想子のマーカーを打ち込んだ直後に悠元が[オゾンバレット]で顧傑の肺の中にオゾンを発生させ、意識を奪った。どの程度の量で死に至らなくなるかは横浜の時に実験済みだし、死んでも24時間以内に[天陽照覧]で一度だけ蘇生が出来る。

 その上で、悠元は達也のマーカー座標を基に[鏡の扉(ミラーゲート)]を発動させ、意識を失った顧傑の身体を移送した。

 

「……犯人だけをこうやって確保できるのはお前だけだろうな」

「まあ、今回は事情があるからな。とりあえず、余計な魔法が発動しないように仕込みをして……」

 

 三人には予め事情を説明しているが、今回の方法はあくまでも相手を騙すための仕込みであり、この魔法の存在を世に出さないための口止めを頼んだ。その際、深雪からは「暫くは一緒に寝てください」という普段とあまり変わりないお願いに達也が悠元の肩に手を置いて同情の念を送っていた。

 そんな事情はともかく、悠元は顧傑の額に札を貼った。見た目は僵尸(キョンシー)みたいなものだが、これはれっきとした“魔封じ”のためのもの。顧傑に掛けられ続けている魔法はともかく、それ以外の魔法発動を封じるために施した。

 

「そういうわけでして、暫く隠しておいてください、九重先生」

「まあ、神楽坂の御当主様の意向なら断ることもできないね。法的に正当な手段で追い出したとなれば東道殿も納得するだろうし」

 

 そして、暫く身を隠せる場所として九重寺を選んだ。これは一種のアピールの為に必要な措置であり、最終的に公的な手段で国外へ追放するとなれば東道青波も納得するだろう、と八雲は愚痴をこぼすように呟いた。

 八雲は顧傑を担ぐと、何事も無かったかのように消えていった。

 

「さて、向こうの仕込みも既に終えたし、残るは……達也の出番だな」

「そうなるな」

 

 別にこんな事態を想定していたわけではないだろうが、そこまで表情に出ないことがこの時ばかりはありがたいと達也は思わなくもなかった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 ベンジャミン・カノープス少佐はここまでの動きを訝しんでいた。いや、そもそも出国する前の段階で日本側がUSNAの情報を掴んで行動を起こしていたとする状況証拠はいくらでもある。その点で言えばヴァージニア・バランス大佐の指摘は当たっていたと言えよう。

 

(だが、テロ事件を死者の一人も出さずに収束させる……それは可能なのか?)

 

 いくらカノープスが優秀な軍人魔法師といえども、『スターズ』が網羅できる範疇はあくまでも現代魔法もしくはネイティブアメリカン関連の古式魔法が殆どだ。顧傑―――ジード・ヘイグの魔法の技量は定かではないにせよ、並の魔法師で太刀打ちできる相手とは思えない予測が出されたからこそ、カノープスに白羽の矢が立った。

 その相手の魔法を全て読み切り、相手を騙して死人が多数出たように見せかけた。結果として怪我人は出たものの、死者はゼロという無差別テロ事件として最小限の結果に終わったことは確かだろう。

 メディアや人間主義者の件も大枠で見れば不発に終わり、こうなるとジード・ヘイグは脱出を余儀なくされることになる。

 

 今回の任務は非合法性が極めて高いため、昨年の脱走兵処分事件よりも極めて高い難度の証拠隠滅が求められている。日本の強化兵は軒並み引き抜かれて使えなくなってしまったため、已む無く『スターダスト』まで動員する形となった。

 失敗は許されない任務。だが、カノープスは正直冷や汗が止まらなかった。それは、顧傑の暗殺そのものが失敗するという懸念よりも、これから刃を揮う相手がとてつもなく強大な“何か”を相手にするかのような……そんな予感をモニターの先に映る顧傑の想子パターン反応が発しているような気がしてならなかったのだった。

 

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