上泉剛三が顧傑の代わりを引き受けたのは、大まかな目で見ればお互いに“被害者”であることに他ならない。
剛三は身内同然の四葉の人間だけでなく、実の息子を『元老院』に殺された。顧傑は崑崙方院の権力争いに敗れてその地位を剥奪されるだけでなく国を追われた。裏舞台を知り、互いに失ったものがある両者が別々の道を歩んだのは、そこに“家族”という存在の有無が一番大きかったのだろう。
実際のところ、顧傑に復讐心を掻き立てる術式を植え付けたのは他ならぬ『元老院』の人間ということも剛三は理解していた。恐らく、あわよくば剛三や千姫と言った実力者を社会的に葬る為の東道氏や樫和氏の企みだと知りつつ、剛三は顧傑の行方を積極的に探そうとはしなかった。
結果的にその当人が自分の子や孫に迷惑を掛けている以上、その尻拭いをすることに剛三は溜息しか出なかった。
「
「入れ」
そうやって思案していた顧傑に扮した剛三の下に、一人の人物が姿を見せた。彼は顧傑が座間から逃げ果せるときにその逃亡の手助けをしていた人物。名前は「ジョー=
彼は昨晩、顧傑(剛三)の無事を確かめてそのまま姿を消したが、特に訝しむ様子は見られない。元々天神魔法の術式から現代魔法用にアレンジされた『
「平塚に沼津に置いた貨物船を移動させました。ひとまずはそちらに向かいましょう」
「敵が網を張っている場合があるが?」
「そこについても対策はしておりますので……いつ発ちますか?」
今のところ、内密の連絡で十師族の実働部隊に動きは見られない。だが、動くとすれば今夜だろう。恐らく顧傑本人もそう考えて動くに違いない。
「夕方の時間に発つ。その時間なら非魔法師も市街地にいる以上、下手に手出しは出来んだろう」
「畏まりました」
部屋を出て行く杜を見送った後、剛三は一息吐いた。
顧傑程ではないにせよ、自分もそろそろ90歳という大台が見えている年齢。後継は既に託したが、まだ隠居は出来ないと思っていた。それは、国内の情勢が片付けば次は海外絡みが浮上するためだ。
「……別に恨みはないが、主には次代の礎になってもらうぞ」
剛三が零した言葉。これが顧傑に対してのせめてもの手向けだと知るのは……剛三以外に居なかったのだった。
◇ ◇ ◇
十師族もUSNA軍も顧傑の居場所―――正確には顧傑に成り代わった剛三の居場所だが―――を突き止め、双方共に動き出した。実働部隊は克人が主体となって、将輝と燈也、そして事情を知っている達也がいる。そして、信憑性を増させるために“アンジー・シリウス”となったリーナも同行させている。
「大丈夫でしょうか?」
「まあ、その辺は爺さんがどう動くかにもよるが……ジョセフ・ドゥ(USNA側におけるジョー=杜のコードネーム)は気絶させて平塚新港に向けて動き出したな」
表面上の構図はテロリストを追う十師族側とそれを妨害するUSNA軍側。だが、実際には顧傑に扮した剛三が単独で車両を動かし、平塚新港に向かっている。ジョセフ・ドゥを犠牲にしなかった辺りは剛三なりの優しさなのかもしれない。
船の甲板上で端末を見ている『神将会』の戦闘服を纏った悠元に、その傍で同じく戦闘服を身に纏う深雪が見つめていた。
「USNA軍側に予定外の動きは無し……さて、始めますか。艦長、予定海域にはあと何時間で到達しますか?」
『予定では30分後となります、閣下』
「ありがとうございます。作戦が終わるまで警戒は厳に」
『了解であります』
冬の海上ということで海風が当たる為、その軽減フィールドを張りつつ通信機で尋ねると、相手先の艦長と呼ばれた人物は忠実に職務をこなしていた。彼には悠元が国防軍関係者であることが明かされ、その序列に基づいて言葉を返した。
蘇我や風間の件で分かってはいるが、正直年齢に応じた話し方が中々出来ないことに若干不機嫌となり、これには深雪が笑みを禁じえなかった。
「それにしても、これだけの“空母”をどこで調達したのですか?」
悠元と深雪が立っている場所は、空母のカタパルト部分の端。そして、それは先日公式に発表された「ずいかく」型航空母艦よりもさらに大型となっていた。海洋国家である以上は抑止力として必要なものだが、全長にして350メートル超の大型空母となれば周辺国も騒ぐだろう。
だが、敢えて騒がせることで達也からの目を逸らさせるために悠元は国防軍の戦力として発注した。無論、建造の費用全額を悠元の個人資産から出していて、最終的には政府が買い取って運用することになるため、結果的に懐が痛まないわけだが。
「調達したというよりも建造させたんだよ。魔法技術の一環として『太陽炉』を搭載した新型航空母艦―――『ずいほう』型原子力空母」
核融合も核分裂も広義的に見れば原子の力を用いるため、その意味で原子力空母という扱いになる。表向きは水素と酸素の燃料電池稼働がメインであり、『太陽炉』はそのサブシステムとして運用される。
『太陽炉』―――『恒星炉』とは基本理論自体同じだが、重粒子を蒸発させることなく質量崩壊させることで半永久的なエネルギーを得るという創作物の代物だった。ただ、悠元はその作品における問題点を全て魔法で解決してしまったため、地球内で製造できてしまった。
正直機密塗れの代物の為、動力源のほぼ全てをブラックボックス化し、メンテナンスは神楽坂家お抱えのごく一部の技術者にしか触れないようになってしまったし、「ずいほう」以外に搭載する気はない。
「それは、お兄様の『恒星炉』とは違うのですか?」
「基本理論は同じだが、俺が手掛けた四基の『太陽炉』は古代文明の魔法技術がかなり用いられている。一つはこの船に積んであるが、残る三つは『恒星炉』のサブシステムとして使うことになる」
正直、四基も作ったのは『複製』の実験も兼ねて増やした結果であり、こればかりは反省したくなった。使わないのは癪なので『恒星炉』の発電システムのバックアップ機能として使うことにした。
この秘密は、少なくとも神楽坂の名を継ぐことになる人間にしか教える気はないが。
閑話休題。
「さて、実働部隊の方は……やはりUSNAも動いてきたか」
克人と将輝、そして燈也はUSNA軍によって足止めを食らっていた。だが、確実に制圧されていく妨害部隊がいきなり発火したのだ。兵士だけでなく武器までもが。
「深雪、大丈夫か?」
「は、はい……ここまで、やるのですね……」
「USNAの肩を持つわけじゃないが、相手とて下手に証拠は残せない。その為の自爆魔法だ」
分かってはいるが、胸糞が悪くなる光景に悠元は深雪を気遣うように声を掛けた。深雪は「大丈夫です」と返すが、顔色が多少良くないのは確かだった。なので、悠元は頭を撫でつつ端末に映る光景に目を凝らした。
兵士に関しては、現場近くに十師族の部隊がいるので今すぐに対処はしない。24時間以内に回収できればいいので、特段問題にはならないだろう。
達也と将輝、燈也とリーナは近くにいた沿岸警備艇に乗せてもらう形となった訳だが、そこには真由美も同乗していた。今回は七草家の関与を極力排除していた筈だ……恐らくだが、発破をかけたのは佳奈か美嘉だろう。
今回のことで七草家が瀬戸際に立ってしまった以上、その人間としてではなく七草真由美個人として何をするのか、と問いかけたのかもしれない。ただほとぼりが冷めるまで動かない選択肢もあったが、真由美がその行動を取ったことで結果的に原作をある程度なぞる様な形となった。
尤も、八雲は顧傑の身柄を預かっていることもあってその場に居合わせていないが、千姫が代わりにいた。こうなると、真由美が七草家長女ではなく一個人として協力しているとみるべきだろう。
そして、二人がいる空母は予定海域となる大島と房総半島の中間海域に差し掛かった。これだけの空母を隠すのは普通無理だが、そこは悠元という存在あってのことだった。二人の視界には、陸地から向かってくる高速貨物船とそれを追いかける高速巡視船、そしてそれに横槍を入れようと近付くUSNA軍の駆逐艦の三隻が映る。
その駆逐艦から飛行魔法で飛び上がった物体―――ベンジャミン・カノープスが魔法を発動した。その魔法は無論、分子間結合力反転術式[分子ディバイダー]。並の魔法師相手ならば確実に消え去ってしまう威力だが、悠元はそれを振り下ろしたカノープスに憐みにも似た表情を見せた。
「まあ、確かに合理的だ。顧傑ならばそれで消し去れる……だが、
そう呟いた直後、高速貨物船から立ち上る蒼き雷の龍。その龍が真っ向から[分子ディバイダー]の展開領域に食らいつき、それをまるで紙でも引き千切るかの如く食い破った。一体何が起こったのかを察するまでもなく、ベンジャミン・カノープスは弾き飛ばされるが如く駆逐艦の装甲に叩きつけられた。
◇ ◇ ◇
殆どの人間が呆然とする中、急遽停止した高速貨物船。そしてその貨物船から巡視船に飛び乗った物体に警戒するが、千姫は特に警戒すらしていなかった。この事態をまるで分ったかのように呟いた。
「まったく、独断専行なんて何時ぶりですか」
「年甲斐にもなく張り切ってしまったわ。皆の者も済まぬな」
「剛三さん、お久しぶりです」
「正月ぶりになるかの、達也君。言っておくが、後のことは孫と千姫の倅に任せてもらえるか?」
「……そうですね。USNA軍の方もお願いします」
達也は顧傑を拘束したことを知っているし、その対処の適任者は他にいるので問題ないと判断し、頭を下げて不利益が来ないように頼み込んだ。これには剛三も笑みを零した。
「任せておくがいい。千姫、こやつらの世話は任せるぞ。わしはこれからUSNAに飛ばねばならんからの」
「まさか、いつぞやに聞いたやり方ですか?」
「それもあるがの……あの根性なし共にお灸を据える意味でも、今回は大人しく輸送機で行くさ」
巡視船に対して駆逐艦のほうから抗議の通信が入っており、困り果てている巡視船の船員からレシーバーを受け取ると、剛三が応じた。
「わしが当事者の上泉剛三だ。さて、今回は我が国に甚大な被害を齎したテロリストを捕まえるために潜入していたが、それに向かっていきなり[分子ディバイダー]を放つとは一体どういう了見か? いくら抗議しても構わんぞ? 尤も、貴様らにわしを怒らせた代償が支払えるか否か」
スピーカーからは『ふざけるな! そんな言い訳が通用すると思っているのか!』と声を荒げていたが、剛三から大統領に直訴することが言い放たれると、彼らは逆に慌て始めた。どうやら、以前にも何度か同じことがあった様に思えた達也だった。
そして、通信を終えてレシーバーを船員に返すと、達也らに向き直った。
「此度の一件、実に見事であった。主等が更に成長して十師族の一角を担い、この国を護ってくれることを切に願っておる。では、わしは野暮用があるのでな」
そう言い残して去っていった剛三。まるで台風が過ぎ去った後のように周囲は静寂に包まれ、聞こえてくるのは海の風の音と巡視船の機関音だけであった。
事は終わった。最悪USNA軍が駆逐艦以外に兵器でも持ち出してくるかと思ったが、杞憂に終わって何よりだった。流石に妨害部隊のことで深雪の機嫌が悪くなったため、休校期間は深雪の機嫌を直すのに注力すべきだろう。
すると、巡視船が近付いて達也が甲板に飛び乗ってきた。流石に強化された達也の眼では誤魔化せないだろうし、仕方がない。
「達也、お疲れさん」
「単に走っただけだったがな。深雪は大丈夫か?」
「はい……悠元さん、今日は寝かせませんから」
「……大変だな」
「今更だよ、達也」
ともあれ、達也はそう労った上で二人に同行する形となり、「ずいほう」はそのまま横須賀港に到着する形となった。
その翌日、日本政府からその空母が世界に公表され、テロ対策も含めた海洋の安全保障政策の一環として極秘裏に建造したと発表。国外からの問い合わせが相次いだが、この国がここ数年海外からの攻撃を受けていた事例を挙げ、その対策としての海軍強化であり、パワーバランスの観点から言っても極端な変化は起こさないと主張した。
◇ ◇ ◇
顧傑に扮した剛三の登場により、USNA側は混乱に陥っていた。ホワイトハウスは無論のこと、ペンタゴンも無論混乱の極みにあった。参謀本部の予測では、四葉の復讐劇で十全に魔法を使えないと判断してベンジャミン・カノープスの派遣を認めた経緯があるのに、それがあっさり破られるとは思ってもみなかったためだ。
そして、剛三に突き飛ばされたカノープスは何の因果か国立魔法大学の付属病院に運ばれた。本来ならば共同基地の医療施設に運ばれるのが筋だが、剛三のごり押しで魔法治療を受けてもらう形になったためだ。
魔法装備を身に着けていたので命に別状はなかったが、剛三の魔法を直に受けたために三日間は安静にしなければならないという医師の判断にカノープスは大人しく従った。その病室に一人の少女―――リーナが花束を持って見舞いに訪れた。
「ベン、大丈夫ですか?」
「総隊長。いえ、リーナ。まあ、この通りとしか言えませんが……彼は強かった。先代のシリウスよりも遥かに」
カノープスとてあの時、慢心や加減などしていなかった。渾身の力を以て振り下ろした[分子ディバイダー]に一切のほころびは無かったと断言できる。だが、それすらもまるで児戯の如く打ち破った剛三に、カノープスは悔しさよりも感服に近い心情を抱いた。
「しかし、不思議なものです。軍人として任務に失敗した事よりも、完膚なきまで叩きのめされたことで逆に清々しい気分なのですよ。負けず嫌いのリーナからすれば理解できない感情かもしれませんが」
「……そう、ですね」
なまじ実力があるせいで同年代よりも一回り以上年上の人間を相手にすることが多いリーナからすれば、カノープスの述べた言葉を理解できなくても無理はない。これにはリーナもただ頷く他なかった。
「ベンはその、大丈夫なの?」
「それなのですが、『お前さんが不利にならぬよう根回しはしておく』と剛三殿が仰っていたのは耳にしていましたが……これ以上のことは私にも分かりません」
リーナは今回の任務失敗の件の責任が全てカノープスに及ぶことを懸念していたが、彼が気絶して運ばれる前に剛三が便宜を図る様な台詞を発しており、これにはカノープスも正直疑問を浮かべていた。いくら世界的に知られた英雄とはいえ、そのことが本当に可能なのかと。
後日、カノープスが帰国した先で待っていたのは、圧を掛けているようにしか見えない笑顔を浮かべる大統領の姿であった。
顧傑は拘束されましたが、師族会議編はまだ続きます。