魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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『母親』との再会

 横須賀港に到着した「ずいほう」から降りた悠元と達也、深雪の三人を出迎える形で待っていたのはエリカとレオ、そして幹比古の三人だった。

 

「無事だったか?」

「まあね。にしても、和兄貴の話は聞いてたけど、テロリストに遭遇するなんて面倒だったわ」

 

 『ブランシュ』や『無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)』の残党が軒並み壊滅したとしても、組織から利益の享受を受けていた関係組織や団体が残っているのは事実。エリカ達にはその件も含めて警戒にあたらせたが、案の定テロリストの襲撃を受けたらしい。

 

「そう言ってるお前が嬉々として打ちのめしただろうに……ま、俺らは特に怪我もなかったぜ」

「そうだね。正直、夜だったからまだ良かったけれど」

 

 達也や悠元らと関わる事で戦闘経験に関してはトップクラスに位置しつつある三人。流石に今回は雫と姫梨に非戦闘要員の抑え込みを頼み込んだ。

 すると、丁度彼らの上空を飛ぶ音速の輸送機が飛び立つ姿が見えた。

 

「あれって、国防軍の輸送機?」

「いや、確か神坂グループ関連企業が所有している音速輸送機だな。行き先は……言うまでもないが」

 

 旋回して一路東へと飛翔する輸送機。テロ特措法の関係上、夜間の民間機の飛行はかなり制限されているが、あの輸送機に乗っている対象は紛れもなく顧傑なのだろう。

 

「何にせよ、これでテロリストの件は片が付いたが……」

「何かあるの?」

「こっからが問題なんだ」

 

 今回の一件で日本がUSNAを出し抜いたことは確実に政府関係者に露見する。その中には当然エドワード・クラークも含まれるだろう。スキャンダルの一件はメディア経由である程度スクープという形で取り沙汰されるが、大統領府の人間が関与していても大統領の進退問題には影響が出ないようにしておく。

 USNAとしては、この問題をきっかけに監視体制やら工作員を送り込むことは容易に想像が付く。最悪誘拐や脅迫、暗殺も視野に入るだろう。

 

「細かいことは省くが、今回のテロリストはUSNAから来た。当然チェック体制やらセキュリティやらでごった返すのは目に見えている」

「……昨年のことといい、あの国は疫病神でも憑りついているのかい?」

「ミキ、それは何でも……有り得ないなんて言い切れないのが困りものね」

「全くだな」

 

 幹比古が半分冗談めいた言葉を零したことにエリカは否定しようと思ったが、彼女とレオは昨年の九校戦でドイツ絡みの経験をしているだけに、エリカだけでなくレオもそう零した。これには深雪だけでなく達也も苦笑を滲ませていた。

 

「その発端は間違いなく俺と達也だ。下手すると、俺と達也をこの国から……いや、地球から追い出すことも考えるかもしれん」

「それって……そもそも、二人をどうやって追い出すのよ?」

 

 本来ならば顧傑の行方が有耶無耶になったせいで反魔法主義の火種が消えなかった。だが、公的に魔法師が認められる法体制の整備が決まった以上、下手に反対も出来ない。そもそも、この国の非魔法師の部分にも恩恵を与えつつある『トーラス・シルバー』を大多数の民衆が素直に引き渡せる方法をどう思案するつもりなのだろうか。

 十師族間の意思疎通が出来るように仕組み自体も大幅に変更したが、まだ予断は許さないだろう。

 

「だって、達也君はともかくとして悠元は神楽坂家の当主よ。既に家を継いだ人間を追い出すって正気の沙汰じゃないもの」

「ま、この辺は様子見しかないだろうな……エリカは実家に帰るのか?」

「いや、当面はレオの家に転がり込むわ。これでもちゃんと家事は出来るんだから」

「そこまでは聞いてないと思うけどね」

 

 なお、司波家に到着した後、深雪に必要以上に引っ付かれた悠元と、それを黙って見送る達也、そして最早笑うしかなかった水波の様相がそこにあった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 2097年2月20日。悠元はスーツ姿で皇居に出向いていた。本来なら関係職員ですら踏み入ることを許されない天皇の私室に通され、悠元は今回の一件に関する報告を述べた。

 

「―――以上が、今回の一件の顛末となります。首謀者である顧傑は日米間の協定に基づき、USNAの共同基地にて引き渡しを行いました」

「ご苦労様です、神楽坂殿」

 

 拘束した顧傑は国営メディアの撮影映像を各種メディアに提供する形でテロ事件の首謀者逮捕は全国版のニュースとして大々的に報道。合わせて日本政府の発表で顧傑(ジード・ヘイグ)は国際指名手配の犯罪者として扱われ、渡航元のUSNAでも余罪があるために日米間の協定に基づいて護送したことも公表された。簡単に言えば身柄を押し付けた格好だが、USNA側のお粗末な対応が目立つ形となったのは言うまでもない。

 

 焼死した妨害部隊については、その翌日に『天陽照覧』で蘇生させて現在は上泉家本屋敷の道場でリハビリという名の訓練に勤しんでいる。本人らも自我を取り戻したことによる感覚のズレを治すためのものなので、決して間違ってはいない。

 一応祖国に帰るならば伝手はあると述べたが、全員帰国を拒否してこの国に骨を埋める覚悟を決めていた。その一人曰く「帰っても人体実験の憂き目に遭うのは必須。ならば人として生きたい」とのこと。

 

「USNAから抗議は来ましたが、元をかえせば彼らの責任で此方が被害を被った形です。なので『テロリストの出国と兵器持ち出しを未然に防げなかったUSNAの管理体制にも問題が大アリでしょう』と返しておきました」

 

 向こうがUSNA国内にいる人間主義者の矛先を同盟国である日本に向けた事実はどうあっても覆し様がない。USNAから日本に入国した人間主義者は全員顧傑が護送された輸送機と同型の別の機体でテロ特措法に基づく永久国外追放処分(仮に再入国した場合、テロリストに準ずる国家反逆に関する重犯罪者という形で死刑に相当する)とした。

 いくら同盟国とはいえ、やっていい事とやって悪い事の区別をつけるためであり、差別するわけではない。

 

 一通りの報告を終えたところで、天皇は悠元を労いつつも問いかけてきた。

 

「改めてご苦労様でした。神楽坂殿……ところで、神楽坂殿は上泉奏姫殿をご存知ですか?」

「爺さん―――上泉剛三の妻であり、自分の母方の祖母ということは聞いております」

 

 上泉(かみいずみ)奏姫(かなめ)―――悠元にとって血縁上の母方の祖母であり、戸籍上は義理の伯母に当たる人物。だが、悠元は一度も出会ったことがなく、精々写真が飾られているものを見たぐらいだ。

 

「ただ、不審な点もあります。本来、人が亡くなれば生きていた証となる(しるし)が残っている筈です。それに、上泉家の本屋敷にあるその人の部屋は今でも定期的に清掃されていると聞きました」

 

 剛三から“亡くなった”とは聞いたが、墓も無ければ位牌もない。神楽坂家にもそう言った痕跡がない事から、歴史上において秘匿しなければならない事実でもあるのかと訝しんだが、痕跡を探っても当人が上泉家を出た後に消息が途絶えていることしか掴めなかった。

 愛妻家と聞き及んでいる剛三ならば、妻を失った影響で墓を建てることが彼女の死を認めることになると思って人知れぬ場所に建てた可能性もあったが、そういった雰囲気も認められなかった。

 悠元の疑問を聞き終えた所で、天皇は徐に口を開いた。

 

「その疑問はご尤もです。何故なら、彼女は先代の当主である千姫殿にすら明かしていない事実があります」

「母上にすら? もしかして、陛下はその事情を?」

「ええ。神楽坂殿、お時間はありますか?」

「無論です」

 

 血の繋がりがあっても直接対面したことがない母方の祖母の所在を知っているという天皇の誘いに、悠元は頷いて同行することとなった。お忍びということで必要最低限の警備を付けての移動となった先は―――過去の大戦で国の為に戦って亡くなった民を祀る場所。靖国神社(やすくにじんじゃ)だった。

 天皇は神職に耳打ちをすると、その神職は天皇に鍵を手渡した。移動した先は神社の更に最奥の間。その地下に続く階段を悠元が『流星群(ミーティア・ライン)』の応用で光を集め、照らしながら降りていく。

 そんな中、唐突に天皇は爆弾発言を投下した。

 

「私は、君が他の世界から迷い込んだ人間だと知っています。驚きましたか?」

「……それは、まあ。そのような素振りは見せていない筈ですが」

「ええ、見事に私も騙されるほどでした。何故知っているかと言えば、奏姫殿が病弱だった三矢悠元を救うため、一つの手段に賭けたのです」

 

 天皇が悠元を“憑依転生”した人間と認識していたのは驚きだが、その根拠にあったのは上泉奏姫が三矢悠元を救うために動いたことだ。

 

「一つの手段、ですか?」

「ええ。次元の壁の先にある魔法エネルギーを用い、奏姫殿と所縁のある“この次元ではない”人間を呼び寄せる術を用いるため、その依り代としてこの地を選んだのです」

 

 過去の大戦で犠牲となった人間の霊的なエネルギーを依り代として次元の壁を壊すことなく接続し、壁の向こうにある魔法的エネルギーを以て異なる次元の魂を呼び寄せる術式。現代魔法はおろか、古式魔法でも極めて困難とされる技法―――自我を保ち続けながら魔法発動を継続させ、更には術者当人と“霊的に似通った魂”を呼び寄せる方法。

 そして、悠元は偶然にもその心当たりがあった。そして、その推測は階段を降り切った先に見える膨大な量の想子と魔法的エネルギー、それを制御する巨大な術式が広大な地下に建造されたこじんまりとした庵を基点に構築されている。

 

「神楽坂殿、分かりますか?」

「ええ、術式は分かりました……何故天神魔法を二つに分けたのかもこれで氷解しました」

 

 本来魔法は秘匿すべき性質を持つものであり、『天照(アマテラス)』と『月読(ツクヨミ)』も元来管理を考えれば一つの家で管理すべきものなのだ。だが、その基本を破ってまでも上泉家と神楽坂家で分割管理した理由。

 それは、『天照』と『月読』―――その五行を相生・相剋させることで生じる4つの魔法。

『天照』の『天照絢爛(てんしょうけんらん)』と『天陽照覧(てんようしょうらん)』、『月読』の『月影観鸞(げつえいかんらん)』と『月牙総濫(げつがそうらん)』。この4つを寸分の狂いもなく相反させる形で同時発動させることで発動可能とする究極の中の究極魔法。安倍晴明が遺した手記の最期のページに名だけ記載されていた。

 

 術者の魂の記憶を拠り所に隔絶した次元を繋ぐ魔法―――名は『夢想天成(むそうてんせい)』。

 

 正直、自分の場合は神様を介しているため、この魔法の効力に懐疑的だった。だが、この魔法が神様という一般的に言うところの概念的存在まで干渉できるという計算結果からして、恐らく女神が謝っていたおぼろげな記憶は決して間違っていないのだろう。

 神様がヒューマンエラー(神様ならゴッドエラーと言うべきだろうが)を起こした線も否めないが、概念的存在が気まぐれで自分を殺したというのも正直現実味がない。だとするなら、転生前の俺はこの世界から放たれた魔法で“殺された”ことになるわけだが……何というか、正直転生前で結構肩身が狭い思いをしていたため、「よくも殺してくれたな!」という感じよりも「生まれ変わらせてくれて感謝する」気持ちが強い。

 

 そんな事情はともかく、この状態を放置していてはマズい。今は安定しているが、術者が死ねば自動的に魔法が解除されるわけだが、次元の壁が急に閉じる訳でもない。下手をするとパラサイトが発生しかねない状態なのは間違いないだろう。

 なので、悠元は『セラフィム』と『ラグナロク』の両方を庵に向けて術式の構築を始める。

 

「……陛下。次元の壁を閉じるため、あの術式を壊します。後ろにお下がりください」

「……分かりました」

 

 天皇が悠元の背後に移動したことを確認した上で、悠元は術式構築を開始する。正直『天照』と『月読』の4つの魔法を同時行使するのは初めての試みだが、泣き言など言っていられない。庵を基点に発動している魔法陣を包み込むように、魔法を構築する。

 いつもとは比べ物にならないほど情報体次元へのアクセス量を増やしているが、それでも悠元には余裕があった。剛三の無茶ぶりに付き合った甲斐はあったと思いながら、『夢想天成』を相殺するために『夢想天成』を構築。

 実験で試していた感覚を思い起こしつつ、悠元は術式の構築を完了させた。

 

「術式構築完了。天神魔法が究極魔法、『夢想天成』―――発動」

 

 そして、悠元が手に持った『セラフィム』と『ラグナロク』のトリガーを引いた瞬間、元々の魔法に対応する相殺術式が展開され、悠元の放った『夢想天成』は次元の壁を包み込んで壁が綺麗に収束していく。

 大規模の魔法発動ということもあって不安もあったが、少し疲れた程度で済んだことに悠元は一息吐いた。そして、魔法の気配が消えた庵の中から気配を感じ、そちらに目を向けると襖が開いて一人の()()が姿を見せた。

 

「……」

 

 外見の年齢だけで言えば高校生ぐらいで、年齢詐欺の事例は今に始まった事でもないのでそこは気にしていなかった。悠元が完全にジト目でその少女を見ていたのは、その少女の服装にあったからだ。

 

「えっと、君は誰?」

「……ふ」

「ふ?」

「服を着やがれぇっ!!」

「うにゃああっ!?」

 

 ものの見事に全裸だった。メリハリのある高校生らしからぬスタイルを隠すことなく曝け出したことに、悠元は反射的に『鏡の扉(ミラーゲート)』で庵の中にあった服装を適当に彼女の上から降らした。

 そして、少女が降って来た衣服類の反動で庵の中に戻っていったのを確認した悠元が天皇を見やると、彼は「やれやれ……」と言った感じで頭を抱えていた。

 

「陛下、あの人がもしかして」

「ええ、上泉奏姫殿です」

「……」

 

 今日は何かしら黙ることが多すぎて、正直お腹一杯の気分である。それしか言えないのかって? ……神様ではないのだから、俺にだって分からないことはある。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 そうして数分後、身なりを整えた少女の招きで庵に招かれた天皇と悠元。そして、少女は開口と共に深く頭を下げた。

 

「陛下、永らくの身勝手をお許しください」

「構いませんよ、奏姫殿。それに、貴女の行いで隣にいる悠元殿がこの場にいることも立派な功績です」

「……そうか、君が悠元君だね」

「はい。元十師族・三矢家三男、現在は神楽坂家当主を務めております神楽坂悠元といいます。お初にお目に掛かります、上泉奏姫殿」

 

 奏姫と天皇の言葉の後、頭を下げた悠元。だが、それを見ていた奏姫は正直複雑な心境を表情に出していた。それはまるで、後悔や懺悔を滲ませたような謝罪の様相であった。

 

「怒らないの?」

「怒ったところで何も解決しませんよ。それに、前世は前世で燻ぶっていた身ですので」

 

 身内にチートじみた連中がいたために迷惑を被ったりしたことがあり、その影響で人との関わりをあまり深くしてこなかったのは否定しようがない。それに、セリアとの関わりで従兄妹の関係だと知った以上、恐らく自分が直接血が繋がっていない対象だと推察はしていた。

 その証拠を指し示す様に、奏姫が呟いた。

 

「……ごめんね、“悠人(ゆうと)”。前世の親として、本当に何もしてあげられなくて」

「……気にしてないよ、“お母さん”」

 

 奏姫が今の自分の名ではなく、前世での名で呼んだというのは雰囲気で伝わり、そしてその言葉で確証を得るように返した。

 物心ついたときには育ての親に世話になっていたことから、それ以前に本当の両親が亡くなっていたことになる。尤も、そのことを今更調べようとしても世界が変わってしまった以上は何も出てこないだろう。

 にしても、三矢悠元としての母である詩歩、神楽坂悠元としての母である千姫、そして今世の祖母が前世の母親となんだかんだ言って家族に恵まれているのは前世の反動なのかと思う。ただ、この影響なのかは知らないが友人の母親らにも好かれていて、最たるところでは愛人関係になっているわけだが。

 

「危険を承知でこの世界に招いてくれたことは感謝する。あのままいたら、多分ロクなことになってなかったと思うから……まあ、その対価として神楽坂家当主としての責任は果たす。俺だってこの国を護りたいから」

「そう……頑張りなさい、悠元」

 

 なお、お決まりのパターンと言うべきか、奏姫にハグされる羽目となり、その一連のことが終わった後で司波家に戻った悠元が深雪の襲撃を受けたのはまた別のお話。

 




 賛否はありそうですが、悠元としては色々大変でも今世の人生が前世よりも大事ですし、仮にやり直せたとしても望みません。抑圧されてしまった前世に未練などないが、相手の言葉に偽りは感じられなかったという意味で奏姫の存在を受け入れた感じです。

 師族会議編の本筋は終わりましたが、後片付けの段階が残っている為に続きます。

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