魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

353 / 551
敵の功罪に振り回される

 事件の後処理に関しては、その半分以上を関係各所に放り投げていた。元々関係する組織の不手際も大きく関係している以上、いくら自分が神楽坂家当主と言えどもその全てをフォローする気はなかった。自らの身から出た錆ぐらいは自らの手で洗い落としてもらうのが筋というものだ。

 それに、自分には解決しなければならない事項が他に存在している。その話をするべく、悠元はセリアが住んでいるマンションを訪れていた。

 

「……リーナを一高に通わせる、か」

「うん、ダメかな?」

 

 その一つはリーナに関する相談をセリアから持ち掛けられたことだ。

 セリアは悠元と違い、“原作”がどのような終わり方までしたのかを知っているが、悠元はそれを敢えて聞かなかった。多分光宣を何らかの方法で封印する際、水波もそれに同調した可能性が高い、とみたからだ。

 達也でもパラサイトを殺す方法はその時点で確立していただろうし、完全な赤の他人ならば殺すことを躊躇わない。だが、これが水波の関係者となれば話は変わってくると睨んでいた。それに、パラサイトの影響を受けながらも己の力で支配から逸脱した存在は貴重だろう。ただ、九島烈を殺したことでこの国はおろか地球上で当たり前のように出歩くのは極めて難しくなっただろう。

 

 話を戻すが、現状のリーナの戸籍がどうなっているのかを確認したところ、三矢元の父親こと三矢舞元(まいと)の養女として移されていることが確認できた。これは達也への婚約申し込みの際に日本国籍を取得するための法的後見人が必要となったため、こうなったとみられる。てっきり九島烈を頼るものと思っていたが、ここはかつての確執が今も尚生きているという証左なのだろう。

 リーナは「三矢(みつや)理奈(りな)」として帰化するため、セリアは軍人としての活動で失った時間を取り戻させる意味でも魔法科高校に通わせるのはどうかと提案した。ここには“アンジー・シリウス”を手放さないUSNA軍統合参謀本部への意趣返しも含んでいるのだろう。

 

「別に構わないとは思っているが、本格的にリーナがこの国の人間となれば、欧米は騒ぐだろうな」

「主にステイツとイギリスだね。でも、原作以上の手を使ってくる可能性があるのに、大丈夫なの?」

「俺がそれを懸念してないと思うか?」

「いや、それはないね」

 

 戦略級魔法の使い手、それに準じる実力を有する魔法師がこの国に集結していることは周辺国の危機感を高めることは分かっているし、『灼熱と極光のハロウィン』で新ソ連もといイーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフによる妨害を受けたことは忘れていない。

 

 国の規模に伴う物量差がそう簡単に埋められるものではない以上、質を高めることでその脅威を跳ね除けるしかない。「ずいほう」「ずいかく」の二つの空母はその布石の一つだ。艦載の戦闘機は全て国産戦闘機で、大本はF-35「ライトニングⅡ」を全て国産で賄えるように魔改造した。ライセンス関連などは全て剛三に交渉を任せ、全て通ったので製造に踏み切った。

 名前は自国の戦闘機という意味合いも含めて「震電(しんでん)」の開発コードネームを持ち、対外的なものとしてはF-15J/DJ「イーグル」の後継機であるF-15J/DEX「ソニックイーグル」と公表する。無論、戦闘機だけでなく支援機や各種装備も充実させていており、レーダー関連では世界トップクラスとなるサイオンによる情報体次元感知レーダーを実戦配備した。

 

「戦わずに済めばいいが、色白の連中の中身は腹黒の奴が多いからな。リーナをダシにして戦闘を吹っかけてくることも考えられるし、達也がやろうとしていることに邪魔してくるかもしれない」

「お兄ちゃんや私もその対象に含まれて来るね……21世紀版ハル・ノートでも出す気なのかな?」

「それに見合う対価を連中が支払えるんなら、話ぐらいは聞いてやるけどな」

 

 確かに政府との関わりを持っている『十三使徒』が相手なのは骨が折れる話だが、そもそも新ソ連に関してはこちらとの約束を既に破っている。今は人間主義のテロ行為に手を焼いており、しかも厳しい冬によってモスクワは極寒に晒されている。

 

「ふと思ったけど、どうして人間主義は新ソ連を狙い撃ちにしたの? 自分たちの主義主張を貫きたいんなら、それこそUSNA国内をかき乱した方がいいと思うんだけど」

「少し調べたんだが、そいつらの資金の動きに新ソ連や大亜連合が関与しているようなんだ」

 

 まず、人間主義はキリスト教の亜種というか異端的な立ち位置に当たる。真っ当な宗教を信仰する人間からすれば、彼らの過激な行動は宗教の品位を著しく損ないかねない。魔法師を邪教徒―――『悪魔』と断ずる彼らの主張が罷り通れば、それこそ根幹を成す『神の子』イエス=キリストを否定しかねないことに繋がる。

 顧傑が拘束された翌日、急遽バチカン市国から訪日したローマ教皇は声明を発表した。

 

「人間主義を唱える者に告げる。奇跡の力を『悪魔』と断ずることは、我らが御子たるイエスを否定するに等しき思想。それを平然と掲げる汝らを我らの同胞として決して認めない。我々はこれからも真摯に教えを守り、愛する心を今一度唱えることをここに宣言する」

 

 キリスト教のトップによる事実上の“破門宣告”は瞬く間に世界中を駆け巡った訳だが、この流れ自体は昨年の夏ごろから見られ始めていた。真摯なカトリックやプロテスタントは双方の敵として人間主義をターゲットに選び、更には彼らの攻撃によって被害を受けていたイスラム教までもが人間主義を「我らの預言者を否定する敵」と認定した。

 このため、人間主義の活動が先鋭化する一方で、その矛先を同じキリスト教の一派である東方正教に定め、その一環として東欧および新ソ連に潜り込んだ。これを機と見た大亜連合やUSNAの一部の勢力が密かに彼らへ資金・武器提供をしており、それに対して新ソ連はUSNA国内の人間主義者に資金提供をしている。

 いうなれば、人間主義者は一種の傭兵みたいな扱いへとなり果てていた。

 

「……ちなみに、この国の人間主義者を支援してたのは?」

「大亜連合、新ソ連、USNA、イギリス、フィリピン、そしてオーストラリア。関連の金融口座は合法的に接収して国庫行きになった」

「(何やってるのよ、ホント……)」

 

 その中にはスイス銀行絡みも含まれていたが、テロ関連の正当な証拠を出すと口座凍結に賛同して即座に対処してくれた。彼らとてテロ支援国家の烙印を押されたくないという姿勢の表れなのだろう。なのでスイスに関しては信用しているし、その礼としてスイスに改良された戦略級魔法を提供した。その魔法は欧州絡みなら当然知られている魔法なので、誤魔化し様はいくらでもある。

 

「そうだ。急な話になるが、FLTの北に共同のツインタワーマンションが建つことになった。下層はFLTの社員寮で、上層は俺や達也の婚約者が住む形になる。完成は今年の3月下旬になるから、社員の移動が終わり次第引っ越ししてもらう」

「春休み……沖縄と被るね」

「全くだ」

 

 当初はシェアハウスの形だったのだが、流石に四葉と神楽坂の関係者となればこじんまりとしたものにするのはマズいと判断された。建設自体は上泉家が担当しており、たった一月で地上20階のタワー型マンションの完成まで漕ぎ着けるとのこと。無論、耐震設計は最新のものを使うため、数百年単位で運用できるようになる。

 上層と下層の出入口自体も秘匿の関係で分離し、コミューターを地下に引き入れてもらうことで機密も確保している。公共交通システムの私的な発着所があるのはどうかと思われるだろうが、色々秘密にする部分がある以上は仕方がない事だろう。

 

「まだ先の話になるが、俺の方は既に父から三矢家の代理として出ることになってる……リーナも戸籍上は三矢家の人間だし、出てもらうか」

「そうなると、達也(おにいさま)の婚約者としてになるけど……うーん、大丈夫かな?」

「そこは双子の妹として信頼しとけよ」

 

 正直、自分が関わったせいで強化されている現3年生のメンバーと達也、独立魔装大隊の幹部だけでも十分すぎるし、一時的に協力することになる大亜連合の特殊部隊も弱くはない。そこに“アンジー・シリウス”まで加わらせるのはどうかと思うが、これには一つの打算が含まれている。

 それは、USNAとイギリスの協力体制を揺らがせることだ。

 

「顧傑の逃亡に使われようとした高速貨物船だが、航路の申請書を見る限りではシドニー行きとなっていた。オーストラリアの現状を見る限り、間違いなくイギリスが関与している」

「『十三使徒』ウィリアム・マクロード……頭の中にパンジャンドラム思想でも詰まってるのかな?」

「どういう思想だよ、それは」

「イギリスお得意の二枚舌外交」

 

 既にイギリスが香港経由で大亜連合軍内の日亜講和条約に不満を持つ兵士を唆していることは調べがついている。オーストラリアに関しても近日中にウィリアム・マクロード自ら出向くことが判明している。狙いは日本の人工島であることも……そうやって戦争を煽り立てることを平然としている時点で、『十三使徒』は一種の戦争屋と誤認したくなる気分になってしまう。

 この先、世界の舞台に出てくる『十三使徒』は一部を除いて過激な行動を実行している……いくら戦略級魔法師が特殊だからと言って、何をしても良い訳ではない筈なのだ。それが国益に適うと言っても、力を振るった時点で“宣戦布告無しの一方的な先制攻撃”に他ならない。

 まあ、人のことは言えなくもない訳だが。

 

「そういえば、十師族―――師族会議のシステムも大幅に変わるんでしょ?」

「厳密には監視・守護地域の大幅な見直しだな」

 

 飛び地などにならないよう整理することとなり、その一環で旧魔法技能師開発研究所は稼働している現第三研を大幅に改修して、文部科学省管轄の国立魔法科学技術研究所(通称:魔法研)の中央研究所として生まれ変わる。他の稼働している研究所や旧第一研の跡地に建てられた金沢魔法理学研究所や旧第九研の跡地にある第九種魔法開発研究所は魔法研の各支部研究所となり、師族会議の管理下から外されて政府機関となる。

 閉鎖されている研究所に関しては政府の管理下に置かれる形となり、魔法に関する機密の管理を師族会議に委託することとなる。

 

 一条家は当初の新潟・富山・石川・福井・鳥取・島根から山陰地方が外れて秋田・山形が加わり、東北日本海側・北陸地方を担当することになる。これは佐渡方面の防衛を考えた際、広範囲に日本海を監視するのは効率が悪いと考えており、以前三矢家に打診された山陰地方の監視・守護を要望通りに切り離した。

 山陰地方(島根・鳥取・兵庫北部)と山口は師補十八家から一色家を選出した。元々一条家に近い位置にいたため、引継ぎの意味で受け入れやすい位置にいたためだ。なお、愛梨からは何故か頭を下げられた。あくまで合理的な選択しただけに謎である。

 

 六塚家は青森・岩手・宮城・福島に加えて茨城の太平洋方面に集中してもらう形とした。あれこれと手広くやってもらうよりもリソースを集中させる方が遥かに効率が良くなる。

 七草家が抜けた後の関東地方だが、十文字家は残留となり、後釜として三矢家が関東地方の監視・守護を担うこととなる。理由は至って単純で、現当主の娘が十文字家と四葉家に嫁ぐので三家による連携行動が上手に機能できるのでは、という思惑があった。現行の十師族の中で唯一監視地域を持たないが、これで三矢家も他の家と対等な立場となる。

 八代家・五輪家は現状に変更なし。四葉家は担当地域から三重が外れて愛知・岐阜・静岡・長野・山梨の中部・東海地方を担当し、二木家は広島・岡山・兵庫南部(淡路島を含む)・大阪・和歌山西部を担当する。

 

 七草家は新規地域となる奄美大島・沖縄方面、七宝家は北海道方面を担当することとなった。前者はペナルティによるものだが、後者は当主自らの提案が通った形となる。この辺は「七」の家に関する確執が関係している形だが、国防の最前線で確たる地位を築くことが出来ればこの先の家の存続も安泰になる。

 

 では、残る和歌山東部・三重・奈良・京都・滋賀方面は誰が担当するのか。結論から言えば、ここに関しては現代魔法の家に管理できない部分となる為、「九」の家に関与させるつもりはない。なので、護人の神楽坂家・上泉家が監視・守護を担当することとなる。

 

「古式魔法の家からすれば、『九』の家と確執が完全に消え去っていない以上は『伝統派』の再結成も有り得る。その不安を払拭する意味でも護人の家が管理することになるだろう。正確には護人から管理を委託する形になるが」

「それって、姫梨の実家とか?」

「伊勢家を中心として、いくつかの古式の家に管理を頼むことになる」

 

 そもそも、政府主導とはいえ「九」の数字(ナンバー)を持つ家による魔法実験が尾を引きまくった結果として『伝統派』が生じてしまった。いくらプライド云々があるとはいえ、実利を優先した結果がこの有様だ。ならば、日本魔法協会の本部が京都にある以上、そこに根付いている古式の術者に守りを頼むのは決して間違いではない。

 

「そういえば、お兄ちゃんのお祖母ちゃん―――奏姫さんだっけ。そっちはよかったの?」

「……前世は前世だ。そこに拘っても実利はないからな」

 

 既に言葉として奏姫には伝えたが……自分からすれば前世で不条理な死を遂げた分、今世で自由に過ごせていることは感謝だった。「恨みが無かった」とは決して言えないが、そこに拘っていても何の利も得られない。なので、彼女との関係はこの世界の血縁関係に基づく形として納得していた。

 

 彼女が『夢想天成』を継続発動させていたのは、世界群発戦争によって生じた負の歪みが暴発して重力の壁に穴が開く寸前だったため、それを食い止めるためにあえて奏姫自身を依り代として術を発動していた。自分が『夢想天成』で解除した際に神楽坂家で覚えた結界魔法で壁を補強したので、軽く数百年は問題ないだろう。

 

 前に寿命云々の話をしていたが、奏姫がやったように『夢想天成』で魔法的エネルギーに支配されず自我を保ち続けていた場合、その自我が明確な限り肉体が年齢を経ることが無くなる。というか、逆に“若くなる”。そもそも膨大な量のプシオンを浴びるなんて経験など基本的にない訳だが……調べた自分も思わず首を傾げた。

 

「上泉家に同行したが、爺さんは喜んでたな……うちの両親が恋愛結婚した理由が何となく頷けたよ」

 

 剛三は奏姫が亡くなったと思っていなかった。魔法の才能的には自分よりも勝る彼女だからこそ、この国の為に重要なことをしているのだろうと思っていたらしい。それでも対外的な言い訳として彼女が亡くなったということに一応しておいたそうだ。

 奏姫の部屋が片付けられずに時折掃除されていたのも、彼女がいつか戻ってきたときの為を思ってのことだろう。

 

 ただ、上泉家の家督継承は奏姫が帰還しても元継が継ぐことに変わりはない。寧ろ奏姫は「曾孫を早めにお願いしますね」と発言して周りを騒動の渦に巻き込んでいた。

 

「お兄ちゃんも他人事じゃないよね。私はいつでもウェルカムなのに」

「精神は成人してても、社会的に高校生である以上は未成年だろうに、俺らは」

「ここはこんなことになってるのに?」

「泣かすぞ?」

「きゃーおにいちゃんのおにいちゃんでなかされるー」

 

 顧傑の件が片付いたと思えば、悠元を待っていたのは婚約者と愛人らによる攻勢だった。色に溺れないように心掛けてはいるが、女性陣の積極性にはどこか呆れも含んだような心境だった。

 付け加えると、悠元とセリアがいるのはセリアがいつも使っているベッドの中だった。真面目な話をしようと訪れたら、リーナとシルヴィアがいないのをいいことにセリアが誘惑した結果、こうなった。

 

「別に蔑ろにしてるつもりもないし、可能な範囲でフォローはしてるんだが……俺って節操なしって思われてるの?」

「普段はお兄ちゃんに迷惑を掛けないように大人しくしてる反動なのだよ、ワトソン君」

「俺も学校の風紀を守る側の人間だから、迂闊な事なんてできねえよ」

 

 悠元の婚約者は来月の11日に本決定となることが千姫から伝えられた。現状婚約者となっている面々に加え、五輪澪と一条茜、エフィア・メンサー、そして……七草真由美で打ち止めとなる。

 現婚約者たちの攻勢も、このことで拍車が掛かっている。何せ、学校が休みということで愛梨と沓子が神楽坂家の別邸に泊まっていて、昨日は二人の相手をしていた。

 

 真由美については七草家の籍から二木家の籍に移ることが決まった。これは二木家当主である二木舞衣が三矢家と七草家からの相談を受けて引き受ける形となり、十師族の力を保つという意味で神楽坂家と間接的な縁故を結ぶためのもの。監視・守護地域の観点から言えば妥当だろう。

 

 正直、顧傑の功罪に振り回された気がしないでもない……と思ってしまう。

 




前世関連は出来る限り簡潔にまとめました。あまり引っ張るのも宜しくないと思いましたので。
師族会議はこの話で完了となります。次からは南海騒擾編ですが、変更点がかなり多くなります。
ちなみに、将輝絡みはどこかで閑話扱いとして差し込むかダイジェスト形式にする予定。

敵方に胃薬愛用ポジションが欲しくなった今日この頃(鬼畜の所業)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。