魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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南海騒擾編
諸外国の思惑


 ―――国家公認戦略級魔法師『十三使徒』

 

 核兵器が封じられた形となるこの世界において抑止力であり戦力の切り札と成り得る存在。その数が皮肉にも裏切り者を含んでいるような形となっているのは、果たして偶然なのだろうか。

 公にされているのはその数だが、非公式の戦略級魔法師については世界中におおよそ50人前後はいる、と推測されている。どの国も戦略級魔法を使える人間を確保することで、もしもの時のことを鑑みるのは国家に携わるものとして当然と言えよう。

 

 西暦2097年2月24日。世界が人間主義によって反魔法主義の火がじわりと広がる中、USNA首都―――ワシントンの大統領官邸(ホワイトハウス)にて、ジョーリッジ・D・トランプ大統領は自身の執務室にヴァージニア・バランス大佐を呼びつけていた。

 それは、先日引き渡された顧傑に関する報告であった。

 

「―――以上がジード・ヘイグに関する最終報告となります。刑は予定通り執行され、精神干渉系に得手のあるスターズ隊員が対応いたしました」

「苦労を掛けるな、大佐。いや、この場においては顧問と言うべきなのだろうが」

「そこは閣下のお好きなように仰ってくだされば幸いです」

 

 ヴァージニア・バランスは軍人でありながら大統領直属の軍事関係(主にスターズ)に関する顧問職を任命された。本来軍務に携わるものが政治の中枢に近い場所にいるのは問題視される可能性もあるが、脱走事件の対策の一環として監査の立場にいる人間を軍の最高指揮官たる大統領の直下に置くことで、速やかに情報を得られやすくするメリットを唱えられれば誰も強く反対できなかった。

 

「それで、閣下。今日はどのような要件でお呼びになられたのでしょう?」

「うむ。リーナが正式に四葉の婚約者候補となったことは耳にしているか?」

「噂程度には。参謀本部の一部は四葉を知る機会だと息巻くような有様でしたが」

 

 遡ること一昨日の2月22日、四葉家は一次通過の候補者リストを公表した。秘密主義の四葉家にしては珍しいが、その中にはリーナの名が含まれていた。このリストを公表した目的は、他にも魔法師の男子がいる以上はあまり時間を掛けると余計なやっかみを受けると鑑みた結果である、と四葉家が声明を出した。

 ジョーリッジはあくまでも祖父として孫娘の幸せを願って送り出したというのに、参謀本部があの有様では情けがない……というのはバランス大佐も同意見であった。

 

「全く……彼らはどうあっても『灼熱と極光のハロウィン』の戦略級魔法をどうにかしたいようだが、仮に成功しても我が国が負うリスクヘッジは国家予算規模になるのだぞ。この前FRB(米連邦準備制度理事会)議長と副議長が揃って来て、軍部を抑えるように強く要望された」

 

 USNAの金融政策自体は前身となる旧合衆国を受け継ぎつつ、カナダ・メキシコにも連邦準備銀行を置くことで混乱を最小限にしつつ金融政策の迅速な実行が可能となった。

 政府機関であるFRBの議長と副議長が揃って大統領に頭を下げたのは、かの国―――日本の持つUSNAの国債額が一個人だけで100兆円という無視できない要素を含んでいるためだ。これがもし一度に放出された場合、第一次大戦後に起きた世界恐慌や21世紀初めに起きた世界的な不況すら超える大恐慌を引き起こすことになると推測されている。

 

「その片割れは私も直接聞き及んでいますが、やはり大統領も賛成は出来ないと?」

「当然だ。聞くに、こちらから敵対さえしなければ敵視されることもないのだろう? だが、軍人というのは見えてしまっている恐怖を抑えたいのは気質なのだろう。現に躍起になっているのは大佐とて知っている筈だ」

「それは当然です」

 

 バランス大佐の言葉にジョーリッジはそう吐き捨てつつ、引き出しからデスクの上へ放るように置かれた一枚の書類。「見るがいい」というジョーリッジの言葉にバランスは「失礼します」と断りを入れつつ手に取って目を通す。

 その書類を再びデスクの上に置いた後、姿勢を正したバランス大佐は断言するように呟いた。

 

「彼らは正気ですか? といいますか、誰がこんなバカげた作戦を立てたのですか? ……申し訳ありません、閣下。言葉遣いが乱れてしまいました」

「いや、バランス大佐の言い分もご尤もだ。この情報は参謀本部にいる私のシンパが上げてきた情報でな。本部もUSNA軍を使わない以上は行動を黙認するようだ」

 

 その内容は、大亜連合内にいる日本との講和に反対する勢力を唆し、講和状態にある二国の均衡を再び崩すことであった。明らかに失敗する要素が多い無謀な作戦だが、その作戦の中には失敗することで捕虜となった人物に四葉を探らせることも含まれている。

 バランス大佐から見れば、博打に近いこんな作戦が立案された段階で監査を行って対象者を軒並み吊り上げたくなるほどの杜撰さ。ジョーリッジが書類として提示したということは、恐らく参謀本部がGOサインと同然の黙認をしたとみていい。

 

「私も流石に国防長官へ苦言を呈したが、既に作戦は実行されたようだ。なので、既にこの件はUSNAの関与できる範疇ではない」

「なら、この情報をすぐにでもかの国へ伝えるべきではないのですか?」

「既に送っているよ。問題は……その件にイギリスが関与してくるかもしれん」

 

 ジョーリッジが聞いた範囲では、大亜連合軍において講和条約に反対する勢力が多いのはどこも同じだが、香港方面でイギリスの諜報員と思しき人物が積極的に関与しており、大陸側にいる軍人魔法師が相次いで脱走していると報告を受けている。

 

「我が国でも無理だったものをイギリスがどうにか出来るとは思えん。失敗することも織り込み済みなのだろうが……彼を敵に回すことがどういう意味を持つのか分かっていない連中が多すぎる」

 

 ジョーリッジからすれば、『グレート・ボム』と呼称された魔法よりも『シャイニング・バスター』と呼ばれた魔法の方が恐ろしいと思っている。何せ、その魔法が通り過ぎた後には何も痕跡が残らなかった。同時に発動したとみられる『トゥマーン・ボンバ』の魔法式すらも綺麗に消え去ったほどに。

 

「その彼がセリアと婚約を結ぶことになったのは正直僥倖だった。最悪は私の政治家生命全てを賭す意味でも訪日し、土下座も辞さない」

「……その時は私も同行して頭を下げます」

「そうか……ありがとう、大佐」

 

 USNAのトップが自国に返ってくる被害を現実的に考えられているというのに、かの国にある脅威を取り除くことに腐心している連中がいる。人間主義の脅威が完全に消え去っていない以上、現代魔法の先進国として取るべき立場がある。

 悲しいことに、ジョーリッジやバランス大佐のような常識的な判断を下せる人間が少ないというのが一番の問題であり、それは何もUSNAに限った話ではなかった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 オーストラリアのダーウィン基地。かつては民間国際空港として賑わったが、世界群発戦争後にオーストラリアが国家の政策として厳しい出入国制限が設けられ、民間空港としての役目を終えた。その代わり、イギリスの肝いりで魔法師研究施設が建設された。

 第三次大戦後にイギリス連邦は事実上消滅したという形となっているが、歴史的背景による国家のコネクションは未だに健在である。新イギリス連邦として立ち上がることが可能ではあるが、それが唯一の手段ではないことはイギリスもオーストラリアも理解している。

 

 ダーウィン基地に一機の極超音速輸送機が降り立つ。成層圏上層を音速の六倍で飛ぶ爆撃機に転用可能なイギリス軍の最新鋭機が使われた理由は、送り届けた乗客がイギリスにとってVIPと呼ぶに等しい人物であった。

 その輸送機に対し、正式な儀式とでも言いたげに基地司令をはじめとした基地の幹部クラスが軍帽をきちんと被って敬礼している。それだけでなく、国旗の掲揚台にイギリスとオーストラリアの国旗が掲げられるほどの様相で出迎えられたのは一人の男性。彼は高級将校や有力政治家ではなく民間の魔法研究者だが、オーストラリアにとって魔法技術を齎した人間であり、イギリスにとって国防力を左右する重要人物であった。

 

「サー・ウィリアム・マクロード。我々はイギリスの英雄を歓迎いたします」

「丁寧な歓迎、痛み入ります」

 

 イギリスの国家公認戦略級魔法師―――『十三使徒』の一人であるウィリアム・マクロード。年齢は60歳で、銀髪を綺麗に撫でつけた長身痩躯の老紳士。マクロードは丁重に出迎えたダーウィン基地司令と握手を交わす。

 そして、基地司令の副官に導かれる形でマクロードはロールスロイスのリムジンに乗り込んだ。

 

 リムジンが向かった先は基地シェルターの奥深くに守られた研究所であった。そこは調整体魔法師の研究・製造施設であり、かつてマクロードはここでオーストラリア軍に魔法師()()を指導していた。

 調整体のみならず自然発生した魔法師の強化にもマクロードのノウハウが生かされており、オーストラリアにとってもマクロードは一種の“英雄”足り得る存在とも言えた。

 

「待たせたね、ジャズ。ジョンソン大尉も変わりないようで何よりだ」

「いえ、サーにこうしてお会いできることに勝る喜びはありません」

「恐縮であります、サー」

 

 そんな彼を出迎えたのは、一組の男女。女性はどう見ても12ないし13歳の少女であり、男性は30歳代。見た目だけで言えば「似ていない親子」の有様だが、双方共にオーストラリア軍の軍服を着ているし、少女に関してはその見た目でありながらも実年齢は既に20歳を超えている。

 

「私も二人に会えて嬉しいよ。早速だが、話に入ってもいいかね?」

「問題ありません」

「では二人とも、楽にしてくれたまえ」

「ハッ!」

 

 マクロードはソファに座るが、「ジャズ」や「ジョンソン大尉」と呼ばれた少女と大尉は休めの姿勢を取っただけで座るような素振りは見せなかった。彼は二人に対してそれを咎めもせずに話を続けることとした。

 

「二人とも、話は聞いているかね?」

「イエス・サー」

「貴国にとって不本意な作戦とは思うが、近年の日本における軍事力増強は著しく、これ以上は世界のパワーバランスの観点から見て好ましくない。この作戦は貴国だけでなく、イギリスにとっても有意義なものとなろう……ウィリアムズ大尉、かの国に何か因縁があるのかね?」

 

 マクロードが話しかけた「ジャズ」の名で呼ばれた少女―――本名はジャスミン・ウィリアムズ大尉。マクロードが直接調整を手掛けた調整体魔法師「ウィリアムズ・ファミリー」の一人だ。

 「日本」という単語に反応したのか、その彼女の表情が若干険しくなったことにマクロードが問いかけると、ジャスミンは苦々しい表情を隠そうともせず、淡々と呟いた。

 

「かの国に対する敵対心ではありません。ですが、かの国と思しきアジア系の人間に煮え湯を飲まされたのは事実です、サー・マクロード」

「ほう? その話は私も初耳だな。ジョンソン大尉は何か御存知かな?」

「数年前、軍の命令で親子と思しき二人組を追跡したのですが、ものの見事に煙に巻かれてしまいました。小官の自己加速魔法でも追い縋れないほどに速かったのです。申し訳ありません」

 

 ジャスミンの言葉にマクロードが興味を示すと、ジョンソン大尉はありのままに起こったことを答えた。

 当時から二人一組(ツーマンセル)を組んでいたジャスミンとジョンソンはオーストラリアに観光目的で入国したアジア系男性の二人組を追跡する任が与えられた。だが、その彼らの気配察知能力はおろか人智すら超える速度で追跡をあっさりと振り切った。ジャスミンは自身の魔法で彼らを足止めしようと試みたが、その悉くを無力化された。

 マクロードが良く知る二人ですら止められなかったその人物らに、彼は些か興味を持ち始めていた。

 

「いや、私は興味本位で聞いただけで、君らを咎める権限など持ち合わせていないよ。それほどの実力を持つアジア系の親子は私も興味はあるが……おっと、話が逸れてしまったね」

 

 マクロードとしても興味は尽きないが、話の本題を忘れてはいけないと言いたげに懐からカード型ストレージを取り出した。

 

「聞いているのは作戦の概要だけと思うが、ここに作戦の詳細が記されている。当然だが、地名と人名は省かれている。攻撃の対象は沖縄諸島、久米島の沖合。日本が建設した資源採掘用の人工島だ」

 

 もし、マクロードが先程ジャスミンの話に見当がついていれば、その作戦を提示することに躊躇ったのかもしれない。だが、マクロードは当該人物に心当たりがなかった。ジャスミンとジョンソンも軍の命令で追う際、顔写真は見せられてもその人物の名は聞かされなかった。

 

 理由は「その人物の片割れが世界的な英雄の一人であり、オーストラリア軍が彼の誘拐を指示したなどと言えるはずがないから」だ。

 更に付け加えるとするならば、安くない代償としてオーストラリア海軍の軍艦が十数隻エアーズロックの上に突き刺さる被害を受けていた。こんな事実が世界に公表された場合、オーストラリアは自らの手で自身の首を更に締め上げることになる。

 

 それだったら何も作戦に参加しなければ良かっただろう、と彼らを良く知る人間からすればそう辛辣に吐き捨てられるのかもしれないが、「無知」というものは真に恐ろしいものである。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 所変わって、南アメリカ連邦共和国(SSA)の首都ブラジリアにある大統領府。その執務室のデスクに座る褐色のがっちりとした体格を持つスーツ姿の人物ことディアッカ・ブレスティーロ大統領と傍には秘書官がおり、デスクを挟む形で軍服に身を包んでいる白人の男性―――ハンス・エルンストがいた。

 

「エルンスト大佐(国を移った際、戦略級魔法師という事情を鑑みて昇進した)、急な呼び出しをして済まないな。奥方と貴重な時間を割いたことは詫びねばならん」

「いえ、お気遣いなく。して、今回はどのようなご用件でしょうか?」

「うむ。実は来月、日本の久米島沖に人工島『西果新島(さいかしんとう)』の竣工記念パーティーが予定されていることは貴官も聞いているな?」

「ハッ」

 

 日本の海底資源採掘用の人工島が完成した記念のパーティー。本来ならば国内の関係者に限定しての催しとなる予定だったが、この世界では少し事情が異なる。

 今年の初めにディアッカは訪日し、その際に日本政府と資源開発に関する提携の協定を交わした。それは将来『恒星炉』の技術提供を睨んでのものだが、日本との友好をアピールすることでUSNAやEUに対する牽制を早い段階から進めておこうという狙いも含まれている。

 

「本来の筋ならば向こうの国内の関係者に限定される話だが、そのパーティーを工作員が狙っているとの情報提供があった」

「……ならば、出席は控えるべきかと小官は具申いたしますが」

「それが普通だと思うが、私はその工作自体が成功すると考えていない。寧ろ失敗することを前提に置いている可能性もある」

 

 ディアッカは大統領であった以前に軍人としての経験がある。彼の場合、軍人以外に政治家としての資質が開花してしまったために大統領へ担ぎ上げられた。それはともかく、ディアッカは現時点で得られている情報の内容から察するに、その工作自体が成功ではなく失敗を前提に組まれたものだと推察していた。

 

「閣下、その根拠をお聞かせ願えますか?」

「うむ。まず、あの人工島を仮に爆破するとしても要人を狙ったという意味では正解だが、戦略的価値としては低くなる」

 

 ディアッカが事前に受け取っていたリストでは、政府に近い要人クラスの人間は幾人かいるが、人質としての価値を考えると釣り合いが取れない。人工島自体には一時的な構造強化として魔法技術が使われていて、東京オフショアタワーで採用された技術も取り入れられている。そこを爆弾で爆破するというのはどう見ても「現実的ではない」とディアッカは考慮していた。

 

「仮に成功して日本と大亜連合が戦争状態となった場合、誰が得をするのかと考えれば……新ソ連、欧州、そしてUSNAといったところだ」

「閣下は、USNAのことを信用してはいないと?」

「当然だ。先日のテロリストに関してもUSNA内部のスキャンダルが関係している噂もある。火のない所に煙は立たぬよ」

 

 ディアッカとて頭ごなしにUSNA全体を否定的に見ているわけではない。だが、政府の中には所謂“祖国至上主義”とも言える過剰なナショナリズムがあるのも事実。その一人がエドワード・クラークなる人物だとディアッカはそう睨んでいた。

 

「話を戻すが、そんなことになれば我が国とて無関係とはいくまい。一時的な平和とはいえ、日本と大亜連合の講和状態を崩壊させることは断じて認められない。そこで、ハンス・エルンスト大佐。貴官には私の護衛として同行し、日本軍と協力して敵の工作活動を防いでほしい」

「……ハッ! 微力を尽くします」

 

 虎の子とも言える戦略級魔法師を連れ出すリスクは当然ある。だが、表向きの戦略級魔法師としてこの国にはミゲル・ディアスがいる以上、ハンスを国外に出すことのメリットは当然存在するし、ハンスの得意な魔法であればどの状況下でも十全に動けると判断してのものだ。

 

「事前の情報では、大亜連合からの脱走兵に協力している勢力があるらしい。以前上泉家から貰った情報から考慮すれば、可能性があるのはイギリスの関係―――オーストラリアが関与してくる可能性もある。そうそう、そちらの奥方も同行させたいが構わないかね?」

「……私はまだ結婚していないのですが」

 

 法律上では結婚していないハンスだが、大統領はおろか周囲からも既に妻扱いされている10歳年下の婚約者がいる。完全に夫婦扱いされていることに対して、ハンスはもう抵抗するのを諦めていた。彼の中にいるもう一人の“ハンス”からは寧ろ煽られる始末であり、ディアッカからの命令を受けたのはせめてもの抵抗の表れなのかもしれない。

 




南海騒擾編ですが、悠元の影響を受けている卒業生組と海外勢の動きにも変化を加えています。

・服部、沢木、桐原、紗耶香、あずさが悠元の影響を強く受けている。
(主に実力面)
・南アメリカ連邦共和国の存在による変化。
・リーナが日本にいる。

 現状はこの辺りの変化が大きく左右してくることになります。

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