魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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悩みの種は海の向こうから

 スキンシップ……と呼ぶべきかどうかはともかくとして、悠元と深雪はシャワーで汗を流してからお互いに朝食を取っていた。

 

「たまには贅沢するのも悪くはないな」

「そうですね」

「私は落ち着かないのですが……」

 

 バルコニーにあるテーブルでゆったりとした時間を過ごす二人に、水波は恐る恐る反論を述べていた。

 高級ホテルの最高級とも言える持て成し。悠元が神楽坂家現当主、達也が四葉家の次期当主、深雪が悠元の婚約者として公表されている以上、護人・十師族の当主クラス―――VIPともいえる要人なら本来であればもう少し警備の人間がいても何ら不思議ではないが、神楽坂家お抱えのグループということもあり、警備面で万全の体制が取れるスイートルームの選択に異を唱えるつもりはなかった。

 水波が恐縮してしまうのは育ちの部分が滲み出ているからだろうが、四葉家の体面上で深雪のガーディアンであるという事実は未だに消えていない為、護衛の人間を別の部屋に泊まらせるのは現実的ではないという悠元と達也、そしてリーナの援護射撃によって水波は渋々受け入れた。

 

「本来であれば水波も客人の側なのだがな」

「悠元様のお世話をしたいのです、って。水波ちゃんらしいわね」

「お二方とも……」

 

 実を言うと、部屋割りの際に水波は達也とリーナの方に行こうとしたわけだが、そこは深雪が「悠元さん、水波ちゃんを引き込みましょう」という鶴の一声で決まった。その裏ではリーナとの約束もあるわけだが。

 水波はせめてもの抵抗ということで悠元と深雪の世話役をすることで自身を納得させていたのだった。この国にチップという習慣はないし、従業員にも害はないのでそれぐらいはさせてやることにした。

 

「改めてになるが、昨日はお疲れ様。疲れは取れたか?」

「はい。一杯愛してもらいましたし」

「……あー、うん。そうだな。今日は天気もいいし、遠出でもするか?」

 

 そういう関係になったのは既に受け入れたものの、どこか気恥ずかしさがあるのは事実。それは悠元だけでなく深雪も同様であった。そんな感情面のことは置いといて、悠元は深雪に提案した。

 

「はい、喜んで!」

 

 深雪には『神将会』の絡みで今回の任務に関する説明を事前にしている。脱走兵の部隊などを見つけるのは本来国防軍の仕事であり、自分たちはあくまでもその協力要員に過ぎない。「別にリーナのように街中で戦略級魔法を放つわけにもいかないだろう?」と述べたら深雪はあっさりと納得してくれた。

 そもそも、今日一日の深雪のスタンスは「悠元の下僕」である。彼女としては日頃からそうなりたい欲求があるが、公での立場もあるのでそれは止めて欲しいと悠元が止めている。その反動が深雪の甘える行動に繋がっているわけだが。

 ……深雪の誕生日なのに、自ら立場を下げるような扱いにして欲しいというのは釈然としないわけだが、婚約者の可愛い我儘ということで大人しく呑むことにした。

 

「水波も同行してほしい」

「畏まりました。達也様方はどうなされますか?」

「そっちも同行する。船に乗るから、動きやすい服装にしてくれ。別に急ぐ必要は無いからな」

 

 深雪と水波が奥の部屋に行ったのを見届けてから悠元も着替え始めたのだった。その際、特にハプニングとなるようなことは起きなかった……悠元たちの方は。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 達也たちも誘う形で遠出をすることになった訳だが、腰を擦るような動きを見せていたのはリーナだった。何があったのかといえば、達也とリーナが“若気の至り”に繋がるような行動を見せていた。事情を聴くに、達也のほうの歯止めが効かなかったらしい。その前にリーナが誘惑していたのもあるので、この場合は痛み分けなのだろう。

 既に達也の『再成』で治っているとはいえ、未だ疑心暗鬼になっているのは仕方がないのかもしれない。身体的に異常がなくとも、精神的なものでどうしても疑ってしまうのはよくあることだ。

 

「ううっ、タツヤってばハード過ぎるわ……いや、ワタシのせいもあるけど」

「この場合は俺も悪いな」

「……同類?」

「かもしれませんね」

「そこの万年バカップル、アンタたちがそれを言う?」

 

 達也とリーナが互いに謝罪している光景を見た悠元と深雪が揃って首をかしげると、これにはリーナが食い掛ろうとし、達也が肩を抑えて宥めていた。これには水波も苦笑しか出てこなかった。

 悠元の案内で港に着いたわけだが、そこには昨日会ったばかりの桧垣ジョセフ軍曹が停泊しているクルーザーの前に立っていた。

 

「よう、悠元」

「今日は宜しく、ジョー」

「……えっと、悠元さん。これはどういうことです?」

 

 悠元と達也、そして目の前にいるジョー以外は行き先を知らない為、深雪が尋ねるのも無理はない。今回の遠出の企画者として悠元が説明を始めた。

 

「元々飛行機で行く予定だったんだが、ジョーのほうが船を出してくれるということになったんでね。折角の沖縄だし、お言葉に甘えさせてもらうことにしたんだ」

「桧垣ジョセフ軍曹であります。本日は皆様の護衛を務めさせていただきます」

 

 悠元の説明が終わると、ジョセフが平服姿でありながら敬礼をした。一昔前のチンピラのような態度から比べると愛嬌が出てきたように見えてしまう。これには達也も思わず微笑むような表情を見せていた。

 

「まあ、護衛というよりも接待だな。お偉いさんが『四葉』の名を無視できないのもそうだが、悠元の場合だと上泉剛三殿の孫に加えて『神楽坂』の当主だしな。ま、お前さんの国防軍内での肩書きも大きく影響してるんだが」

「なるほど、ジョーも聞いてるのか」

「悠元と仲が良いって理由が大きいがな。それと、5年前の一件のせいだ」

 

 悠元が国防陸軍特務中将という高官である事実を知るのは国防軍全体でもほんの一握りで、本来軍曹の階級であるジョセフがそれを知ることはない。だが、5年前の事件で近い関わりを得てしまったため、悠元の内情を知ってしまう一人となった。

 その口止めとして来月には少尉への昇進が決まっており、それに合わせて関東方面への部隊配属転換となることもジョセフが説明した。

 

「別に騒がなければこちらも手を出す気はないんだけど」

「分かってはいても心配しちまうのが軍人の性だからな。そこに風間中佐の入れ知恵もあって、俺が護衛を務めることになった」

 

 ジョセフが借りてきたのは最新鋭のクルーザーで、本来軍の将校クラスの視察用に使われるものを乗組員ごと借りて来たらしい。その理由付けになってしまった悠元の表情がジト目になっていたのは言うまでもない。

 

「悠元のリクエスト通り、石垣島でいいんだな?」

「ええ。島に着いたらジョーは達也らの観光案内をお願いします。こちらは寄るべきところがありますので」

「石垣島ですか? 驚きました」

 

 深雪もそこまで遠出するつもりだったのか、と驚かざるを得なかった。流石に沖縄本島から程近い離島ぐらいかと思っていたのだろう。元々原作で行く予定だった場所だが、悠元にとってはもう一つの用件をこなすために足を運ぶ必要があった。

 

「天候次第では中止せざるを得なかったからな。早めに伝えて落胆させたくなかったんだよ」

「そうだったのですか。嬉しいです」

 

 深雪は言葉通りの表情を悠元に向けていた。

 

 沖縄本島から石垣島までの約400キロメートルを3時間。流石に高官視察用のクルーザーということもあって、道中は快適に過ごせた。達也とリーナ、そして水波はジョセフの案内で観光スポット巡りをすることになり、残った悠元と深雪も悠元が運転するレンタカーで走り出した。

 

「済まないな、深雪。本当なら観光名所巡りでもさせたかったんだが」

「お気になさらないでください。それで、どこに向かっているのですか?」

「俺のもう一人の祖父―――三矢(みつや)舞元(まいと)がこの島に居を構えていてな。折角だから挨拶しに行こうかと思って」

 

 悠元の血縁上の父方の祖父こと三矢舞元。十師族・三矢家初代当主でありながら、引退後は関わりを極力持たないように隠居生活を送っている。それでも国防軍との関わりで彼を知るものが多く、この島で琉球空手の道場兼魔法の私塾を営みながら農業に勤しんでいると元から聞いた。

 年齢は90歳の大台を迎えているが、魔法師の性なのか風貌は歳不相応とのことらしい。

 

「俺一人でも別に良かったんだが、聞いた話だと四葉の先々代当主こと四葉元造とも顔見知りらしくてな。その孫娘を見たいと言ったそうだ」

「そうだったのですか。私としても義理の祖父になりますので、吝かではありませんよ」

「……ありがとう、深雪」

 

 車を走らせること20分。元から事前に聞いていた住所の場所に着くと、見た感じはこの地域の伝統的な家屋だが、他の家と比べると倍以上は大きい。隣接している道場の方からは元気のよい声が聞こえてくる。流石に知り合いもいないのでどうしたものか悩んだが、ともかく声を掛けようとしたところで後ろから声を掛けられた。二人が振り向くと、買い物帰りと思しき若い女性が立っていた。

 

「あの、どちら様でしょうか? 見るからにこの辺の方ではないとお見受けしますが」

「東京から来まして、こちらに舞元さんがいるとその方の息子さんから窺いまして」

「あら、夫のですか。少しお待ちくださいね」

 

 そう言って家屋の奥に入っていく女性。見るからに十代半ばから後半ぐらいの容貌だったが、金髪碧眼の女性が悠元の祖父のことを「夫」と呼んだことに首を傾げた。これには深雪が尋ねてきた。

 

「どうかしたのですか、悠元さん?」

「いや、父から聞いた話では独身のはずだと言っていたんだが……何がどうなってるんだ?」

 

 元が嘘をついているとは思えないが、仮に今の言葉が事実ならば三矢家の“分家”が存在することになってしまう。もしかしたら内縁の妻という可能性も拭えない為、邪推は避けようと思ったところで家屋の奥から一人の男性が顔を見せた。髪は白いがきちんと整えられており、がっちりとした筋肉は偉丈夫の面影を残している。そして、その男性は悠元の姿を見ると駆け寄ってきて抱きしめたのだった。

 

「おー、悠元ではないか! 九校戦の活躍はしっかり見ておったぞ!」

「え、ちょ、何?」

「ハハハ、まあ分からなくもないか。お前さんが物心ついてから出会うことはなかったからな。それでも、元の奴が律儀に写真を送ってくるから、わしはすぐに分かったぞ」

 

 見た目は年齢で言うなら30歳前後……この人物こそが悠元の祖父である三矢舞元その人だった(三矢家と極力関わりを持たないように長野の姓を名乗っている)。舞元は悠元から離れると、その近くにいた深雪に視線を移した。

 

「初めましてになるかな、司波深雪さん。わしは長野(ながの)舞元(まいと)。かつて三矢の名を名乗っていた人間で、悠元の祖父に当たる。よく見れば、泰夜の面影があるの」

「はじめまして、舞元さん。悠元さんの婚約者の司波深雪と申します」

「これはご丁寧に。さて、遠慮せずに上がってくれ」

 

 舞元の招きで家屋に上がった二人。先程出会った女性が淹れてくれたお茶を頂きつつ、悠元と深雪が隣り合う形で舞元と向き合っていた。そして、話題を切り出したのは悠元の方だった。

 

「既に戸籍は別だけど、祖父さんと呼ばせてもらうよ。で、祖父さん。先程の女性はどういうことなの? 事と次第によっては父に全部伝えるよ? 今の俺は師族会議の議長だから」

「何と……いや、剛三の奴から聞いていたが……そうだな、どこから話したものか」

 

 今でも剛三や元と連絡を取っていることはさて置き、舞元は話し始めた。

 舞元は四葉の復讐劇で後方支援に徹し、その時に培ったコネや家業を元に継がせて当主の座を退いた。元々は戦闘機や戦車などの中型・大型の兵器関連も取り扱っていたが、軍人魔法師が取り回ししやすい武器や兵器を専門に扱う意味合いで小型兵器のブローカー業に専念させつつ日本国外の軍事情報を師族会議に提供する役割に特化させた。

 

「そのせいで十山家の奴が増長しおったが……悠元のお陰で大分鳴りを潜めた。感謝する」

「お陰って言うか、向こうが勝手に自爆しただけだよ」

「そうか。おっと、話が逸れたな」

 

 先程の女性は今から5年前―――沖縄海戦の直後だった。舞元の妻に当たる女性は元が当主を継いだ翌年に亡くなっており、元と詩歩の仲睦まじさを見れば舞元が無理に再婚する必要も無いと判断し、ずっと独身だった。

 

「その時、わしは民間人の避難を先導していてな。大亜連合が引き上げた後、砂浜に流れ着いた少女がおった。それが先程お主等と出会った人よ」

「……身元は分からなかったのか?」

「身分を示す様なものは恐らく流されたのじゃろうな。あの戦いでは戦略級魔法も使われたらしいので、その際に海へ投げ出されたのかも知れぬ」

 

 元々宣戦布告無しの大亜連合・新ソ連の同時侵攻だったため、それに巻き込まれた民間船がいたことも聞いている。舞元は最初戦闘に巻き込まれた『レフト・ブラッド』の可能性を探ったが、少なくとも日本国内にいる外国籍および帰化した外国人ではなかった。更に、日本へ入国した外国人の中に彼女は含まれていなかった。更に舞元が困ったのは少女が“記憶喪失”だったことだ。

 

「サイオンの流れを見るに、少なくとも魔法師なのは違いなかった。そうなると、身分を偽って渡航―――あるいは亡命しようとしていた線も否めん。だが、息子に知られれば七草辺りが口煩く言うかもしれん。なので、最悪わしが全ての責を被る意味で隠すことにした。記憶が戻れば彼女の好きにさせてやることもな……正直、老い先短いわしに惚れんでも良かったとは思うが」

「……祖父さんの自業自得かと」

「そうやって辛辣に言いのける辺りは詩歩さんや奏姫さんの血を継いでおるな」

 

 記憶が戻るまで……そう言い聞かせて少女の看病をしていた舞元だが、彼女は献身的に接してくれる舞元に惚れ、更には周囲の人々から実質的に夫婦扱いされている。彼女は戦争難民として届けられ、戸籍不明のままでは不自由なために日本国籍を取得させることにしたそうだ。その辺の手続きは剛三や千姫も関与している、と舞元は説明した。

 

「悠元さん、どうにかなりませんか?」

「記憶を取り戻させるならそう難しくはないけど……何か嫌な予感がするんだよな」

 

 正直、彼女の存在がこの先の“何か”に関連するのは間違いなかった。単なる直感だが、この世界が原作通りの流れにある程度沿いつつあるのは間違いない。そうなった場合、この女性も無関係とはいえない……何故だか、そんな気がしてならなかった。

 

「……悠元。彼女の記憶を戻せるのか?」

「出来る。ただ、取り戻した直後に意識の混濁で暴れる可能性もある。最悪の場合、俺が責任を持つ」

「いや、わしが責任を持つ。こればかりはいくら孫でも譲れぬよ。この先の寿命を考えれば妥当だと思っておる」

 

 舞元が責任を持つと聞き遂げた上で、彼はその女性を呼び出した。悠元は女性に記憶を取り戻す意思があるかどうかを尋ね、彼女は記憶を取り戻す意思があることと今までの記憶が喪失する危険性を悠元に尋ねた。だが、その危険性は無いと悠元はハッキリと断言した。

 今回使うのは、悠元の固有魔法の一つ『領域強化(リインフォース)』。『天陽照覧』の場合、対象の状態が変化した後の記憶が喪失する現象が見られたためだ。その点、前者であれば“記憶喪失”という不全の状態を治療するため、喪失後に得た記憶が喪失する危険はない。ただ、実質的に二つの人格を融合させることになる為、記憶を取り戻した直後は記憶の混濁による暴発的な行動を起こすことがある。

 

 そして、悠元は『領域強化(リインフォース)』を彼女に対して使用した。無論、記憶を治す過程で悠元はその女性の記憶を読み取ったわけだが、それが悠元にとって新たな悩みの種となったのは言うまでもなかった。

 




 不定期とはいえ、1週間も空けてしまいました。ドレッドは強敵でしたね(遠い目)

 少しだけ出していたオリキャラがようやく登場。更に、もう一人出しました。後者に関しては今後の展開のキーに成り得るかもしれない人間とだけ言っておきます。まあ、どう動かすかも決めていませんが(何

 

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