魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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校内への襲撃

 その後というか、厳密には達也が返事を待っていた紗耶香の言葉というのが、どうにも漠然としたようなものだったらしい。なので、達也としては『未公開文献の閲覧資格』と『魔法科高校の卒業資格』さえあればいい、ということだけ伝えて達也は去った。事実上の決裂ということだ。

 

 その翌日、二科生による放送室占拠があった。幸いにも紗耶香のプライベートナンバーを聞いていた達也のおかげで割と穏便に済んだ。なお、深雪からそのことについてこと細かく聞かれたまではよかったのだが……ここで達也は、悠元に深雪の機嫌取りを丸投げした。深雪には甘いあのお兄様がである。

 結果、達也の誕生日プレゼントの買い物に付き合うことで納得してくれた。

 

 さらに翌日、生徒会(厳密には真由美一人)と有志同盟で急遽公開討論会が行われることとなったのだが、当然生徒会役員である深雪と悠元も参加する。

 悠元とほのか、それに燈也の席が隣同士ということもあって、気が付けばそこに雫と深雪が来て『優等生5人組』となる。たまに英美も来たりしているが、それ以外の生徒は近寄りがたいと不満を垣間見せていた……別に話しかける分には問題ないと思うのは俺だけなのだろうか。

 

 先日の襲撃の件は今後気を付けるようにと言い含めるだけに止めた。雫の家はかなりの大企業グループであり、その危険性も認識してくれていた。暫くは通学時に家の者が警護に就くようだ。

 実は雫の家である北山家は三矢家とも関わりがある。雫と面識を持っていたり、雫の家族が上泉家に行ったことがあるのはこの辺の誼からくるものだ。

 

 話を戻すが、二人の様子は揃って気が乗らないといった感じだった。これには燈也が反応する。

 

「二人とも気が乗らない、って顔をしてるね……彼らの主張って評価待遇の改善だけど」

「生徒会に言うんじゃなく学校に言えって気もするが……そもそも、そんなこと言うなら魔法以外で実績を上げていて、評価が目に見えて不当な扱いなら通る話だぞ。そうじゃないなら奴らの主張は“論外”だ」

 

 念のためにここ最近の生徒会・部活連の予算執行を全部ひっくり返して調べる羽目になった。

 それを見ても大会実績から反映された予算を組まれているのは確か。魔法競技系が高いのは一概に言えばCADなどの魔法の備品購入に関連するものばかりで、それに見合った実績も示している。それを棚上げにして優遇というのは筋が通らないだろう。

 

「悠元さんの言うとおりね。実績なしに評価が欲しいというのは、その高い評価を受けている人達にぶら下がっている感じがするわ」

「深雪ってたまに思ったことをザックリ言っちゃうよね」

「悠元もそうだけど、深雪って意外と容赦ない性格?」

「そうよ、私って冷たい女なの」

 

 冷たいねえ……冗談だと思うが、冗談に聞こえないんだよな。そう思っていると、深雪が笑みを浮かべて悠元の背中を抓った。

 

「痛いです、深雪さん。何も思っていないんですが?」

「いえ、私の勘が良からぬことを思っていると呟きまして」

 

 こんな風なことがたまにあるものだから、周りの男子連中から『アイツ、深雪さんと慣れ慣れしくして……』などと小声で話しているが、“全部聞こえてる”ことを知らないのは幸せだと思う……この場で俺か達也の悪口を言った瞬間にその当人がコールドスリープになるだろう。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 そんなこんなで公開討論会が開始されたわけなのだが、想定された通りの展開となっていた。

 

「討論会じゃなくて七草会長の講演会になってないか、これ?」

「安心しろ、俺もそう思う」

 

 もはや真由美の独壇場であった。いや、この場合は独演会と言うべきなのかもしれない。このまま終わればいいと思っていたが、そうは問屋が卸さなかったようだ。爆発と思しき振動……連中が攻めてきたことを意味する。ガス弾については服部が対処し、入ってきた襲撃部隊については摩利が気流操作でガスマスク内を窒素で満たし、窒息で気絶させた。

 実技棟方面に向かうと、レオが複数の敵と戦っていたので、襲撃者全員に魔法をかけて上空に吹き飛ばすと、そこから横回転をかけて叩き落とす反復加速・移動系複合術式『蓮華(れんげ)』で黙らせた。

 

「なんか悲惨な光景になってるけど……死んでないよな?」

「大丈夫だ。ちゃんと加減はしてる」

「吹き飛ばすだけでも良かった気がするんだが」

 

 達也の言い分も尤もだろう。その魔法を使った理由は単に悠元のストレス解消があったことは秘密である。すると、レオと自身のCADを抱えて走ってきたエリカと合流して状況を確認。すると、遥が悠元たちのもとにやってきた。彼女の話では、彼らの狙いは図書館―――魔法大学の未公開文献や魔法技術が狙いだと話した。その上で『カウンセラー』として紗耶香に機会を与えてほしいと願ってきた。

 

「成程、そういうわけですか……達也、いくか」

「ああ、そうだな」

 

 二人が走り出すのにつられる形で深雪、レオ、エリカも走り出す。そんな途中で悠元はエリカに話しかける。

 

「エリカ、壬生先輩と遭遇したらその時は頼む」

「……あんたじゃなくていいの?」

「この場合だとエリカにしか頼めない……まあ、将来の身内の尻拭いだな」

「げえっ……あの女の? わかったわよ……納得いかないけど」

 

 ここにきて原作を思い出すというのは恥ずかしい限りだ。なので、エリカに紗耶香との戦いを任せることにした。図書館は案の定乱闘模様になっていた。そこにレオが『装甲(パンツァー)』と声を上げて割り込む。今では珍しい音声認識タイプの武装一体型CADだ。そして、悠元もここに割り込むことにした。

 

「図書館は三人に任せた。ここは俺とレオで引き受ける!」

「解った」

「お願いします!」

「頼んだわよ!」

 

 3人を見送ったあと、悠元は懐のホルスターからワルキューレを抜き、躊躇いなく引き金を引いたのだった。

 この時の様子を横目で見ていたレオ曰く『襲撃者全員を瞬く間に沈黙させたあたりはすげえが、あの乱闘状態で襲撃者だけを全員いっぺんに打ち上げて叩き落とすなんて芸当、俺には無理だろうな』とのことだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 襲撃部隊は無事鎮圧し、図書館にいたメンバーも全員拘束完了。特別閲覧室からの情報漏洩は阻止された。司甲については風紀委員が取り押さえ(ほのかの光学系魔法によるリアルタイム撮影で居場所が判明した)、紗耶香はエリカの手によって鎮圧された。

 その後、保健室にて達也と深雪、悠元、レオにエリカの1年組、生徒会長の真由美、部活連会頭の克人、風紀委員長の摩利の面々がベッドで上半身だけ起き上がった紗耶香と対面した。

 

 紗耶香が言うには、入学当初摩利に剣を教えてほしいとお願いをしたのだが、すげなくあしらわれたことが屈辱的に感じ、司甲に連れられてブランシュのセミナーに参加した際に記憶操作を受けていたような発言があった。

 

 だが、ここで摩利が自分の発言を思い出すように呟く。剣の腕前では摩利よりも紗耶香のほうが上であり、今の自分に見合う相手と稽古してくれ、と思って言っていたらしいのだが……ちゃんとそのことを口に出していれば違ったかもしれないと感じた。呆然とした後に今までの一年は何だったのかと自問する紗耶香に達也は剣の腕は歪むことなく、しっかりと成長していたことを話した。

 千刃流の印可であるエリカが認めたほどの強さ……紗耶香は近くにいた達也に縋って泣いたのだった。

 

「……さて、問題はブランシュの奴らがどうしているかですが……」

「司波、まさかとは思うが……連中を叩き潰す気か?」

「無論です。俺と深雪の生活を脅かしたのです。その脅威の排除は最優先事項です」

 

 達也は克人の問いかけにも臆することなく言い切った。そこには妹に対する情動と四葉のガーディアンとしての責務もあると悠元は感じた。それと同時に、達也は反対意見を述べない真由美や摩利に少し疑問を持っていたが、その答えを克人が提示した。

 

「……三矢の想定通りか。解った、俺も同行しよう。十師族の一人として、一高の生徒としてもこの事態は看過できぬからな。七草に渡辺、お前たちは校内を頼む」

「ええ。摩利も異存はない?」

「ああ」

 

 意外にもすんなり決まっていく対応。これには口を挟むこともできないと達也は判断した。紗耶香もとても反対すべきではないと感じていた。すると、ここで深雪が問いかけた。

 

「ですが、彼らのアジトの場所が解らないことには……」

「それを聞くには……それが一番分かっている人から、ということかな」

 

 悠元がそう言いながら保健室の扉に目を見やる。すると、扉が開いて姿を見せたのは遥の姿だった。彼女のことは無論達也も気付いていて、見破られていたことに遥が恥ずかしそうな口調で呟く。

 

「やっぱり九重先生の秘蔵の弟子と上泉先生のお孫さんを騙し切るのは無理だったみたいね…」

 

 遥からはブランシュの連中が隠れ蓑にしているアジトの情報が齎された。その場所は廃棄された化学工場の跡地。昔環境テロリストの隠れ蓑として問題視され、夜逃げ同然で廃棄された経緯がある曰く付きだった。第一高校からそう遠くない場所であり、驚きを見せる面々もいた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 結果として保健室内にいる克人、悠元、達也、深雪、レオ、エリカが作戦のメンバーとなり、克人と悠元が車の準備ということで先に保健室を出た。すると、克人が歩きながら悠元に問いかけた。

 

「三矢。もしかしたら桐原が志願してくるかもしれないが、構わないか?」

「それは達也に聞くべき言葉かと……でも、口述調書であれだけの啖呵を切ったのですから、今回の原因を作った奴は特に許せないでしょうね。その意味で同行はありかと思います。というか、車の定員的に連れていくとしたらあと一人が限界ですし、勝手に飛び出されるよりはいいでしょう」

 

 2年の実力者である服部は生徒会副会長であるがゆえに動かせない。風紀委員の面々も同様に校内の残党が残っている可能性を考えれば校内待機である。

 ならば、紗耶香との関わりが強い桐原に白羽の矢を立てるのは悪くない。彼の父親は国防海軍の関係者でもあり、その血を引いた桐原も実力は確かにある。その証左として彼は一昨年の関東剣術大会中等部で優勝している。

 

「それは、桐原がお前と同じ『剣術』の剣士だからこそか?」

「彼女の剣を捻じ曲げた原因を断つ。彼女に『剣道』のあり方を貫いてほしいから『人斬りの技』を持つ自分がその咎を負う。男として、実に筋が通っていると思いますけど?」

「成程、実に男らしい理由だ。桐原の如何は俺が決めよう……今もその意思が変わっていないのかとな」

「ええ、お任せします」

 

 克人は準備があるという悠元と別れてオフローダー(手動運転が可能な装甲車仕様の自走車)の準備を整えたところに、予想していた通りと言わんばかりに桐原が姿を見せた。

 彼の右手には鞘に納められた代物―――銃刀法の関係で刃引きはしているが、太刀を持参していた。

 

「会頭!」

「桐原か」

「会頭、俺も連れて行ってください! 今回のような無法、一高生として、自分にとっても見過ごせません!」

 

 桐原のその言葉を聞いて、それは周りにも聞こえのいい方便だと理解した上で克人は『駄目だ』と言い放った。何故、と桐原が問いかける前に克人が以前のことを口に出した。

 

「桐原。以前お前が起こした騒ぎの後、俺に言っていたな。『壬生の剣を歪めた連中が許せない』と。そして、先ほど語っていた壬生自身の言葉を、お前も聞いていたのだろう?」

「っ!?……」

「その上で改めて聞こう……桐原、どうして志願した?」

 

 桐原の言葉を文面ではなく本人の口から聞いていたからこそ、克人は桐原の本音を問いただした。『自分は『剣術』を選び、壬生は『剣道』を選んだ。アイツの剣は人斬りの技であってほしくない』という桐原の言葉は、紛れもなく彼自身の本心だと思ったからこそだった。

 

「最初、あれほど輝いていた壬生の剣を貶めた奴をこの手で叩きのめせればいい……そう思っていたことは事実です。そして、会頭や会長たちが壬生から話を聞いていた時、俺も壁越しに聞いていました……その連中がのうのうとしていることが許せない。これは、壬生のためとかそんな大層な理由じゃありません。俺の身勝手な我侭です!……お願いします! どうか、連れて行ってください!」

「……いいだろう。あの時からその意思が変わっていないことを聞けて安心した」

「えっ……」

 

 桐原のある意味自分勝手な理由。それが通るとは思ってもおらず、桐原は間が抜けたような声が出てしまった。そんな桐原に対し、克人は自身の思いも交えながら言い放った。

 

「口述調書に残る部活連の事情聴取であれだけのことをハッキリと言ったのだ。実に男らしいと逆に誉めたくなったほどだ……頼むぞ、桐原」

「……はい!」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 そして、悠元達が車に乗り込むと、達也に気付いて桐原が声をかけた。

 

「よう司波兄、俺も参加させてもらうことになった。宜しく頼むぜ」

「?」

 

 桐原の言葉に達也は軽く頭を下げ、レオは事情が呑み込めずに首を傾げていた。

 アジトに向けて発進したオフローダーの中で運転手を務める克人は悠元に『お前が作戦を立案したのだ。お前が指示を出せ』という言葉に周囲を見回すが、周りの視線が悠元が指示を出せと言わんばかりだったため、息を吐いて作戦を話す。

 

「まあ、作戦と言っても正面突破ありきなんですが……レオ、跡地のゲートに突っ込む直前で車に硬化魔法を発動。タイミングは達也が取ってくれ。クラスメイト同士のほうが連携も取りやすいだろう」

「おうよ」

「解った。それで、アジトへの潜入は?」

「正面からは俺と達也、それに深雪の三人で踏み込む。会頭と先輩は裏口からお願いします。レオは退路の確保、エリカはそのアシストとこちらで追いきれない連中の始末を頼む」

 

 一応裏で勢力調査はしているが、彼らが想定外の切り札を持っていた場合に備えて自分が動かない選択肢はない。達也と深雪は下手に切り離すわけにもいかないのでそうした。桐原の抑え役として克人一人いれば問題はない。

 逃げ出そうとする連中がアンティナイトを持っていない保証はないが、それでもレオとエリカなら不足はないと思っている。

 

「捕まえなくていいの?」

「相手はテロリストだ。そんな連中に余計なリスクを背負うのはご法度。最悪殺してでも止めたほうがまだマシだ」

 

 捕まえたところで改心するとは思えないからこそ、悠元は始末という言葉を使った、その意図をエリカも理解してしまう。彼女もまた“千葉家”の娘である。

 そして、跡地のゲートが見えてきた。ゲートとの相対距離とレオの魔法発動速度を計算に入れた上で達也が言葉を発する。

 

「レオ、今だ!」

装甲(パンツァー)―――!!」

 

 レオがCADを装着している側からCADの一部として車を認識し、車全体に硬化魔法が発動する。そして、魔法で強化された車は易々と鋼鉄製のゲートをぶち破り、車は無傷で敷地内に突入することができたのだった。

 

「やーい、へばってやんの」

「う、うるせえ……少し疲れただけだ」

 

 なお、普段の倍以上の面積をカバーする魔法発動だったために、レオがへばっていたことをエリカが弄っていたのは言うまでもなかった。

 


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