魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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油断ならぬ相手

 結論から言えば、少女の記憶喪失は無事解消した。記憶を取り戻したことによる突発的な行動も起こすことはなかった。この辺は彼女の記憶に対する姿勢も大きいとみている。

 しばらく様子を見ること30分……その少女はこの国の礼儀に従って正座で頭を下げた。

 

「ありがとうございます。お陰で記憶を取り戻せました」

「……治療の際に記憶を読み取ったけど、君はUSNAの関係者だね?」

「はい。改めまして、ラウラ・カーティスと申します」

 

 カーティスの名字には聞き覚えがあった。セリアから聞いた原作知識の中にUSNAの上院議員であるワイアット・カーティスという人物がいた。悠元はその線を疑って尋ねた。

 

「もしかしてだけど、ワイアット・カーティスの関係者かな?」

「はい、私の大伯父にあたります。尤も、捜索願が出されていない以上は既に死んだと思われているかもしれません」

「悠元、その人は何者だ?」

「USNAの上院議員。前に知り合いから名前だけ聞いていたんだ」

 

 自分も最初は身なりからして香港在住のイギリス系の人間かと予想していた。だが、蓋を開けてみればまさかのアメリカ人。しかも身辺に大物議員がいるという始末。これには舞元だけでなく深雪も苦笑を滲ませていた。

 しかし、魔法師の才能を持っている彼女がどうしてそうなったのか……そのことをラウラは説明してくれた。

 

 彼女とその両親は観光目的で香港を訪れていた。そこから台湾経由で日本入りをしようとした際、民間便が大亜連合政府によって全便運休となった。この辺は日本侵攻の為の動きだったことは明白だ。

 更には通信封鎖もされてしまったため、一家は已む無く民間の高速貨物船に乗り合わせる形で日本を目指すことにした。同盟国ならば帰国の目途も立つと踏んでのものだろう。だが、その道中で彼女は高波に攫われ、気が付けば砂浜に打ち上げられていたとのこと。

 それが沖縄防衛戦の日であり、達也が[質量爆散(マテリアル・バースト)]を、悠元が[天鏡霧消(ミラー・ディスパージョン)]を使った日であった。元々津波の被害は沖縄本島側だけ防いだため、その余波が貨物船を襲った形となった。

 

「……普通なら、捜索願とか出されていても不思議ではない筈だが」

「あの時は戦争中だったからの。悠元は何も聞いておらんのか?」

「その辺のことは何も聞いてない。まあ、大亜連合側に抗議はしているんだろうが」

 

 大亜連合側も日本への侵攻を隠す為に宣戦布告無しの戦闘行為に及んでいる。その際に民間船への襲撃を抑える様徹底はされていたわけだが、結果として民間人への被害を出す形となってしまった。

 国防軍側も戦争終結後に周辺海域の捜索を実施したが、死亡または行方不明者は見つからなかった。軍人で亡くなった人間はいたが、当時沖縄方面にいた民間人・外国人に死者および行方不明者は出なかった。この辺はシェルターへの早期避難が功を奏した。

 その時点で自分は国防陸軍の特務士官だったが、戦略級魔法の秘匿を考慮して沖縄防衛戦後の捜索活動に参加していない。

 

 ……もしかすると、この世界の横浜事変の裏側には彼女の存在が大きく関わっているのかもしれない。周公瑾の関与があったことも事実だが、弱みで大亜連合を脅したという線もあるのだろう。

 

「とりあえず話は分かった。ここで決められる話でもないから、暫く大人しくしていてくれ」

「分かりました。正直、すぐに捜索されると思っていたのですが」

 

 ラウラがそう思っても仕方がないのだろう。当時の記録を遡ったところ、周辺海域を通過したと思しき貨物船はその後佐世保港に到着していた。ただ、ラウラの一家は内密の渡航だったため、公式の記録には残っていなかったことも後に確認した。

 ラウラの両親については、母親がラウラを失ったショックで衰弱し、翌年に亡くなっていた。父親も家族を失ったショックで自殺したことが判明している。

 

 ちなみにだが、ラウラが舞元に向ける感情に恋愛の部分は無くなったが、命を救われた恩返しということで暫くは留まるつもりらしい。この辺については舞元がある意味安堵の表情を浮かべていたことが印象的だった。

 

 すぐにこの辺の情報をUSNAの大統領宛に送信したところ、カーティス上院議員に伝えるという文面のメールが返ってきた。その3時間後に大統領から上院議員を西果新島の竣工記念パーティーに急遽派遣する運びとなり、舞元とラウラにもそのパーティーに出席させる方向で話をまとめた。招待関連は自分から政府に働きかけて何とか取り付けた。

 最悪、こちらにはリーナもいるので彼らの護衛に宛がう方向にするのも悪くは無いと思う。

 

 そんな一幕があった後、舞元らと昼食を共にして彼らと別れた後、悠元と深雪を乗せた車が向かった先は有名な真珠専門の装飾店だった。

 

「神楽坂悠元ですが」

「お待ちしておりました、神楽坂様」

 

 悠元が名前を告げると、店員は丁寧な応対で店の奥にあるテーブルに案内した。これには深雪も少しばかり訝しむような素振りを見せつつも悠元の後を付けるように移動した。そして、一旦奥に引っ込んだ店員が、持ってきたネックレス用のジュエリーケースを丁寧に開ける。

 

「これは……私にですか?」

 

 深雪がそう感嘆を漏らしたのは、見事なまでのマルチカラーネックレス。白、黒、金の三色の真珠で構成されたもので、歪みや傷などが一切なく、専門家でなくとも一目で分かる高級品であった。

 

「ああ。達也は既に渡していたみたいだけど、出来れば誕生日プレゼントとして渡したかったからね。長さを見て頂けますか?」

「かしこまりました」

 

 原作だと達也がプレゼントしていた代物だが、その達也は深雪にブレスレットをプレゼントしていた。曰く「そういうアクセサリーは門外漢なんだがな」とぼやき気味に言っていたことには思わず苦笑してしまった。

 なので、ネックレスをプレゼントしようかと相談したところ、達也から「深雪からチョーカーあたりでもねだられたらどうする?」と問い返された。言っておくが、いくら深雪を好いていると言っても将来の妻を奴隷のように扱う気は金輪際無い。

 そう返したら、達也が溜息を吐いた上で「諦めないと思うがな」と言われたときは妙な説得力を感じて冷や汗が流れた。

 

「こんな高価な物を頂いて、深雪は幸せです。大事にいたしますね」

 

 ……深雪から妙に熱っぽい視線を向けられていることに関しては、もう諦めた悠元であった。

 なお、その後で来店した達也は金の真珠のネックレスをリーナに贈っており、その光景を生暖かい目で見つめることになったのはここだけの話。

 

  ◇ ◇ ◇

 

「ジョー、今日はありがとう」

「いいって。俺ものんびりできたしな。達也、彼女さんをちゃんと幸せにしてやれよ」

 

 そう軽口を叩いた上でジョセフは無人タクシーに乗って去っていった。そのタクシーが見えなくなると同時に、悠元は視線を通りの向かい側のビルに向けていた。

 

「……悠元」

「ああ、いるな。リーナ、あまりジロジロ見ない方がいい」

「そうね。こんな時に無粋とは思うけど」

 

 無論、視線に敏感な達也も気付いており、元軍人であるリーナも険しい表情を浮かべていた。当然、その動きは深雪と水波にも伝わるわけで、水波は深雪を守れる位置に移動した。

 

「水波、大丈夫だ。向こうは敵意を向けていない」

「……悠元兄様がそう仰るのでしたら」

 

 悠元の言葉でも完全に疑念が拭い取れないようだが、元々家の用事で来ている以上は水波の警戒は無理もない対応といえる。視線の先にはカーテンが閉まった窓しか見えない。悠元と達也はともかく、リーナも視線に気づいたのは経験が生きたせいなのだから、深雪と水波が見えなくても仕方がない。

 だが、深雪の場合は悠元との鍛錬によって天神魔法を会得している為、周囲の敵意を探る探知の術式でその視線の先に誰かがいるのは理解したようだ。

 

「悠元さん、捕まえますか?」

「いや、今の状況で捕まえても聞き出せる情報は無いだろう。まあ、こんな要らぬ心配をした“仕返し”は必要だろうが、それは今でなくてもいい」

 

 情報を聞き出せなくとも、その対象の“歴史(きおく)”は取り出せる。悠元は自身の左手で深雪の右手を握り、そのままホテルの回転扉をくぐったのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 悠元、深雪、達也、リーナ、水波の順にホテルへ入っていくその姿を、道路を挟んで向かい側にあるビルの一室で見送って、オーストラリア軍の軍人魔法師であるジェームズ・J・ジョンソン大尉は詰めていた息を吐き出した。額を手で拭おうとして、掌が冷たい汗で濡れているのを今更自覚していた。

 

(あの五人の中にいた餓鬼……間違いない、数年前に捕縛しようとしたあの餓鬼だ)

 

 ジェームズが大亜連合の脱走兵のグループから貰っていた情報の中に顔写真は無かった。だが、今日張り込んでいたターゲットの中にジェームズがジャスミンと組んで追跡に失敗した少年とよく似た……いや、間違いなく本人だと彼は当時の感覚と照らし合わせてそう断定した。

 上泉剛三の付き添いということで只ならぬ存在だとオーストラリア軍上層部は警戒していたが、よもやその一人と再び出くわすなどジェームズですら想定していなかった。

 

(あんな感覚、拭いたくても消え去らなかったからな……緊張じゃないな。恐怖していたのか、俺は?)

 

 現在のオーストラリアは、鎖国政策によって外交面だけでなく軍事面でも孤立政策を取っている。他国と同盟関係もなく、合同演習の類も一切参加していない。

 だからと言って、ジェームズのような軍人に実戦の機会が一切訪れないわけではない。オーストラリアは砂漠化の停止と砂漠の緑化に成功したことにより、他国に頼らずとも自国の自然農業で食糧事情を賄える完全自立した国家である。当然、領土的野心に燃える他国の工作機関相手の謀略戦は日常茶飯事とも言えるレベルで頻発している。

 また、表向きは孤立政策を取っていても、完全な中立を堅持しているわけではない。今回のように、秘密の非合法作戦で他国の武装組織と手を組むこともある。ジェームズは軍の中でも工作活動を専門に扱っており、暗闘の最前線で戦ってきた百戦錬磨の魔法師だ。死線を潜り抜けた回数は一度や二度ではなく、大抵のことには動じないとそう自負している。

 

(監視に気が付いていただけじゃない。片方はこっちの精神を貫いて心臓まで届くような……まるで死神の如き視線。『アンタッチャブル』の名は伊達ではないってことか)

 

―――日本の四葉に手を出すな。手を出せば破滅する。

 

 上泉剛三が成した一騎当千の所業と共に囁かれた戒めの言葉。そこには第三次大戦で名を馳せた二人の英雄―――上泉剛三と神楽坂千姫に関する噂も含んでの言葉だった。

 裏の世界では、大亜連合が日本相手に不利な状況で講和を余儀なくされたのは四葉に手を出したからだ、という噂が真顔で語られている。朝鮮半島南部を灼いた戦略級魔法は四葉家が開発したものではないか、という声も少なくない。

 更に、佐渡島上空からウラジオストク軍港を消滅させた魔法は二人の英雄を生み出した上泉家か神楽坂家が開発した戦略級魔法という噂も少なくない。当時、ウラジオストクには『十三使徒』に一人であるイーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフがいたという情報に加え、佐渡島に向けて戦略級魔法『トゥマーン・ボンバ』を放ったという未確認情報も出回っている。

 更に付け加えるならば、世界最強の呼び声が高いUSNAのスターズを撃退したという未確認情報もあるわけだが、ジェームズはどれも額面通りに受け取れなかった。

 

 今回、ジェームズたちの敵として指揮を執っているのは、インドシナ半島で勇名を馳せた『大天狗』風間玄信。彼をはじめとして、日本軍所属魔法師の実力は高い水準にある。未確認情報ではその更に上官となる上条達三特務中将が実際の総指揮を執っているという報告もあるが、これに関する情報は一切入ってきていなかった。

 それはともかく、一昨年の『灼熱と極光のハロウィン』で使われた戦略級魔法は国防軍の秘密兵器という認識が根強い。“常識的に考えて”、民間組織で持つには大きすぎる力だ。そんなことを許容すれば国のパワーバランスが瞬く間に傾いてしまう。

 

―――四葉と神楽坂は、侮ってはならない相手だ。

 

―――それがたとえ十代の学生であっても。

 

 とりわけジェームズにとって悠元は捕縛に失敗している因縁の相手。だからこそ、彼は戒めを課すが如く心に深く刻み込んだ。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 深雪の誕生日ということで、泊まっているホテルの高級レストランでディナーを楽しみ(この時は五人での会食となった)、悠元と深雪は二人で展望ラウンジにてグラスを傾けていた。とはいえ、未成年である以上はノンアルコールのカクテルなのは言うまでもない。そのはずなのだが……深雪は酔っていた。

 

「悠元さん……私、何だか……」

 

 二人のカクテルにアルコールが入っていないことは『天神の眼(オシリス・サイト)』で視ていた。いくら神坂グループのホテルとはいえ、流石に未成年相手にアルコール入りのカクテルは出せないと良識が働いていたのも事実だ。となると、“雰囲気に酔った”と解釈すべきなのだろう。

 深雪が着ているドレスはオーソドックスなもので、普通なら座っていても膝が見える程度のスカート丈なのだが、座っているソファーの高さとクッションの相乗効果で膝のかなり上まで見えている。

 しかも、深雪はあくまでも行儀よく座っているだけに、こればかりは悠元も目のやり場に困ると同時に原作の達也の我慢強さを賞賛したくなった。

 

「なら、部屋に戻ろうか」

 

 悠元の問いに深雪は反論することなく従った。そして深雪は悠元の左腕にしがみ付くような形で身を寄せていた。この程度のことなら別に拒否する理由もないし、今の自分たちは婚約者として公表されている。

 それでも深雪の表情には微かに安堵の表情が見えていた。拒否されることは無いと思っていても、どこか不安な気持ちがあったのだろう。悠元は深雪に左腕を預けるような形で展望ラウンジを後にしたのだった。

 

 部屋に入ると、深雪は悠元から離れて先に入浴するために脱衣所へ向かった。それを見た上で悠元も着替えるためにベッドルームへ向かった。いくら婚約者とはいえ、その辺の一線は弁えている。スーツから寝間着代わりのルームウェアに着替えたところで、悠元は『天神の眼(オシリス・サイト)』を発動させる。

 

 顧傑の一件で達也の『精霊の眼(エレメンタル・サイト)』も進化しているが、悠元の場合はさらに飛躍的な進化を遂げていた。今までは当該人物そのものを認識しなければ情報を辿れなかったが、写真や電子画像などといった対象を映したものであれば、その人物の情報を情報体次元から引き出すことができるようになった。

 そして、ホテルへ戻ってきたときにこちらを見ていた対象の人物を悠元は探り当てた。

 

(オーストラリア軍の軍人魔法師、ジェームズ・ジェフリー・ジョンソン。階級は大尉……どこかで感じた気配だとは思ったが、爺さんとオーストラリアを訪れていた時にこちらを追いかけていた連中か)

 

 元々、オーストラリアを訪れたのは純粋に観光目的だった。正当な手段で入国したというのに、オーストラリア軍の連中がこちらを拉致しようと追いかけてきたのだ。なので、已む無く正当防衛として相手の魔法を無力化した。その時点で[術式解散(グラム・ディスパージョン)]を修得していたことは不幸中の幸いであった。

 ジェームズ・J・ジョンソン大尉の居場所を探ると、久米島北東沖に存在が確認できた。彼にはサイオンのマーカーが打ち込まれており、恐らくは達也によるものと判断して放置することにした。

 

(あの時の意趣返しとして送り込まれた節も否定はできないが……“もう片方の少女魔法師(ねんれいさぎ)”はいないか。流石に一時的な協力体制とはいえ、彼女の存在を大亜連合側に明かせないのは理解できるが)

 

 直接的な被害は被っていないが、少女の姿をした魔法師が剛三と悠元の二人に対して戦略級魔法[オゾンサークル]を発動させた。それについては悠元が無効化してそのまま音速並みの速さで逃げ切りつつ海上を爆走した……今にして思えば、そんな無茶ぶりが自分を強くしたのかもしれないと思うと、何だかやりきれない気持ちを抱いた。

 そう思いつつも悠元はジェームズを基点として[万華鏡(カレイドスコープ)]で構造情報を解析する。

 

(潜水艦ね……どうにも5年前を思い出してしまうな)

 

 あの時は悠元が率先して魚雷を無力化し、そのついでに潜水艦を『分解』した。当時はそこまで友好的な関係でなかった達也らの意識を魚雷に向けさせていたし、互いに使った魔法について詮索しないと決めていたので、その後も特に何か言われることはなかった。

 こちらから情報を送るかどうかについては、達也が風間に今日のことを報告したかどうかで判断すべきだと思い、特に報告するようなことはしなかったのだった。

 




 序盤の展開ですが、原作の世界だと割と戦争による難民は結構いそうなため、こういう展開に持ち込みました。若干ベタな展開でもありますが。

 原作に沿いつつも展開を色々弄っていますが、国内の式典に国外の人間が出るのはどうかと思うでしょう。まあ、USNA側も一枚岩で成り立っている訳ではないと思っていただければ幸いです。
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