魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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もう一つの任務

 悠元は入浴その他諸々を済ませてベッドルームに戻ると、二人で寝ているベッドに深雪が腰かけていた。

 いつもなら寝間着姿(時にはブラジャーを付けずに着ていることがあったりする)なのだが、今日は悠元の誕生日の時に身に着けていたものと似たような代物―――ランジェリーだが本来下着を身につけた上で着る透けた生地のタイプなのだが、深雪は下着を付けずに身に付けている為、大事なところまで見えてしまっている。

 雰囲気に酔っている様子の深雪には、そんな恥ずかしさも関係ないように思えた。

 

「……まあ、今日は深雪の誕生日だからな。可能な範囲でリクエストに応えるが」

「でしたら、今日はいつもより激しくしてくださいね。本当なら悠元さんの子供も欲しいですが」

「まだ気が早いわ」

 

 魔法師の社会的に早婚が望まれていても、一般の社会的な視点でいえば色々言われかねない年齢。流石に神楽坂家当主となった身であっても、表向きの社会的な地位をしっかり固めるのが一番だと考えている。

 なので、自分の今の母親や自分の両親・祖父母が望んだとしても、魔法大学を卒業して社会的立場を確立してからにしたいと考えている。流石に高校卒業を期に籍を入れるというのは決定事項であるため、今更反対は出来ないが。

 

「俺はそこまで節操なしになったつもりもないが……婚約者たちに迫られると断れないのも事実。その辺は他の男子連中と変わりないが」

「そんなことありませんよ。私も含めて悠元さんが大切にしてくれるからこそ、心の底から独占されたいって思えるのですから。いっそのこと私を下僕のように扱ってもいいのですよ?」

「被独占欲って奴ね……つーか、将来の妻を下僕扱いってどうなのよ」

 

 結局、深雪をそのままベッドに押し倒して熱い夜を過ごした形となった。やっていることは司波家にいるときとあまり変わり映えしないと思えてしまうが、こんなことが許されるのは自分の実力所以だと思うと……正直喜んでいいのか疑問に思ってしまう。

 それに文句を言えば、その他大勢の男性が血涙を流して悔しがる光景しか見えてこないため、今更不満など述べるつもりなどない。きっと達也も似たような心情だと思う。

 

「何というか、あまり変わり映えしなくてすまないな」

「それは私が言うべき台詞ですよ、悠元さん」

 

 翌朝、自分の上で眠っていた深雪から起き掛けに襲われたのはここだけの話としつつ、達也たちに今日の予定を告げた。

 

「今日は当初のスケジュール通り久米島に行く」

「風間中佐たちと合流するのか?」

「いや、合流はしない。本音を言えば、彼らだけで工作部隊の居場所を掴めれば、こちらの取り越し苦労で終わるからな」

 

 別に楽観視したような発言ではなく、紛れもない本音であることに達也も思わず額を押さえるような仕草を見せた。達也はジェームズ・J・ジョンソン大尉に仕込んだマーカーから当人の情報を風間に暗号メールで伝えているが、その辺りのことも『フリズスキャルヴ』経由でエドワード・クラーク辺りは既に把握しているだろう。

 達也はジェームズがいる居場所を伝えなかったので、悠元も態々伝える気にはならなかった。自分が国防陸軍の将校であっても、それ以前に神楽坂家の当主である以上は国防軍と一定の距離を取ることがどうしても求められる。

 

「タツヤ、大丈夫?」

「ああ、問題ない」

 

 今日は久米島へ観光がてら西果新島を見に行くぐらいのつもりでいた。任務の成功可否は竣工記念パーティーを無事に終わらせること。その為には敵戦力全体の特定と減衰が必要だが、その分野はあくまでも国防軍が担うべき部分であり、師族会議・十師族の魔法師が担う範疇ではない。

 とはいえ、ホテルで寛ぐだけというのは怠けているようでいい気はしない。どうせこちらの動向は見張られているのだから、精々引っ掻き回してやろうと思っていたところで通信端末にメールが入った。

 そのメールは昨日沖縄入りした雫からのお誘いであり、達也たちも特に異論は出なかったため、そのお誘いを受けることにした。

 

「飛行機の時間は雫たちと偶然重なる形だが8時半。CADの持ち込みは特に問題ない」

 

 CADの持ち込みは、公務員の場合は警察に申請すれば大抵は認められる。国立魔法大学、防衛大学校、魔法科高校といった魔法関連の教育機関所属の生徒もそれに準じる。ただ、緊急時の救助義務は課せられてしまうが。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 那覇空港のロビーに到着したところで、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「達也さん! って、リーナも一緒だったんですか?」

「あら、おはようホノカ。ワタシも家の用事で一緒に行動してるのよ」

「……おはよう悠元。きのうはおたのしみだったみたいだね」

 

 双方ともに達也の婚約者であるが、リーナの余裕があるような行動に雫が若干訝しみつつも悠元に声を掛けた。その口調が棘交じりに聞こえてしまい、悠元は表情を竦めた。

 

「雫さんや、その辺は今度埋め合わせするから許してくれ」

「ちょっとした冗談だよ。悠元の場合、埋め合わせするどころか山盛りに貸しが積まれるから返すのが大変」

「意味が分からん……」

 

 別に恩や貸しを相手に押し付けたつもりは微塵もないのだが、悠元の言葉に雫や深雪だけでなく、ほのかやリーナまでも笑みをこぼしていた。悠元は気を取り直す形で彼女たちといた集団に声を掛けた。

 

「中条先輩、おはようございます」

「おはようございます。神楽坂君たちも久米島に?」

「ええ、そうです」

 

 先日の彼岸法要の中にあずさ達卒業生組がいたのを確認している。久米島に来ることも知っていたため、特に違和感を覚えることはなかった。あずさと会話を交わした後、服部、五十里、花音、桐原、紗耶香、沢木と言葉を交わす。悠元は達也たちの中で全員と友好的な関係を築いているため、話し手になるのは無理もない事だった。

 日単位で重なることは想定していたが、時間単位で重なったのは偶然とも言えるだろう。話の流れ的に言えば必然とも言えてしまう訳だが、そこに一々ツッコミを入れるべきでもないと判断した。

 

「光井さんたちともお話していたんですけど、神楽坂君たちもご一緒しませんか?」

「ええ、構いませんよ」

 

 雫からのメールではあずさ達のことについても触れていたため、達也たちも事情を知っているので異論はなかった。流石に達也や悠元たち五人、ほのかと雫の二人、卒業生組七人の計14人はちょっとしたツアー旅行になってしまうが。

 

 久米島に到着した一高生及び一高OB・OG一行は、まず雫がチャーターしたグラスボートで島の周りを一周することで話が纏まった。当初の計画は乗り合わせのボートにする予定だったが、ここまで人数が増えた以上は一隻丸ごとチャーターする方向にした。

 悠元の方で話を纏めても良かったのだが、雫曰く「これぐらいはさせて欲しい」と言われてしまっては拒否も出来なかった。那覇空港を出発する直前に依頼して、久米島に到着した時に既に手配が完了しているのは、流石日本有数の大富豪である北山家と言うべきだろう。

 ただ、原作と異なるのは悠元がグラスボートの操舵を担当する形となった。本来なら年齢制限があるのだが、上泉家や神楽坂家の仕事で使うという理由で海技士の国家資格を取得している。

 

「本当に助かりました。担当の者が休んでしまったので」

「別に構いませんよ。その辺の経験は積んでいますので」

 

 本来なら18歳以上の人間でないと操舵室に入れないが、昨日掴んだ潜水艦の情報を鑑みると自分が担当するのが理に適っている。その代わり、達也たちと同行できなくなって留守をすることになるが、そこは仕方がないだろう。

 

「というわけで雫、これを渡しておく」

「カメラ付きの端末……成程、ほのかが何かしらアクションを起こすと睨んでいるんだね?」

「達也とリーナの雰囲気には当然気付いているだろうからな」

 

 別に弱みを握ろうというわけではない。あくまでも親しい友人として彼女の頑張りを記録しておくという単なる親切心だ。またの名をお節介とも言うが。その状況を冷静に撮影できるという役割を雫に担ってもらうことにした。

 

「……先輩方ははしゃいでるな。まあ、無理もないか」

 

 今回チャーターしたグラスボードは、半潜水艇タイプのもの。「窓」というよりは喫水下の側面が船首・船尾を除いて透明になっていた。さながらパノラマ写真のような海中の風景が見えることもあって、一高生や卒業生たちはボートの中を忙しなく動き回っていた。

 

「悠元は楽しくないの?」

「いや、楽しんではいるよ。ただなあ……“色々”あるからな」

「そうだね……“色々”あるよね」

 

 今回の任務に関しては『神将会』を動かすべきか直前まで悩んだ。ただ、今回の主体はあくまでも国防軍であり、皇宮警察の所属である『神将会』を動かすのはそれこそ最後の手段と結論付けている。念のために情報共有だけはしたので、雫も今回悠元と達也が関わっている任務の詳細を知っている形だ。

 船が久米島沖にある無人島「はての浜」に到着し、船員が甲板でゴムボートを準備している光景を見つつ、悠元は操舵席に座りながら仮想モニター型の情報端末に目を通している。すると、妙な暗号通信が飛び交っていることに気付き、悠元はすぐさまその通信を解析した。

 

(暗号通信……発信先は隣の砂州から。通信先は沖合の潜水艦……ジェームズ・J・ジョンソンが乗っていると思しき大亜連合の潜水艦か)

 

 向こうがこちらの事情をどこまで把握しているかは知らないが、大方5年前にもやろうとした誘拐行為をしようと目論んでいるのだろう。とはいえ、折角の楽しい雰囲気を態々壊したくない為、悠元は同じく留守番することになったリーナに小声で話しかけた。

 

「リーナ、落ち着いて聞いて欲しい。こちらの動きを見張っている連中がいる。昨日ホテルの前を見張っていた連中の仲間だと思われる」

「ユートは実力行使に出ると思っているのね?」

「少なくとも現時点で船を制圧するつもりはないが、油断はできない。恐らく達也たちが戻ってきてからになるだろう。その時は恐らく達也が指示を出すことになるから、いつでも魔法を放てるように準備はしておいてくれ。今は俺が見張ってるから、一先ずゆっくりしているといい」

「そうね、そうさせてもらうわ」

 

 事前に伝えておけば、そこまで身構えなくてもいいとリーナも判断したらしく、ゆったりと寛いでいた。そんな様子を見つつ、悠元はリーナに思い切って尋ねた。

 

「というか、ボートの仕様上仕方がないとはいえ、留守番で良かったのか?」

「まあ、ワタシが抜け駆けした部分があるのは否めないし、ホノカも何かしら決意している様子だったし、ならワタシがいない方がホノカもタツヤに仕掛けやすくなるでしょ? ユートもその辺を察してシズクに端末を渡したみたいだし」

 

 ゴムボートは六人乗りで、こちらは14人。悠元も船舶免許(小型のみならず大型船舶を操舵できる海技士の国家資格も取得している)は持っているので3台目のボートを準備しようか雫は悩んでいたが、今回は手伝いをしている人間が船の留守番をしていた方がいいと判断して、そう達也たちに説明した。

 すると、リーナもそれに便乗する形で辞退した。互いに将来が決まった身なので、間違いが起きるはずが無いと達也も納得していた。

 

「俺の場合は立場柄男女問わず交友関係が広いからな。というか、ほのかに直接相談された」

「ホノカに? 割と顔馴染みの関係なの?」

「中学2年の春から同じ学校でクラスメイトだったからな。雫のこともあって割といい友人関係は築けてると思ってる」

 

 遡ること一昨日の3月24日、彼岸法要を終えた悠元がホテルに帰ってくると映像通信の着信音が鳴り、特に見られて困るものもないために悠元は通話のボタンを押すと、表示されたのは同学年の女子である明智英美からだった。

 

『お、悠元。いきなり連絡しちゃってごめんね』

「今は丁度ホテルに帰ってきてな。この後出掛けなきゃいけない用事はあるが、30分ぐらいは余裕があるよ。というか、データ上の相手はほのかの端末なんだが」

『いやー、ほのかやウチと割と仲が良くてほのかの相談相手になりそうな男子が悠元か燈也しかいなくてね。踏ん切りがつかないほのかの代わりに掛けたんだよ』

 

 音声を聞いている限りでは、英美の他にほのかがいるのは間違いなく、他には里美スバルや佐那、更には姫梨や由夢、おまけにセリアの声が聞こえている。言うなれば「光井ほのか包囲網」の状況が目に浮かんでいた。

 

『唐突だけどさ、司波君を誘惑するとしたら水着はどうかなって思うんだよね』

「まあ、アピールするには絶好の恰好だと思うし、ほのかなら見劣りすることはないだろうな。周りの男性から達也に対して殺意にも似た敵意が向くかもしれんが。つーか、エイミィは誘惑しなくていいのか?」

『私は立場さえ安泰なら無理はしたくないのよ。母方の実家から変な圧力なんて貰いたくないし』

 

 英美の実家絡みで巻き込まれた側とはいえ悠元や達也も関与している。だからこそ、英美はこれ以上迷惑を掛けたくないと思っている節がみられる。

 スピーカー越しに聞こえる英美の後ろにいる女子連中はほのかを寧ろ焚き付けていた。ほのかは自身の羞恥心と達也へのアピールを天秤に掛けた結果……後者が勝ってしまったようだった。

 

「……まあ、せめてほのかが後で恥ずかしさのあまり部屋から出てこれなくなるような露出度は避けるように言っておいた。一部の女子はマイクロビキニを推すつもりだったみたいだが、後で合流した雫が何とか止めてくれた」

「流石シズクね……今更なんだけど、タツヤってそういうのが好みなの?」

「揃いも揃って達也を狂戦士(バーサーカー)にでもする気か?」

 

 いくら激しい情動が殆どの場合を除いて発生しえない達也でも人並みの性欲は存在する。そんな達也ですら感情的になってしまうリーナがそんな恰好をすれば、次の瞬間には物陰で“頂かれる”だろう。どういう意味での言葉なのかは察してほしい。

 

「その意味でユートも大変よね。複数の女性を相手にするのも大変でしょうに」

「……なってしまった以上はなるようにしかならんしな」

 

 そう話している中、ゴムボートの船外機の音が遠ざかっていく。深雪と雫に対しては後で埋め合わせすることは伝えているし、今の状況は彼女らも理解しているだろう。

 実を言うと、達也の動きの鈍さには深雪も頭を悩ませていたらしく、時折深夜だけでなく真夜からも達也の様子を頻りに尋ねられていた。本人たちが直接達也に問い質しても正直な感想が出ないと思ったため、一番近い身内である深雪に白羽の矢が立った。今回の沖縄の任務も大事だが、実は真夜からもう一つ依頼を受けている。それは「達也の交友関係の改善」―――ようは婚約者たちに対する自覚を促すというものだ。こればかりは悠元一人でどうにかなる問題ではない為、深雪と雫、リーナに水波も巻き込んでいる。

 その後、砂州の方で積極的にアピールするほのかの姿を雫はバッチリ端末のカメラに収めていたのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 達也たちがグラスボートに戻ってきても、ほのかのアピールは続いていた。それに対してリーナは大人しくしていたわけだが、そこは達也との関係の差が大きいのだろう。それはともかくとして、船長から発進準備を頼まれた際、悠元は端末で久米島周辺のソナーデータを船長に見せた。

 

兼城(かねぐすく)港までの予定航路ですが、当初の予定を変更すべきです」

「……これは、君の伝手から得た情報かね?」

「そう捉えて頂いても構いません。この周辺海域にこれほどの大型構造物の残骸は確認できませんので、間違いなく潜水艦―――それも国外のものとみるべきです」

 

 当初の予定は来た道をそのまま帰るルートであった。だが、天気も良いので多少航路が長くなっても特に支障はなく、西回りで帰ったとしても問題はないと踏んだ。

 船長は元国防陸軍の退役軍人で悠元と面識があり、風間を通して悠元の非凡さを知り得ている。なので、安全を優先した悠元の提案を蹴る必要性はどこにもなかった。

 

「分かった、君の判断を信じよう。もし潜水艦が追跡したとなれば、その時はどうする?」

「……襲撃してきた場合は身元を確認した上で放り投げましょう。下手に追跡され続けるほうがリスクですので」

 

 こちらの誘拐を目論む相手が5年前のことを理解していれば、ここで手出しをする確率は低くなる。だが、相手―――大亜連合の軍人は変に対抗心が高く、それでいて面子を気にする。講和条約を結んだ際の大亜連合側の反対派の意見には、日本のような小国に頭を下げることに耐えられない感情的な論調が見られていた。

 

 約2000年にも及ぶ思想や立場を引き摺っている時点で、彼らは“後進国”としか言いようが無いと思うのは自分だけなのだろうか。

 




 ドレッドが楽しすぎて周回プレイしたせいで執筆が遅れました。私は悪くない(ぇ。
 メイジアンの最新刊を読みましたが……とりあえず将輝は爆ぜていいと思う。寧ろ爆発しろ(理不尽な腹パン)

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