魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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名分は既に得た

 達也と悠元の白旗宣言によって落ち込む文弥。正直なところ、文弥自身は任務上女性に変装することもあって男らしさに憧れている。だからと言って文弥自身もそこまで性急に男らしくありたいとは思っていないわけだが。

 

「お父様も『妻に似た以上は急ぐ必要もないのだが』と零していましたが、お祖母様や御当主様からも圧力がありますし、同世代の四葉関係者で言えば文弥だけが決まってませんので」

「それは理解してるけど、何も急ぐ必要なんて……」

 

 文弥からすれば、まだ16歳の人間が将来を早急に決めるのは如何なものかと訝しむ気持ちも分かる。

 だが、達也が四葉家の次期当主となったことで勝成がガーディアンとの婚約を認められ、深雪と夕歌、そして亜夜子が婚約者候補として名乗り出た以上はまだ決まっていない文弥に視線が向けられるのはごく自然の流れとも言える。

 

「アヤコ、フミヤの婚約者候補は何人いるのかしら?」

「現状は四人ですね。ただ、お母様やお祖母様経由で古式の家の娘とも誼を結ぶよう言い付かっていますので、両手で収まるかは不明ですが」

「何でそんなことになってるの!?」

 

 原作とは異なり、リーナもセリアに厳しく躾けられたお陰で四葉の関係者ともいい関係を築けている。すると、ここで深雪が追い打ちをかけた。

 

「文弥君。あまり女性を待たせてはいけませんよ」

「深雪さん!?」

「……悠元、どうする?」

「……どの道避けられない運命なんだ、文弥は」

 

 ともあれ、達也とリーナの準備を手伝うことになった悠元。率直に言えば、それに託けて逃げ出したと言われても否定はしない。

 潜水艦の状況を考えれば、パーティー当日まで久米島の周辺海域に居続ける可能性が高い訳だが、達也が急いだ理由は「変な気苦労を背負いたくない」という一言に帰結する。ジェームズ・J・ジョンソンに撃ち込んだマーカーには気付かれていないが、それがいつまで騙せるか未知数という部分もある。その辺を達也は懸念事項として有していた。

 潜水艦の制圧という任を帯びた達也たちをホテルから見送った悠元はそのまま深雪と水波を伴ってホテルに戻ったのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 明日は慰霊祭の打ち合わせがあるが、そちらは最悪悠元がいるために心配していない。かの英雄の一族である悠元に無理難題を吹っかければ、魔法以外の手段で黙ってしまうのは想像に難くない。リーナたちが作戦に参加できるか分からない為、代表して風間のところを訪れた達也を出迎えたのは事前に連絡を受けた響子であった。

 

「あら、達也君。ふふ、こんな時間に来るなんて夜のデートのお誘いかしら?」

「そこまで口が回る人間ではありませんよ、俺は……悠元から事前に連絡が入っていると思いますが」

「ええ。正直、悠元君なら黒幕の背後関係まで全部把握していそうだけれど、そこまで首は突っ込めないわ。で、どんな情報かしら?」

 

 響子の茶目っ気めいた台詞に対し、達也は疲れたような表情を垣間見せつつも早々に本題を切り出した。響子もしっかりとした口調で答えるが、それはあくまでも同じ大隊内の隊員としてではなく友人同士の会話に近かった。

 

「今日の昼間に潜水艦から襲撃を受けまして。恐らく敵の工作部隊によるものだと推察されます」

「……まあ、達也君と悠元君がいて捕まる危険性は皆無よね。直に隊長と協議するから、協力者の方々と待っていてもらえるかしら?」

「分かりました」

 

 響子から一定の信頼を置かれているのか、それとも相手に対する憐みを含んでのものなのか……響子は達也からデータカードを受け取ってそのまま奥に消えた。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 日本と大亜連合の共同作戦による工作阻止・脱走兵の捕縛が水面下で進む一方、SSAの国家元首であるディアッカ・ブレスティーロ大統領は西EUの一角を担うフランスのヴィクター・セナード大統領が非公式の会合を行っていた。

 

「ブレスティーロ大統領閣下とこうして直に会えるとは嬉しく思います」

「建国記念の式典にお会いして以来ですが、ご健勝で何よりです」

 

 第三次大戦以降、国外への渡航は安全を考慮して細心の注意を払っている部分が殆どで、大半は腕利きの魔法師を護衛として置かざるを得ない。だが、基本的に非魔法師である政治家が魔法師の力を危ぶんで近くに置かない場合が多く、それが結果的に政治家の外交にも大きな影を落としている。

 

 ディアッカもヴィクターも国外へ出ることのリスクは無論承知の上だが、彼らにとって無視できない要素がトーラス・シルバーによって提唱された『恒星炉』の案件であった。

 表向きに公表されていないが、今回の西果新島は単なる資源発掘用プラントではなく、南盾島と巳焼島に次ぐ恒星炉発電システムの中継基地としての役割を担い、東南アジア方面へのエネルギー供給を視野に入れたものとなっている。

 フランスとしては、魔法によって発言力を有するイギリスに伍するため、原子力発電に代わる大規模発電プラントの建設を睨んでの土台作り。SSAとしては『恒星炉』のエネルギーラインシステムへの参画・協力を取り付けるために虎の子である戦略級魔法師のハンスを伴い、工作阻止に協力の姿勢を見せた。

 

「明後日の久米島沖の人工島のパーティーですが、我が国で調べたところではそのパーティーを妨害しようとしている勢力にイギリスが関与していると思しき動きが見られました」

「イギリス……直接は考えにくいでしょうし、私の部下がそれらしき人物と遭遇したそうです」

「それはそれは……そうなると、大亜連合軍で脱走したと思しき一派は香港方面の線が強いでしょうな」

 

 フランスとイギリスは同じ西EUに属し、国土的にもドーバー海峡を挟む形で接している。だが、この二国は過去に幾度となく刃を交えており、現在の情勢下でも国単位の主導権争いは水面下で激しく行われている。

 イギリス軍でも最新鋭の輸送機がオーストラリアに向かい、その後イギリスに帰投した情報はフランスも掴んでいた。新イギリス連邦の復活を目論んでいるのかと考える意見もあったが、大亜連合軍の特殊部隊が日本に派遣されている情報でヴィクターはイギリスがそのパーティーを妨害しようと目論んでいると推察した。

 

「この国の力が強まるのは仕方がない事かと思います。ただでさえ新ソ連や大亜連合という二大国と接しているのです……ジョンブルどもやメリケンたちは恐れてるのかもしれませんね」

「第二次大戦のような『神風』を起こされたくないと……どうやら彼らは『触らぬ神に祟りなし』という諺を知らないと見えますな」

「全くです。彼らを知れば知るほど、我々に出来るのは白旗を振ることぐらいでしょう」

 

 奇しくもその存在を目の当たりにしたからこそ、ディアッカもヴィクターもその人物に対して最大限の礼儀と便宜を図っている。この世界の常識など、彼らからすれば“有って無いようなもの”でしかない。悲しいことに、己のプライドや面子―――凝り固まった価値観に拘り過ぎて盲信している輩が国内外にいるのも事実である。

 

「ジョンブルがその程度のことなど見抜けぬはずがない。となると、工作員はいわば“トロイの木馬”やもしれませんな」

「―――成程、魔法技能による探りを入れると。それこそ悪手ではないかと私は思いますが」

 

 その仮説による事実が露見した場合、オーストラリアが支払うべき代償は桁外れのものとなる。当然、関与したと思しきイギリスも無傷ではいられないだろう。最悪、イギリス・大亜連合・オーストラリアの三国間のトラブルが起きかねない。

 正直、ヴィクターの仮説に驚きはしたものの、埒外の経験をしてきたディアッカからすれば納得のいく仮説ではあった。だが、イギリスが態々火中の栗を拾う様な愚行をするとは思えなかった。

 イギリス単独というよりはイギリスの要人。それも多少の混乱も水に流せるような人物となれば、ディアッカの中で一人しか心当たりが該当しなかった。

 

「ですが……『十三使徒』なら、多少の失敗があっても殺すことが出来ないでしょうね」

「ウィリアム・マクロード卿……彼らを擁護する気はないが、人間主義の連中の気持ちが少しばかりわかってしまうな」

 

 卓越した魔法技術を有しているからこそ、下手に手が出せない。そんな輩が背後にいる可能性にディアッカとヴィクターは揃って肩を竦めた。不幸中の幸いがあるとするなら、彼らの知己に彼を押さえられる可能性が高い人物の存在がいることであった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 そんな会話が繰り広げられている頃、達也は作戦卓の一角に座っていた。意外と時間が掛かった理由だが、その場にいる面子を見て達也は納得せざるを得なかった。

 風間、真田、柳の、独立魔装大隊幹部に加え、大亜連合軍の特殊部隊である陳祥山と呂剛虎、更には達也も知らなかった金髪の青年―――南アメリカ連邦共和国(SSA)軍の軍人魔法師であるハンス・エルンスト大佐がいた。

 なお、この場にリーナと佳奈、文弥と亜夜子は同席していない。その四人はあくまでも“達也の協力者”であり、軍の命令を強要することはできない。更に言えば、佳奈と呂剛虎は一度対面しているため(その辺の事情は達也も佳奈本人から聞き及んだ)に、変な諍いを避けるためだ。

 

「司波殿、と呼ばせてもらう」

「ご自由に、上校殿」

 

 達也は一昨年の秋に呂剛虎と八王子特殊鑑別所で対峙したことはあるが、直接的な因縁はそれぐらいであった。陳祥山と呂剛虎が間接的に様々な工作を仕掛けていたことは認識していたし、その当時は達也にとって明確な敵だった。

 とはいえ、その時の因縁を態々持ち込むことは疲れるだけだし、何より達也よりも悠元が彼らを明確に“敵”と認識している以上、彼らが取る行動でこの先の未来が決まるのだから、寧ろ「ご愁傷様」と内心で呟きたくなった達也だった。

 作戦自体は「敵潜水艦の沈没」という主題で進むことになっていた。

 

「敵潜水艦を沈める作戦会議と伺っているが、その潜水艦に工作員がいることは確実なのか?」

「当該潜水艦に貴国の脱走兵と行動を共にしているオーストラリア軍の魔法師が同乗しているのは確実です」

「どうやって知った、というのは聞くべきではないのだろうな」

「申し上げられません」

 

 達也のハッキリとした拒否の姿勢に重ねて問いかける声はなく、会議はそのまま続けられていく。該当する潜水艦は日本や大亜連合のものではなく、外交チャンネルを持つ各国にも問い合わせたが、いずれも該当する答えは無かった。

 

「その潜水艦ですが、今日の夕方に自分と友人たちを乗せたクルーザーを襲撃しましたが、難なく撃退しました。その際に襲った連中を照会したところ、大亜連合軍所属の兵士という結果も得ています。なお、その兵士は全員海に放りだしました」

「何と……その際に捕縛しなかったのは、追撃を恐れてのものか?」

「その通りです。クルーザーには非戦闘員もおりましたので」

 

 襲撃した海賊の照会については全て悠元が行ったものであり、身元も全て響子に渡したデータの中に含まれている。独立魔装大隊のメンバーからすれば、それを行った人物がすぐに該当するが、大亜連合軍に明かすメリットもないために沈黙を貫いた。

 そして、達也がそのことを敢えて口にしたのは別の理由があった。だが、その理由を口にしたのは真田であった。

 

「成程。達也君はそのアクシデントがテロ特措法の適用範囲に含まれると考えているのかな?」

「ええ、その通りです。我が国の法では、敵性勢力による誘拐未遂も適用範囲に含まれると認識していますので」

 

 厳密には、誘拐未遂に加えて破壊工作の準備罪という形で彼らを捕まえられる名分が揃った。仮に潜水艦が公海上にいたとしても、一度トラブルを起こした以上はこちら側に追跡権が成立する。

 あの場には達也だけでなく、悠元たちや卒業生の一行もいた。加えてクルーザーの乗務員の目撃証言もある為、状況証拠として潜水艦を追跡する目途がついた。

 

「支障がないのであれば、遠距離魔法攻撃で沈めるのもありと思います」

「いや、それは最後の手段にしておこう。もしもの時の保険は取っておきたい」

 

 達也の申し出は真っ当なものだが、風間は陳祥山や呂剛虎に余計なものを見られたくないために、あくまでも「保険」と置いた上で真田に視線を向けて発言を促した。それを見た真田は潜水艦の現在位置を口にした。当該対象は現在海上に浮上して補給と修理を受けている、という情報であった。

 

「敵艦は浮上中です。恐らく補給を受けているものと思われます」

 

 無論、潜水艦単独でいるわけではなく、中型タンカーを改造した係船ドックに隠れている模様であった。この時代の石油に燃料としての用途は廃れているが、工業原料としての需要は今も高いニーズがある。タンカーが東シナ海にいたとしても何ら不思議ではない。

 

「補給にどの程度の時間が掛かるかは不明ですが、今ならばタンカーごと潜水艦を押収できるものと思われます」

「我が軍から脱走した者たちは、お引渡し願えるだろうか」

「無論です。こちらの作戦に協力していただくのですから、可能な限りの便宜は図らせていただきます」

 

 風間の言葉に納得した陳祥山は風間に対して頷き、呂剛虎に目線を送った。

 呂剛虎がそのまま立ち上がって部屋を出ていく。恐らく襲撃する部隊の編成に向かったとみられる。

 

「この作戦は時間との勝負だ。直ちに出撃準備を整えろ」

「十分で出撃できます」

「エルンスト大佐殿もよろしいですか?」

「ああ。此度の指揮官は風間中佐殿だ。それに従うことに異論はない」

 

 その後、達也の言葉を合図とする形で全員が椅子から立ち上がった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 達也たちを見送った悠元だが、何もしないというわけではなかった。悠元はアタッシュケースの奥から『神将会』の戦闘服を取り出し、素早く着替えた。今回の作戦に関しては『神将会』の長として天皇より竣工記念パーティーの成功を願うという言葉を賜った。

 別に命令しても問題はなかったが、今上天皇として残り少ない任期を全うするべくの言葉を無碍に出来ない為、悠元は『神将会』の一人として動くつもりであった。すると、脱衣所の方から姿を見せたのは同じく戦闘服を身に纏った深雪であった。

 

「……明日のことがあるのだから、別に留守番でも異論はなかったんだがな」

「そうは行きませんよ。悠元さんが動かれる以上、私も補佐役としての役目がありますので」

 

 慰霊祭の打ち合わせで無理難題など言われるとは思えないし、寝不足の状態で表に出したくは無いと思っていた。それでも深雪の頑固さは達也に似ているため、断ったとしても泣き落としを食らいそうだったので止む無く同行を認めた。

 悠元は一つ息を吐いた上で水波に視線を向けた。

 

「水波、すまないが留守を頼む。流石にここを狙うような愚か者はいないと思うが、もしもの時は躊躇うことなく連絡を入れてくれ」

「はい。悠元兄様、深雪様。どうかお気を付けて」

 

 水波の言葉を聞き終えた後、悠元は『鏡の扉(ミラーゲート)』を発動させて深雪を伴う形で光の扉を潜ったのだった。

 




 理解している人たちは理解しているが、理解していない人は理解していない。そんな一幕です。
 投稿が遅れ気味なのは、戦闘シーンをどう処理するかで悩んでいたためです。流石に魔法一発で消し飛ばしたら味気がないという結論に至りました。人体の可動範囲的に無理をさせられないというのもあったりしますが(ぇ
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