魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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今日の海は時折氷柱が発生します

 敵性勢力―――大亜連合の脱走兵たちが用いている潜水艦は通常型のものだ。原子力機関(厳密には核分裂反応機関)を兵器に用いることは国際魔法協会の憲章に反するため、仮に保有していたとしても管理が厳重にされている代物を調達するのは極めて難しい。

 リーナたちと合流した達也は、目の前にいきなり現れた光の扉と、そこから出てきた悠元と深雪の姿に深い溜息を吐いた。流石に悠元も深雪が泣き落としをされる前に屈したと判断して声を掛けた。

 

「悠元……苦労するな」

「まあ、お互いにな。ともかく、作戦を詰めるぞ」

「そうだな」

 

 今回、急襲するタンカーについての割り振りだが、達也、リーナ、文弥、亜夜子、佳奈に加えて悠元と深雪、更に風間の八人がタンカーのブリッジを掌握する役目を担う。実働部隊が多いとみられる潜水艦と係船ドックのセクションは柳と呂剛虎の部隊が受け持つことになる。

 

「逃亡を阻止する段取りとして、深雪には降下時に凍結魔法でタンカーの周囲を氷結させて動けなくしてくれ。最低でも一時的な混乱を起こせれば十分だ」

「分かりました」

「達也はこちらに被害が及ばない程度にシステムを破壊、文弥と亜夜子が先行し、佳奈姉さんとリーナは後方支援に回ってくれ」

 

 別にリーナを最前線に送ってもいいのだが、本来リーナはアタッカー向きと言えない。どちらかといえばアタッカーをサポートする動きが魔法的にも理に適っていると判断した。体術や修得している魔法を考えれば、達也と文弥が前に出る方が最適解と考える。

 

「風間中佐にはどう説明する?」

「魔法に関しては俺の権限で秘匿させる。佐伯少将が四葉の魔法を探る可能性もあるからな」

「……まあ、悠元は以前国防軍の襲撃を受けてるから、そうなるよね」

 

 その辺は八雲にも協力を取り付けており、八雲としても「四葉家もそうだけど、上司を敵にしたくないからね」と苦笑交じりに述べていた。

 

「ユート……あなたも苦労してるのね」

「リーナほどじゃないけどな。わずか十代で部隊長なんて色々やっかみを買ってそうだし」

「そうやって事実を突きつけられると、今更ながら自分の立ち位置が危ういって思えるわ」

 

 すると、ジェームズ・J・ジョンソンの存在が潜水艦から離れていくのが確認できた。作戦の為に離れたというよりも、昼間の襲撃によって軋轢が生じたとみるべきだろう。その辺は達也も感じているようだが、黙っている所を見ると風間たちに伝える気はないのだろう。

 

「で、タンカーと潜水艦については俺の方で接収する。船舶免許は持っているから」

「接収? 何かに使うのですか?」

「こんなものを国防軍で引き取らせるわけにはいかないからな。法的な手続きはちゃんとやるけど」

 

 表向きは「軍事物資に相当する機器の解体」として神坂グループで買い取り、南盾島に運び込む。潜水艦は魔改造を施して島の防衛として役立てる予定だ。値引くどころか上乗せするので誰も文句は言わないだろう。移動方法は『鏡の扉(ミラーゲート)』になるわけだが。

 

「正直な話、なんで高校生の身分でこんな大事に関わっているのかと愚痴りたくなる。大人たちは一体何をやっているのか……御年60で身を引かれる今上陛下を見習えって思う」

「悠元さん……」

 

 そもそもの話、現状の独立魔装大隊ですら達也や悠元の力を当てにしないと敵の所在を掴み切れていない現状がある。下手に使い潰されないために悠元は非戦闘員としての立ち位置となった。そこには佐伯に対する不信感があるのは否定しない。

 今更愚痴を言ったところで劇的に変わる事など無いと理解しているが、それでも言わずにいられなかった悠元に深雪が心配そうな表情を向けたので、悠元は深雪の頭を撫でつつ、達也の後ろに向かって声を掛けた。

 

「そういう訳ですので、脱走兵の引き渡しについては全てお任せしますね、風間中佐」

「やはり気付いていたか……今のは割と本気で誤魔化したのだが」

「達也は気付いていませんでしたので、流石だと褒めておきます」

 

 別に嫌味ではなく、素直な賞賛の意味を込めての発言に風間は苦笑で返した。自分の実力は風間の師である八雲ですら認めているので別に意地を張る必要もないし、褒めるべきところは褒める。軍人関係はともかくとして、風間玄信個人との付き合いを解消するつもりはない。

 

「それで、中佐殿は盗み聞きでもする為だけに来たわけでもないでしょう?」

「ああ。こちらは既に出発できる準備が整った。君らは名目上、上条中将閣下の指揮下に入る形となるから、宜しく頼む」

 

 表向きは悠元(上条達三特務中将)の指揮に入る形で参加したため、特に混乱は起きなかった。真田が操縦するジェット機から目標のタンカーとすれ違うタイミングで降下し、着地する直前で重力緩和の魔法で降り立った。

 柳と呂剛虎、そして彼らの部隊はそのまま係船ドック部と潜水艦へ素早く歩を進めた。装備自体は『ムーバル・スーツ』ではないものの、ある程度の銃弾なら防御できる防護服を身に付けている。ただ、達也たち四葉側の協力者に関しては特殊な魔法防護を施せる装備を与えている。

 原理的には魔法に仕込まれた刻印型魔法陣にサイオンを流し込むだけで『ファランクス』に相当する防御能力を展開できるもので、身に付けた対象者の周囲に展開している情報強化の術式に上書きする形とすることで座標固定の手間を一切省き、サイオンの消費も軽いものとなる。一昨年の九校戦モノリス・コードで使ったマントの仕組みを応用したもので、達也は感心するように説明を聞いていた。

 

「……流石だな。師匠が手放しに誉めるだけはある」

「大したことはしてませんよ。あの人とまともにやりあえていませんし」

 

 降り立った直後に悠元が『オーディン』で『オゾンバレット』を発動させ、甲板上にいた部隊全員を瞬く間に無力化した。風間の賞賛に悠元はそう返すも、それは単に八雲が悠元とまともに戦っていないからというのは気付いていた。その上で悠元は結界術式『影狼陣(えいろうじん)』を発動させて、監視カメラの認識を弄って侵入者の存在を掻き消した。

 それを確認した上で深雪が『零点銀世界(ゼロ・ニブルヘイム)』でタンカーの周囲を凍結させた。一時的な拘束でいいと言ったのだが凍結範囲が海底にまで及んでおり、巨大な氷柱の上にタンカーが置かれているような状態になってしまった。

 

「……深雪」

「張り切ってしまいました」

 

 そうやって茶目っ気に言いのけてしまったことに、悠元や達也のみならず周囲にいた人々は驚きを通り越して呆れ返ってしまっていた。それを見た上で達也は遠隔銃座やガス発生装置、隔壁などの防御装置を『分解』で無力化した。

 悠元は当初の予定通りに進めようと思ったが、感じられる気配が想定よりも少ないと察知し、少々作戦を変更することにした。

 

「暫く見つかることは無いと思うが、リーナと佳奈姉さん、文弥と亜夜子はここで待機。俺と深雪、中佐と達也で艦橋を制圧しましょう。潜水艦方面から感じられる気配も少ないですので」

「ふむ……なら、そうしよう。悠元は『天狗術』を扱えるのか?」

「昨年秋に鞍馬山を訪れた際、それに関する秘伝書を閲覧させていただいたので、問題なく行けます」

 

 論文コンペの下調べとして沓子と一緒に鞍馬山を訪れた際、急に頼み込まれた武術指導の詫びとして鬼一法眼(きいちほうげん)が記したとされる秘伝書を読ませてもらうことができた。こちらから頼んだ訳ではなく、鞍馬寺の住職がせめてもの足しと言うことで見せてもらった。

 最初は秘伝書を渡すとまで言われたが、流石に秘伝書が鞍馬寺に無いのは色々問題ということで固辞した。そこから少し話し合った結果として、秘伝書の写しを貰うことで決着した。

 

 悠元の提案に偽りは無いと風間は判断してその提案を呑み、悠元と深雪、風間と達也の二人組で艦橋に入っていく。念のために別々のルートで侵入しており、悠元と深雪のほうは二人一組の六人がすれ違っていったが、特にこちらに気付くことはなかった。

 四人共に多かれ少なかれ八雲の師事を受けているが、今回は純粋に『天狗術』の有無で分けている。風間と達也がブリッジの根元にある指令室に、悠元と深雪が操舵室に入って制圧する算段だ。

 『天狗術』の効力は術者に依存するが、風間以上の技量と先天的な異常聴覚から獲得した音の制御によって相手の認識を完全に逸らしてしまう。それこそ、一度に数千人から数万人の動きを誤魔化すなど容易い。悠元は操舵室の扉を開ける音ですらも遮断して敵兵の注意を一切向けなくさせている。

 悠元は深雪に目線を送ると、深雪は頷いて右手を前方に構える。操舵室にいた数人の兵士は急激な体温の低下によって気絶し、その場に倒れ込んだ。一昨年の時とは異なり、深雪の魔法制御も大幅に成長している証拠だった。

 特に隠れている気配や存在も確認できないところで、悠元のレシーバーに通信が入る。

 

『こちら風間。指令室を掌握しました』

「こちら上条、操舵室の兵士は無力化を完了。脅威と成り得るトラップは確認できない。潜水艦方面の制圧が完了次第、偽装ドックの凍結を解除して那覇港に移動する。協力員と直ちに合流して周辺警戒に当たれ」

『はっ』

 

 あくまでも別陣営とはいえ、国防軍の体裁で参加している以上は階級が一番上となる。なので、風間の畏まった報告で察しつつも悠元は指示を飛ばした後で通信を切った。すると、深雪が尋ねてきた。

 

「悠元さん。これで全て済んだでしょうか?」

「……いや、肝心のオーストラリア軍の魔法師が逃亡しているからな。連中からすれば潜水艦を軸として作戦を進めたかったのだろうが……無理をする可能性は残っている」

 

 何せ、前世の記憶からしても島の領有権を主張するために偽装した船をこの国の公的な船舶にぶつけるようなことをしでかした国があった場所に成立した後継国家だ。未だに“日帝軍”などと言う言葉を使う以上は、傷つけられた面子を回復させるためにゴリ押しをする可能性も残ったまま。

 作戦の段階で言えば間違いなく失敗と判断すべきだが、脱走兵が国に戻ったところで待っているのはUSNAの『スターダスト』のような扱いだ。どの国にも洗脳などによって忠実な兵士を作り上げている事例は確認済みで、大亜連合の場合は『無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)』経由で顧傑から齎された魔法技術が使われているようだ。

 

「こんなことをした以上は彼らの未来などない。オーストラリア軍も貧乏籤を引かされた形だな」

「では、一体誰が得をするというのでしょうか?」

「イギリスとUSNA。ついでに言えば新ソ連だな」

 

 国際魔法協会の本部があり、ウィリアム・マクロード擁するイギリス。現代魔法の最先端を行き、自称世界最強の魔法師部隊を擁するUSNA。そして、USNAと同勢力を有する新ソ連。

 原作ではこの一件で日本と大亜連合の状態を見抜いたからこそ、新ソ連が軍事行動を起こす要因となった。尤も、モスクワ近郊にいる人間主義者との対立は未だに続いているため、そこまでの余力を生み出せるか疑問だが、油断はできないだろう。。

 脱走兵たちはタンカーをそのまま那覇港に移動させる形で移送し、到着次第大亜連合側に引き渡された。無駄に飯を食わせる気にもならないが、輸送中に死なれても困るので最低限の治療などを施しはしている。それを変に恩義と捉えて甘えるようならば突き放すだけだが。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 風間と陳祥山の部隊、四葉の協力員らによって潜水艦とドックが制圧されたころ、ジョンソン大尉はまだ海中にいた。

 当初の予定よりも早い段階での離脱だが、ジョンソンは嫌な胸騒ぎを感じていた。それは今までに死線を潜り抜けたことで培った経験則によるものだが、潜水艦にいた面々との軋轢が生じていたのも事実だった。

 時間は真夜中であったが、ランデブーポイントに到着し、海中で小型潜水艇を降りてドライスーツで浮上。事前に連絡したポイントにはクルーザーに偽装した工作船が停泊しており、ジョンソンは柄にもなく安堵の溜息を漏らした。

 だが、そんな安堵の感情もクルーザーに搭乗していた人物を見て驚きに変わっていた。彼の視線の先にはジャスミン・ウィリアムズ大尉がいたからだ。

 

「ジャズ!? 何かあったのか?」

「何も知らないのか? いや、知らなくても無理はないか」

 

 彼女が単なる気まぐれで計画を変更するような性格ではないことはジョンソンが良く知っている。問いかけに対する彼女の反応で、ジョンソンは嫌な予感が過っていた。そしてそれは奇しくも現実としてジャスミンが言い放った。

 

「明日の作戦の主力部隊が日本軍に捕まった。戻って早々だが、打ち合わせがしたい」

「―――了解した。着替えてくる」

 

 ジョンソンはジャスミンが「ダイニングで待っている」という言葉の後に去っていく姿を見届けることなく、更衣室に割り当てられたキャビンに向かった。

 ダイニングにはジャスミンと大亜連合脱走兵のブラッドリー・チャンがいた。チャンがジャスミンのほうをチラチラ見ているが、これはジャスミンが本当にオーストラリア軍の大尉なのかと疑問に思っていたためだ。

 元々、ジャスミンの特異性を鑑みてリウ以外の脱走部隊に会わないようにしていた。見た目が12~13歳程度の少女を外国の軍の魔法師などと言われても信じるものは極めて少ないだろう。

 だが、そんなことを論じている暇は彼らに無かった。

 

「捕まったというのは、臨検を受けたのか? 彼らは公海上のドックにいたはずだ」

「……調べた限りだと、昼間の襲撃を状況証拠としてこの国のテロ特措法適用対象という形で拿捕したらしい。ほぼ奇襲に近いが、こちらからそれを責めることはできない」

「……」

 

 だから実行するべきではなかった、とジョンソンは内心で独り言ちた。非合法的な作戦という点では彼らを責めることなど出来ない。

 

「他に分かっていることは?」

「大亜連合の特殊部隊がその襲撃に加わっていた。そして、未確認になってしまった情報だが、襲撃にいた面子の中に少年少女の姿も居たそうだ」

「……もしや、四葉の魔法師か?」

「それは分からない。だが、可能性として無いとも言い切れない」

 

 映像がない以上、判断するための情報は非常に限られている。仮にそれが四葉の魔法師だとすれば、既に虎の尾を踏んでいるかもしれない危機感が生まれてくる。四葉の復讐劇もそうだが、かの家と仲が良い英雄―――上泉剛三の無双劇に近い惨状が大亜連合とオーストラリアに齎される可能性もある。

 

「どちらにせよ、ここまで来た以上は連中も自白剤の使用を躊躇わないだろう。こうなってしまっては、作戦が破綻している」

 

 今回の作戦において、オーストラリア軍が担うのは反講和派のバックアップ―――基本的には物的支援に止めるもので、万が一の場合に備える形でジャスミンとジョンソンが派遣された。彼らは主戦力として派遣されたわけではなく、主な目的は状況の監視であり、已む無く戦闘を行う場合は許可するというものだ。

 オーストラリアとしても全面的に戦闘を禁止するつもりなどなく、そうでなければ腕利きの二人を派遣するということには至らなかった筈だ。今回はあくまでも日本のプレゼンス拡大阻止を狙ったイギリスが立案した作戦で、オーストラリアは秘密同盟国として協力しているに過ぎない。

 

「作戦は実行すべきです。ここで中止しては、今までの犠牲が無駄になってしまう」

 

 だが、ブラッドリー・チャンは作戦の続行を強く推した。

 香港がイギリスの政治的影響下にあるのは公然の秘密だが、それでも所属している国家は大亜連合。元香港軍の彼はジャスミンやジョンソンと異なり、祖国の軍を抜け出した反逆者。捕まって祖国に戻ったところで、良くても強制重労働、悪ければ洗脳されて忠実な兵士に作り変えられる……待っているのはチャンにとって悲惨な未来しかない。

 チャンに残された道は、今回の破壊工作を成功させて罪を功とし、例え祖国に認められなくともその功績を以てイギリスかオーストラリアに亡命する。そのためには作戦の中止など到底受け入れられなかった。

 

「しかし、主力の潜水艦は失われてしまいました」

「小型艇は残っています。要は海中から気付かれずに接近できれば良いのです。潜水艦が必ずしも必要という訳ではありません」

「それが出来ると?」

「我々の部隊には水中での活動を得意とする魔法師が残っています。人数は減ってしまいましたが、作戦に支障はありません」

 

 強気なチャンの発言を聞き、ジャスミンとジョンソンは顔を見合わせた。そこから導き出した答えは、オーストラリア本国に作戦の続行をすべきか照会するというものだった。

 




 本格的な戦闘シーンはほぼカットになりました。ここは原作の流れになりそうだったためです。柳や呂剛虎の部隊にリーナたちを参加させて手の内を明かすリスクなんて侵す必要もありませんので。周辺警戒にしては過剰戦力ですが、傍から見れば女性三人の男性一人ですし。
 文弥がヤミの恰好でないのは、悠元の権限で箝口令を敷ける範囲だと判断したからです。万が一の場合は記憶を消去すれば済む話なので。

 脱走兵らの面子に関わる部分まで読んでの作戦でしょうが、ウィリアム・マクロードは本気で痛い目を見た方がいいと思います。原作でディオーネー計画を共謀しておいて唯一達也に殺されなかった人間なので、信用に足らない人間だと個人的に思ってます。

 ただで死なす気など更々ありませんが。
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