魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

365 / 551
触れてはいけないものに触れるという意味

 作戦を終えたハンスは那覇港に降りた後、無人タクシーでそのまま宿泊先のホテルに帰った。流石に真夜中なので極力音を立てないように部屋に入ってベッド傍のライトを点けると、ベッドで眠っている少女の姿にハンスは安堵したかのように息を吐いた。

 

「流石に彼の孫とはいえ、まだ子どもだからな……」

 

 少女―――ナターリヤはあの『十三使徒』の血縁者。普通ならば祖父であるレオニード・コントラチェンコが責任を持って預かるものだと思っていた。身分も分からない人間に預けるなんて相当博打に近いだろうし、新ソ連に対する人質にも成りかねない危険をはらんでいる。

 だが、コントラチェンコはナターリヤを国外へ連れ出す様に頼み込んだ。新ソ連が危うい位置にいる、と彼はそう思ったのかもしれない。もう一人の『十三使徒』であるイーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフがいるにもかかわらずだ。

 

(もしかして、あの人はベゾブラゾフが衝動的な行動に出る危険性を考慮したのか? 同じ国の戦略級魔法師であるというのに?)

『人というのは欲に勝てないものだ。私もかつてそうであったようにな』

(……お前が言うと妙に説得力が増すわ)

 

 ただひたすら戦場を飛び回って独裁国家ですらカバーしきれない膨大な功績を挙げたルーデルの言葉に、ハンスは妙な説得力を感じつつも着替え始めた。

 

(新ソ連がかつての旧ソ連と同じとは思えないが、確かに5年前の佐渡侵攻はどう見ても大亜連合が起こしたとは思えない。陽動にしても、捨て駒にされたと知られれば国内で暴動が起きてしまう。それだったら、距離的に近い対馬要塞および九州を狙うはずだ。となると、新ソ連が大亜連合の動きを察して動いたとみるべきか……ロクでもないな)

 

 沖縄防衛戦と時を同じくして起こった佐渡への襲撃は、日本が今年の正月に全ての情報を開示している。使われた装備を考慮しても新ソ連で配備されていたものと非常に酷似していると記載されていたが、新ソ連側はその事実を否定している。

 だが、それによって一時新ソ連内で暴動が起きたことがあった。これはハンスが新ソ連国内に潜入した際に反政府勢力から聞いた話だが、佐渡への侵攻部隊には新ソ連政府の有力者の親族がいたらしく、政府の“脱走後に行方不明”という発表に納得できず、周囲の有力者まで巻き込んだ結果……かのスターリンを彷彿とさせるような大規模の粛清が行われたらしい。

 

『やはり、イワンの根っこは変わらんな。聞こえはいいが、やっていることは人間を奴隷のように扱う様なものだ。あの御仁はそれを危惧してエルンストに預けたのかもしれんな』

(……意外だな。お前ならすべての新ソ連を憎むものかと思ったが)

『私だってイワンの全てを滅ぼしたいわけではない。ドイツに敵意を向けた者は容赦なく殲滅してやっただけだ』

 

 それをどう捉えるかは人の自由だが、ハンスからすれば「特に秘訣など無い」と言いたげな人間だからこそ、どうすれば生き残られるのかを本能で悟っていると思わざるを得なかった。そうして寝間着に着替えたハンスは空いている方のベッドに潜り込んでライトを消した。

 

『無防備の女性を襲わないとは紳士的だな。意気地なしとも言えるが』

(勝手に言ってろ。俺はとっとと寝るからな)

 

 なお、朝起きた時にハンスにしがみ付くように寝ていたナターリヤの姿を見てハンスが深い溜息を吐いたのはここだけの話である。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 昨晩の共同作戦による襲撃は成功したが、まだ予断は許されない。明日のパーティーが無事に終わるまでが任務と言わんばかりに風間は気を引き締め、響子から報告を受けていた。

 

「それで、オーストラリア軍は回答を保留していると?」

「そうなりますね」

 

 ジョンソンは傍受を避けてイギリスの軍事用通信衛星を経由する形で本国の上官に問い合わせるというものだった。だが、この通信は当然のように日本側も傍受していた。

 響子の異名である『電子の魔女(エレクトロン・ソーサリス)』は主にハッカーとしての技量から付いたものだが、魔法師としての異名にも繋がっている。電気・電波信号に干渉する発散系・収束系・振動系魔法の使い手として。

 電磁波を直接的な攻撃及び防御手段として用いるのではなく、有線・無線を問わず、通信に介入する魔法を得意とする「魔女」。光通信であっても現状は最終的に電気信号に変換されるため、彼女の守備範囲に含まれている。

 また、現在行われている通信だけでなく、上書きされ消去された磁気・電子・光学記憶媒体のデータを再構築する特殊な技能も持ち合わせている。

 

「真田、どうだった?」

「はい。明日の作戦に関して中止すべきかどうかの判断を仰ぐ内容ですね」

 

 彼女に()()()()()()通信はあっても、()()()()()()通信は存在しない。ジョンソンの暗号通信は響子の魔法を通して独立魔装大隊の受信機が確かに捉えていた。

 そして、響子が解読できなくても真田には大抵解くことができた。彼は魔法工学の技術者として優れているだけでなく、暗号技術者としてもエキスパートである。

 

「こちらとしては、続行してくれた方がありがたいが」

 

 この場に達也か悠元がいれば、間違いなく反論が飛んでくるであろう風間の言葉。ただ、悠元からすれば「大亜連合の脱走兵が追い込まれている状況で特攻紛いの行動を仕掛けても何らおかしくない」と那覇港で別れる際に聞いており、風間もこの意見には同意であった。

 敵の勢力は元々祖国の軍からの脱走兵。オーストラリアが積極的な戦力投入をしてこない以上は失敗する公算が高くなり、仮に被害が出たとしても微々たるものになると推察していた。それに、下手に国外へ逃げられるよりもここで捉えて公的に送り返した方が面目も立つ。

 すると、響子から傍受の報告が齎された。一度解析済みの暗号通信なので、平文化自体は実に簡単なものであった。

 

「オーストラリア軍からの回答、来ました」

「何と言って来た」

「『明日の作戦決行を許可する。大亜連合反講和派と協力して作戦を成功に導け』とのことです」

「そうか。柳、陳祥山にこのことを伝えて迎撃フォーメーションを詰めて来い。細かい部分は任せる」

「ハッ」

 

 風間の指示で柳が部屋を出ていく。残った三人のうち、最初に口を開いたのは真田だった。

 

「しかし、オーストラリア軍は強気ですね。もしや、潜入している工作員に何かしらの兵器―――いや、『オゾンサークル』とは別の戦略級魔法でも持っているのでしょうか?」

「そうは思えないな。寧ろ、失敗するのを見込んでの作戦なのかもしれない」

 

 真田の予測を風間は否定した。

 確かに、オーストラリア軍が新型の戦略級魔法を開発した可能性はあるかもしれないが、それならばイギリスが真っ先にオーストラリアを抑えつつも戦略級魔法の情報を共有し、場合によってはイギリスがマクロードとは別の国家公認戦略級魔法師と共に発表する厚かましさを見せてくる公算が高かった。

 

「彼らの破壊工作の成功確率が格段に低い中、増援などの必要な手立てを打つような素振りは見られない。参謀本部と現場の見えている情報の差もあるかもしれないが、本気で成功させるならば後方支援の点で十分なバックアップを付けるべきだ」

「……では、失敗することを分かっていて何故強行するのですか? 大亜連合の脱走兵らはともかくとして、オーストラリア軍にそこまでするメリットはないように思われますが」

 

 正規の他国の軍隊が破壊工作を目論む脱走兵(テロリスト)と手を組んで非合法の作戦を実行しようとしていることも問題だが、オーストラリア軍からすれば作戦協力の続行は“悪手”とも言える。

 最悪、日本とオーストラリアの二国間の国際問題へと発展しかねない状況だというのに、オーストラリア軍は作戦続行を決めていた。起こりうる最悪の可能性という名の響子の懸念に対して風間が答える。

 

「送り込んだ工作員が失っても痛くない人員という可能性も勿論あるだろう。仮に捕らわれても失敗の責任が問われないようにする目論みもあるかもしれない。もしくは……」

「もしくは、何ですか?」

「彼らの目的が我々や大亜連合軍に無かった場合だな。その場合で言えば達也や悠元が最も該当し得る対象になる」

 

 普通に考えれば、正規軍相手に正規軍の工作員を送り込むことは水面下の暗闘で割とよくある話だが、今回は達也が四葉家の代表として、悠元が神楽坂家代表・三矢家代理として赴くことは関係者に知らされている。

 もし、昼間の潜水艦による誘拐未遂が起こらなかった場合、風間たちは潜水艦の存在を把握できていなかったかもしれない。

 

「中佐は達也君や悠元君たちが襲われた一件に“四葉”の名が大きく関与していると思われたのですか?」

「可能性は極めて高いかもしれん。何せ大漢(ダーハン)を滅ぼした四葉の係累と上泉剛三殿の親族だ。悠元の方は表沙汰になっていないが、剛三殿とオーストラリアで軍関係者に襲われたことは私も聞いている」

「……逆恨みという線はないでしょうが、変に警戒した輩が画策したのかもしれませんね」

 

 真田の言い分にも一理はあるとしつつ、風間は内心で溜息を吐きたくなる様相だった。何せ、風間当人ですら「絶対敵に回したくない人間」として達也と悠元がおり、四葉の悪名は誰しもが知るものだった。ただ、あれから30年という時間が経過したために、そのことを誇張表現だと捉える輩が出てきても何ら不思議ではない。

 知らなくても無理はないが、未だ残る言葉に警戒を解く理由にはならない。それこそ“百聞は一見に如かず”と言うべきだろう。

 

「その意味で、魔法師を捨て石に使うという意図は何ら不思議ではない。四葉は未だに健在なのかを知る目的で送り込んだのだとすれば辻褄は合うとみている。仮に、我が国にとって脅威と成り得る魔法師が国外に出現したとして、そこに達也や悠元を単独で送り込むのはリスクが大きすぎる」

「そうですね。多かれ少なかれサポートやバックアップは必須と考えます」

 

 単なる軍人ならば、四葉家と言えども興味は示さない。だが、軍人魔法師となれば話は別となる。仮に少女が風間の予測通りの人物ならば、四葉家も少しは興味を持つだろう。だが、それを看過するような悠元ではないと風間はみている。

 

「もしかすると、今回の作戦は悠元の力を探る目的もあるのかもしれないな」

「可能性は大いにありますが……魔法的にも武術的にも、加えて社会的にも強い彼を靡かせる材料なんて存在するのでしょうか?」

 

 悠元が誇りと言うものをそこまで重視しない性格だということは、風間は無論のこと真田や響子も理解している。少なく見積もっても十代ながら世界でトップクラスの実力を有する彼に「一体何の対価を支払えるのか」という真田の疑問に対し、答えられる人間はその場にいなかったのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 箱根の神楽坂家本邸―――その離れでのんびりしている千姫だが、部屋の片隅には立派なスーツケースが置かれている。今からどこか遠出することを想定してのものだが、襖の向こうから聞こえてくる声と気配で千姫は寝転んでいた状態から起き上がって胡坐をかいた。

 

『奥様、起きていらっしゃいますか』

「いいよ、起きてたから。冷えるから入ってちょうだい」

「では、失礼します」

 

 千姫の声で襖が開き、中に入ってきたのは東京の別邸にいたはずの支倉佐武郎その人。支倉を呼んだのは他でもない千姫であった。

 単独でも護衛無しで十分問題ない千姫だが、忠成の忠告を聞き遂げるために支倉を身辺の護衛に置くこととした。その理由は、千姫がこれから向かう場所に大きく関係していた。

 

「急にごめんね。態々東京から引っ張り出しちゃって。引越しの手伝いもあるのに」

「そちらはほぼ終わっていましたので。こちらに呼ばれたことを伝えると、他の使用人から『また奥様の我儘だな』と憐れむような目線を向けられました」

「そんなにわがまま言った覚えはないんだけど」

 

 実年齢は高齢なのに、見た目も相まって子どもっぽい反応を見せる千姫に、支倉も苦笑を禁じえなかった。別に我が侭で困らせているというよりは当人の精力さに周囲からは「本当に大丈夫なのか?」という高齢者に対する気遣いと心配の結果であった。

 

「ま、いっか。支倉さんには私の護衛として明後日に西果新島で開かれる竣工記念パーティーに参加してもらいます。その辺は七草の小僧絡みで経験があるよね?」

「勿論でございます。そのパーティーには確か若様も出席なさるはずですが」

「社交界でのお披露目も兼ねるけど、私は神坂グループの名誉会長として出席するから。深雪さんやリーナさん、水波ちゃんの分の“予約”もしているかしら?」

「それは恙無く」

 

 魔法界としての公表は既にされているが、このパーティーは神楽坂悠元の社交界における正式なお披露目も兼ねている。事前に北山家へ知らせており、二人の関係性を見せることで政財界へのアピールも見せることになる。

 更にはリーナを達也の婚約者として印象付ける側面も持ち合わせており、メイクなどの準備に関しては千姫自身のコネを活用してその筋では超一流の太鼓判を押せるほどの専門家に頼み込んでおり、千姫の本気の度合いが窺い知れる。

 

「当日はSSAのディアッカ・ブレスティーロ大統領、フランスのヴィクター・セナード大統領、それとUSNAのワイアット・カーティス上院議員もいらっしゃいますが……その顔触れだけ見れば、国際会議クラスですね」

「そこまでの人物を呼んだのは悠君あってこそでしょうが、イギリスの連中は分かっているのでしょうか」

 

 奇しくも悠元によって招かれたと言っても過言ではない顔ぶれだが、そのパーティーを台無しにするという意味が本当に分かっているのか、と千姫は独り言ちた。

 仮にそのパーティーが中止となった場合、まず国内の防衛体制の穴を指摘されかねず、最悪政府側の権力によって大々的な人員整理が敢行されることになる。主賓クラスとして参加する神楽坂家の面子と建設に関わった上泉家の面子を傷つけることになり、その矛先は当然大亜連合とオーストラリアに向けられる。横浜事変の件で軍艦をオーストラリア国籍の貨物船に偽装した一件がある為、その事実を持ち出されるとオーストラリアも無関係とは言えなくなる。

 そして、オーストラリア軍の魔法師を派遣した件に関してウィリアム・マクロードが関与している事実は神楽坂家で既に把握している為、イギリス王室とイギリス政府にこの事実を伝えて責任の所在を明確にする。更に言えば、この馬鹿げた案を作ったUSNA側にも責任問題を波及させる。

 つまるところ、今回の一件を企てた輩は四葉家や悠元の力を探ろうとしているのだろうが、怖いからと言って余計な搦め手を用いた時点で悠元は黒幕―――エドワード・クラークを敵として認識している。

 

 その意味を相手が認識した瞬間、どうなっているかは神のみぞ知る。

 




 原作よりもパーティーの顔ぶれが増えます。仮にパーティーが台無しになった場合、日本・SSA・フランス・USNA(政府高官クラス)とUSNA(エドワード・クラーク)・新ソ連・イギリスの構図になる形です。
 大亜連合はって? 味方にするにしても敵に回すにしても面倒なので中立でいて欲しいです。オーストラリアは……うん(遠い目)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。