魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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おい、仕事(デュエル)しろよ

 翌日、3月27日は慰霊祭の打ち合わせとして悠元と深雪が出席することになった。本来ならば四葉家の次期当主である達也がその場に出るべきなのだが、師族会議議長である悠元に加えて達也の代理として深雪が出れば無茶は言われないだろう、という結論に至り、達也は作戦の疲れを癒す様に窘められた。

 

「タツヤ、不満なの?」

「いや、不満はない。疲労の度合いで言えば悠元の方が大きいからな」

「それが不満みたいなものじゃない」

 

 部屋でゆったりしているリーナにそう言われ、流石の達也も「確かにな」と返しつつ水波が淹れてくれたコーヒーに口を付けた。

 達也がジェームズ・J・ジョンソンの監視をしているからこそ、明日の本番に備えて英気を養えという気遣いは素直に受け取らざるを得なかった。その理由は、リーナや給仕をしている水波だけでなく他にいる面々にもあった。

 

「達也さんは本当に罪作りな人です。そういったところも達也さんの魅力ですが」

「それは分かる。リーナさんが惚れるのも頷けるかなって」

「亜夜子に佳奈さん……」

 

 そう、その場には亜夜子と佳奈も同席していた。元々同じホテルに泊まることになったので想定はしていたが、二人も真夜からの手紙という“免罪符”を出されては達也も拒否できなかった。

 あの母親は早く孫が欲しいのかもしれないだろうが、流石に高校生の身分で妊娠させたとなればマズいと思っていた。その意味で悠元に助けられたことも事実だ。

 達也はその話題を引っ張られると居心地が悪くなると判断して、別の話題を切り出した。

 

「今日はどうしますか。自分は時間が空いてしまったので、外にでも出かけますか?」

 

 四葉家としての公務は既に終わっており、残るは国防陸軍特務士官としての任務しかない。明日は昼に久米島へ入り、諸々の準備を整えてパーティー会場である西果新島に入る。本来なら四葉家で手はずを整えるところだが、それに関しては悠元から説明が入った。

 

『母上がパーティーに出席するということで、27日に政府専用機で沖縄入りするそうだ』

 

 神坂グループの会長職としての“公務”―――既に第一線を退いたとはいえ魔法師としての実力は健在で、会場内の魔法行使を完全に抑えるために出向くとのこと。本人としては「まあ、悠君がいる以上は私の役目など必要ないかもしれませんが」と零していた。

 更にはメイクやドレスアップなどの専門家も同行させる手筈で、この辺りは深雪や水波、リーナらに対するフォローとみられる。

 

 付け加えると数人の魔法師も同行するようで、その中には警察省の千葉寿和警視(テロ事件の功績という形で昇進させられた)も含まれている。更には、USNA上院議員のワイアット・カーティスも同席するらしい。

 事情を聴くと、カーティス議員は過去に政治がらみの案件で千姫に救われたことがあり、個人的なコネを有しているとのこと。顧傑の一件に関するベンジャミン・カノープスの任務失敗の際に千姫が彼の罪を取り成したことで、カーティス上院議員にとって千姫は一生頭が上がらない存在となってしまったそうだ。

 カーティスが急に参加を決めたのは親族の生存を知ったからこそであり、表向きは「USNA大統領の親書を届けるため」として国外に出る。大統領本人の直筆である親書を携えていくことは決して間違いではなく、そこにどんな思惑が含んでいるのかなど電子情報に流れない以上は知る由もない。

 

 閑話休題。

 

「それだったら、ホノカも誘わない? なんだったらシズクも同行させればいいし」

「それはいい案ですね。私も悠元さんと仲良くしている身として親交を深めたいですし」

「……達也君はいいの?」

「まあ、負担にならない程度ならば目を瞑ります」

 

 四葉のガーディアンだった頃ならば無理を押していただろうが、よもや弱音のような言葉が自分の口から出たことに達也自身苦笑を禁じえなかった。その意を汲みとったのか、佳奈も笑みを漏らしていた。

 

「雫がいてくれるなら水波もいくらか気分が楽になるだろう。水波はそれでいいか?」

「はい。深雪様から達也様を見張っててほしいと頼まれておりますので」

「……」

 

 無茶をする気は無い、と口で言ってもその程度の基準は人次第。とりわけそのハードルが高すぎるからこそ、深雪のお節介に近い言葉に達也は内心で溜息を吐きたくなる気分を抱いたのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 慰霊祭の打ち合わせ自体は何の問題もなく終わった。何かしらの注文を付けられる前に悠元が自分の資産から“香典”として1億円支払うだけでなく、慰霊祭に叡山から天台座主を招いて法要を執り行うことを提案すると、他の参加者も文句は何一つ言えなかった。俗にいうパワープレイとか札束ビンタの恰好だが、余計な注文を付けられる前に日本魔法界として死者を平等に弔う姿勢を見せた方が早いと結論付けた。

 そして、悠元と深雪はそのまま近くの喫茶店で休憩することにした。

 

「本当にすぐ終わりましたね」

「向こうもこちらの素性は知ってるだろうし、余計な事を言って前言を撤回されるのも周囲の顰蹙を買うだけだからな。魔法界として非魔法師であれ平等に弔う姿勢を見せるにはこの方法が一番分かりやすいだろうと思ったまでだ」

 

 魔法がごく限られた存在でしか行使できず、魔法資質保有者であれども資質を開花できる人間に限りがある以上、非魔法師の魔法に対する恐怖を完全に取り除くのは難しい話だ。ならば法と秩序の統制下で魔法の存在を制御する他ない。

 一部のレフト・ブラッドの兵士による裏切り行為が公表されなかったのは、反魔法主義に対する追い風とならないようにするための隠蔽工作の側面も併せ持つ。

 

「問題は明日のパーティーを乗り切った後だな」

「……悠元さんは、これが始まりだとお考えなのですね?」

「間違ってはないが、連中がそう簡単に諦めるとは思えん」

 

 原作においてオーストラリア軍の魔法師を四葉家に潜り込ませる作戦は頓挫しており、この世界では国防軍に引き渡すのではなく警察省によって犯罪者として逮捕したのち、オーストラリアに強制送還する手筈となっている。

 これは、佐伯少将が彼らを利用してイギリスと個人的なコンタクトを取り、最終的に達也の力を法的に拘束しようと動くことを阻止するためだ。一昨年の命令の一件で悠元は佐伯を信頼しておらず、九島烈が実質的な力を失ったことで野心を拡大させる可能性が高いためだ。

 もしかすると、彼女はその功績を以て『元老院』に入り込もうと画策しているかもしれない。戦略級魔法師を御するだけのものとなれば、『元老院』の構成メンバーも決して無視はできないと思われる。

 尤も、そんなことになどさせないように立ち回るのは確定事項だが。

 

「大事になる前に顧傑は排除できたが、反魔法主義の火種は燻ぶったままだ。いつまた再燃するか分かったものじゃない。それに、連中(うみのむこう)は俺や達也の素性に気付いているわけだしな」

 

 『第一賢人』と自称したレイモンド・クラーク―――ひいては『七賢人』や『十三使徒』という既存の世界のシステムが立ち塞がるのは間違いない。軍上層部が『セブンス・プレイグ』や『アルカトラズ』の一件を冤罪の理由にしてこちらを追い出そうとするかもしれない。

 USNA政府とはヴァージニア・バランス大佐を経由して戦略級魔法に関する約定を取り付けているが、USNA軍は未だにこの国の戦略級魔法を奪うことを諦めていない。それが如何に馬鹿な事なのかと理解すればまだいいが、どうにもこの世界の軍人は野心家が多すぎる。出世欲のために他人を蹴落として犠牲にすることはあり得ない事でもないが、少し考えれば分かることを理解できない奴ばかりだ。

 USNAだけでなく、イギリスや新ソ連も正直油断できない。特にベゾブラゾフとは戦略級魔法のぶつけ合いを経験している以上、復讐と称してこちらの排除を狙ってくるかもしれないだろう。

 

「では、如何なさるのですか?」

「……いっそのこと、オーストラリアをこちら側に引き込む。かつてマシュー・ペリーが黒船を率いて当時鎖国していたこの国に対して開国を迫った様にな」

 

 こちらが支払うリスクを最小限として、オーストラリアには選択を迫る。このまま大亜連合と同じ穴の狢として敵国同然の扱いを受けるか。あるいはオーストラリアを売るような真似をしたイギリスに一泡吹かせたいか。

 どちらにせよ、破壊工作に関わった以上はこのまま日和見など許されるはずなどない。そして、オーストラリアにはイギリスにはない利を生み出せるだけのものが存在する。

 

「その絡みで妙な報告が一件。『ジャスミン・ジャクソン』、『ジェームズ・ジャクソン』と名乗る人物がパーティーに参加する。調べて見たら、イギリス大使館からの招待になっていた」

 

 西果新島の竣工記念パーティーは全て招待制にしており、達也と深雪は神坂グループの取締役である神坂佑都の名で招待状を出している。元々国内の招待客に限る予定だったが、SSAとフランスの国家元首が参加されるため、それをどこからか嗅ぎ付けたUSNAとイギリスの大使館が自国の招待客を入れたいと打診した。

 前者の場合はカーティス家関連で明確な理由に基づくものだが、後者の理由は「国際魔法協会本部の特使」とのことだった……パーティーでは壇上に立つ予定もないのに、イギリスは魔法協会に喧嘩でも売りたいのかと思ってしまう。いや、この場合はウィリアム・マクロード個人を非難すべきだろうが。

 

「深雪。達也に『ゲートキーパー』をジャスミン・ウィリアムズ大尉に仕掛けるように言ってくれ。ただ、それはあくまでも俺の魔法と言うことで通す」

「……宜しいのですか?」

「敵さんが俺と十文字先輩の模擬戦もどうせ掴んでいる可能性が高いからな」

 

 達也に対する戦力見積もりの下方修正と自身に対するヘイトを向けさせるのが狙いで、魔法を使わずとも相手を制圧可能なのは深雪も理解しているからこそ、悠元はその提案をした。どうせ達也の『質量爆散(マテリアル・バースト)』や自身の『星天極光鳳(スターライトブレイカー)』を封じようとしてくるかもしれないが、その為の対抗策は既に構築済み。

 

「それに、敵を無力化しても気絶はさせない。連中には大事なメッセンジャー兼人質になってもらうからな」

「……すみません、悠元さん。一体何をお考えなのですか?」

「強いて言うなら……味方を思い切って増やす作戦だな」

 

 深雪が考え付かなくても無理はない。何せ、この作戦はオーストラリアの持つ力を存分に使って“世界の勢力再編”を狙うためのものだ。その為には、オーストラリアをイギリスから切り離すことが極めて重要となる。

 切り離すと言っても、オーストラリアには引き続きイギリスとの関係を保ち続けてもらう。俗にいう“二重スパイ”を担ってもらうつもりでいた。大亜連合との関係性を含めれば三重になってしまうわけだが、元々宗主国が“三枚舌外交”ということをしていた以上は、その程度の気苦労は負ってもらわねばならない。

 

「この作戦が成功すれば、アフリカの大部分からアラブ同盟、インド・ペルシア連邦、東南アジア同盟、オーストラリア、南アメリカ連邦共和国といった国家を巻き込むことができる……今のところ言えるのはそれだけかな」

 

 オーストラリアには名誉を与えることでオセアニア方面の国家として存在感を見せてもらい、世界屈指の経済大国である日本が実を取る形で音頭を取る。仏教・神道が主体とはいえ、宗教に関して寛容な国家が主導すれば他の国家とて文句が出ることはそこまで多くないとみている。

 各々の国家に対して解決してもらう問題は山積しているが、その為にもフランスとドイツにも頑張ってもらわねばならない。ここで何故ドイツなのかと言えば、ハンス・エルンストの出身がドイツである為に東EUも西EUを出し抜ける好機を与えるつもりだ。

 付け加えるならば、エルンスト・ローゼンに対する再起のチャンスとも言えよう。とはいっても、エリカやレオの件を蒸し返したら白紙にするつもりなのは言うまでもない。

 

「そこまでのことをしても、悠元さんは統べる気が無いのですね?」

「当り前だ。俺はあくまでも御膳立てをするだけで、上手く交渉できるか否かは政治家や政府の役人の仕事だ。破談にしたら許す気などないが」

 

 本当ならば、そこまでのお膳立てをせずとも自国の政府がしっかりと働いていればこんなお節介など焼く必要もなかったのだ。だが、将来の『ディオーネー計画』を鑑みた場合、そこまで待っていられないというのもある。

 まだ噂程度だが、今年の九校戦が実行委員会の不祥事続きによる体制の刷新で十全に機能する状態ではなく開催を中止する動きが見られているらしい。それを自分や達也のせいだと騒ぎ立てるところに『トーラス・シルバー』の騒ぎを起こすのは目に見えている。

 

 自分も無関係ではないが、現部活連会頭でもあり神楽坂家現当主となった自分が国際的なプロジェクトに関与する気などない。宇宙に魅力を感じていない訳ではないが、自ら宇宙に行きたいかと言われるとそれは全く別の問題でしかない。

 名誉を口にしようものならば話を聞く気もない。あくまでも実利に基づく交渉ならば話は聞いてやるが、それでも無理難題に近い実利を吹っかけるつもりだ。例えば、もし新ソ連が参加を表明したとなれば『旧ソ連時代に不法占拠した樺太・千島列島の領土・領海に関する全ての無条件譲渡』も条件に追加するつもりだ。

 そもそも、『恒星炉』に関する交渉の相手や条件を決める権利はこちらにある。別に連中が『ディオーネー計画』をでっち上げたとしたら、USNA・新ソ連・イギリスは真っ先に優先交渉対象から除外する。軍事同盟関係にあるからといって何をしても許されるわけではないことをまずは身をもって知るべき時が来ただけに過ぎない。

 

「……本来なら高校生がするべき話ではないんだがな」

「まあ、悠元さんとお兄様ぐらいにしかできませんから」

 

 メディア工作によって反魔法主義の勢いを大幅に削いだが、油断はならない。師族会議の体制を大幅に変更したため、遠方に飛ばされる格好となった七草家が動き出すかもしれない。ただ、未だ当主の座にある弘一がこれ以上余計な首を突っ込むとは考えにくいが、一応警戒は続けておく。

 

 九島家に関しては十師族から師補十七家に降格した形で、今後は基本60年という長い時間を十師族の下で過ごさねばならない。元々は既に引退すべき年齢であった九島烈に頼り切ったツケの結果でしかないが、烈本人はともかくとして九島家に残った面々が果たしてそれで納得するのかという疑問もある。

 その疑問の根底にあるのは、第九種魔法開発研究所を接収した際にパラサイドールの素体やガイノイドなどの関連するものが全てキレイに無くなっていたという報告だ。恐らく九島家が全て持ち出したとみるべきだが、他の「九」の家が関与していた可能性もあるだろう。この辺の調査は全て伊勢家に委託している。

 

「その達也(おにいさま)からメールが来たな……なになに、『一緒に買い物に行かないか』とさ。深雪はどう見る?」

「そうですね……お兄様もそろそろ年貢の納め時が来たのかもしれませんね」

「別に悪い事ではないがな」

 

 キーとなりうる光宣と水波の関係が変化した以上、似たようなことが起きても全く同じ結果になるとは限らない。だが、慢心は出来ないだろうと思いながらも伝票を手にして席を立ったのだった。

 




激動の時代編から展開が大分変化しますしおすし、ということでの展開です。そもそも、記念式典系のパーティーって政治家が出ている以上は招待制なのにジャスミンとジェームズを誰も咎めないところをみると、確実に招待客として入れ込んだ内通者がいるわけで。原作でのイギリス軍の慌てっぷりを見るに、イギリス大使館が内密にパーティーの参加の手配をしていたとしか思えないんですよね。
親欧米派の議員によるものとも考えられますが、この事件後にスキャンダル疑惑で政治家生命が断たれるでしょうし、メディアの矛先が其方に向くと反魔法主義としても面白くない為、極めて可能性が低いという結論に。

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