魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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次世代の苦労

 達也たちと合流してショッピングに付き合った後、悠元は千姫から呼び出しを受けて宿泊先のホテルの敷地内にある会員制の高級和食料亭に赴くこととなった。流石に場所が場所なので事前に持ってきていたパーティー用のスーツではなく『神将会』で着るスーツを纏っている。

 受付に自身の名を名乗ると、そのまま奥の部屋に案内された。部屋にはレディーススーツ姿の千姫が既に酒を飲み始めていた。年齢上は高齢の女性に酒というのは危ないが、止めたところで止まるとも思えない為、悠元は何も言わずに向かい側の席に座った。

 

「お先に頂いてるよ、悠君。止めないんだね?」

「言って止めるようなら、そもそも母上は飲まないでしょうから。にしても、珍しいですね」

 

 悠元が「珍しい」と口にしたのは、千姫の性格を考えれば深雪か雫を同席させたとしても不思議ではなかったからだ。悠元の言葉の意図をすぐに察した千姫は笑みを零した。

 

「明日のパーティーはともかくとして、それが失敗に終わった後が肝心だからね。ジャスミン・ウィリアムズ……正直、マクロード(かれ)の名なんて聞きたくもなかったけど」

 

 千姫の渾名を考えたのはウィリアム・マクロードの父だが、その当人も英雄たる千姫や剛三を日本から追い出して戦力を低下させようと目論んでいたらしい。だが、四葉の復讐劇に端を発した大漢崩壊によって二人は表舞台から姿を消したため、それ以上は強く言えなかったそうだ。

 

「今回、ジャスミン・ウィリアムズ当人を実際に視認したわけではありませんが、以前オーストラリアで襲撃を受けた際に彼女から精神感応能力のようなものを感じ取りました。恐らくはほぼ同一の遺伝情報によるテレパシー能力で神楽坂家や四葉家を探ろうと送り込むためのものかと思われます」

「成程ね。その分野で四葉だけじゃなく古式魔法の大家である神楽坂(うち)に喧嘩を売るってことか……大亜連合の脱走部隊は独立魔装大隊や大亜連合軍の特殊部隊に任せるとして、その二人はどうするの? 悠君の魔法でオーストラリアに強制送還する?」

「いえ、二人には親書を持たせて堂々とオーストラリアに帰って頂こうかと」

 

 狙いはオーストラリアの緑化による砂漠化抑制技術。その気になればオーストラリアに潜入して根こそぎ持って帰ることは可能だが、今回は敢えて選択肢を迫る。このまま泥船に乗ったまま沈むか。あるいは裏切り者と蔑まれても自国の安寧を貫くか。

 

「実は、爺さんの絡みでアラブ同盟から土地権利を貰ってしまいまして。テストケースとしてアラビア半島の主要な砂漠を耕地化してしまおうかと考えています。イギリスのことがあるとはいえオーストラリアには自給自足の実績がありますので、アラブ同盟も断りはしないと思います」

「オーストラリアが断る心配はないのかしら?」

「そこについては問題ないです。オーストラリアにとって一番のアキレス腱を壊す準備は既に整っていますから」

 

 砂漠の緑化のみならず、海水の淡水化プラントの建設にも協力することで地下水の枯渇を防ぐ。主要河川から運河を敷くこともできるだろうが、気象に左右されやすい河川の水量に期待するよりも海水から引き上げる方が効率がいいし、淡水化で残る塩や残留物質も十分価値が見いだせると判断している。

 

 鎖国状態ということは、外部からの情報がかなり規制されていることを意味する。かつて日本も外の宗教からの保護という名目で鎖国に踏み切った歴史があり、停滞してしまった200年以上の時間は国家を腐敗させ、黒船来襲に端を発した国家の維新騒動に繋がった。そこからオーストラリアの弱点を突いてイギリスの捨て駒でいいのかと問いかける。

 

「仮にオーストラリア政府が二人の存在を認めなかった場合、戦略級魔法『オゾンサークル』の起動式データを東南アジア同盟とSSA、インド・ペルシア連邦とアラブ同盟に横流しします。本来旧EU諸国にしか存在しない筈の戦略級魔法のデータが流出したとなれば、オーストラリアと繋がりのあるイギリスが間違いなく矢面に立たされる形になります」

「東西EUが更に分裂しそうね。新ソ連とUSNAには流さないの?」

「前者はともかくとして、後者は今回の作戦の片棒を担いでいます。なので表向きは非難しませんが義理を果たす道理なんてありません」

 

 別に流したところで痛手にはならないが、「相手から受けた戦略級魔法のデータを解析できる」などと余計な詮索をされる方が余計に困る。だからUSNAに果たす義理はないと悠元は結論付けた。

 新ソ連に関しては言わずもがなで、特にベゾブラゾフは悠元も既に敵として認識している。彼が自身の保身に走ればそれでいいが、仮に自分や達也を排除しようと目論んだ場合、新シベリア鉄道を運行不可能状態に追い込むことも考慮に入れている。

 

「てっきり、母上ならイギリス大使館の申し出を蹴るように動くと思いましたが」

「国際魔法協会本部からの要請を受けていたのは事実ですから、蹴る理由もありませんでした。まあ、このことが露見したら魔法協会も大騒ぎでしょうね」

「まるで他人事のように仰いますね」

 

 千姫が魔法協会を信用していないのは、過去に起きた世界群発戦争が原因である。その戦争では世界中の魔法師が団結して全面核戦争を抑え込んだという美談が伝わっているが、国際魔法師部隊の実態は国家間での権力闘争の代理戦争状態だったと話す。

 日本からは神楽坂千姫、上泉剛三、上泉奏姫、九島烈、そして四葉元造が主だった戦力として参加していた。四葉の悪名によって暗殺部隊が送られなかったのも元造の功績が一種の抑止力として機能していたためだ。

 欧米の人間からすれば「たかが第二次大戦の敗戦国家に何ができる」と疑問視する声も少なくなかった。それを実績によって黙らせていた形だ。

 

「その時に嫌がらせをしていた連中が今も“時計台”で魔法協会を我が物顔で支配していますからね。彼らが悔しがっても何も出来はしません」

 

 どの国家にも欲をかいて既得権益にしがみつく輩がいる話はさておき、悠元はもう一つの話題を切り出した。それは、今後動いて来るであろう連中対策の一環で動かしている計画についてだ。

 

「南盾島方面は問題ありませんか?」

「ええ。にしても、私がカーティス上院議員を取り成した際に伝えたら、彼は凄く驚いておりましたが」

 

 陰の実力者であるカーティス上院議員が驚いても無理はない。悠元はセリアから聞いた暗号メールの件を通信でヴァージニア・バランス大佐に伝えるのではなく、カーティスと大統領を経由してバランス大佐に伝える方法を取ることにした。

 顧傑に関する情報だけでなく、パラサイト事件でのメディア報道や『第一賢人』ことレイモンド・クラークのビデオメールの一件も伝えた。悠元と達也が戦略級魔法師という事実は伏せたが、パーソナルデータにない情報を把握されていることを伝えるとカーティスは冷や汗を流したという。

 千姫が尋ねると、彼は内密に大統領から情報提供を受けており、悠元と達也の素性を把握している数少ないUSNA関係者の一人と判明した。

 

「とはいえ、カーティス議員も動かぬ証拠を手にした時点で動くことになるでしょうから、USNA国内のことはお任せしましょうか」

「そうなりますね」

 

 国内外の情勢がどう動くかなんて現状では想定が付かない。そもそも人間主義が集中して新ソ連で暴動を起こしているのが北欧・東欧、あるいは中央アジア方面に飛び火しないとも限らない。

 国内で暴動を起こす確率が極めて低くなったとはいえ、追い詰められた十山家や九島家が暴れないと断言できない為、監視の目を緩める理由はない。とはいえ、前者の場合は家単位というよりも国防軍の情報部単位で動くことになるかもしれないが。

 

「目下の心配事は大亜連合だけど、悠君はどう見る?」

「……あの国に情けを掛けたところで意味がありません。いっそのこと、台湾に大陸を統一させた方が有意義かと思います」

 

 講和条約を結んでも互いに強硬派が出るほどに水面下の感情が拗れている以上、いっそのこと“霊的に生まれ変わる”ことが起きでもしない限りは完全な友好関係など結べるはずがない。

 ただでさえ沖縄と横浜の一件でそれが浮き彫りになったわけで、それなら独立国である台湾に『中華民国の復興』という名目で大陸を統一してもらった方がまだ穏便に済むかもしれない。第二次大戦時の遺恨はあるだろうが、まだ親日感情が根強い以上は近隣の味方として心強いだろう。

 なにせ、大陸は旧共和国時代以前に遡っても何かと因縁を抱えていたし、大漢も大亜連合も自国の“本国至上主義”の根幹が変わらない以上は何も期待できない。だからこそ、陳祥山に対して警告はした。それでも聞けないようならば自分の手で殺すと決めている。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 千葉(ちば)寿和(としかず)

 百家本流の千葉家の長男にして、千葉家の頭領。とはいえ、千葉家の家督は父親である丈一郎(じょういちろう)が保持したまま。本来ならば顧傑に関わる一件で亡くなる筈だった彼は神楽坂悠元によって生き延びることができた。

 一人の剣士として確実に功績を積み重ねている弟と、幼馴染の影響で既に兄二人を超えてしまった妹の存在を羨ましく思いつつも、借りたマンションで非番の時間を貪っていた彼の休みは一本の電話で終わりを告げた。

 

「もしもし……今からですか? 分かりました……この時期に呼び出しとは、上司も人使いが荒いな」

 

 ぼやいていても仕方が無いと諦め、寿和はいつものように支度を済ませて車を走らせ、警察省の庁舎に赴くと入り口のところで待っている部下―――稲垣警部補の姿が目に入った。

 

「おはようございます。警視も呼び出されたんですか?」

「おはよう。稲垣君もか……何かしら嫌な予感がするのだが」

 

 警察省の魔法師が呼び出されるという時点で嫌な予感自体はしていたわけだが、寿和だけでなく稲垣まで呼び出されたとなれば只事ではないのだろう。思わず口に出した寿和に対して、稲垣は顔を顰めた。

 

「警視が出張る時点で只事じゃないのは確定ですよ」

「人を見て事の重大さを判断しないでくれ、稲垣君」

 

 二人で呼び出し先―――警察省特殊捜査課の課長室に出向く。広域特捜チームは大半が魔法師で構成されているが、管轄は特殊捜査課の扱いとなる。部署名に魔法という言葉を使わないのは国民を守る立場の警察官として非魔法師に余計な恐怖を抱かせないという配慮によるものである。

 その上司から指令書を手渡された二人は車で一路目的地に向かっていた。

 

「紙切れ一枚で『指定の場所に出向いて護衛対象と接触せよ』って、こういうのって相手方も護衛位付けているだろう? 俺ら警察官の仕事じゃないと思うんだがね。専ら機動隊の職務の範疇だと思うのだが」

「警視……それは自分も思いましたが、今回の仕事は神楽坂家からの要請です」

「分かってる。無碍に断れないってことはな」

 

 寿和と稲垣を指名したのは神楽坂家。二人は顧傑の一件で近江(おうみ)円磨(かずきよ)から呪いを受けたことで世話になってしまっただけでなく、エリカの件で迷惑を掛けてしまった千葉家の関係者。

 その千葉家だが、神楽坂家当主の顰蹙を買ったということで寿和、修次、エリカの三人が本家から出ている状況が続いている。寿和もいい加減父親が非を認めて謝るべきだと思うのだが、その様子も見られない以上は自分が態々火の粉を被る気もなかった。

 

「親父がとっとと諦めて千葉家の当主を修次にでも渡せば、俺も楽できるんだがな」

「そうなったところで、次は警視に婚姻を申し込もうとする魔法師の家が殺到するだけかと」

「稲垣君、心の片隅に追いやっていたことをほじくり返さないでくれ」

 

 寿和も稲垣の言い分は尤もだと思っていた。

 早苗はともかくとして、弟の修次は渡辺家の娘と仲が良く、渡辺家からも好意的に見られているので秒読み段階の状態。妹のエリカも同級生の男子である西城レオンハルトことレオと仲睦まじく、しかも二人の祖父同士が知り合いという事実だけでなく、エリカの幼馴染に悠元がいる関係で武術を習っている。

 道場にいる連中もレオの実力を認めているが、丈一郎だけはエリカを悠元の嫁に出来ないかと未だに諦めきれていなかった。そして、その状況は千葉家長男である寿和に対してもプレッシャーとして圧し掛かっていた。

 

「良い出会いがあれば吝かじゃないんだがな」

「少し狙っていた藤林家の令嬢には振り向かせられなかったようですが」

「あのな、稲垣君。彼女に酷な事は出来なかったんだよ」

 

 原作では横浜事変の前に知り合った二人だが、この世界では変化が生じていた。沖縄防衛戦で亡くなった響子の婚約者と寿和は顔見知りであり、その切っ掛けは剛三の武術指導にあった。

 その友人から沖縄での一件の直前に『もしもの時は彼女を頼む』と任された以上、寿和としては響子に恋愛感情を抱いたとしても友を裏切るような真似は出来なかった。

 

 そんな会話が交わされていた車の行き先は会員制の高級料亭で、指令書に書かれていたキーワードを口に出すと、店員が案内した。その先には寿和と稲垣が良く知る人物―――上泉家先代当主こと剛三がいた。その隣には見知らぬ人物がいたが、寿和は底知れぬ人物だと判断して深く頭を下げた。それを見た稲垣も黙って頭を下げた

 

「これは上泉殿、ご無沙汰しております」

「妙な呼び出し方をして済まぬな。まずは席に掛けたまえ」

 

 剛三の言葉で向かい合わせに座る寿和と稲垣。すると、剛三の隣に座る人物がUSNA上院議員ことワイアット・カーティスという紹介を受け、寿和と稲垣も自己紹介をしたところで食事会となった。

 父親の代理などで経験のある寿和はともかく、稲垣は出てくる料理に目を白黒させる始末であり、普段見ることのない彼の表情に寿和だけでなく剛三やカーティスも笑みを漏らした。友好的に進んだ食事が終わったところで剛三が話を切り出した。

 

「さて、千葉寿和警視に稲垣矩朗(くろう)警部補。今回の要請は神楽坂家から千葉家へのものだが、お主も知っての通り神楽坂家現当主は千葉家当主に不快感を抱いておる。よって、上泉家が仲裁に入る形でお主等を表向き“警察省の魔法師”として呼び出させてもらった」

「その件につきましては、言い訳のしようもございません。父を強く止められなかった自分の不徳の致すところです」

「そう自身を卑下するでない。其方や修次殿も被害者だということは認識しておる」

 

 剛三は寿和の謝罪を受けつつも「寿和や修次に非はない」と断言した上で、ワイアット・カーティス上院議員の護衛を帰国するまで引き受けて欲しいと願い出た。カーティス自身も護衛は連れているが、今回の訪日予定に含まれている西果新島の竣工記念パーティーでのトラブルを懸念してのものと剛三は説明した。

 

「何か起きると上泉殿はお考えなのですか?」

「起きるというか、もう起きておるがな。大亜連合からの脱走兵がテロを目論んでおる。その一環で孫が襲撃を受けたからの」

「……失礼かもしれませんが、敵が哀れにしか思えません」

 

 寿和は悠元の実力をエリカ経由で知り得ている。現代魔法のみならず古式魔法も使いこなし、武術に至っては寿和の目の前にいる剛三の直弟子に近い立場で、新陰流剣武術師範の目録を有している。その意味も含んだ寿和の言葉に稲垣も苦笑を漏らし、カーティスは別の意味で納得するように軽く頷いていた。

 

「パーティー会場の中に工作員が紛れ込まないとも限らんし、狙われる可能性も決して低くはない。千葉殿と稲垣殿にはカーティス議員の護衛として会場入りしてもらう。当日は政治家や財界の人間もいるので、上手く対処してほしい」

 

 単に寿和の魔法師としての実力だけでなく、千葉家の人間としての社交性も問われる任務。寿和一人にしなかったのは、今回の任務があくまでも警察省の魔法師としての職務という表向きの理由を強めるためと直ぐに理解した。

 

「(それに、下手に自分一人だと親父が首を突っ込んでくるだろうからな……)隣にいる部下共々しがない警察官の身分ですが、微力を尽くします」

「それは重畳」

 

 寿和のこの決断が後の自身の未来を決めることになろうとは……当人ですら分からぬことだった。

 




 稲垣の名前はないのでオリジナル設定です。何かと苦労人気質という理由で決めました。それ以外の理由などない(ぇ
 追憶編もアニメ化になりますが、もしかしたら追加エピソード書くかもしれません。予定は未定ですが。
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