魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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任せっきりは面目が立たない

 3月28日。迎えたパーティー当日だが、脱走部隊の対処は主に風間らに加え陳祥山と呂剛虎の大亜連合軍がいる以上、問題は無いとみている。追加で招待リストに入った面々も確認して脅威になりそうなのはオーストラリア軍の二人の魔法師ぐらいだろう。

 悠元が四葉家現当主に頼んだ仕事も今日が本番。とはいえ、こちらの戦力に南アメリカ連邦共和国軍のハンス・エルンスト大佐、そしてフランスからはエフィア・メンサーが戦力として加勢することになった。

 片や戦略級魔法師、もう片方は戦術級クラスの実力者。その二人が加勢する以上は達也が風間たちに合流する必要も無くなった。それに、達也が四葉家次期当主として公の場に出る形となる為、無理に引っ張り出す必要も無いと風間は判断したようだ。

 

「悠君、こちらは準備が整いましたよ」

 

 そう声を掛けたのは千姫だった。当初は四葉家から人を出す予定だったが、そこは千姫自ら顔を出すということで決着をつけた。沖縄本島から久米島へは小型のプライベートジェットで移動し、準備を整えてから会場入りする手筈となっていて、達也や深雪、水波とリーナには既に話している。

 それと、既に久米島にいる雫やほのかにも連絡はしており、メイク関連については「神楽坂家で出す」ということに恐縮するほのかを雫が抑えるという一幕があったのはここだけの話。

 

「パーティーは夕方開始だけど、今日は長い夜になりそうですね。五十里家のご子息にはいつ話すの?」

「向こうに着いてから話します。直前に話してしまうのは気が引けますが」

 

 今まで五十里に話さなかったのは、婚約者である花音から情報が洩れてパニックになるのを避けるためだった。流石に百家の人間である以上は信用したく思うが、五十里と花音では悠元から見た信用の度合いが違い過ぎる。そのため、出来る限り混乱は避けようと判断した。

 特にトラブルなど起きるはずもなく、無事に久米島空港へ到着したところで雫やほのかと合流した。

 

「おはよう、悠元。さくばんはおたのしみだったんでしょ」

「プレッシャー掛けないで、雫さんや」

「ふふ、冗談だよ」

 

 昨日は昨日で一人のんびり湯船に浸かっていたらバスタオルすら巻いていない深雪に襲われた。慌てて後を追って来た水波も深雪によって衣服を脱がせられた。その後に何が起きたのかというと、「何もなかった」なんてことは起きなかったことだけ述べておく。

 溺れるのは御免だが、それでも男として魅力的な女性に迫られると断りにくい……無論、ちゃんとした婚約関係を結んだ人間限定であり、それ以外の人間がやろうものなら反射的に気絶させて然るべきところに突き出すだけだが。

 そんなことを深雪に言ったら、「そんな風に割り切れるからこそ、私も含めて抱かれたいって思うのですよ」と返ってきた。転生前も含めての自分の精神年齢が妙に高いせいかもしれんが。

 ほのかが達也に対して積極的に会話しているタイミングで、深雪が悠元に話しかける。

 

「悠元さん、今後はどうしましょうか?」

「パーティーは立食形式と聞いてるからな。この島の名物で昼食でいいと思うが、雫はどうだ?」

「私もそれで考えてた。お店は調べてある」

 

 なお、雫はパーティーまで家族と別々に行動するつもりだと述べていた。今回は両親に加えて弟の航も来ているが、今回は家族水入らずで過ごす必要も無いと思っているらしい。その理由は親友であるほのかの存在が大きい。

 

「いつもは悠元が下調べを済ませるから」

「流石に何の情報もなしにパンドラの箱を開けるなんてことは避けたいだけだよ……何故抓る」

「出し抜かれてる側の気持ち」

「謝れば済むのか、それは……」

 

 ほのかが雫と仲が良い事は近しい人なら知っているが、北山家との繋がりで誘拐される対象になりかねない。彼女を守るという意味では雫の気遣いも決して無駄ではない。その雫から背中を抓られて溜息を吐く悠元と、それを見てクスッと笑みを漏らした深雪がいた。

 

「今回のメイクはそっち持ちだし」

「それは俺じゃなくて母上に言ってくれ……何か言いたそうだな、雫」

「千姫さんから聞いたけど、メイクでも一流の女優を唸らせたんでしょ?」

「……爺さん、後で元継兄さんに電話して〆てもらうか」

 

 雫が聞き及んだのは、フランスで剛三の知己である映画監督の好意で撮影現場に赴いた際、急遽休んでしまったメイクアップアーティストの代わりに主演女優のメイクを受け持ったのだが、偶々自分がメイクしたシーンが決め手となってその映画はタイトルをほぼ総なめし、主演女優賞を取った人物からお礼の手紙を貰った。

 何でメイクが出来たのかと言えば、女系家族のきらいがあって女性と関わる機会が多かったため、手伝いの一環で産みの母の詩歩から化粧の技術を教わり、会得してしまっただけだ。前に詩奈のメイクを手伝った結果、母から「化粧一つでここまで変わらせるなんて、悠元はメイクアップアーティストにもなれるわね」と評されたことには、家族贔屓の類かと判断した。

 

 正直、嫌な予感しかしないのでその道を進む気などないわけだが、先述した映画のエンディングロールに『ユーノ・ロングフィールド』と明らかに長野佑都を捩った名前を見た瞬間、表情が思わず凍り付いた。

 何故知っているのかというと、偶々雫やほのかの誘いでその映画を見ることになったためだ。正直、隣の席にいた雫にその時の顔を見られなかったのが幸いとしか言いようがなかった。

 

 だが、そんな話は当事者側の剛三以外に知らせてはいないはずだが、雫は千姫から聞いたと述べた。そうなると、剛三が千姫に話したラインしか思い浮かばない。当然、こんな話をすれば深雪が食いつくわけで……目をキラキラさせて悠元のほうを見ていた。

 

「でしたら、深雪を是非メイクアップしてください」

「いや、本職じゃない人間がやって深雪の美貌を損ねたくないんだが……雫さん? 一体何を懇願するような目線なのですか?」

「悠元なら安心できるから」

「……はぁ(母上が仕組んだな、これは)」

 

 結局、婚約者二人の説得は出来ないと諦めてメイクアップを引き受けることになった。千姫にそのことを報告したら、「悠君も婚約者には甘いんですね」と返された。一先ず最善は尽くすが、その後で本職の人間に確認してほしいと頼み込むことで話は付けた。

 なお、達也にそのことを報告したら肩に手を置いて「いつも苦労を掛ける」と労われた。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 深雪と雫のメイクに関しては雫たちが泊まっているホテルで行うことになり、悠元は当時の感覚を思い起こす様にメイクを仕上げていく。

 汗の一つも掻きそうなぐらいに集中したのは天神魔法でも高難度に位置する天神喚起の制御訓練以来で、一流のメイクアップアーティストでも1時間以上は掛かるであろう作業なのに、悠元はそれを30分で仕上げて見せた。一人当たり15分しか掛かっていない計算となる。

 その手際には千姫が呼び寄せた本職の人間も「勉強になる」と言わしめたほどで、何故かその技術を学びたいと言われたときは正直冷や汗が流れた。

 

「……お父さんに請求させるね」

「もう好きにしてくれ」

 

 まさか家族相手に磨いていた技術が市井に通用するだなんて思ってもいなかったし、あの時は元々「自然なメイク」という無難な注文だった……最近、普通の基準がどうにもおかしくなっている気はするが、気に留めるのを止めた。

 深雪は無論のこと、雫も「普段以上に納得出来る出来」と評した上で潮に悠元への報酬を支払わせると述べたため、悠元は無理に止めるのを諦めた。

 

 ちなみにだが、メイクは悠元と達也も対象に含まれていた。神楽坂家現当主と四葉の次期当主が揃って公の場に姿を見せることに加え、悠元の隣に立つであろう深雪に見劣りしない身だしなみは必要という千姫の説得によるものだった。無論、悠元ではなく千姫が呼んだ本職にお任せすることになったわけだが。

 

「……なあ、深雪。俺の目の前にいるイケメンは一体何者なんだろう」

「本当に疑問ですね。いつもこうやって気遣っていただければ、私の気苦労も減りますのに」

「二人とも……」

 

 本人曰く“平凡”と述べていた達也のしっかりと整った姿に悠元と深雪が揃って首を傾げた。大まかな言葉で真意を汲み取って会話している二人に対し、メイクを終えた達也は盛大な溜息を吐いた。

 なお、ほのかとリーナがそのカッコよさに顔を赤面して「少し風にあたってくる」と言い残してベランダに消えたのはここだけの話。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 西果新島は井桁に組んだ海底資源採掘施設を最下部に持ち、その上にフロートを兼ねる12本と鉱石の搬出路を兼ねる4本、計16本の円柱が建てられ、円柱の上に正八角形の人工地盤を載せた半潜水型メガフロート。人工地盤は五層構造の居住区画になっており、その中には来客者用の高級ホテルも作られている。

 今日のパーティーは人工地盤地下第一層にあるそのホテルの宴会場で行われる。開会30分前になると、宴会場の前のロビーには続々と招待客が集まっていた。

 

「壬生さん、緊張しているんですか?」

「緊張というか、場違い感がどうにも拭えないのよね」

「大丈夫ですよ、よく似合ってます」

 

 原作ならば五十里家の招待で友人としての参加だったわけだが、そこも少し変化している。五十里家の代表である啓は無論だし、その婚約者である花音は問題なく、友人として服部とあずさ、そして沢木が対象に含まれている。

 

 変化したのは桐原と紗耶香で、これには空母「ずいほう」の就役が大きく関与している。

 ただでさえ人員の要る空母を就役させるため、既に退役した海軍軍人に声を掛けて経験の浅い若手将校や士官の教育係も兼ねて現役復帰させた。その中には桐原の父親も含まれており、今回の一件は桐原の父親の頼みで桐原が出ることになり、紗耶香はその婚約者として出ることになった。

 

「大丈夫よ、紗耶香。そのうち慣れるわ」

「そうやって自信満々に言われると妙に説得力が増すんだけど……」

 

 無論、それを聞かされた桐原と紗耶香は驚いていたが、桐原家と壬生家で既に話が付いているという事実を知り、最早退路が無いと知る羽目になった。婚約している身としての花音の言葉に妙な説得力がある、と紗耶香は素直に口に出していた。

 ロビーには二十代前半の青年や、紗耶香たちと同じ歳ぐらいの少女の姿も見られる。意外にも若い人の参加が見られるため、別に紗耶香たちがいても何ら不思議ではなかった。

 

「寧ろ、あーちゃんだけでいさせたらかわいそうじゃない。私達が傍にいてあげないと」

「千代田さん!?」

「……うん、そうね。花音の言い分も尤もね」

「壬生さんまで!?」

 

 いくら着飾っても、あずさが年相応に見られる可能性は極めて低い。その意図を汲んだ花音の発言に紗耶香は自身の場違い感を敢えて呑み込み、あずさは少しショックを受けていた。困り果てたあずさが救いを求めようと階段に目線を向けると、顔見知りが階段を降りてくるのが目に入った。

 階段から降りてくる側もあずさ達を視認したのか、他の招待客に邪魔にならない程度に少し足早に歩み寄ってきた。

 

「中条先輩に千代田先輩、壬生先輩もお早いですね」

 

 ほのかはそう述べ、雫も小さくお辞儀した。すると、OGの視線が雫に注がれる形となった。その原因が理解できてしまったのか雫は苦笑を滲ませていて、あまり話題に触れてほしくないと判断した花音は話題を切り替えるように話しかけた。

 

「ところで、二人だけで来たの?」

 

 花音たちのグループは五十里家と桐原家によるものだが、雫たちの場合は雫の両親が招待客であり、雫とほのかはその付き添いで参加していることを知っていた。本来なら一緒に来ていないと会場入りすらできない筈だった。

 その疑問には雫が視線を両親らの方に向けつつ問いに答えた。

 

「いえ、あちらに」

 

 その視線の先では、北山潮・紅音夫妻と雫の弟である航が花音も良く知る政治家から挨拶を()()()()()

 

「すごいですねえ」

「あの人、結構偉い政治家よね? その人が態々挨拶に来るだなんて」

「偉いというか、大臣経験者だよ。あの方は国防族の有力者だから、余計に気を遣うんだよ」

 

 あずさが感嘆を漏らし、花音は呆れるように呟いたところで五十里が小声で補足した。

 雫の実家である北山家は、直接兵器を取り扱ったりしている企業はない。だが、銃弾から戦闘機に至るまで、兵器の製造に必要な中間財では高いシェアを有している。なまじ軍事分野が主業態ではない為、北山潮の機嫌を損ねれば中間財の供給先が民生用や輸出に大きくシフトして国防軍への供給が滞る恐れがあった。

 その意味で、五十里の述べた「気を遣う」という表現はマイルドに抑えられているのは花音たちですら理解できないだろう。

 

「丁度良いから、僕たちも挨拶に行くよ」

「どちらに?」

「無論、両方にだよ」

 

 別にパーティー中であれば、雫を介して挨拶に行くことはできる。だが、政治家と少ない人数で会うよりは後輩の家族に会うついでにしようとした五十里の考えに気付くことなく、花音は言われるがままに付いていった。

 

「……五十里先輩は苦労しそうだね」

「雫? それはどういう意味?」

「色んな意味で」

 

 雫からすれば、大臣クラスと顔を合わせることは家柄上仕方のない事だ。尤も、雫が嫁ごうとしている家はそれ以上の権力者たちですらひれ伏す勢いの名家。その苦労に比べれば、百家本流の一つに過ぎない五十里家が四苦八苦するのは目に見えている。

 

「ところで、司波君や悠元君はまだ来られないのですか?」

「別のヘリで来る、とは聞いてます」

 

 最初は一緒のヘリでどうかと思ったが、人数の関係上限界があったために断念した。ほのかは残念がっていたが、こればかりは仕方がなかったためだ。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 達也や悠元たちを乗せたヘリが到着したのは、雫たちが会場前のロビーであずさ達と合流した直後ぐらいであった。だが、そのまま会場に向かうのではなくVIPクラスの招待客が使えるホテルのエグゼクティブルームに通された。

 何せ、神坂グループ会長に神楽坂家現当主、それに四葉家次期当主となればホテル側も神経質になりかねない。急いで会場入りしなかったのは悠元の婚約者とはいえ四葉のプリンセスという肩書がある深雪で要らぬ混乱を招く必要も無いと思ったからだ。

 すると、達也は徐に立ち上がって「コンビニに行く」と言い出した。そこで同行を申し出たのはドレスを着飾った亜夜子で、二人の身長差なら兄妹と誤解されると踏んでのものだった。

 

「佳奈姉さんはともかく、リーナもよかったのか?」

「何か妙なトラブルの予感を感じたのよ……セリアのお陰もあるのでしょうけど」

 

 別にリーナも達也が自ら進んでトラブルを起こすとは思っていない。何かしらを見ようとして達也が動いたような気がしたため、亜夜子が同行した方が達也も動きやすいと踏んでのものだった。

 

「それに、これからパーティーでカーティス上院議員と出会うんだし、体を休ませておきたいのよ」

「あら、リーナでも気苦労を抱えることがあるのね」

「……いつまでもセリアに任せっきりは出来ないのよ」

 

 リーナの気苦労がUSNAだけで済めばいいのだが、このパーティーには国内だけでなく国外の招待客も含まれている。その分の気苦労を背負うことになろうとは、その時のリーナには知る由もなかった。

 




 原作では触れられてなかったですが、あずさが着飾ったところで年齢相応に見られないためにこんな展開にしました。ここから変化点が増えますので悪しからず。

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