魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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気苦労の板挟み

 パーティーに入るのは会場が開いてからでも遅くはない、ということで悠元はのんびり端末に視線を落していた。すると、コンビニエンスストアへ行ってきた達也と亜夜子が何事も無く戻って来た。流石に何も買わないのはマズいと思ったのか、達也の手にはミネラルウォーターのペットボトルが握られていた。

 

「おかえり、達也。お目当ての()()()は見つかったか?」

「ああ。5分程別室にいるから、時間になったら声を掛けてくれ」

「了解。というわけで、リーナに任せた」

「ワタシなの!? まあ、いいけど」

 

 達也が別室に引っ込んだということは、大方ジャスミン・ウィリアムズとジェームズ・J・ジョンソンに仕掛けでも施すのだろう。達也からは前もってその魔法を仕掛けることを聞いているため、悠元も異存はなかった。

 時間が来るまで悠元は端末に目線を落としつつ『天神の眼(オシリス・サイト)』で西果新島全体を含めた周辺海域の状況を把握する。

 

(残った連中の気配は……久米島の西を北上中か。大方“人間魚雷”でも仕掛ける気か)

 

 正確には魚雷型のカプセルを魔法で動かして西果新島に接近して破壊工作を試みようというのだろう。ただ、その動き自体は全て読まれており、国防軍と大亜連合軍が網を張っている。その先鋒に立つのは『人喰い虎』呂剛虎。

 

 話を聞くに、平河千秋の件で修次に怪我を負わせたが、佳奈に『鋼気功(ガンシゴン)』を無力化された挙句、新陰流剣武術奥義が一つ『玄武(げんぶ)重貫掌(じゅうかんしょう)』をもろに食らっても尚逃げ延びた。

 関本勲の件では達也に魔法を無力化された挙句、摩利と美嘉に叩きのめされた。

 横浜では原作よりも強化されたレオとエリカに『白虎甲(パイフウジア)』を破られた挙句敗北を喫した。

 

 明らかに特殊部隊のエースとしての面子がズタボロになる戦績だが、これは決して呂剛虎が弱い訳ではない。悠元という存在によって大幅に強化された結果、ここまで悲惨なことになっているだけだ。

 いくら人外じみた強さでも、真の人外には勝てないという証左だろう……自分のことを言っているような気がするのは納得しがたいが。

 そのことは心の片隅に寄せた上で悠元はジャスミン・ウィリアムズとジェームズ・J・ジョンソンの現在地点を割り出した。本来なら鍵がかかっている筈の作業員用階段にいるのが確認できた。

 

(監視カメラで見ている筈の警備員が近付かないのを見るに、監視カメラに細工でもしたか……達也の仕込みを待ってから、こちらも仕込んでおきますかね)

 

 達也が二人に仕掛けたのを確認したところで、悠元も仕掛けを施した。それを終えると、リーナが達也に寄り添う形で近付いてきた。それを見た深雪が悠元に声を掛けた。

 

「悠元さん、そろそろ参りませんか?」

「そうだな、そうしようか」

 

 いつもの髪飾りを外して髪をアップにしたことで露わになった深雪の首には、先日悠元が贈った真珠のネックレスが眩い輝きを放っていた。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 そこから少し時間は遡る。

 コンビニエンスストアで達也たちと遭遇した二人―――ジャスミン・ウィリアムズとジェームズ・J・ジョンソンは足早に作業者用階段へと身を滑り込ませた。そこで安堵の息を吐くが、それも束の間のものに過ぎなかった。

 

「ジャズ」

「何だ」

「気付かれたと思うか?」

「分からない……」

 

 二人としても、四葉家次期当主である司波達也の情報は調べられる範囲で調べていた。だが、『アンタッチャブル』と呼ばれた四葉家の関係者だけあって、得意な魔法などの情報は殆ど掴めなかった。

 マクロードからの情報でも、達也に関する情報は四葉の関係者ということまでであった。

 

 相手の実力が分からない作戦は無論これが初めてではない。ロクに情報が手に入らない状況で暗闘を繰り広げたことも少なくない。

 だが、今回の任務は今までの状況すらも軽く超えているようなもの。それこそ、二人が数年前に請け負って失敗した“アジア系男性と少年の捕縛任務”に匹敵すると、ジャスミンもジェームズも感じてはいた。

 

「追いかけてきた形跡はなかった。魔法を使われた様子もない……ジェイ、何もされなかったよな?」

「ジャズ、どうしたんだ?」

 

 ジャスミンがジェームズを階級ではなく愛称で呼ぶ―――それは、彼女が動揺していることを示すサインであった。ジャスミンはジェームズの1歳年下でしかない。だが、今の彼女の様子は外見の年相応のような素振りを見せていた。

 

「分からない……。確かに魔法の兆候は感じなかった。だが、何故なんだ? 何故こんなにも不安を覚える? まるで、知らぬ内に絞首台のロープを括りつけられているような気分だ。こんなのは、あの任務以来だ」

 

 オーストラリア軍上層部の命令でジャスミンとジェームズが請け負った任務。オーストラリア国内にいる外国人を拉致すること自体に問題はなく、最悪ジャスミンの戦略級魔法『オゾンサークル』で無力化すればいい。任務を受けた当初は二人ともそう楽観視していた。

 だが、その二人を視界で捉えても、次の瞬間には消えているのを幾度となく経験し、ジャスミンが已む無く発動した『オゾンサークル』は瞬く間に無力化された。その際、彼女は額に銃を押し付けられているような恐怖を覚えた。

 

「ジャズ、落ち着け。少なくとも奴は指一本触れていない。それは保証する……ジャズ、今回は止めないか?」

 

 ジャスミンはジェームズが述べた言葉を理解するのに数秒を有した。それは、ここで工作活動を断念して撤退するというものだった。

 

「……馬鹿げたことを言うな。既に決行命令が下りているんだぞ」

「だからこそだ。今回の任務はヤバい。要注意人物と目される神楽坂家の当主―――数年前に俺たちが誘拐に失敗した片割れのガキだ」

 

 ジェームズが告げた新たな事実にジャスミンは絶句した。

 ()()四葉の魔法師だけでもこんな状況なのに、かつて失敗した任務の対象がこのパーティーに、しかも四葉家に次ぐ要注意人物としてダニエル・リウが挙げていた人物と同一という事実。

 

「何故そのことを……いや、今責めるべきことではないな。既に命令が出ているのに、今更引くわけにもいかない」

「ここにきているのは俺たちだけだ。となれば、現地での指揮命令権を有しているのも俺たちに他ならない。深刻な状況の悪化が予測される場合、独自の判断で撤退したとしても問題はない筈だ」

 

 ジェームズの言い分は至極真っ当な正論。相手の一人が得体の知れない実力を有していることに加え、実力の掴めない四葉の魔法師がいるとなれば、この任務自体が成功する確率は極めて低い。

 

「……数年前の件は、あれが少年が引き起こしたとは断言できないだろう。それに、まだ具体的な事態は発生していない」

「それはそうだが……済まない、さっきのは聞かなかったことにしてくれ」

「そうさせてもらう」

 

 ジャスミンとて、ジェームズの言い分や心情が理解できなかったわけではない。彼女自身も彼が発した驚愕的な情報で工作活動の中止をすべきか迷った。

 だが、ジャスミンもこんな身なりなれど一人の魔法師としての面子があった。自分の半分程度しか生きていない子ども相手に負けっぱなしでいられるほど、彼女の精神は大人ではなかった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 西果新島の竣工記念パーティーが始まった。

 会場の扉が開き、ロビーでたむろしていた人々は次々と会場入りする。こういうパーティーの場合、上位者に先を譲る考え方か、大物は後から入場する考え方の二通りがあるが、今回は後者の考え方が優先された形となった。

 特に今回は国内のみならず国外からも招待客を招いている為、そうなったとしても何ら不思議ではなかった。その一人とも言える悠元は背後から声を掛けられ、視線を後ろに向けた。特に警戒しなかったのは、その声と気配が見知っていたからだ。

 

「長野殿。いえ、今は神楽坂殿でしたな。お久しぶりです」

「ブレスティーロ大統領閣下もご健勝でなによりです」

 

 ディアッカ・ブレスティーロ大統領と夫人、そして着飾った10歳前後の少女がそこにいた。大統領夫妻は未だ子どもがいない身と聞いていたし、彼女の風貌は東欧系の印象を滲ませていた。

 『天神の眼(オシリス・サイト)』で彼女の情報を覗くと、『十三使徒』レオニード・コントラチェンコの血縁者という事実を知ることになり、恐らく大統領の護衛に来ているハンス・エルンスト大佐の関係者だと判断して、悠元は隣にいる深雪を紹介した。

 

「閣下、こちらは私の婚約者である司波深雪嬢です」

「お初にお目にかかります、大統領閣下。十師族・四葉家当主の姪、司波深雪と申します」

「これはご丁寧に。南アメリカ連邦共和国大統領、ディアッカ・ブレスティーロという。かの『アンタッチャブル』の関係者と出会えて光栄です」

 

 ディアッカは丁重に挨拶をした上でその近くにいた達也とリーナにも挨拶をした。この光景は当然他の招待客にも目撃される形だが、彼らが躊躇ったのは更に近づいてくる人物が要因だった。

 

「ブレスティーロ大統領閣下、久方ぶりですな」

「おや、これはセナード大統領閣下。閣下も態々お越しになったのですな?」

「無論ですとも。そして、神楽坂殿もお久しぶりです。4年前の件では剛三殿共々感謝しております」

「いえ、自分も祖父の癇癪に巻き込まれただけですので、お気になさらず」

 

 フランスの国家元首、ヴィクター・セナード大統領は夫人と共に悠元と握手を交わす。四葉家の関係者に直接会えば下手に邪推されると考えたのか、知己である悠元を介する形で深雪や達也と知り合う形となった。

 挨拶もそこそこにディアッカとヴィクターはそれぞれ夫人を伴って先に会場へ向かった。ただ、挨拶がこれだけで済むはずもない。それは言うまでもなく悠元の祖父である三矢舞元に加え、先日記憶を取り戻したラウラ・カーティスが姿を見せたのだった。

 

「はっはっは、剛三や千姫に負けじと各国の元首に顔を覚えられるとはな」

「祖父さん、笑い事じゃないんだから……どうやら、向こうもお早い到着のようだ」

「あっ……」

 

 悠元が目線を向けた先には、老年ながらもしっかりとした体格を有する男性が護衛を伴って近づいてきた。ラウラはその人物を見てすぐに気付き、その人物もラウラの姿を見て少し笑みを見せていた。USNA・バージニア州上院議員ワイアット・カーティス。USNAの政界では陰の実力者とも言われる有力者。

 

「大叔父様!」

「ラウラ、君が生きてくれていてよかった……三矢舞元殿とお見受けする。九島将軍から事情は聞いていたが、ラウラを匿ってくださり感謝している」

「これはこれは、既に第一線から退いた身にそのような言葉など勿体ない。ただ見過ごせなかっただけのことですから」

 

 そんな感動の一幕が繰り広げられている中、悠元はカーティスの護衛として付いて来ることになった二人の男性に視線を移した。言うまでもなく、寿和と稲垣の二人であった。

 

「お久しぶりです、寿和さんに稲垣さん。今回は色々申し訳ありません」

「気にしないでくれ、悠元君。元はと言えばうちの親父の責任なんだ。エリカが怒って家に帰らないのも無理は無いと思ってる」

 

 エリカの場合、最悪母親が絶縁状を叩きつけて“鹿取”の姓を名乗ることも考慮に入れているし、本人はレオさえ納得すれば愛人の立場でも構わないと豪語している。

 

「警視、そこまで率直に仰るのは……」

「稲垣君、これは警察官としての問題でもあると同時に千葉家の問題なんだ。七草家のように勘気を被っていないだけ“まだマシ”に過ぎない」

 

 前者のことは先日の顧傑の一件が大きく関与しており、本来なら被害者である寿和もエリカの件で責任を被るべき立場になっていた。それを承知で要人の護衛に就かせてくれたのだから、寿和として悠元ひいては神楽坂家に敵対しない意思を固めている。

 

「西城君のことも内密にエリカから事情を聞いたが、よもや祖父世代で交流があったのは驚いたよ」

「何にせよ、暫くは家を通さずに警察省の人間として依頼します。それに、寿和さんもいい加減身を固めろと圧を掛けられるお立場でしょうから」

「……稲垣君ならばともかく、君に言われると立つ瀬がないね」

 

 挨拶もそこそこに入っていく招待客たち。特に今回は国外のVIPクラスがいるということもあって、他の参加者たちはこぞって挨拶をしているのがロビーからでも見て取れた。国家元首クラスとの挨拶もあって最後のほうに入る形となった悠元たちだが、悠元と深雪の存在感に大勢の人間が見とれていた。

 悠元と深雪が並んで入り、水波がそのエスコートを担い、続いて達也とリーナが会場入りして、その後ろには千姫が構えるという三段構え。会場の静寂が消えたのは、そこに近付いた人物たち―――北山潮・紅音夫妻と航の三人が悠元と深雪に近付いたことでざわめきと変わった。

 

「お久しぶりですな、神楽坂殿。改めて今後も宜しくお願いいたします」

「こちらこそ、北山さん。今後も良きお付き合いをしたく存じます」

 

 雫の絡みでそこまで久しぶりというわけではないが、プライベートの部分に態々触れる必要も無いと判断して社交的な挨拶と相成った。

 神楽坂家が神坂グループの経営母体という事実は政財界のトップクラスには広く知られている為、当主となった悠元が次期グループ総帥が固いという事実も周囲の認識。水面下で進められている数々のプロジェクトも彼の考案によるもので、将来世に出る『恒星炉』は彼の大きな功績として歴史に刻まれることが確定的だ。

 年齢では潮が上だが、立場上は既に悠元が上に立っている。千姫から四大老の座を受け継ぐことを鑑みれば、潮が恭しく礼をするのも、悠元が敬称を“さん”付けにしたのも立場の違いを市井にも認識させるためでもあった。

 

「随分とご立派になられましたね」

「恐縮です。先日17歳になったばかりの若輩者である事実は変わりませんが、宜しくお願いいたします」

 

 潮に続く形で紅音がそう挨拶をしたのは、達也と深雪が十師族・四葉家の人間であったということに対する皮肉だろう。別に騙したわけではなく、達也は事情故に四葉家では疎まれるような扱いを受けていただけに過ぎない。当人も安全の観点で妥当な判断だと納得しているので、こちらから何か言うつもりもなかった。

 彼らとて四葉の復讐劇の原因を多かれ少なかれ知っているし、力と言うものが人間を惑わせる劇薬に成り得ることは一番理解していると思っている。それでも文句の一つぐらいは言いたくなる紅音の心情も理解はできる。

 悠元に続く形で水波、達也とリーナも潮たちと挨拶を交わす。そんな様子を一高生のOB・OG組、雫やほのかたちが見ていた。

 

「……ああいうのを見てると、吉田君に少し同情しちゃうわね」

 

 そう零したのは風紀委員長を経験していた花音。花音が思い浮かべたのは一つ上の学年である真由美・克人・摩利で、十師族の直系ではないにせよ摩利の胆力に正直勝てないと花音は正直感じていた。

 十師族直系の血族である深雪と悠元がそれぞれ生徒会長と部活連会頭になっており、現風紀委員長の幹比古は正直肩身が狭い思いをしているのかもしれない、と心なしか思ってしまったのだ。

 

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