魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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策士、策に溺れる

 レオやエリカと別れて工場跡に潜入する。微かに銃声音も聞こえたりするが、恐らく克人と桐原が戦闘を繰り広げているのだろう。

 

「…向こうは戦闘に入ったみたいだな」

「私の耳には何も聞こえませんでしたが……」

「気にするな、俺の先天的な特異体質みたいなものだ」

 

 俺が転生した人物―――『三矢悠元』は元々病弱だった。

 原因は妹の詩奈と同じ先天的な異常知覚力を原因とした鋭敏すぎる聴覚……いや、妹よりも強力な知覚力によって肉体と想子体のバランスが崩れていたことによるもの。そこに転生した影響でエイドスと呼ばれる個別情報体が格納された情報体次元(イデア)自体が大幅に変化し、健康体になったとみている。

 

 ただ、それでも鋭敏すぎる聴覚自体が消えたわけではなく、これを想子の流れで魔法感知能力を下げることなく聴覚を制御する術を身に着けた。

 創作物でみられる『魔力の流れを血流に見立てて体内をくまなく循環させる修行方法』というものだが、これによって制御を可能にした。そのついでに魔法の展開速度や想子保有量が上がったのは……今のところ自分だけの秘密である。

 

 詩奈にも聴覚制御という形でその術を教えており、数年以内にはイヤーマフなしでも普通に生活することが可能になるレベルまで落ち着くだろう……何だかんだ言って彼女もパワーアップしているような気がする。

 というか、別の方向ではパワーアップしているのだが、それについてはあまり口にしたくない。

 

 閑話休題。

 

 その間に達也が『精霊の眼』で進路上にいる存在を見抜いていた。このことは悠元も知っている、というか珍しくも達也が悠元に教えた形だ。

 3年前の沖縄防衛戦のとき、達也は自分の持つものより上位の存在にある力を悠元から感じていたらしい。このことについての許可は『実家』から出ているとのこと。それには深雪も驚きを隠せなかった。

 悠元もその情報の対価として自身の持つ『天神の眼』の存在を教えている。悠元以外に『天神の眼』を知っているのは達也と深雪の2人だけ。なにせ、『天神の眼』は『精霊の眼』以上の特異的な性質も持っているが、これは別の機会に話すことにする。

 

「―――銃を持ってない奴がいるな。魔法師……リーダー格の人物かな。御大層に待ち伏せか」

「何にせよ、踏み込むだけだ」

 

 既に一高の襲撃部隊が制圧されていることは知っているのだろう。ブランシュは警察関連などの治安組織にもパイプを持っていることは既に承知の情報だ。躊躇うことなく踏み込んだ先は真っ暗な部屋。ある程度進んだところでサッシが開き、部屋に夕日が差し込んでくる。

 一瞬目が眩みそうになるが、光に目が慣れてきたところで銃を構えた兵士の姿が目に入る。だが、その中にまるで神父を気取るような服装をした人物が立っていた。彼は達也らに向けて解り切ったような口調で声に出した。

 

「ようこそ、司波達也君。そして、そちらの姫君が司波深雪さん。更に、君が三矢悠元君だね」

「成程。アンタがブランシュの日本支部のリーダー、(つかさ)(はじめ)か」

 

 司一を視認した上で悠元は隠し持っていた右側のホルスターから漆黒の銃形状CAD―――「オーディン」を抜き放つ。それに対して視線を送ることもなく、達也も右手に持つ特化型CAD「トライデント」を司一に向ける。

 

「―――勧告する。今すぐ武器を捨て、手を頭の後ろに組め」

 

 この時点で達也は殺気を出していない。いや、殺気を出していたとしても気が付かない。殺気を制御することで己を律し、主の守護を最優先に実行する……四葉のガーディアンの極みともいえるだろう。そんな達也の勧告に動じる様子もなく、司一は寧ろ達也を誉め称えるような言動を口にする。

 

「いやはや、動じないとは流石だねえ。だが、知っているよ? 君は、あまり魔法が得意ではないのだろう?」

 

 そう言って司一が合図を送ると、周囲の兵士たちは銃を構えた。明らかな脅迫ともいえるだろう。そして彼は達也にこう言った。

 

「―――こちらも勧告しよう。司波達也君、我らの同志になりたまえ」

 

 今回の襲撃部隊にはかなりのコストと時間を要したことは痛手だと言いつつも、達也の持つ『アンティナイトに頼らないキャスト・ジャミング』という技術を欲した。そのために紗耶香を使って接触させ、異母弟である司甲を使って襲撃を行ったのだ。深雪は黙っているが、内心では兄を利用しようとしたことに腹を立てているのだろう。その目線はどこか冷たいものを感じていた。

 

「で、俺を狙った理由は……単純に達也を孤立させるための襲撃というわけか。道理で『無駄に多い付き纏い』がいたわけだ」

「っ!? そんなの初耳でした……」

「最小出力の基礎単一系移動魔法で吹き飛ばしてたからな。回収は道場の門下生に任せていたし……達也は気付いていただろうが」

「まあな。だが、深雪に敵意がなかったから無視していたし、お前なら後れを取るとは思えなかったからな」

 

 これが今回上泉家を動かさなかったもう一つの理由。

 剛三はブランシュの総帥に心当たりがあり、その意味でも悠元に対して敵意を向ける可能性があった。そのために剣武術総本山の上段者を影ながらの警護として数人つけていたのだ。

 悠元はそれを利用して、付き纏っていたブランシュの連中を残留想子が残らない程の最小出力で吹き飛ばし、その身柄の回収を彼らに任せていた。その彼らがどうなったのかは……面倒なので聞いていない。

 悠元の言葉を聞いて、その恐ろしさを感じつつも司一は右手で自らの掛けている眼鏡のフレームを掴む。

 

「フフフ……流石は十師族に連なる人間。だが、そこまでわかっていてノコノコやってくるとは、所詮子どもだ」

 

 彼は眼鏡を外して高く放り投げる。そして彼は髪をかき上げ、隠れていた右眼を露わにして両目を達也に向ける。

 

「司波達也。我が同志となれっ!?」

 

 自慢げに何かとしようとした司一だったが、突然何かが“左手”を起点に爆発したような衝撃で司一はその場に尻餅をつく。その隙を見逃さずに達也が「トライデント」で『分解』を発動させて兵士たちの銃を使用不能にする、流れるような一連の出来事に深雪は思わず目を丸くするが、悠元と達也は真剣な表情を浮かべたまま視線だけを動かして言い合った。

 

「悪いな、達也。銃の無力化を任せてしまって」

「いや、こっちも助かった、と言えばいいだろう。結果的に不意を打つことができた」

「何を言ってる。精神干渉系ならともかく“光波振動系魔法”ごときでどうにかなるお前じゃないだろうに」

「え? えっ?」

 

 一体何が起きたのか解らずにいるのは深雪だけでなく、司一やブランシュの兵士達もであった。それを知ってか知らずか、悠元は「オーディン」を司一に向けた。

 

「眼鏡を高く放り投げて視線を下に向けさせないようにし、左手に持っていたCADを操作して魔法を放つ―――“視線誘導(ミスディレクション)”と呼ばれる技法の一つだな。眼鏡に何の仕掛けもないことは見抜いていた……子供騙しで光波振動系魔法を使って明滅信号で相手の記憶を弄ろうだなんて、まるで性質の悪いカルト宗教だな。あんたらは」

「ひ、ひ、ひいいいいいいいっ!?」

 

 悠元の殺気を込めた視線に司一は兵士達を盾にするように奥へと逃げ出した。すると深雪がこの場を引き受けるということで悠元と達也はまるで兵士などいないかのように歩きだし、その姿に呆然としていたが……その1人がナイフを取り出して達也の背中に襲い掛かる。だが、そんな敵意を見逃すほど深雪は甘くなどない。

 

「あ、あ……体……が……」

「……愚か者」

 

 ナイフを向けた人間がそのナイフごと凍り付き、達也に届くまでもなく地面に倒れこんだ。その様子を見つつ、司一が出て行った先の前で2人は振り返ると、深雪に向かって告げた。

 

「程々にな、深雪。こんな連中はお前の手を汚す価値もない」

「それについては同感だな。ま、それの判断は深雪にお任せするけど」

「……はい。お二人とも、お気をつけて」

 

 深雪の言葉を聞きつつ、司一を追う2人に呆然とする兵士達。だが、その意識を叩き起こすように深雪の口から怒気を含んだような冷たい口調で兵士達はその視線を深雪に向けた。

 

「―――お前たちも運が悪い。お兄様に手を出そうとし、お前たちの仲間が悠元さんを襲おうとしたことがなければ、少々痛い目を見るだけで済んだものを―――」

 

 深雪はCADを操作して、兵士たちを囲むように巨大な魔法式を展開する。

 それは冷たいを通り越して痛いほどの寒さ。深雪が得意とする振動減速系―――その中でも高難度とされる極度凍結魔法の一つ。

 

 ―――振動減速系広域魔法『ニブルヘイム』

 

 窒素すら液体になるほどの力に兵士たちは成す術もなく凍り付いていく。

 

「私はお二人のように慈悲深くはない。けれど、祈るがいい……せめて命があることを」

 

 その場にいた兵士たちは誰一人の例外なくその魔法によって凍結した。

 『世界最強』と謳われたとある魔法師。彼女からもまたその魔法師の姉から受け継いだ人間であることを示すような冷たい雰囲気を感じ取れたものは……少なくとも、その場には誰もいなかった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 達也と悠元は気配を探りつつ…正確には存在を『眼』で探りつつ最奥を目指す。この状況で対話などできないだろうと達也は躊躇いなく『分解』で扉の向こうにいる兵士の銃を使用不能にする。扉を開けて入り込む2人に司一は腕輪を起動してキャスト・ジャミングを放つ。同じように彼の前に立つ数人の兵士からも指輪でそれを発している。

 普通の魔法師なら発動できないほどのキャスト・ジャミングに、司一はまるで勝利を確信したかのような笑みを浮かべていた。

 

「どうだ、魔法師。本物のキャスト・ジャミングの力は。これだけのキャスト・ジャミングの中で魔法を使える魔法師など世界中探しても誰もおるまい。お前らは完全な丸腰状態だ!」

「……三流どころか映す価値なし、と言ってやるかな。大体アンティナイトの出どころも解ってるだろ?」

「ああ、雇い主(パトロン)はウクライナ・べラルーシ再分離独立派。そうなると支援者(スポンサー)は大亜連合か」

「今更何かと思えば、魔法が使えないお前らはここで死ぬだけだ」

 

 司一は気付いていない。目の前にいる二人が魔法などなくともここにいる連中ぐらい片づけられることを。そして、()()()()を指し示すために、悠元は「オーディン」のシステムを解放する。

 

「―――キャンセラー起動」

 

 フォース・シルバー・カスタム『ワルキューレ』と『オーディン』。この二つのCADにはブラックボックス化している機構がいくつか存在する。そのうちの一つが「キャスト・ジャミング・キャンセラー」―――キャスト・ジャミングの放つノイズに相反する波長の想子波を発生させて無効化する機構。悠元自身でもキャスト・ジャミングに対処可能だが、今回は“実戦テスト”という形で起動した。

 「オーディン」から展開する起動式に司一が驚くが、彼らが言葉を発する前に引き金が引かれて魔法が発動する。放たれたのは放出系の雷撃術式で、瞬く間に兵士たちが気絶した。これにはキャスト・ジャミングを止めてしまうほど驚いていた。

 

「ば、馬鹿な……キャスト・ジャミングの効果範囲内で魔法だと……」

 

 この状況では逃げるしかない。そんな彼の希望を断つように、突然壁に刃が生えるように向こう側から突き出てきた。次々と入る切れ目に壁が耐え切れなくなって崩れると、姿を見せたのは桐原の姿だった。彼は二人の姿と倒れている兵士を見て感心しつつも、目の前にいる司一に向けて太刀を向けた。

 

「へぇ……やるじゃねえか、司波兄に三矢。で、此奴は?」

「ブランシュ日本支部のリーダー、司一です」

「っ……こいつが……」

 

 桐原の言葉を返すように淡々と告げられた達也の言葉で、桐原のスイッチがカチッと入ったような気がした。

 彼がここに来た目的は紗耶香の剣を歪めた奴を叩きのめす……その人物が前にいる。そう思った瞬間、桐原は振動系近接魔法『高周波ブレード』を太刀に展開した。

 

「お前か……壬生を誑かしたのはぁー!」

「ひいいいいいっ!?」

 

 司一もキャスト・ジャミングを発動させようと腕を突き出すが、桐原の執念というべきか紗耶香の剣を歪めたことへの怒りか、発動するよりも早く桐原の高周波ブレードを纏った太刀によって腕を斬り飛ばされた。

 たかが腕の一本だろうが、と追撃をかけようとした桐原だったが、そこで止めの声が入った。これには桐原も魔法の展開を止めて太刀を鞘に納めた。

 

「桐原、そこまでにしておけ」

「会頭……解りました」

 

 相手はブランシュの日本支部リーダー。自分たちは軍人ではなく“高校生”なのだ。その一線を違えてはならないと克人はそう思いながら、司一の腕を止血した。彼が気絶して項垂れたのを確認して、克人は悠元に視線を向けた。

 

「……これで全部か?」

「ええ、恐らくは。後の始末はお願いいたします」

「元よりそのつもりだ……剛三殿に迷惑を掛けた、と伝えて欲しい」

 

 克人と悠元がそう会話をしている際、達也がどこかに向けて魔法を使っていた。

 その魔法は深雪が兵士達と対峙した空間に向けてのものだった、と理解できたのは……魔法を撃った本人とその力を感じ取った人だけだろう。

 


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