魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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軍人としては一流でも、指揮官としては三流以下

 主催者が登壇し、それほど長くない挨拶の後で十人程度が祝辞の言葉を述べる。その中には潮がいて、雫は少し居心地が悪そうだった。ここまでは原作でもあったことだが、この世界では千姫が“神坂グループ会長”として挨拶をした。

 見た目が20歳代のため、参加者の中には「会長の代理ではないか」と訝しむ気持ちを抱く者もいただろう。だが、政財界の人間はそれが神楽坂千姫本人であることを肌で感じ取っていた。

 

「悠元は大丈夫なの?」

「今更だろうと思ってる」

 

 『元老院』の四大老は本来表舞台で姿を見せないことが原則となっているが、千姫と剛三はその原則を根本から否定する動きを見せている。その理由は本人たちの気質によるものが大きい。剛三の場合は新陰流剣武術があるので言わずもがなだし、千姫の場合は古式の術者を技術指導する立場にある。

 表立って関わろうとしない東道青波や樫和主鷹からすれば“異端者”とみることができるが、おいそれと家督を譲れない立場にいるからこそであり、千姫と剛三からすれば他の四大老を“怠け者”と評するだろう。

 

 大体、四葉家と七草家のように現代魔法の家でも軋轢が生じているのに、古式魔法の家同士で争いがないとは言い切れない。『伝統派』の場合は十分な予測に基づく対価を政府や「九」の家が渋った結果、各流派の確執を超えた一大勢力と化した。共通の敵が生じると敵同士で手を組むという行為は昔からあることなので、別に何ら驚くことではない。

 

「雫は気恥ずかしそうに見えるが……抓らないでくれ」

「そうやって振舞える悠元がズルい」

「文句は別にいいが、痛みを伴うのは勘弁してくれ」

 

 別に本気で苛立っているわけではないことは分かっているが……悠元は『天神の眼(オシリス・サイト)』で西果新島の周辺海域に視野を広げる。すると、久米島から西に約60キロメートルのところで漁船―――大亜連合の脱走兵らが調達した工作船が北西に進んでいた。

 

 数年前までは、この海域で大亜連合による違法操業が後を絶たず、日本の巡視船が追い回した挙句、両国の戦闘艦が出てきて火器管制レーダーを浴びせ合うというチキンレースを呈していた……正直な話、ロックオンした時点で宣戦布告しているようなものでしかない。

 5年前の沖縄海戦で鳴りを潜め、一昨年の横浜事変後は大亜連合側の船舶も表向きは紳士的に海上を航行している。どうせ忘れたころに中間線の話をぶり返して違法操業や領海主張をするのは目に見えているわけだが。

 

 そして、その工作船から5本の魚雷型カプセルが西果新島方面に向けて射出されたのを確認すると、カプセルの速度から到達予想時刻を瞬時に算出して真田と響子にメールで送った。傍受される可能性はあるが、既に始まってしまったものをこの会場にいるオーストラリア軍の魔法師が取り消すことなど出来ない。

 

 すると、達也が五十里を伴ってその場を離れていった。恐らく五十里が狙われていることを伝えるためのものだろう。悠元はトイレに行くと言ってその場を離れた。悠元が向かった先には、一見すると「有名会社の社長秘書」と言った感じの控えめなドレスを着た人物がいた。

 

「あら、悠元君。深雪さんや北山さんがやきもちを焼くわよ?」

「流石に婚約者がいる女性を奪う趣味なんてありませんよ。深雪と雫には事前に話していますので」

 

 防衛側の戦力が充実している以上、悠元のみならず達也が出る幕もない。そもそも、達也に関しては使える魔法がかなり限定されるために大亜連合側への秘匿が厳しくなる意味もある。その代わりを担うのがハンス・エルンストとエフィア・メンサーなので、問題は無いとみている。

 

「彼女が前線に立つことを止めはしないのね」

「戦場に男尊女卑なんて考え方を持ったら、瞬く間に死にますよ。大体、昨夏はその女性の魔法師に襲われましたので」

「……手厳しいのね」

 

 自分でそうあると決めたのならば悠元も口煩く言おうとは思わないし、既に婚約者の中には元軍人もいる。無理や無茶はして欲しくないが、今回の作戦の戦力差で考えれば敵の分が悪すぎる。あわよくば呂剛虎が集中放火されて戦力を削れればいいが、そううまくいかないだろうと踏んでいる。

 言うまでもないが、悠元が音声改竄の結界で内容を誤魔化している為、周囲から見ても知り合い同士で談笑しているようにしか見えない。

 

「……中尉、多分うちの先輩たちが察してこちらに加勢するかもしれませんので、先輩の一人に事情を話して試作の魔法装備を貸すことにしました」

「中佐は止めないでしょうね。寧ろ、それすら織り込んでいるでしょう。会場のほうは悠元君たちに任せるわ」

「分かりました」

 

 原作だとパーティー用のスーツ姿だったが、久米島での一件を鑑みれば首を突っ込んでくる可能性が高かったため、悠元は表向き『知り合いから無理矢理持たされた魔法装備があるので、それを使ってください』という旨のメールを服部に送信している。水上バイクの起動キーもこっそり渡している。

 沢木と桐原の性格は悠元も良く知っている為、まだ制御できる人間として服部に任せた。いや、この場合は“対応を投げた”と表現すべきだろうが。

 

「悠元君なら止められそうな気はするけど」

「昨年の九校戦のシールド・ダウンは見ましたよね? あそこから更に動きがバグったので」

「……悠元君に魔法を学ぶと、現代魔法だけでなく古式魔法ですらも御飯事(おままごと)になるのかしら」

 

 沢木の場合は速力が増して、由夢やエリカに食い下がるぐらいヤバくなりつつある。桐原の場合は元々剣術を習っているわけだが、『高周波ブレード』を乗せた衝撃波を放てるようになった。服部の場合はというと、汎用性の高い魔法の使い方をしているところに躊躇いが無くなる。

 それが一体どういう結果に繋がるのかというと……敵があまりにも惨めに思えてくる結果しか想像できないのであった。

 

 「止められないか」と聞かれると、「止めることはできる」がやりたくないのが本音だ。変にストレスを抱えさせるよりも適度に発散した方が魔法の技術を磨く上でより効率的という結果は、上泉剛三という完成形がいることで立証されている。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 南アメリカ連邦共和国軍の切り札、『魔王の帰還(リターン・オブ・ルーデル)』と謳われたハンス・エルンスト大佐は準備を整えていた。水上バイクの力は借りずに飛行魔法の応用で水面スレスレをホバー飛行することで今回の任務を進める腹積もりだった。

 そんな中、真紅の髪を持つ少女から声を掛けられた。

 

「ハンス・エルンスト大佐殿ですね?」

「ああ、いかにも自分がハンス・エルンスト大佐だが……君がフランスの援軍と見ていいのかな?」

「はい。エフィア・メンサー少尉であります。本作戦の指揮官殿より大佐殿の補佐を任されました」

 

 ハンスの実績は決して表に出せない為、補佐役を付けるのが妥当という判断は間違っていないのだろう。元々ハンスの役割は最終防衛ラインとなるフロート部の防衛になっているし、最前線はあの『人喰い虎』が務める。

 その呂剛虎は魔法具を纏って水中に潜った。潜った方向から感じる「波動」は無論ハンスも読み取っており、それに向かってくる物体の存在も把握している。そして呂剛虎が物体を蹴り上げた―――海上に飛び出してくるのは魚雷型カプセルで、それに搭乗していた脱走兵らは慌ててカプセルの外に出た。

 

「特攻、ですか?」

「……全員カプセルの外に出ているのを見ると、囮ではないな」

 

 呂剛虎のみならず、日本の国防軍もいる以上は彼らに抜け出せる隙は見られない。海上に出てきた呂剛虎と脱走兵の一人が戦闘になっているのを横目に、ハンスはふと海上に上がってくる敵兵に目線を向けた。

 すると、その敵兵が目にも止まらぬスピードで吹き飛ばされ、まるで石で水切りでもするかの如く脱走兵が盛大に水しぶきを上げていく。そして、その人物は水上に着地していた。

 

「君は確か……一高OBの沢木君だったか?」

「ハンスさんですか? ただ者ではないと思っていましたが」

「何をしてるんだ、君は……いや、()()か」

 

 本来魔法師と言えども民間人が立ち入っていい場所ではない。ハンスはこの場に沢木だけいれば説得も容易いと思ったが、沢木のみならず桐原や服部もいることにすぐ気付いた。桐原は杖術用の杖かと思えば、木刀に見せかけた武装一体型CADであり、服部は水上バイクを操りつつ魔法で援護している。

 

「……大佐殿」

「どうせ風間中佐に具申してもはぐらかされるのがオチだ。我々の手の内を明かさずに済むと思えば、協力してもらう方がいいだろう」

『ほう、ハンスにしては柔軟な判断だな』

(連中は、お忍びとはいえ大亜連合軍の兵士を打ち倒してるからな)

 

 敵の援軍も見られない以上、こちらの主な役割であるフロートの防衛に専念できる。物は言いようだし、国防軍としても未来の戦力に成り得そうな人材を見れるというメリットもある。ルーデルの言葉に対して尤もらしい答えを返したが、ハンスの本音は「こんなことでストレスを溜めたくない」という自身の我儘に集約された結果だった。

 確認の意味も込めて風間に連絡したが、風間も『偶発的に参戦してしまった民間人に対する権限は持ち合わせていないが、協力的な対応をしている以上はこちらが高圧的に出れない』と公的に戦闘行為に至っていない以上は仕方がないという見解に至り、これを聞いたハンスは深い溜息を吐いた。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 悠元が響子との話を終えて戻ってくると、そこにいたはずの花音と紗耶香、あずさがいないことに気付く。それだけならばまだしも、深雪と水波、更にはリーナもその場に居らず、残っていたのは五十里と達也、雫とほのか、それとウェイターに扮している南風原少尉(顧傑の一件で応援に来ており、その実績で昇進した)だけだった。

 

「神楽坂君、話は終わったのかな?」

「ええ、まあ……女性陣はお花摘みにですか?」

「うん、そうだね」

 

 七人もいるだけでなく、ただでさえ実力のある深雪や雫までついて来るとなれば、流石にジャスミンやジェームズも無茶はしないだろうと思うが……すると、達也が突然溜息を吐いた。

 

「おや、達也の保護者としての勘が働いたのか?」

「そう言うのは止めてくれ……ここは俺が引き受ける」

「了解。ほのかと雫は家族のこともあるし、ここにいてくれ」

「ん、任された」

 

 五十里や南風原からすれば理解できない部分もあるだろうが、達也の言葉を聞いて判断した悠元は『天神の眼(オシリス・サイト)』で深雪の現在位置を瞬時に割り出し、認識阻害をフル活用して現場に急行した。

 

「……ん?」

 

 パウダールームを出たところにいる形だが、その現場の光景に悠元は首を傾げた。

 トラブルの犯人と思しきジャスミンとジェームズはおらず、花音は床にへたりこんでおり、紗耶香とあずさがその様子を見ている。

 深雪と水波、リーナは特に手を出さなかった形だが、その理由は彼らの視線のさらに奥にいる二人―――千葉寿和とラウラ・カーティスであった。寿和がラウラをお姫様抱っこしているのを見るに、逃走しようとした二人と鉢合わせたため、慌てて寿和がラウラを担いで回避したとみるべきだ。

 

「あ、悠元さん。すみません、逃がしてしまいました」

「まあ、無関係の人間がいた以上、仕方がないだろう。水波とリーナも無事そうだな」

「はい、特に怪我などはありません」

「そうね。捕らえられなかったのが悔しいけど」

 

 深雪もリーナも主に得意とするのは範囲攻撃型の魔法。なので、無関係の人間だけピンポイントに弾くという技巧は難しいのだろう。

 状況を話すと、先に出た花音と紗耶香、あずさがジャスミンと遭遇した。その際、ジャスミンに不用心に近付いた花音がジャスミンに取り押さえられた……立派な脅迫・傷害の未遂ながら現行犯である。

 深雪がピンポイントでジャスミンだけ凍結しようとしたところ、出力を誤ってナイフだけが粉砕したらしい。曰く「悠元さんのように敵意だけを取り除こうとしたのですが」という言葉だけを見れば、深雪の実績は賞賛に値すると思う。

 

「……()()()()、連中は作業員用通路に逃げていったか。さて、深雪に水波、リーナも行こうか」

「行くってどこに? 連中を追いかけるにしても、どこに逃げたのか分かるの?」

「逃げた先というか……“罠”と言えるかな」

 

 悠元の言葉に深雪と水波、リーナは揃って首をかしげる。

 事情はどうあれ、民間人にこのような仕打ちをした以上はオーストラリアの連中をタダで帰す気など無い。元々失敗前提で組まれたこの作戦の事実を連中にもしっかり認識してもらわなければならない。

 

  ◇ ◇ ◇

 

「何とか逃げ切れたようだな……ジャズ、大丈夫か?」

「ああ。まさか、あの場に四葉のプリンセスが居合わせるだなんて想定外だった」

 

 ジャスミンとジェームズは深雪の気配を認識していなかった。いや、正確に言えば深雪が身に付けている真珠のネックレスには、いつも彼女が身に付けている髪飾りと同じように認識を改竄する術式が保存されている。認識は対象の魔法力すらも欺くため、ジャスミンとジェームズが深雪の存在を誤認しても不思議な事ではなかった。

 更には水波とリーナにも似たような術式を付与したアクセサリーを身に付けさせていた。これは悠元が発案して達也も説得に回ったために実現した対策の一環だった。

 

「これはやりたくなかったが……私の魔法をパーティー会場に向けて使う」

「それしかないか……」

 

 そんな事情など知る筈もないジャスミンとジェームズだが、状況は最早最後の手段を投じざるを得ないところに来ていた。それは無論、戦略級魔法『オゾンサークル』をパーティー会場に向けて使用することだった。

 

 毒ガス攻撃に等しい以上、どう取り繕っても非難は免れない。先日この国で起きた爆弾テロ攻撃以上に強烈な非難を浴びることになるだろう。最悪、オーストラリア政府が各国の追及を避けるために二人を切り捨てる選択を取ったとしても何ら不思議ではない。

 

 外部からの破壊活動(既に失敗している)も、内部の機械的操作や魔法システムのクラックが失敗に終わったため、残る手段はこれしかなかった。オーストラリア本国司令部の命令が破壊活動の遂行となっている以上、軍人として確実に任務を遂行しなければならない。

 

「ジャズ、まずは脱出艇のところまで移動しよう。『オゾンサークル』を使えば港は直ぐに封鎖されてしまうだろう。その前に脱出の手筈を整えておいた方がいい」

「了解した」

 

 ジェームズの先導で、二人は整備作業員用の階段を()()()()()、港に隣接する作業員用控室に忍び込んだ。直接港に出なかったのは、目撃されるのを防ぐためだった。

 だが、控室に忍び込んだはずの二人は自分の目を疑った。何故ならば、作業員用の部屋とは遠く掛け離れた内装が存在しており、誰がどう見ても作業員用のものではなく、明らかにVIPクラスが招き入れられるような調度品や家具が部屋の中に置かれていた。

 

「ジャズ、これは一体どういうことだ?」

「分からない……確かに私たちは港に向かっていた筈だ」

 

 魔法を受けた痕跡はない。下層に降りていた感覚は紛れもなかった。一体何が起きたのかを理解しかねている二人に対し、その視線の先から声が発せられた。

 

「―――ようこそ、招かれざるお二人さん。直接の面識はないが、数年前は()()()()()()()()な」

「え……っ!?」

「あんたは……」

 

 ジャスミンとジェームズが揃って視線を向けた先には、スーツ姿をした少年が一人座っていた。

 両者に直接的な面識はないが、オーストラリア国内で暗闘を繰り広げた因縁の相手。ジャスミンたちが失敗した任務の対象である片割れ―――当時長野佑都を名乗り、現在は護人・神楽坂家第108代当主としてその座にいる者―――神楽坂悠元がその存在感を露わにした状態で相対した。

 




 多分、今年最後の更新になるかもしれません。
 明日から追憶編がアニメ放映されますが、こちらの追憶編も少しずつ加筆修正しています。その理由は齟齬が生じないように修正する意図も含めてですが。
 大幅なエピソード追加にはなりませんが、ある程度終えた所で分かりやすいように(※)のマークを付けていきますのでご了承ください。
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