魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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矛先の判断

 ジャスミンとジェームズからすれば、港を目指していた筈がこのような部屋に出ていた。無論、二人は魔法を放とうとするが、その魔法が放てないことに二人は驚きの表情を露わにしていた。

 

「お前は……魔法が、発動しない?」

「何だって……お前が何かしたのか!?」

「仮にそうだとして、素直に話すと思うか?」

 

 『オゾンサークル』はもとより、二人が修得している魔法全てが発動できない状態となり、ジェームズはこの場を逃げ出そうと背後にある扉に蹴りを放つが、一切ビクともしない。それならばと悠元に向かって敵意を向けた瞬間、悠元から飛んでくる殺気に二人は動きを止められてしまった。

 

「オーストラリア軍の魔法師でもこの程度で動けなくなるとは……ジャスミン・ウィリアムズ大尉にジェームズ・J・ジョンソン大尉、こちらは貴殿らに危害を加えるつもりはない」

「それを、信用しろというのか?」

「どの道このまま祖国に戻ったところで無事に済む保証はない。違うか? 何にせよ、まずは座るといい」

 

 悠元は指を鳴らすと、凍り付いたように動けなかった二人は漸く動くことができた。逃げることも抵抗することすらも出来ない以上、相手が用意した交渉のテーブルに着くしかない。

 

「……ジャズ」

「一先ず、彼の言う通りにするしかない」

 

 先刻、ジェームズから述べられた事実を信じるのならば、このまま大人しく帰れる保証がないことはジャスミンとて理解していた。作戦が失敗したとなれば、二人に対する扱いだけでなく依頼元であるイギリスにも波及する。

 態々交渉のテーブルを用意してもらった以上、ジャスミンとジェームズに出来るのは、そのテーブルに着いて少しでも不利な状況を打開し、隙があれば目の前にいる人間を打ち倒して工作活動を成功させるしかない。

 ジャスミンとジェームズが席に着いたところで、悠元はテーブルに一枚の写真を放り投げた。その写真に写るものに二人は驚愕した。

 

「これは……なっ!?」

「俗に言う“念写”みたいなもので撮ったものだが、よもやイギリスが関与していたとはな」

 

 正確にはジャスミンの記憶にある情報を投影したものだが、こんなことが出来るのは以前入手した『記憶時計(メモリー・クロック)』を少し弄ることで完成した電気信号変換魔法『投影風景(トレース・ヴィジョン)』によるものだ。

 これの実験には達也も協力しており、幼少期の達也の訓練風景を見事に投影した時は「ここまで引き出せるとなると、俺も白旗を揚げたくなるな」と述べるほどだった。

 

 今回の任務にイギリスが関与しているのは知っていたが、ジャスミン・ウィリアムズの記憶情報を引き出したことで確証に至った。無論、ジャスミンとジェームズは反論する。

 

「こんなのはデタラメだ! 我々を侮辱しているのか!?」

「そうだ、この写真のように我々がサー・マクロードと面会した事実などない!」

「まあ、そう言うと思っていたが……アンタらが軍人魔法師なら、今回の作戦がおかしいと何故思わなかった?」

「……何?」

 

 軍が使い捨てるにしても、戦略級魔法を使える人間を選ぶ道理にはならない。相手の国に戦略級魔法の情報が知られるというリスクを冒す必要などオーストラリアにはないに等しい。

 それも、国土的に近しい距離である経済大国の日本を脅かせば、台湾や親日国の多い東南アジア同盟も同調する可能性が高く、いくら自足時給が出来ているオーストラリアでも数少ない経済・文化交流をストップされる事態になる。

 

「ジャスミン・ウィリアムズ大尉。お前が戦略級魔法『オゾンサークル』を使えることは俺が一番よく知っているし、数年前に正当な手続きでオーストラリアに入った際、お前らがこちらを追跡したことは把握していた。その時の誘拐未遂を態々国際問題として提起してやらなかったのに、この仕打ちとは“恥知らず”だな」

 

 そもそも、先に仕掛けたのはオーストラリア軍のほうだ。それに対して自己防衛をしたにすぎず、更には戦略級魔法まで使われたのだ。その相手が世界大戦で名を馳せた英雄とその孫に対して。

 

「仮に今回の作戦を成功させたいのならば、装備などのバックアップをしっかり受けてから望むのが妥当な流れだ。そもそも、西果新島でなければならなかった理由などありはしない」

「……どういう意味だ?」

「結論から言おう。お前らの作戦は最初から失敗することが前提として組まれていたんだよ。ジャスミン・ウィリアムズ、お前の持つ遺伝子特性による精神感応能力を以て、四葉や俺を探ろうとするための“トロイの木馬”としてな」

「……なん、だと?」

 

 原作ではこの事実を知らなかったが故に、ただの駒として動いていたジャスミンとジェームズ。悠元は彼らにこの事実を突きつけることで、今回の作戦はイギリス―――ウィリアム・マクロードがそれを理解していながら、二人に任務を与えたという衝撃の事実を突きつけた。

 

「そんなことはあり得ない! サー・マクロードは我が軍の魔法師育成に貢献してきた! そんな彼が我々を売るような真似をするなど……」

「しないと言い切れる保証がどこにある? だったら、何故イギリス本国の軍や特殊部隊が一切動いていない? 明らかにイギリスは自らの手を汚さずにオーストラリアへその役目を押し付けたとしか解釈できないがな」

 

 お得意の三枚舌外交で欺き続け、自らの立場をいいとこどりしようとした国の本質などそう簡単に変わるわけがない。長年貢献してきた人物が「そんなことをするはずがない」と否定したとしても、別におかしなことではない。

 

「仮にお前らが工作に成功したところで、少なくとも日本のみならずSSAとフランス、それとUSNA政府はオーストラリア政府とイギリス政府に対して賠償を請求することになるだろう。尤も、お前らの魔法は封じさせてもらったが」

 

 これは達也の『ゲートキーパー』によるものだが、それを態々明かす義理も道理もない。ましてやジャスミン・ウィリアムズの能力を考えれば、自分が出来ると思わせるだけでいい。あわや国際問題に成り掛けたところを止めてもらったことに関して礼儀を示せば受け取るとしても、仇で返そうものなら本気で殴るだけだが。

 

「……私達に何を望む?」

「ジャズ!?」

「この場において、私達は無力だ。彼の言っていることが真実か偽りかなど、それを判断できる材料がない」

 

 戦略級魔法はおろか他の魔法すらも封じられた今、ジャスミンは彼の要求を聞くことに舵を切った。ジェームズが驚きの声を上げるが、彼女は冷静を装いながらも目の前にいる少年の言葉を待った。

 

「話が早くて助かる。二人はこの後、警察省に連行される形で羽田からシドニーに帰ってもらう。その際、二人に親書を届けてもらう」

「親書を届ける? それだけなのか?」

「どの道お前たちがこの国で罪を犯したことは明白。だが、長期に渡って留まらせる気もない。明日の朝一にはこの国から追放処分とする。それがこの国の司法判断だ」

 

 表向きは“犯罪者の国外追放処分”、実際の目的はオーストラリア政府への親書を持たせる役割を担ってもらう。上皇と今上天皇、それと内閣総理大臣の署名が入っているが、実働部分では神楽坂家と上泉家が関与する内容が含まれている。それと、その役割を以て二人のオーストラリア軍における処分の軽減を剛三と千姫の両名が求める内容となっている。

 この国に留め置く理由もないし、精神感応の部分についてはリーナとセリアがいるため、四葉家もジャスミンの対応については悠元に一任するという了解を貰っている。国防軍としては不服だろうが、獅子身中の虫を置いて動きを読まれる方が問題であるため、オーストラリア軍関係者の処分は自分の国防軍の肩書きを以て処分することにした。

 

「それを私たちが大人しく呑むとでも?」

「魔法が封じられている上、お前らの目の前にいるのはかの英雄こと上泉剛三の直弟子だ。あの時のように魔法を無力化しただけでは足りないと言うなら、今この場でやり合っても俺は一向に構わんが?」

「じょうと……ぅ……」

 

 ジェームズが敵意を悠元に向けた瞬間、瞬時に意識が遠のいていく。隣にいるジャスミンに声を掛けることも出来ず、深い闇の世界に閉ざされていくのであった。これには彼女の頬を冷たい汗が流れた。

 

「殺しはしていない……さあ、どうする? 話の続きを聞くか、このまま気絶するか」

「……分かった。続けてくれ」

 

 既に生殺与奪の権利を握られている以上、ジャスミンが取るべき手段は向かい側に座っている人物の要求を呑むことだけであった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 大亜連合の脱走兵は捕らえられ、正規軍によって高速船に連行されていく。その様子を見るまでもなく、陳祥山と呂剛虎は船の中にある小さな部屋で話し合っていた。

 

「ご苦労であった、上尉」

「はい」

 

 潜水艦と偽装ドックは法に基づいて日本側に引き渡されることとなったが、偽装漁船も拘束したいた以上は限りなく満点に近かった。一時的に講和を結んでいる相手とはいえ、日本とはまた戦うことになる可能性が高い。

 だが、陳祥山は大亜連合政府の方針に対して一抹の不安を覚えていた。それは言うまでもなく神楽坂悠元が発した言葉に他ならない。そんな上官の意図を察したのか、滅多に自分から発することのない言葉を呂剛虎は口にした。

 

「上校殿、如何なされましたか?」

「……よもや、滅多に自ら発することのない上尉から心配されるとはな。今回の作戦の前、神楽坂悠元から釘を刺された。次に敵対するときは殺す……そうハッキリと述べていた。それも我々の国の言葉でな」

「それは……小官からすれば、懸念もご尤もかと思われます」

 

 陳祥山は神楽坂悠元がかの英雄こと上泉剛三の孫だと知っており、更には呂剛虎が敗れた三矢佳奈の弟と言うことも掴んでいた。今回の作戦では、大亜連合軍の兵士を手玉に取るどころか、オーストラリア軍の魔法師を傷つけることなく無力化して見せていた。

 

「上尉の率直な意見を聞きたいが、どうみる?」

「国防軍ですらかなりの手練れである以上、この国の一族は最早我々の手には負えぬものと具申いたします」

「上尉もそう思うか……だが、軍の上層部は面子に拘るものも少なくない。我々の具申を『軟弱者』と断ずる者もいるだろう」

 

 横浜事変の際、陳祥山は神楽坂悠元に完膚なきまでの敗北を喫していた。それも『鬼門遁甲(きもんとんこう)』すらも完全に看破された上で。この事実と自身の面子を天秤に掛けた場合、次に敵として刃を向ければ大亜連合は国家としての体裁すら保てなくなる可能性が極めて高い……と、陳祥山はそう感じていた。

 

「万夫不当の子孫とて最早油断は出来ぬ。が、刃を向ければ祖国は忽ち戦火に呑み込まれよう……私を弱腰と見るか、上尉?」

「いえ、小官もこの国とは講和状態を維持すべきと考えております。その状態を以て新ソ連や中央アジア方面に力を割くべきかと」

 

 原作ならば達也や深雪の存在を脅威と見て再侵攻を考慮していた陳祥山だが、悠元の存在によって完膚なきまでに叩きのめされたことにより、日本に拘れば自滅する未来しか見えない、と舵を切った。

 上官の言葉に呂剛虎も同意した結果から齎されたかどうかは不明だが、彼ら大亜連合の特殊部隊は大亜連合に帰国したのち、領土拡張政策の一環で配置転換をされることになる。

 その選択が良かったのか悪かったのかは、その時の彼らには分からなかった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 大亜連合軍の脱走兵の引き渡しも済み、オーストラリア軍の魔法師も段取りは既に組んだ。ちなみにだが、話を終えた段階でジャスミン・ウィリアムズは強制的に『夢世界(ドリーム・ワールド)』で眠らせた。

 

 それ以外での変化と言えば、寿和にラウラが惚れてしまったことだろう。事情を稲垣から聞いた限りだと、ジャスミンとジェームズの騒動に図らずも巻き込まれた形となり、寿和がラウラを助けたのだ。悠元が駆け付けた時に彼女がお姫様抱っこされていたのはその結果から起きたことだった。

 更に、親族であるワイアット・カーティスも「このまま祖国に帰らせても今度は両親のことで思い悩んでしまうやもしれぬ。千葉殿、宜しく頼むぞ」と二人の付き合いを認めたというか、そのまま婚姻関係になっても構わないと太鼓判を押す形となった。これを聞いた寿和は「はあっ!?」と驚きの声を上げたのだった。

 

「お疲れ様です、悠元さん」

「労いをありがとう、深雪。達也もご苦労様」

「ああ。ただ、挨拶に来る人の対応で苦労はしたが……」

 

 今の達也は十師族・四葉家の次期当主と言うことで、隣にいる五十里や北山家の伝手で挨拶に来る人間が多かったようだ。その辺のフォローは五十里がしてくれたようだが。

 

「本家のほうに連絡はしたのか?」

「パーティーが終わってからでも構わない、とメールが来てな。母上の息が掛かった人間がいてもおかしくはないが……」

 

 一体どこから見ているのか予測もつかない、と言いたげであった達也の言葉を聞きつつ、悠元は視線を雫に向けた。

 

「まだ1時間少々はあるが、雫もお疲れ様」

「うん。先輩方は戻ってきてないようだけど、いいの?」

「まあ、いいんじゃないかな」

 

 何が起きているのかということは知っているが、流石に公衆の面前で話せることでもない為に言葉を濁した。

 多分紗耶香に叱られているのは言うまでもない。卒業生の面々では沢木もヤバいが、戦力として一番成長しているのは紗耶香に他ならない。元々魔法力が伸びないことに悩んでいた彼女が一番の成長株となったことに、彼女の父親は喜ぶべきか悲しむべきか複雑であった。

 

「さて、先に抜けるから後は楽しんでくれ」

 

 そう言って悠元はパーティー会場を後にした。向かった先は先程ジャスミン達との会談で使ったVIPルームで、その中にはワインを嗜む千姫の姿があった。

 

「ご苦労様、悠君。ちょっと飲んじゃってるけど、いいかな?」

「……数本をケロッと空けている時点で少しと仰いますか」

 

 ラベルを見るからに年代物のワインで、まともに買えば六桁は下らない値が付くものばかり。別に自分が支払う訳ではないので千姫の好きにさせてもいい、と判断して悠元は千姫の向かい側に座った。

 

「悠君には苦労を掛けてばかりだね。それで、予定通り引き渡せるのかな?」

「はい。寿和さんと稲垣さんには苦労を掛ける形ですが、明日の朝一に那覇空港から羽田を経由してシドニーに国外追放させます」

 

 本来ならば拘留期間を設けるのが普通だが、下手に暴れられないようにとっとと追放するのが最善とした。なので、超法規的措置として即日追放することで余計な被害を減らす方向で話をまとめた。

 

「にしても、精神感応による情報収集とはね……あの身なりなら、子どもだと思って騙されるでしょうけれど、私や義兄(あに)の眼は誤魔化せませんよ」

「同類だからこそ、というやつですかね?」

「むー、私はあんな性悪になった覚えはありません」

 

 いかにも子供っぽい様な拗ね方をしてるが、今まで千姫が成してきた功績を鑑みると「団栗の背比べ」に近いかもしれない。それはさておき、今回の任務に関しての報告を続けた。

 ジャスミンとジェームズに今回の工作がイギリスの『捨て石』作戦に他ならない事は伝えたが、その更に背後にいるUSNAの存在は明るみにしなかった。どうせUSNA側も把握している事実をさらに追認するようなつもりもないし、エドワード・クラークに余計な情報を流す気もない。

 ウィリアム・マクロードあたりなら勘付いてエドワード・クラークにその可能性を示唆するかもしれないが、分かり切っている罠を放置するほど危険なものなどない。なので、イギリスでマクロードが最も裏切ることができない人物に今後の対処をお願いすることとした。

 




 原作だとキーポイントに成り得る場面をほぼ改変しています。それでも、世界がそう簡単に変わるわけでもないのですが。

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