ウィリアム・マクロードは英国の女王―――エリザベスⅢ世からの呼び出しを受けた時点で、先日のオーストラリア訪問について尋ねられると覚悟していた。国防情報参謀部の本部で受けた取り調べを改めて行うものだと推測していた。
だが、そんなマクロードの懸念を根底から打ち壊すが如く若き女王が口を開いた。
「マクロード卿、先日日本で起きた破壊工作事件のことで政府高官と軍部から厳しく取り調べられたようであるな。其方は代えが利かぬ戦略級魔法師であり、私も其方の力を頼りにしておる」
「……陛下にお気遣いを頂けること、真に感謝致します」
マクロードを呼び出す前、エリザベスはモニターを通してリアルタイムで政府高官と軍部によるマクロードの取り調べの様子を見守っていた。その呼び出しに至る経緯までイギリス政府およびイギリス軍に資料を提出させていた。
マクロードが軍の極超音速輸送機でオーストラリアに向かった後、今回の事件が発生した以上は彼の関与を疑わざるを得ない。だが、取り調べにおいて彼は一切動揺する素振りを見せていなかった。
その様子だけを見れば、マクロードは単に自身が手塩に掛けたオーストラリア軍の魔法師を労いに行っただけであり、今回の事件に関与している可能性は極めて低いという見方も出来なくはない。
「ふふ、もしや卿は妾が政府や軍部のように其方を責め立てようと予想されたのかな?」
「滅相もございません。今回の日本で起きた件について、先日オーストラリアを訪れたばかりの私も寝耳に水の出来事でございましたので。よもや我がイギリス連邦の友好国であるオーストラリアがそのような暴挙に出るなどとは」
だが、エリザベスはマクロードが大きく関与している―――今回の作戦の立案側に関与していると確信を得ていた。その決定的な状況証拠として、軍部から提出された資料の中に日本へ潜入していたオーストラリア軍の魔法師がイギリス軍の通信衛星を用いてオーストラリア本国と連絡を取っていた通信記録の存在があった。
女王はイギリスの関与を明確にするべく、当初通信記録を提出しなかった軍部に対して首相経由で国王命令を下して提出させた。
更に言えば、国家公認戦略級魔法師でありながらもその行動実態が明確に見えてこない部分が多すぎるマクロードに対し、密かに政府の情報機関に対して情報提供を要請した。そこから上がってきた情報を纏めると、明らかにプライベートだと断定できる部分を除くと不明瞭な空白が多い。
クロとも言える要素は多いが、今回の一件はまだイギリス本国が影響を受けていない為、マクロードを責め立てるには決定的な要素が足りない。
「卿がオーストラリア軍の魔法師育成に力を入れていることはよく存じておる」
単にイギリス連邦の再構築を考えるだけならば、マクロードがオーストラリアにここまで肩入れする必要などない。『十三使徒』とまで呼ばれる国家公認戦略級魔法師となった彼がそこまでするきっかけになったのは、世界群発戦争における“一つの敗北”であった。
欧州と新ソ連の核戦争抑止の為、世界各国から派遣された魔法師による部隊。当時は国際魔法協会が発足して日が浅く、提唱国であるイギリスが一先ず音頭を取る形となった訳だが、ここでも人種による差別意識による問題が起きた。
日本から派遣された魔法師に対し、欧米各国からその実力を疑問視する声が上がった。そして、それを最初に言い出したのは部隊のリーダーを務めていたマクロードの父親で、彼らを“東洋の野蛮な魔法師”だと断じた。
そんな戯言にも耳を貸さず、核戦争抑止の部隊として働いた日本の魔法師たちだが、その功績を妬んだマクロードの父親は“化物”と言いたげに千姫を魔女のような二つ名で呼んだ。これが決定打となって千姫はマクロードの父親を病院送りにした。
―――“黄猿”だの、“魔女”だのと好き勝手言ってくれたのう。これだから妾は主等のような白人共が好かぬ。妾の振る舞いに文句があるというのなら、今度は主等の首を
その当時、英国の国王であったエリザベスの祖父はマクロード親子の振る舞いに頭と胃を痛め、千姫を含めた日本の魔法師に対して最大限の恩赦と陳謝を執り行った。以降、英国の王室において『
「そして、主が日本と浅からぬ因縁を持つことも亡き祖父より聞かされておる。よもや、日本への復讐など考えておるまいな? そうだと言うのならば、妾を育ててくれた第二の祖国に対する叛意と見做させてもらう」
「そのようなことは考えておりませぬ。ですが、昨今におけるかの国は魔法技術のレベルが格段に上がっており、このまま看過することは将来我が国にとっても望ましくないことになるやもしれません」
「ほう……マクロード卿はそのように考えておると? それは卿だけの個人的見解に過ぎぬのではないのか?」
過去に日本とイギリスは同盟関係を結んでいたが、第二次大戦の前に破棄されて太平洋方面で戦争上に至った経緯がある。だが、仮に“第二次大戦の過去の清算”という名分で日本が復讐の刃を向けるとしても、第一に新ソ連もしくはUSNA、その次点に大亜連合となり、イギリスに対しての報復行為の可能性は低い部類に入る……少なくとも、一昨年秋の横浜事変までは間違いなくそうであった。
だが、かの国で用いられた二発の戦略級魔法。表向きは大亜連合の侵攻部隊だと報道されているが、その侵略行為に加担したオーストラリアとイギリス。そして今回の久米島沖人工島における破壊工作の件で、オーストラリアだけでなくイギリスにも矛先が向けられる可能性が高まった。
「私だけではございませぬ。我が国の政府や軍の内部に私と同じ考えを持つ者もおります」
「(その結果が今回の件のみならず、一昨年の大亜連合による日本侵攻に水面下で加担したという訳か)……卿の言いたいことは理解した」
女王は政府への要請でウィリアム・マクロードの通信記録を洗わせたが、彼専用のオフィスにおける公的な通信記録と音声・映像通信に伴う端末の電気使用量が釣り合わないという結果が報告された。とりわけ映像通信はやりとりする情報量が膨大になる為、いくら通信自体が傍受できなくとも情報をやり取りするための等価交換として電気エネルギーが用いられる。
魔法によるブースターで遠隔通信を行う方法はあるが、端末に相当する部分の維持には物理的なエネルギーを必要とする。大陸系古式魔法『
いずれにせよ、イギリス政府やイギリス軍には内密で彼らが知り得ない場所に連絡をしているという事実。そして、政府通信本部には一部の者しか知り得ない全世界傍受システム『エシェロン』のシステムの一部が置かれている。その事実から鑑みた場合、マクロードが連絡を取っていた先として最有力となるのは―――USNAに他ならない。
「さて、此度の召喚は長年我が国に貢献しておる其方の功績を鑑み、『ナイト』の称号を持つ貴殿に『
「……考えが追い付いておりませぬ。既に過分なほどの褒賞を頂いている身でございますので」
「ふむ、卿の言い分もご尤もであるな。ならば説明するとしよう」
「お願い致します」
「称号を返上せよ」というのかと思えば、まさか更に格上の称号を賜るという名誉にマクロードは困惑を隠せなかった。その状況を察しつつエリザベスが説明を始める。
「其方のお陰で我が軍の魔法師は立派に成長した。国を束ねる女王として感謝の意を示さねばならぬと首相に相談し、この度称号を贈ると共に一つ頼みごとをしたく思う」
「つまるところ、私へ称号を贈るというのはその対価ということでございましょうか?」
「衣着せぬ言い方をすればそうなる。その頼み事だが、卿にはケンブリッジ大学の魔法学専攻の教授として赴任していただきたいのだ」
魔法という技術を更に高めるべく、各国では専門的な教育機関を設けて魔法教育に力を入れてきた。だが、それだけでは魔法師と非魔法師の軋轢が解消すると思えなかったエリザベスは、ドイツのベルリン大学を手本とする形でマクロードに魔法学の教授として貢献してほしいと頼み込んだ。
かの大学にはマクロードと同じ『十三使徒』のカーラ・シュミットが在籍しており、英国でも古い歴史を持つケンブリッジ大学ならばロンドンにも近いので、有事の際の召喚もしやすいという利点がある。
「卿は気にせぬだろうが、政府や軍の内部では卿を批難する者も少なくない。今はまだいいだろうが、反魔法主義の運動が加熱するようなことがあれば卿を『十三使徒』―――国家公認戦略級魔法師の指定から外す様に声を上げる者も出て来るやもしれぬ。ほとぼりを冷ます意味でも卿には暫くロンドンを離れてもらうのがお互いの為になると判断させて頂いた次第だ」
「……時が至れば、私はまたロンドンに戻ってこれると解釈して宜しいのですかな?」
「無論である。妾の言葉を疑うのか?」
「いえ、滅相もございません。女王陛下のご配慮、有難く受けさせていただきます。ですが、いくつか条件を提示させていただきたい」
マクロードはエリザベスに現在の仕事場に置かれている機材をケンブリッジに持ち込めるよう頼むと、彼女は無条件で呑むだけでなくケンブリッジでの住居も政府で手配させると述べた上でマクロードの要求全てを受け入れた。
謁見が終わったところで、エリザベスの傍に控えていた執事が彼女を私室に案内した。私室の奥に引っ込んだ彼女は自ら手早く私服に着替えると、執事が用意してくれた紅茶で喉を潤し、茶菓子に手を伸ばすところで執事から声を発した。
「陛下―――いえ、“エリー様”。あれで宜しかったのですか?」
「マクロードのこと? どうせ国外……多分、USNAあたりの協力者と共謀したとみるのが妥当でしょう。でも、政府と軍部が掴めていない以上、私の推測で国家を引っ掻き回せないもの」
執事がエリザベスのことを愛称で呼ぶのは、彼は王家に代々仕える執事の家系であり、現在の執事長は彼女の祖父から三代の王を見てきた人物。
魔法師であるため、外見的には30歳代ではあるが実年齢は60歳をとうに超えている。エリザベスが幼い頃から見続けてきたこともあり、孫のような目線を向けつつも“三人目の祖父”の如く厳しく接してきた。
先程の謁見の間にいた人物とは同一と思えないほどに砕けた口調をエリザベスは口にするが、この場には彼女と執事しかいないので彼は咎めようとする気もなかった。
「政府からの報告でも、我が国の戦略級魔法師が何をしているのか分からないってことが常態化してるのが問題なのよ。確かに下手に出れない気持ちも分かるけれどね……だったら、彼には本職である大学教授としての仕事に専念してもらおうと思ったわけ。無論、向こうの国からの要請もあったけど」
日本での事件の発生直後、神楽坂家当主が女王のプライベートナンバーに直接連絡してきた。エリザベスは彼から事件の仔細を全て聞かされた後、彼から「ウィリアム・マクロードには英国の魔法教育の発展に専念してもらうのが理に適っているかと思われます」という提案を受けた。つまり、ウィリアム・マクロードを国外へ出さない為にイギリス本国内で“軟禁”させる案を提示されたのだ。
いくら国際問題に直結するような案件でも戦略級魔法師―――それも『十三使徒』の一角を下手に切れない上、新ソ連のこともあるのでマクロードを抑止力として機能させる意味でも英国から切り離すという選択肢は取れなかった。
彼女がマクロードに述べた人間主義の波及の懸念に関して嘘は言っていないし、英国内では既に魔法師を管理すべきという動きが燃え始めている。国にとっての戦力を失う懸念は最大限取り除くべきだと判断して神楽坂家の提案を受けることにした。
「神楽坂悠元殿……我が国を核の炎から救った神楽坂の名を継ぐ人物にして、数年前に陛下を救った御仁ですな。陛下が無理を言って彼を引き留めようとなされたことは今でも覚えておりますぞ」
「だって、女王になる前から王族である私に擦り寄ってくる男どもなんて下心が見え過ぎなんだもの」
エリザベスは数年前、とある男性との恋人疑惑が突如持ち上がってパパラッチに悩まされていた。危うく車が事故を起こすかと思われたとき、二人組の男性に助けられた。彼女を乗せた車は無事なところに運ばれ、追い掛け回していたパパラッチのバイクは破壊され、記者たちは全員警察に“女王陛下へ失礼を働いたならず者”と英語で書かれた紙を顔に貼られた形で突き出されていた。
彼女はその少年に「私の夫になって」と爆弾発言をかましたが、その直後に少年の拳骨が落ちて立ち消えとなった。正直、セバスからすればその少年が嫁ぐことで発生する問題の対処をしなくて済んだ、と内心で感謝していた。その代わり、互いにプライベートナンバーを交換しており、今でも互いに連絡は取っている。
結局、女王に即位してから7年経った今でも彼女は独身のままであった。その少年が決して悪い訳ではないことは確かであり、執事の説得にエリザベスも渋々納得していた。
「今度、日本に訪日して彼に押し倒してもらおうかしら」
「……その少年は今や神楽坂家当主です。そのような行為は互いに要らぬ苦労を増やすだけに御座います」
なお、エリザベスがそのようなことを口走った直後、遠く離れた日本で怖気を感じた神楽坂家当主の姿があったのは言うまでもなかった。
称号を剥奪したことで変に暴れられるよりも、いっそのこと魔法学に貢献できる人材を育てさせる舵を切らせるようにしました。何をしているのか分からないのならば、目の届く範囲に置いておくのが一番分かりやすいですから。
情報で何をしているのか掴めなくとも電気使用量そのものは誤魔化せません。とりわけ映像通信なんてコンピューターに結構負荷を掛けるので。
そもそもの話、ジェームズ・J・ジョンソンがイギリス軍の通信衛星を使っていた時点でイギリスがグルですし、許可を出した人次第で責任が軍や政府にも波及します。その責任逃れの為にマクロード一人に押し付けた線も否めませんが。
南海騒擾編はもうちょっとだけ続きます。