魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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穏便な旅行がしたいです

 久米島沖人工島破壊工作未遂事件から一夜が明け、南アメリカ連邦共和国軍の魔法師ことハンス・エルンスト大佐はのんびり休暇を満喫していた。とはいっても、ただ東京の街並みを一人で食べ歩きしていた。

 ナターリヤは付いていきたそうにしていたが、このご時世で誘拐を目論む輩がいないとも限らない為、お土産と引き換えに渋々留守番することになった。

 

『エルンスト……何だか神妙な感情が漏れているぞ』

(お前のように一つの敵だけ考えられんからな、俺は)

 

 ただ旧ソ連だけを相手にしていたルーデルと、周辺国家に対して目を光らせなければならないハンスでは置かれている状況が異なる。それはともかく、ハンスは周りに気付かれないように一つ小さな溜息を吐いた。

 

(今回の件は、オーストラリア軍と大亜連合の脱走兵が共謀する形となっていたが、鎖国状態のオーストラリアがこのまま見過ごされる可能性は極めて低い。今回の任務の目的が日本軍の戦力を炙り出す可能性もあった)

『私が生きていた頃に我が国と同じ陣営で戦っていた国のか……ジョンブルやメリケン共が勝手に怖がっているだけかもしれんが』

(分からんでもない。だが、この国は力を示した)

 

 その根拠は一昨年秋の大亜連合による侵攻行為に対し、日本が使用した二発の戦略級魔法。一つは鎮海軍港を消滅させた魔法で、もう一つは日本海を南下していた所属不明の艦隊とウラジオストク軍港を消し去った魔法。

 それ以降、極東地域でこれらの魔法が使用されるほどの事態に至っていないが、噂ではUSNAが戦略級魔法を無力化しようと動いていたらしい。だが、ハンスは先日手紙を送り付けたエドワード・クラークなる人物の存在からしてUSNAがそれを行った可能性が高いとみている。

 約100年間の記憶を知らないルーデルだったが、ハンスの知識を通すことで大方の状況を察していた。その上でハンスにしか聞こえない“声”を出していた。

 

『あの御仁―――上泉剛三といったか。彼を敵にしたほうが哀れと言う他あるまいよ』

(……お前が認めるなんて、明日は季節外れの雪でも降るのかねえ)

『全く、エルンストは容赦がないな。だが、ガーデルマン以上のガッツがあるのはいいことだ。お前の未来は私が保証しよう』

 

 今までに数多くの歴史上の偉人がいても、彼のような“化物”などそう多くない。そんな人間に認められるという心境は正直複雑であった。ハンスはルーデルからの言葉に苦笑を漏らしていた。

 

(……なあ、ルーデル。俺の勘だが、多分USNAと新ソ連は日本の戦略級魔法を奪おうとするかもしれん。それと、俺もその対象に含まれるだろう)

『……エルンストはそう思うのか?』

(キーパーソンはエドワード・クラーク。あの人間は以前にも義理の伯父に『灼熱と極光のハロウィン』のことを尋ねたらしい。当事者でもないのに何で知っているのかと愚痴を聞かされたからな)

 

 世界群発戦争の後、第二次大戦後のように世界の覇権争いが各国で繰り広げられている。最も勢力が強いのはUSNAと新ソ連であり、その影響を重く見た各国が同盟や連邦国家を樹立しているケースが各方面に見られる。

 EUもその例外ではなく、国家単位にまで分裂すれば新ソ連に呑み込まれるだけだと重く見た結果、東西分裂程度に収まっている。本来なら力を結集させて大国の脅威に備えばならないのだが、それが出来ないのは血に塗れた欧州全体の歩んできた歴史に他ならない。

 

 USNA、新ソ連、そして大亜連合という三大国の脅威に曝される立場の日本は少なくとも三つの戦略級魔法を保有している。辛酸を舐めさせられた大国同士がかつての第二次大戦のように秘密協定を結んで陥れないとも限らない。

 そしてそれは、USNAの南にあるSSAも他人事ではなくなることを意味する。

 

(ドイツは俺の生まれ故郷だが、南アメリカも俺にとっては最早故郷同然の居場所だ。それを奪おうというのなら、相手が例えスターズの連中でもぶん殴ってやる)

『そうか……よし、ならば私謹製の精神鍛錬をしようではないか。健康促進の意味で総統閣下に勧めたが、拒否されたことがある』

(……そういうことを平気で言ってると、本当にルーデルなんだなと思うよ)

 

 ハンスはかつて魔法の力こそあれども伍長クラスの実力しか有していなかった。だが、ルーデルとの邂逅は彼を戦略級魔法師という地位にまで押し上げてしまった。

 ハンスの変化を訝しむ者は少なくなかったが、彼は精神の変化を同僚や上司に伝えたところ、疑われるどころか同情され、更には気遣われた。ドイツ軍にいる彼の元上司曰く「私もかの英雄のように活躍したい欲はあるが、ハンスの飛行を見ていると『私が及ぶ次元の話ではない』と痛感させられた」と述べるほどに、ルーデルの非常識さは群を抜いていた。

 

 その話は国家元首たる首相の耳にも入り、かつてドイツの栄光を取り戻さんとしていた御仁ですら苦心した意味がハンスを通す形で理解できてしまった。

 ようするに、あの独裁者とまで言われた人物ですら制御できないと匙を投げたのに、自分たちで管理できるなど到底思えないという結論に至ったのだった。

 

『しかし、暗殺という手段を取るとも思えないがな』

(そうだな……世界の食糧事情を加味して、人が住める領域を拡大する意味で宇宙辺りにでも進出しようかと言い出す輩は出そうだな)

『ほう、あのにっくきイワンの宇宙飛行士なるものが「地球は青かった」という言葉を残していたアレか』

 

 空を駆る者としてルーデルはそう口に出したが、宇宙に興味があるという雰囲気は一切見られなかった。その理由を尋ねる前にルーデルが自ら口に出した。

 

『私はな、飛行機乗りとして風を感じたいのだ。風も起きないような場所に身を置くなど考えたこともない』

(そのとばっちりを俺は受けたんだが?)

『ははは……だが、エルンストは私に出会わなければ燻ぶっていただろうな』

(……否定はしない)

 

 ハンスはまだ若いからこそ余地は多少あった。だが、これ以上伸びないまま周りに置いて行かれてたりしたら、自分は周りの環境を恨んでいたかもしれない。

 力を持たないからこそ力を欲した結果、その力を得る代わりに背負う責任やデメリットを学んでしまった。奇しくもハンスは両方の立場を文字通り“身を以て”知ることになった。そのせいで、それまでの自分の理解が追い付かないほどに世界の実情を知った。

 

(何にせよ、罷り間違ってUSNAが暴走するなどということは起きて欲しくないが、油断はできない……帰ったら忙しくなりそうだ)

 

 ホテルに戻ると、そのままベッドの上に寝転んで瞼を閉じたハンス。起きた時には未来の妻である少女が自分にしがみ付くように眠っているのを見て、大人しく二度寝する羽目になったのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 卒業生組はパーティーの翌日、飛行機で東京に戻った。だが、在校生組は改めてグラスボートでクルージングを楽しんでいた。前回は乗組員として立ち回っていた悠元も客として甲板の上に寝転がっていて、その傍には深雪が座っていた。

 

「今回は『任務ではない旅行』になりましたね」

「いやー、これは流石にカウントしたくないんだが」

 

 そもそも、剛三と波乱に満ちた旅行を経験している悠元からすれば“まだマシ”なのだが、こればかりは流石にノーカウントにして欲しくあると思う。すると、雫が飲み物を持って近付いてきた。

 悠元は上半身を起き上がらせると、雫から飲み物を受け取り、深雪も雫から受け取っていた。

 

「何を話してたの?」

「ありがとう、雫。なに、今回の旅行を純粋な観光目的のソレと認識したくないだけだよ」

 

 USNAの魔法結社騒動とスターズの演習場侵入に反魔法主義テロとの遭遇、イギリスでの古式魔法師騒動にパパラッチの拿捕、フランスでの映画現場の見学、スペインでは闘牛のアクシデントに巻き込まれ、イタリアとバチカンではマフィア絡み……欧米方面の一端だけでも数年分の事件に巻き込まれた気分でしかなかった。

 中東方面では宗教過激派の“聖戦”に巻き込まれるわ、インド・ペルシア連邦では大亜連合の工作員を叩きのめし、オーストラリアでは正規軍の工作部隊に追いかけ回された。ついでに新ソ連では国家そのものに暗殺されかけたので、新陰流剣武術の奥義で書記長を全治数ヶ月の病院送りにしてやった。

 国内はおろか、国外ですらまともに旅が出来ていない有様であった。

 

「……深雪と雫に今だから話すが、今回の任務は達也の交友関係の改善も頼まれていた」

「誰に、というのは野暮でしょうね……叔母様の仕業ですか」

「ま、ほのかにもいい加減覚悟は決めてもらわないと話にならない」

 

 リーナ、佳奈、亜夜子、そしてほのか。達也との婚約関係を進めたいという魂胆は真夜ならやりかねないという謎の安心感を悟ったのか、深雪は一つ溜息を吐き、雫は親友の覚悟に対して辛辣に吐き捨てていた。

 

「そういえば、二人はいつ戻る予定なの?」

「明日の朝一には東京に戻ることになる。そろそろ入学式の準備の為に打ち合わせをしなきゃならんからな」

 

 入学式に関する仕事は主に生徒会と風紀委員会の仕事だが、部活連も補助として手伝う必要がある。それに、来年度の新入生総代は悠元にとって最も縁のある人間だからこそ、その補助も担わなければならない。

 

 例年ならば事前に準備を終わらせておくものだが、今回は任務のこともあって終業式の直後に東京を離れており、打ち合わせが全くできていない。

 ただ、次の新入生総代が確定した時点で悠元から元新入生総代としてのアドバイスや答辞のことについて予め説明している。それが無かったとしても、三矢家には新入生総代経験者が多いので問題はないと踏んでいた。

 

「今年の総代はまた女の子だったんだよね」

「ええ、そうよ。雫も会ったことがある子ね」

「そうだね。悠元から見て妹さんはどうなの?」

「どうなのってなあ……詩奈は別の意味で常軌を逸しているとしか評価できんのだが」

 

 別に貶す意味は含まれていないが、姉や母、そして悠元の影響を強く受け継いだ結果としてイヤーマフ無しでも生活できるレベルに達している。その護衛となる侍郎も一科生レベルの実力を得ており、今年の入試結果は詩奈が新入生総代、侍郎は次席という結果となった。

 

「三矢らしく育ったと言えばいいが……何故ジト目で睨まれないといけんのだ」

「悠元のことだから、何かしら魔改造してそうな気がする」

「どこかの特撮ものじゃないんだから、そんなことはしてないよ」

 

 侍郎に関しては最初の頃に魔法師らしい能力を与えただけで、それ以降は『領域強化(リインフォース)』による調整は施していない。詩奈は自分の聴覚制御技術を教えただけに過ぎない。流石に魔法の基礎知識が固まっていない状態で基礎能力を鍛える訳にはいかなかったからだ。

 

「それよりも、戻って最初にやることは引っ越しの準備なわけだが……当分は司波家とマンションの往復になるだろうな」

 

 来月からは悠元たちも最高学年の3年生となる。原作の知識が通用しなくなりつつあるが、それに関しては今更であると諦めている。だからこそ、固定観念に囚われることなく動けているわけだが。

 FLTの研究施設跡に建てられたツインタワーマンションは無事に完成したそうで、東京に居残ったりした面子は既に入居したらしい。

 

「それと、師族会議を開いて今回の事件の詳細を報告しないといけない。議長役も面倒なことだと思うよ」

「十代で師族会議の議長って普通じゃあり得ないけどね」

「そうなんだよなあ……まあ、とうに諦めたが」

 

 ここまでに出来ることは全て仕掛け終えた。相手が情報を握るというのならば、別にそれで構わない。各々が信じるものが正しいという保証なんて誰にも出来ないのに、彼ら自身が手にしている情報という名の手札全てを彼らが信じ切れるという保証なんて誰も出来ないのだから。

 師族会議をコントロールできる立場に立てたのは僥倖だが、他の師族がアクションを起こさないという保証などない。ただ、今のところは大筋の内容から大きくずれてはいない。顧傑が一時的に生存していた事実はあるが、最終的に顧傑はUSNAに殺されている。

 九校戦での追加戦力から推測するに、結果の事象が大きく変わらなければ世界の修正力が強く働かない仕組みとなっている節が見られた。

 

 ただ、今年のエイプリルフールに戦略級魔法『シンクロライナー・フュージョン』が使われる可能性は極めて少なくなった。その代わりに『トゥマーン・ボンバ』が使われる可能性が極めて高くなったことは事実だ。

 

「今回は事情が事情なだけに、国防軍との協力という部分は伏せる必要がある……『神将会』と警察省の協力で通すことになるだろう」

 

 それは、師族会議が傍受されているという前提で考えた場合、あくまでも達也は『神将会』主導の作戦に協力したという体を取るのが彼の戦略級魔法を隠す意味でも理に適うと判断した。顧傑の件の面目躍如として国防軍を動かしたが、表立って動いているのはあくまでも警察省である。

 その絡みで思い出したが、ラウラは正式にUSNA側の許可を受けて帰化することが決まり、その引き取り先は何と三矢家となった。これは元々三矢元の父である舞元の縁によるもので、彼女の法的手続きが済み次第寿和の婚約者となることが決まった。

 間接的とはいえエリカと義理の親戚の関係となるが、もし千葉家が外戚として偉ぶるようならば「あたしがあのクソオヤジをぶん殴るわ」とハッキリ宣言しており、これには近くで聞いていたレオが深い溜息を吐いた。

 

「そういえば、あの子―――エフィアさんとちゃんとお話は出来たのですか?」

「こちらも既に納得した話だから、穏便に済んだよ。しっかし、眉の太さを除けばエイミィとあそこ迄瓜二つとはな」

 

 事件解決後、エフィアと再会して話し合った。国としての政略結婚ということはエフィアも納得しており、それ以上に悠元と結ばれることをとても喜んでいた。結果として何が起きたのかといえば、深雪と水波、エフィアに雫の四人と一夜を過ごす羽目となった。

 

「そして、悠元が見事に骨抜きにしていたね。流石ジゴロ」

「褒められているのか貶されているのか分からんが……今年はもう少し穏便に過ごしたい」

 

 男性としては冥利に尽きても、いくら体力が続いたとしても、やっぱり心のどこかでのんびり過ごしたい思いはある。ただ、現実問題として婚約者たちのご機嫌取りという責任が圧し掛かっている。

 既に今年の4分の1が過ぎ去っている訳だが、こういうのも我が侭といえばそうなのかもしれない。

 

 そもそもの話、自分はあくまでも「達也に敵対しない」という一点で魔法科高校入学まで過ごしてきたし、高校入学後も比較的大人しめに過ごしてきたのだ。いくら名字の肩書きがあろうとも、いくら実力があろうとも……力と言うものがどういったことを齎すか嫌というほど味わっているだけに、悠元が呟いた言葉は我が侭というよりも“願い”に近かった。

 

 願いそのものが儚いと理解はしている。だからこそ諦めたくないというのは我が侭かもしれない。だが、簡単に諦められないからこそ人間という存在は成長し続けてこれたのだろう。

 これから起こりうる時代のうねりを感じつつも、悠元は太陽を掴みとるように手を上に翳したのだった。

 




 南海騒擾編、これにて終了です。次から激動の時代・孤立編に突入します。本来だと原作21・22巻(激動の時代編)、23巻(孤立編)となるのですが、ここからかなり細分化されてしまっている為、話の流れである程度章構成を纏めます。
 次から原作からの変化点が多くなりますので、その都度後書きで補足説明を入れていきます。

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