エイプリルフールであってほしかった魔法
東京・町田にあるFLT。その北にあった研究施設の跡地には、見るからに高級マンションと言わんばかりの建物が聳え立っていた。名称は「FLTツインタワーマンション」で、上泉家お抱えの土木業者によって半年で建てられた。土地の名義は悠元が持っており、実質的な大家として家賃収入も得る形となる。
下層はFLTの職員・事務員寮として機能することとなり、上層は南側が達也の婚約者、北側が悠元の婚約者たちが住むことになる。そして、悠元は東京に帰って真っすぐ向かうと、そこには見知った顔がいた。
「お、悠元。相変わらず時間通りね」
「エリカ。それにレオも済まないな」
「気にすんな。ま、引っ張り出されたのは事実だが」
実は、レオはFLTで肉体労働事務兼CADテスターのアルバイトをしており、その誼でマンションの下層に部屋を借りることができた。将来はFLTの職員として働かせたい思惑があるのかもしれない。そこにエリカともう一人の女性―――宇佐美夕姫も転がり込んでいる形となるらしい。
「別にいいじゃないの、どうせ暇だったんだし。で、荷物はそこまで多くないのね」
「将来的にはだし、段階的に運び入れないと大変だからな。他の面々はもう来てるのか?」
「そうね」
二人に案内される形で北側のマンションの中に入ると、悠元は一番奥のエレベーターのコンソールに自分の学生証カードを翳すと、ロックが解除されてエレベーターの扉が開く。
このマンションの上層に通じるエレベーターは自身を証明するICチップ内蔵カードが無いと使えないようになっている。今は学生の身分なので魔法科高校の学生証を使用しているが、将来的には国家魔法技能師のIDカードで通す形にする予定だ。
地上40階、地下5階の45階層のうち、21階から40階までが婚約者の為の住まいとなっていて、エレベーターは1階から21階までノンストップで稼働し、後は各階で停まれる様になっている。悠元はそのまま自室がある40階に移動すると、その部屋にはここで暮らす婚約者たちが揃っていた。
「あ、悠元お兄ちゃん! おはよう!」
「おはよう、アーシャ。ミーナはそう拗ねないの」
「一番を取られたからと言って拗ねてないもん」
「普通に拗ねてるんだけどね……」
いの一番に悠元へ抱き着いたのは序列第八位の三矢アリサ。それを第九位の遠上茉莉花が恨めしそうに見ていて、これには第六位のエクセリア・シールズ(帰化して
「お疲れ様、悠元君。沖縄の事件に巻き込まれたと聞いたけど」
「深雪に聞いたんですか……ええ、特に問題はなかったですよ」
「悠元さんなら問題はなさそうですが、敵に少しだけ同情してしまいますね」
「全くじゃな」
第五位の津久葉夕歌からの言葉に誰が伝えたのかを察しつつも返し、その言葉に第七位の一色愛梨が敵を憐れむようなことを呟くと、第四位の四十九院沓子が同意するような言葉を述べた。
愛梨と沓子が第三高校の在籍という部分は変わらないが、将輝のように端末での座学をすることに加え、実技と体育は第一高校のカリキュラムを受講することで単位認定する方向で話が付いているらしい。なので、九校戦では敵同士として戦うことになる。
「お疲れ様です、悠元。エリカと西城君もありがとう」
「気にしないでよ、姫梨。どうせコイツも暇だったし」
「否定はしねえが……悠元、正直助かる」
レオからすれば、同性が誰もいない状態だったので悠元の存在が有難く見えているのだろう。これには苦笑を禁じえなかったが、ソファーに座って姫梨が淹れてくれたお茶で喉を潤した。
「深雪と雫は一緒じゃないんですね?」
「ああ。深雪は入学式の打ち合わせというか顔合わせで学校に行ってるし、雫は北山家で両親と交渉中だ」
来年度の新入生総代である詩奈との打ち合わせのため、深雪は生徒会長として学校に行っている。付き添いは水波にお願いしているので問題はない。雫のほうはこのマンションで住めるように北山家で両親と話しているらしい。
深雪は原作だと調布にある四葉家のビルに居を移したが、ここのセキュリティーは魔法的な部分も相まってそのビルよりも格段に上となる。
「……一応話しておかないといけないことだが、母上の策謀で愛人が三人いる」
「一人は桜井さんというのは知っていますが」
「わしが知っておるのは確か第一高校の保健医だったかの……あと一人は誰なんじゃ?」
「―――司波深夜。俺の婚約者序列第一位の母親だ。彼女は俺の能力を知っているために母上が神楽坂家の専属使用人兼愛人にしたんだ」
驚きとかは見られたが、特に怒ったりするような素振りは見られなかった。寧ろ「そうなっていたとしても不思議ではない」という感じであった。これに関しては遺憾の意を示したい。
「それだけ抱えてもフォローしきれる悠兄も十分凄いけど」
「婚約者が14人というだけでも正直食傷気味だよ……ちなみにだが、序列第十二位のエフィア・メンサーと一桁台、愛人たちにしか手を出していない」
「そうなると、残るのは一条家、七草家と五輪家だけってことね……まあ、理由は分かるけど」
第十位の七草泉美、第十一位の一条茜、第十三位の五輪澪、そして第十四位の七草真由美。各々事情があるだけに手を出していない。別に魅力がない訳ではないが、家の事情が大きく絡んでいるだけに尚更だった。
「……正直、関与しない立ち回りをしたら逆に興味を持たれたことばっかりだ。面倒事なんて御免被るんだがな。下心だって同年代の男子と同じぐらい持ってるわけだし」
「あはは……一線を引いていたからこそ、接しやすいと思われたのかもしれませんね」
「あ、それは分かるわ。千葉の娘だって色眼鏡で見なかったから割と話しかけやすかったし」
「さいですか」
法律以前に道徳の面で大きく逸脱しているし、前世の価値観の一部が残っている為か一夫多妻という状況に中々慣れない。ちゃんと話し合って時間を作ってはいるが、少ない時間で濃密な内容を過ごせてる、と婚約者たちは満足しているように見られた。
「悠元、お前は本当にすげえよ。俺だったら間違いなく逃げてる」
「二人を相手にしているレオも大概だと思うぞ、俺は」
エフィアは今日入居する予定で、雫は4月に入ってからの予定らしい。深雪については司波家との往復を考えて現状維持だが、今後はこちらに居を移すことも想定されるだろう。澪については『十三使徒』という関係で東京の五輪家別邸にいることになり、泉美と真由美は入学式の後になると連絡を貰っている。
レオとエリカが帰った後、どういったことになったのかといえば……引っ越し祝いの軽いパーティーとなり、途中で帰ってきた安宿怜美が持ち込んだ酒類によって、とても表現できない展開となった……倫理的な最終防衛ラインは死守したとだけ述べておく。
◇ ◇ ◇
―――西暦2097年4月1日。
この国において、象徴たる天皇の即位式が執り行われた。その儀式の後、新天皇による護人・十師族当主の任命式が執り行われることになり、その後は迎賓館で臨時の師族会議を開く予定であった。
迎賓館の会議室に揃ったところで、当主達は膨大なサイオンの波動を感知して表情を強張らせた。その中で、先に席に着いていた元継は隣に座る悠元に話しかけた。
「大規模の魔法による想子波動……ロシア方面か?」
「感覚的には間違いないかな……これはまた派手にやったものだ」
悠元が手に持っていた端末には、モスクワ近郊の惨状がありありと映し出されていた。魔法発動地点をモスクワから郊外に向けて移動する正規軍の姿がハッキリと見えていた。
元継は悠元の固有魔法『
現状から導き出される答えは、新ソ連が戦略級魔法を用いて反乱軍を爆撃し、正規軍で追撃を掛けている形だと推察した。その上で、悠元はまず他の当主達に席へ座るよう促した。
「先程の大規模な魔法発動兆候ですが、どうやら新ソ連の首都であるモスクワ近郊で発動した模様です。規模からするに、恐らく新ソ連軍の魔法とみるのが最も可能性が高いでしょう」
悠元は端末を操作して、会議室のモニターに情報を開示する。つい先程の出来事だというのに、それらを瞬時に解析して開示できる技術は現行の水準を遥かに超えている。これを見た三矢元は悠元の固有魔法によるものだと理解しつつ、それを問うような真似は避けつつ、その魔法が使われた背景を口にした。
「確か、新ソ連方面では人間主義者が反体制派と組んで暴動を起こしているという情報を掴んでいますが、今回はその“報復”とみるべきでしょうか?」
「可能性としてはそれが最も高い。尤も、それが片付いた先に我が国へ矛先を向けないとも限らない。佐渡への二度にも亘る侵略未遂行為があるからな」
新ソ連は欧州、中央・東アジアの国々と国境を接するが、因縁の度合いで言えば日本に矛先を向けてくる公算が高い。反体制派の粛清を終えれば、次は攻めきれなかった日本を狙ってくる可能性が極めて高い。
特に現国家元首はかつて悠元に辛酸を舐められた。その悠元が日本の中枢に近い人間だと知れば、敵視して軍を送り込んでくるとみている。これに反応したのは東北西部・北陸を守護する一条家当主、一条剛毅であった。
「上泉殿、また佐渡が狙われる可能性があると仰るのですか?」
「ウラジオストク軍港は使えないが、極東方面の他の軍港は未だに健在だ。オホーツク海の流氷が引いていけば、千島列島・カムチャツカ半島方面の軍を動かすことも可能だからな」
元継からすれば、悠元に敵対する方が計り知れないリスクを背負うことだと判断していた。当人の実力は、稀代の武人と謳われた祖父の技を全て受け継いだだけでなく、魔法もかつて名を馳せた安倍晴明の再来―――『
そんな弟相手に軍隊を送る方が“正気を疑う”としか言いようがなかった。5年前の沖縄防衛戦では、大亜連合の沖縄方面侵攻軍の約8割を彼一人で壊滅させたのだ。そこから魔法と武術を研鑽し、アフリカでは祖父と共に大亜連合の10万の兵をたった二人で退けた。
その気になれば、かつて剛三が成した大漢軍の大虐殺劇すら超えるだろう……と元継は弟を敵視しようとする相手を思わず同情したくなった。自分を引き上げてくれた弟に感謝する意味でも、悠元が敵対する相手に容赦する気など皆無だが。
すると、次に口を開いたのは七草弘一だった。
「それで、この報復に使われた魔法は何なのでしょうか? モニターに映る情報からするに、感覚的には戦略級魔法にも思えますが」
「推測の域は出ませんが、少なくとも『十三使徒』レオニード・コントラチェンコの戦略級魔法ではありません。そうなると、現状魔法の実態が判明していない戦略級魔法『トゥマーン・ボンバ』の可能性が高いでしょう」
モニターには広範囲にわたる爆発の後が見られた。システムの解析結果によると酸素と水素ガスによる結合爆発であるという解析結果が表示されている。
悠元は以前、佐渡上空で『
その事実を口にすると『神将会』のことを話さないといけなくなるため、口に出すことは避けた。悠元の言葉に疑問を持った七宝拓巳が彼に尋ねた。
「神楽坂殿は、新ソ連のレオニード・コントラチェンコの魔法を御存知であると?」
「私ではなく、祖父である上泉剛三からかの人物の戦略級魔法を聞いています。その魔法効果と今回の一件が一致しない為、新ソ連で恐らく判明していない戦略級魔法『トゥマーン・ボンバ』だと推測したまでのことです」
得られている情報を見ても、推定の死傷者数が1万人を下回る可能性は極めて低い。単に反体制派だけならばまだしも、最前線を張っていた正規軍の兵士も少なからず被害を受けている。現政府は反乱軍と繋がりがありそうな疑いがほんの少しであっても、容赦なく粛清したりしている。
ディアッカ・ブレスティーロ大統領との会談の際、ハンス・エルンスト大佐とも会話をした。その際にアリスが『ハンス・エルンストの中に誰かがいる』と教えてくれた。パラサイトというよりも
その彼は一時期新ソ連の国内に潜入していたらしく、ナターリヤ・コントラチェンコとはその時に出会ったらしい。彼女の祖父であるレオニード・コントラチェンコは孫娘の身を案じてハンスに国外への亡命を頼み込んだ。
正直、ほんの少しの疑いで粛清する辺り、現国家元首の書記長の中にヨシフ・スターリンの精神がいたとしても冗談という風に笑えないだろう。
「一番の問題は、新ソ連政府がどういった発表をするか、でしょうね」
「そうですな、二木殿。四葉殿は如何お考えでしょう?」
「反魔法主義の存在はどの国家でも厄介な存在です。新ソ連が公表するにせよしないにせよ、当分は日本海側に目を光らせる必要があるかと思います」
山陽地方を守護する二木家当主こと二木舞衣の言葉に、九州地方を担う八代家当主の八代雷蔵が頷きつつも中部・東海地方を守護する四葉家当主こと四葉真夜に尋ねると、彼女は一番すべきことをハッキリと述べた。
ここに、山陰地方を守護している一色家当主―――
「つまり、我ら一色家と一条家がその最前線を担う公算が高くなるということですか……場合によっては二家の共闘や協調体制を取らねばならなくなりますが、宜しいでしょうか?」
「ええ。他の方々も異存はありませんか?」
一色家は一条家に対する思いはあるだろうが、悠元の婚約者に愛梨が選ばれたことに加えて神楽坂家と一条家のトラブルで一歩抜きんでた形となった。その為、現当主である義道からすれば溜飲が下りた形となり、親族からの圧力も大分弱まったことに感謝していた。
師族会議議長選出の際に一色家が積極的に悠元を推薦したのは、その“恩返し”と言う側面も含まれていたのだった。
悠元の言葉に元継や他の十師族当主も頷いた。
「さて、その方針が決まったところで私から一つ報告があります。先日久米島沖人工島―――西果新島における外国勢力の破壊工作未遂事件についてです」
元々、悠元が総指揮という形で作戦の骨子を務めていたので、誤魔化すのは簡単だった。
大亜連合軍の脱走兵捕縛の要請に基づき国防軍が共同作戦を行い、脱走兵全員を確保して即日国外追放としたこと。パーティーに参加予定だった民間人を拉致しようとした罪状で既に略式命令という形で刑が執行されたこと。
その事実に加えて、今回は慰霊祭の代表として派遣された三矢家代表(悠元)、四葉家代表(達也)が会場に潜入していたオーストラリア軍の魔法師を拘束したという形にした。達也はジャスミン・ウィリアムズおよびジェームズ・J・ジョンソンに『ゲートキーパー』を仕掛けて魔法を封じていたので、その意味では十分功績に値する形とした。
「そのオーストラリア軍の魔法師は?」
「会場に護衛として来ていた警察省の魔法師が私の知己でしたので、身柄の拘束をお願いすることにしました。事件の翌日に略式で国外追放処分にしており、乗せた民間機が無事にシドニーへ到着したことも確認済みです」
明日には、日本と台湾、南アメリカ連邦共和国、インド・ペルシア連邦、アラブ同盟、そして東南アジア同盟による海上経済協定が締結される。そして、その同日には無政府状態であったアフリカに新たな国家が成立する。
激動の時代は、まだ始まったばかりであった。
新章にてございます。
原作だとブラジル軍が『シンクロライナー・フュージョン』をゲリラ相手に使用していましたが、あっさりと戦略級魔法の使用を認めたこととその後のことからするに、十中八九USNA(主にエドワード・クラーク)の圧力があったと思われます。
新ソ連での『トゥマーン・ボンバ』使用に関しては、合理的に戦略級魔法を使用する場面がないかと思案した結果のものです。ぶっちゃけ当初はSSAの国威発揚という形で拿捕した漁船を沈めるデモンストレーションに『シンクロライナー・フュージョン』を使うことで抑止力としての意義を高めるつもりでした。結論から言えばだいたいルーデルのせい(ぇ