僕は吉田幹比古。吉田家は天神地祇の教義に従って神祇魔法―――広義的には精霊魔法を扱う古式魔法の家柄に次男として生まれた。父から聞いた話では、吉田家は神道の名門として知られる「吉田家」の一派ではなく、古くを辿ればどこの村にも一人はいたであろう雨乞いの祈祷師がルーツだったそうだ。
ただ、そんな彼に一つの転機があった。それは、偶々村を訪れていた吉田家の人間が彼を気に入り、自身の娘と婚姻させたのだ。それを結び付けたのがかの剣豪である上泉信綱だったらしい。つまり、元々何の関係もなかったはずが本物の古式魔法の家として成り立ったということになる……というのを、家の蔵書が納められた倉庫を大掃除していた際に見つけた家系図で知っただけだけど。
次期当主である兄よりも喚起魔法に優れ、「神童」と持て囃されて高慢ちきになっていた僕だけど、中学3年の時の「星降ろしの儀」で僕は『風神』を呼び出した兄に対抗しようとして『竜神』を喚起した。その『竜神』の膨大な情報を浴びた僕は魔法の感覚が無理矢理引き上げられ、結果的にスランプへと陥っていた。
魔法科高校に二科生として入った時は、あまり積極的に関わりを持とうとも思わなかった。同じクラスになったエリカもそうだけど、佑都―――当時三矢悠元と名乗った彼が十師族という事実に加えて卓越した魔法技術評価を得ていることに、僕は思わず嫉妬した。
それから、暇と空いている教室を見つけては喚起魔法の練習をしていたわけなんだけど、それがきっかけで柴田さんや達也と出会い、そして悠元と再会した。彼が根本的に変わっていないことに僕の中で抱いていた嫉妬はいつの間にか霧散していた。
父の言い付けで渋々見に行くことになった1年生の九校戦では、悠元は数々の魔法を使って相手を圧倒した。しかも実戦経験のある三高の『クリムゾン・プリンス』を歯牙にも掛けず、モノリス・コード決勝でも彼を完膚なきまでに叩きのめした。
選手に選ばれなかった僕だが、新人戦モノリス・コードの人員不足ということで達也の推薦を受ける形で急遽出場することになってしまった。悠元と達也―――今にして思えば、十師族直系の二人と組むこと自体反則めいたようなものだった。その二人は互いに信頼しており、僕も二人と各々の関係があったから即席チームとは思えない連携を見せることができた。
悠元が古式魔法に関わる人間ならその名を一度は聞くであろう神楽坂家の次期当主となったことに僕は驚きを隠せなかった。十師族の名を捨てることに葛藤は無かったのかと尋ねたが、「あんな柵だらけの名に拘る必要性が皆無だ」と切り捨てていた。
そこについては、きっと現代魔法師としての彼に関わる何かの経験所以なのだろうと思った。その後にエリカから聞いた話で理解することになった訳だけど。
そんな僕も他人事では済まされない転機が訪れた。九校戦後、父から東道家の養子の話が来た。高校卒業までに結論を出してくれればいいので特に急ぎはしない、と言われたけど……横浜での戦闘後、僕はその申し出を受けることにした。
この家に居続けるのは難しいし、兄とは魔法の部分で対抗心を燃やしているとしても、それ以外の部分でいがみ合うつもりもなかった。その辺は力がありながらも三矢の家を離れた悠元に強く影響されたせいかもしれない。
翌年の正月に東道青波入道と直接会うこととなり、その際に同席した達也が四葉家の人間だということを知った。あの『
何せ、悠元も高校入学前まで名を隠しており、それでも国防軍の襲撃を受けたらしい。その辺はエリカが知り合いから聞いた話を又聞きした形になるけど、そのことがあったからこそ達也たちを受け入れることもすんなりと呑み込めた。
その一方、青波入道の娘である佐那さんから猛烈にアピールされ、彼女の策略で柴田さんと彼女の二人と関係を持ってしまった。悠元から『もしもの時の保険』として魔法を教わったとはいえ、僕は堕落するわけにはいかないと心に誓った。
何せ、複数人からアピールされても実力を保持するどころかさらに研鑽している前例が僕の近くにいたのだから。
◇ ◇ ◇
任命式後の臨時師族会議を終えた後、悠元は一度司波家に戻って第一高校の制服に着替えると、そのまま学校に向かった。あと数日で最上級生の三年生となるわけだが、感慨深いものというよりは季節ごとに厄介事を背負っているような気分であった。
何せ、1年の春に『ブランシュ』、夏は『
四季折々という言葉を決して当て嵌めたくないラインナップを今までよく乗り越えられた、と自分の中で太鼓判を押したい気分だった。
物語が平凡であればあるほど面白みがないというのは創作物の宿命だが、いっぱしの人間が求める人生なんてその対極に位置する平穏な人生なのだ。この考え方は前世で受けた経験によるものが大きいのかもしれないが。
それにしたって、これまでの国外絡みだと大亜連合や新ソ連、USNAにイギリス(オーストラリア)、ドイツやフランスと話題に事欠かない。別に望んでいるわけではないし、大体向こうの被害妄想に巻き込まれているようなものだ。
今までの歴史から見れば、死傷者数だけでみれば三度の世界大戦が顕著だが、欧州での戦争の数とそれ以外の地域での争いを比較したら雲泥の差になりかねない。
入学式の仕事は基本的に生徒会役員の領分の為、そこは生徒会長である深雪や生徒会役員の達也と水波が受け持つところだ。
風紀委員会や部活連はどうしてもフォローしきれない新入生の経路誘導(道案内)などの雑務をこなすことになるのだが、悠元の場合は深雪のフォロー役として買われていた側面があるために昨年同様生徒会の手伝い要因として駆り出される形となった。
その最大の理由は、今度の新入生総代が三矢家の人間という部分に起因していた。悠元は生徒会室の前に立つと、ベルを鳴らした。
「神楽坂だ。入っても宜しいか?」
『はい、遠慮せずにどうぞ』
悠元が中に入ると、生徒会の深雪と達也、水波と泉美の四人。風紀委員会の幹比古と香澄(香澄は総代と顔見知りなので駆り出された)の二人。そして、新入生総代こと
「お兄様、お久しぶりです!」
「ああ。嬉しいのは分かるが、これからはちゃんと先輩と後輩の区別は付けるように」
「はい、分かっております」
ますます女性として魅力的になっている詩奈の感触をその身に感じつつ、詩奈の頭を撫でた。いくら転生した身とはいえ、遺伝上は同一の親を持つ実の兄妹。なのでいくら詩奈が綺麗になったところで欲情するわけにはいかない。
一時期のブラコン度合いから見れば大分マシになったが、それでも自分に対するスキンシップは変わらない。それを彼が嫉妬するわけだが、明らかに非生産的なことでしかない。
周囲からは生暖かい目が向けられているが、深雪から「羨ましい」という言葉が漫画の吹き出しで出て来そうなぐらいの笑顔を向けてきている。それを察したので、そろそろ離れるように言い含めると、詩奈も深雪の様子を理解したようで距離を置いてくれた。
「というか、イヤーマフは付けたままなんだな。聴覚のほうは克服したと思ってたんだが」
「だって、お兄様がくれたCADですから」
自分と詩奈が持つ異常聴覚―――本来人間が聞こえる範囲外の音まで拾ってしまう。これは魔法の知覚力が向上してきたと同時に表面化してきた現象で、それこそ対策なしで音に溢れた都会に出ようものならば、精神が狂いかねないほどのものだ。
診断してくれた魔法研究者は「自身の聴覚を常時強化する魔法を、無意識に行使している」と診断したが、魔法の兆候は見られなかったという。この時点で、サイオンに聴覚の機能を増幅させるという情報が認識されていないということになる。
固有魔法『
どういうことかというと、魔法師は周囲のサイオンを認識して魔法を行使するが、大半の魔法師は自身の周囲にあるサイオンに内包された全ての情報を認識しているわけではない。
それは、魔法師の根幹となる『リンカーコア』の持つセーフティーによって無意識的に取捨選択を実行している。それと、身体を保護する『情報強化』の防壁が無意識的に発動しているため、普通の魔法師ならば魔法力を高めていけばおのずと周囲の情報からの防御力も上がる。
だが、先天的に魔法の感受性が高い人間はその防御力が
分かりやすいのは自分や詩奈の異常聴覚。仮に魔法で聴覚を制御しようとした場合、物理的な音の減衰はメリットとなるが、デメリットとして魔法に対する感覚まで鈍くなってしまうのだ。
より詳しく調べた結果として、魔法師を守る『情報強化』が周囲の環境に対して防御面の過剰反応を起こし、『リンカーコア』にサイオンとプシオンが流れ込むことで常時活性状態を引き起こす。『リンカーコア』の内部で蓄積して情報過多となった二つの非物質粒子は、想子体に流れ込んで感覚の過剰反応を発生させる。その過剰な情報が肉体の五感にまで影響を与えることで感覚の異常活性を生み出していた。
プシオンで構成された精神体と実体の肉体、それを繋ぐ想子体のバランスが最も重要視されることになり、古来の術者たちが厳しい修行を積むのは魔法を安定して使う精神力だけでなく身体を鍛えることも重要だと理解しているためだ。尤も、現代魔法において魔法師としての根幹そのものが蔑ろにされているわけだが。
閑話休題。
悠元自身、イヤーマフ無しの生活に至るまでに3年は掛かった。何せ、手探り状態から魔法知覚力の感覚制御をするという羽目になった。その経験と知識を詩奈にも教えたことで、彼女も2年で克服していた。だが、悠元からくれたイヤーマフ型のCADはメンテナンスやオーバーホールを繰り返しつつも大切に使っていた。彼女が長いこと使ってくれるようにサイズ調整機能も付けてはいたが、よもや10年近くも愛用してくれるとは想定外だったのだ。
その間に色々魔改造を施しており、FLTが販売した思考操作型CADのテストシステムを組み込んでいたりする。これは詩奈が長時間使用することで外耳に負荷がかかることを見越してのものであり、雛型自体は沖縄防衛戦の後で既に完成していた。
「詩奈がそうしたいならそうしててもいいよ。この学校でそれを咎める奴なんざいないだろうし」
「……ちなみにだけど、昨日お父さんからお姉ちゃんたちのことを聞いた」
「……詩奈。それは俺も歩んだ道だから」
詩奈が言いたいことを察し、「何とかなる」と言いたげに彼女の頭を撫ででやった。
その上で、悠元は深雪に視線を向けた。
「ところで司波生徒会長、打ち合わせは終わったのか?」
「はい。泉美ちゃんが頑張ってくれましたので」
「それほどでもありません。深雪先輩や悠元お兄様のお手を煩わせてはいけないと思ったまでですから」
悠元と詩奈の上―――総代経験者である元治、元継、詩鶴、佳奈、美嘉の五人が詩奈にアドバイスしていたらしく、答辞の内容も入学式として相応しい出来栄えだった。深雪は泉美を労うが、泉美はこの程度など苦でもないと言い切るように断言していた。なお、2年生の入学式以降の話だが、泉美は七草の姓を捨てて六塚の姓を名乗る。表向きは六塚家現当主の養女となるため、燈也とは義理の叔父・姪という関係になる。
それは置いといて、打ち合わせ自体は既に準備を終わらせていたこともあって予定の時間よりも半分で済んでいた。在校生組はこの後も打ち合わせがあるが、詩奈はこれでお役御免という形になる。
すると、詩奈が思い出したように足元のスポーツバッグからピクニックに持っていくようなバスケットを取り出した。
「あの、折角だからとこんなものを作ったのですけど」
中には片手に乗るぐらいの大きさのパンケーキサンドが一つずつワックスペーパーに包まれた状態で入っていた。
三矢家は使用人の矢車家の人が料理などを担当するのだが、悠元は手先を鍛える意味で元の執事である矢車仕郎に教わっていた。北海道の矢車本家で居候中は長期休みの時だけ教わる形だが、その様子を興味本位で詩奈が見ていることがよくあった。
悠元が三矢本家に戻ってきてからは詩奈も手伝いという形で学ぶようになり、花嫁修業の一環と言うことで佳奈や美嘉も加わっていたし、侍郎も矢車家の人間として学ぶようにと手伝いをさせられていた。
なお、三矢家夫人こと詩歩から見た菓子類の出来栄えの評価は「悠元がプロも認めるほどにずば抜けて、詩奈がその次でしょうね」とのことで、これには悠元が不満を漏らしたのは言うまでもない。
「うわ、今日のも美味しそう!」
「詩奈ちゃんは本当にお菓子を作るのが御上手なんですね」
「それほどでもないですよ。お兄様には及びませんので」
香澄と泉美の誉め言葉に謙遜を示した詩奈。それを聞いた深雪の視線が悠元に突き刺さるのを感じた達也は悠元の肩に手を置いていた。すると、幹比古が悠元の手に持っていたものに気付いた。
「そういえば悠元、その包みは何だい?」
「これか? 詩奈に持たせるものというか、生真面目に護衛をやってる弟分への“差し入れ”だよ」
実は司波家へ帰る前に食材を適当に買い込んで、ほっといたら適当に食事を済ませてしまう弟分への弁当を作ったのだ。詩奈から渡せば彼も断らないだろうと踏んでのものだった。
「あ……侍郎君には私からちゃんと渡しますし、全部残さず食べさせますので」
「いや、普通の出来栄えの弁当だから……」
「悠元お兄様の手作りの弁当……」
その会話だけで弁当が悠元の手作りという事実を周囲の人間が知ることになるわけだが、そこに食いついてきたのは言うまでもなく泉美であった。その一方、どう反応すべきか分からない表情をしているのは深雪だった。
「深雪姉さま?」
「何故かしら……羨ましい気持ちとズルい気持ちが共存しているのよ」
「……(まあ、分からんでもないな)」
菓子作りだけでなく、料理も一級品の出来栄えのものを生み出してしまう神楽坂家現当主。まるで魔法の如く美味しいものを生み出す彼に嫉妬のような気持ちを抱いてしまう深雪の気持ちが少しばかりわかるような気がした達也であった。
前半部分は幹比古の独白、後半部分は打ち合わせも含めてのものとなりました。
人の胃袋を支配する戦略級魔法師の図。