魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

378 / 551
ラグ無き事態の発露

 戦略級魔法に対する感情が噴き出す為の火種が燻ぶっていたのは、何も今に始まった事ではない。魔法に限らず、新たなものが生まれるということは古きものとの対立を生む。宗教・習慣・文化・言語―――果ては人種に至る多様な変化は、そういった対立の名残によって生じたものだ。

 反魔法主義の運動は、単に魔法という存在に恐怖しているだけでなく、現在の社会に対する不平不満のはけ口として機能していた。核兵器に成り代わって政府がコントロールできる“兵器”というのが、魔法を使うことのできない人々にとっての納得しうる前提であった。

 

 だが、今回新ソ連が使ったと思しき兵器が“戦略級魔法”という推測は、瞬く間に全世界を駆け巡った。その根拠として挙げられたのは、成層圏プラットホームで検知された大規模の魔法発動の発動兆候とその痕跡に他ならず、日本はもとよりUSNAや東西EU、インド・ペルシア連邦、アラブ同盟、そして南アメリカ連邦共和国の政府高官が相次いで『新ソ連が戦略級魔法に相当する大規模の魔法を使用した』という見解を発表した。

 ここまで多くの国が相次いで見解を発表するなど異例のことだが、この背景にあったのは世界群発戦争で永らく無政府状態となっていたアフリカ大陸に新たな国家が成立したことだ。

 

『今日のこの日を、我々は決して忘れてはならない。今こそアフリカの地を我々の手で豊かにせねばなるまい!』

 

 エジプトとモロッコ、フランスが領土としているニジェール・デルタ以西の地域を除くほぼ全ての国家を統合し、アフリカ民主主義共和国連邦(以後はアフリカ連邦と呼称)が成立。首都は南アフリカ共和国(20世紀において白人優先政策から解放された名残で選ばれた)の首都であったケープタウンとし、更にはサハラ砂漠の耕地化計画を大々的に発表。

 この技術供与にオーストラリアの全面協力を受けてのものだと発表しただけでなく、永らく鎖国政策で国外に出ることのなかったオーストラリア首相と握手を交わす様子がリアルタイムで全世界に放映された。

 

 それと時を同じくして日本、台湾、インド・ペルシア連邦、アラブ同盟、東南アジア同盟、南アメリカ連邦共和国、そしてオーストラリアとアフリカ連邦による紅海とインド洋・南シナ海の海賊対策を主眼とした大洋南部経済連携協定(Southern ocean Economic Partnership Agreement:SEPA)―――通称:横浜協定が締結された。この協定によってオーストラリアは東南アジア同盟へ加盟することになり、アフリカ連邦はアラブ同盟、インド・ペルシア連邦と友好条約を締結して魔法技術の全面的なバックアップを受けることとなる。

 

 世界情勢の変化と新ソ連で戦略級魔法が使用されたという各国の見解。これらの要素が戦略級魔法に対する心理的障壁の崩壊を促す引き金となり、それを理解した人々はヒステリックにも近い反応を見せることとなった。

 幸いにして、日本では大々的な改革とテロリストの摘発でその芽は限りなく摘み取られてしまったため、顧傑に関する事件以降は完全に小康状態となっていた。だが、日本の外では楽観視など許されない事態が起きていたのだった。

 

 ―――西暦2097年4月2日。

 

 入学式の準備で出掛けた深雪と達也、水波を見送った悠元は司波家で客人を迎える支度をしていると、丁度呼び鈴が鳴ったので玄関に出向く。扉を開けると、そこにはリーナがいた。

 

「呼び出して済まないな。達也たちは学校に行ってていないが」

「まあ、そういう時期ってことはセリアから聞いてたから。えっと、お邪魔します」

 

 達也と深雪には事前にリーナを司波家へ招き入れることを話している。悠元はコーヒーを淹れてソーサーとカップをテーブルに置いた。リーナがコーヒーを一口付けてカップを置いたところで声を発した。

 

「それで、わたしに話って? 達也や深雪に聞かせたくないことなの?」

「聞かせたくない訳じゃなく、一先ずリーナには先んじて知ってもらいたい情報だからな。キャビネット、コード“タイタン”オープン」

 

 悠元の言葉でモニターの電源が入り、そこにはUSNAの情報が表示された。司波家の情報端末には悠元が2つのコードを仕込んでおり、“イクシオン”は国内・国防軍の動きを把握するための情報収集システムが、“タイタン”は国外の情報を収集するための機構が備わっている。仮に『フリズスキャルヴ』もとい『エシェロンⅢ』で覗こうとも、特殊な暗号記述によって解読するにも最低で10年以上は掛かる代物となっている。

 悠元が手元に仮想コンソールを表示させて、必要な情報を表示していく。

 

「現地時間の昨日10時前、こっちの時間で今日の真夜中のことだが、北メキシコ州モンテレイで大規模な反魔法主義団体による暴動が発生した。これを鎮圧するために州軍が出動したんだが、一部の兵士が反発して発砲。その面々は暴徒に合流してしまった。発砲による死傷者は出ていないようだ」

 

 北メキシコ州というのはメキシコがUSNAに吸収された際に出来た行政区分で、北回帰線以北でバハ・カリフォルニア半島を含む北メキシコ州、メキシコシティを中心とする南メキシコ州、テワンテペク地峡からユカタン半島にかけての東メキシコ州に再編されていた。

 

「州軍(ナショナルガード)が暴徒に合流!? 何でそんなことが起きたの!?」

「その原因なんだが、どうやら州軍と一緒に『ウィズガード』が出動していたようだ」

「反魔法主義の鎮圧に低レベルの魔法師で構成されたウィズガードをって……そんなの、火に油を注ぐ様なものじゃないの」

 

 州軍(ナショナルガード)は州政府に所属する、“魔法師兵力を含まない”治安維持部隊。

 ウィズガードはスターズ()()になれなかった低レベルの魔法師を集めて結成された、連邦政府指揮下の国内向け治安維持部隊。

 同じ目的の部隊とはいえ指揮系統が異なり、しかも魔法師部隊とそうでない部隊が反魔法主義の鎮圧に乗り出そうとした……明らかに指揮系統の連携が取れないことを分かっていながらやったとした思えないお粗末さだった。

 

「一体誰がそんな命令を出したのよ。わたしでも流石に止めるし、セリアなら犠牲を伴ってでも制止するわ」

「そこまではまだ調べがついていない。だが、明らかに拗れると分かっていて『ウィズガード』を派遣した節があるのは間違いない」

 

 何せ、USNA国内の人間主義の矛先を同盟国に向けさせるためにテロリストすら利用する連中だ。政府の人間すべてがそうであるという断言はしないが、軍部には未だ悠元や達也の戦略級魔法を排除しようと目論む人間がいるのも事実であった。その事実からすれば、国内の反魔法主義を焚き付けることで自らも被害者だと見せるアピールが出来る。

 

「それってどういうこと?」

「暴徒に合流した兵士は魔法師に否定的な思想を持っている者が多いようだ。なので、反魔法主義の暴動に対して穏便に鎮圧しようとしたのだろう。暴動を起こした側とも意思疎通が出来ていたようだ」

「そこにウィズガードがしゃしゃり出てきて、余計に拗れたと?」

「そういう解釈になるだろうな」

「バカじゃないの……」

 

 ウィズガードの名称が「ウィザードガード」を縮めたものであり、『善の賢者』というニュアンスを持つウィザードの名が泣くだろう、という意味合いを込めたリーナの愚痴に悠元も苦笑を禁じえなかった。すると、リーナは気になることを尋ねた。

 

「ねえ、スターズは動くのかしら?」

「ふむ……流石に暴徒の鎮圧には加わらないが、包囲されているウィズガードの救助任務として動くようだな。ベンジャミン・カノープス少佐がそのリーダーとして派遣されるみたいだ」

「ベンなら適切な人選をするので問題ないわね」

 

 モンテレイの主要行政機関は暴徒と叛徒の手に落ちている為、場合によっては他の州から応援として州軍が派遣されることになる。流石に魔法師部隊を必要以上に派遣してこれ以上感情を悪化させるのは回避したいようだ。

 

「……リーナ。今回の一件だが、恐らくウィズガードを派遣するよう指示した人間と反魔法主義を焚き付けた人間はほぼ同一の存在、あるいは同じ派閥に属する軍部の人間の可能性が極めて高い」

「……えっ!? どういうことよ!?」

 

 原作だとブラジルの戦略級魔法使用の公言が遠因となって起きているわけだが、タイムラグが僅か17時間という短い期間で二つの事象が連動するように動くなど考えづらい。

 仮にモンテレイの暴動が突発的に起きたとして、緊急出動が真っ先に掛けられるのは州軍が最優先となり、万が一魔法による被害が増えるようならばウィズガードの派遣、それでも鎮圧がダメな場合はスターズにまで話がいけばいいのだ。

 今回の場合、新ソ連で魔法が使われたのが式典後の臨時師族会議の直前なので10時ごろ、暴動が起きた時間を考えるならばほぼ同時のタイミングで起きたことになる。

 

「仮に今回の暴動が新ソ連で使われた大規模魔法を遠因とした突発的なものだとしたら、タイムラグがほぼない状態で起きたことになる。新ソ連のスパイが引き起こした可能性もなくはないが、仮にそうだとしたら何もメキシコじゃなくてワシントンやニューヨークで暴動を起こせばいい話だ。モンテレイで起こす意味があるとしても、USNAが西海岸へ視線を向けることになって新ソ連にとっては逆効果でしかない」

「まあ、それは確かに……」

 

 そもそも、原作のブラジルがいくら劣勢とはいえ『シンクロライナー・フュージョン』を使った際の影響がどれほどになるかなど分かり切った話だ。政府の人間も反魔法主義の悪影響を考慮して反対意見もあっただろう。だが、ブラジルは『シンクロライナー・フュージョン』を使用し、それを武力解決の手段として公言した。

 

「突発的な暴動なら北メキシコの州軍でいいし、もし人手が足りなければ他のメキシコ州から応援を寄越してもらえばいい。反魔法主義者に魔法を使う人間がいるとなれば、その段階でウィズガードかスターズを派遣して鎮圧に乗り出せば被害が少なくて済んだはずだ。そうしなかった結果として、モンテレイの主要行政機関は暴徒たちに占拠されてしまったようだからな」

「なんてことなの……」

 

 そこまで強気でいられた理由を考えるとするなら、誰かがブラジルの戦略級魔法の使用に後押しをした可能性が極めて高い。それも、ブラジルが無視できないほどの影響力を有する人物か存在が。

 更に付け加えるとするならば、被害の隠蔽に対してあっさり梯子を外すことで反魔法主義を煽り立てようとすることが出来る人物。

 その行動によって、誰が一番得をするかを考えた際……それらの事象の先にある計画(プラン)でこの国の戦略級魔法を排除できると睨んでいる存在しかいない。

 

「じゃあ、仮に悠元が言っていることが本当だとして、その黒幕は何が目的なの? 態々自国の反魔法主義を焚き付けるだなんて、下手すればUSNAにも少なくない傷を負うことにもなるというのに」

「『灼熱と極光のハロウィン』―――それに用いられたこの国の戦略級魔法の排除。どうにも海の向こうの軍人連中は諦めてないらしい」

「一時でも被害者面をして、そこから魔法師を救う神様気取りになるって……わたしも無関係でいられない話じゃないの」

 

 原作だと大々的に謳われたあの計画には“重大な欠陥”が存在する。その事実に彼が気付いて修正するようならば更に対策を考える必要はあるが、こちらからすれば押し売りの名誉など必要ない。

 それに付随する厄介事やトラブルを経験した身からすれば、たかが高校生に大の大人が『大人気ない』ことをしている時点で恥ずかしいと思わないのだろうか、と言いたい。

 

 それでも説得してくるようならば、誰の目から見ても分かる“実利”を提示してもらわないと話にならない。誇りで腹を満たせる生き物がいるとすれば、それは最早人間ではなく“仙人”と呼称すべき存在であるのだから。

 

「まあ、多分リーナはどう足掻いても巻き込まれる可能性が高いだろう。何せ、スターズの軍籍は抜かれても『アンジー・シリウス』の軍籍は残ったままなんだろうし」

「何で知って……いや、悠元なら掴んでいてもおかしくないわね。その通りよ。じゃあ、わたしがまたUSNAに戻される可能性があるってこと?」

「USNAの人間かつ軍部に属している人間で四葉と繋がりがあるのはリーナとセリアだ。ダラスが解体されていない以上、パラサイトの件が再発する可能性もゼロじゃない。最悪スターズ全部がパラサイト化することも想定しておけ」

「……そんな未来になったら、私は本気でUSNAを見限るわ」

 

 原作では『スターダスト』と『スターズ』の一部がパラサイト化による影響を受けている。この世界の修正力を考えた際、最悪のシナリオ―――USNA全てがパラサイト化することを考慮して動くことも考えなければならない。だが、パラサイトの場合はそれが限りなく出来ない状態になっているとみられる。

 その根拠は『アリス』から齎された情報。パラサイト憑依にかかるコストが大きすぎるために、憑依自体を乱発できないだけでなく、憑依に適した想子構造体を有する人間でないと適合できないとのこと。

 それと、マイクロブラックホール発生時の憑依は一時的に重力の壁が開いた状態の為にパラサイト側が無尽蔵のエネルギーを自由に使えるため、そこまでのリスクが生じない。だが、一度憑依するとプシオンの総量が憑りついた対象の容量に依存してしまい、場合によっては自身の仲間を増やすのに必要なコストが跳ね上がる。

 パラサイト事件で彼らが無秩序に仲間を増やせなかったのは、この部分が大きく影響しているためだ。

 

「何にせよ、向こうの軍部や愛国者たちは諦めていないし、顧傑を焚き付けたのはUSNAの政府関係者だし、反魔法主義の勢いはこの国だと弱い。欧州方面ではデモも起きているようだ」

「今サラッととんでもない事実が出たんだけど……あのジード・ヘイグを焚き付けたのがステイツの政府関係者って本当?」

「ああ。ベンジャミン・カノープス少佐の親族であるケイン・ロウズ氏をはじめとした一派がな。盗まれた兵器の残骸は神楽坂家のほうで全部回収した上、それを廃棄した連中から裏付けは取れている」

「……わたし、このまま日本に居続けたいわ。寧ろ帰化したい」

 

 リーナからすれば、身内の処分をしたカノープスに同情しつつも、まさか祖国の内部でマッチポンプをして同盟国の日本を貶めようとした事実に本気で頭を抱えたくなっていた。こうなると、セリアから持ち掛けられていた話を受け入れるのも一つの手ではないか、と思い始めていた。

 




 原作だとブラジル→メキシコという連鎖反応でしたが、今回の場合はタイムラグがほぼ無しとなってしまうため、『誰かが唆して暴動が起きた』という体にしました。そもそも、こんな暴動になるまで芽を摘み取らなかった連邦政府側の怠慢もあるわけですが。
 アフリカの国家樹立ですが、大半が無政府状態になっているのでいくつかの州に分割した上でそれを統一した国家形態として樹立させる方式です。名称がソ連っぽくなったのは仕様です。未だに国家として残っている部分はエジプトとかモロッコとかフランスの領土となっている部分を省いて全部吸収合併した形になります。
 理由:一々境界線とか考えるのが面倒だから(ぇ
 横浜協定に入っていない主だった面々(原作で絡む部分)の理由ですが、

大亜連合→火事場泥棒に説明の必要ある?
新ソ連 →野蛮人に説明の必要なし
USNA→同盟国相手に戦略級魔法を躊躇いなく使う破落戸
西EU →主にイギリスのせい
東EU →主にドイツのせい
スイス →中立国だし遠い
北欧  →流石に遠すぎる
トルコ →面しているのが地中海・黒海なので、ギリ範囲外

 とまあ、こんな感じです。
 ふと思ったことですが、この世界の自然災害ってどこまで発生しているか分からないんですよね。オーストラリアは出てきても、その近くにあるニュージーランドの陰が一向に見えませんし。

 そういえば、エドワード・クラークの記述が原作21巻で触れられていて、国家科学局と国家安全保障局が同一のイニシャルを持っているようで、どうやら別の組織として存在しているようです。
 ただ、国家科学局が国家安全保障局の『エシェロンⅢ』を隠す為に使われている側面があるのは事実みたいです……文面を見る限り、エドワード・クラークは新世界の神にでも成り上がろうとしているようにしか見えませんでしたが。
 以前触れたところは一応齟齬がない程度に修正しました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。