魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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シュミットの懐疑、コントラチェンコの懸念

 東EU―――ドイツ連邦、ベルリン。現地時間4月3日10時30分、日本時間同日17時30分。

 ベルリン大学(ベルリン自由大学より改称)では、魔法共存派と魔法排斥派の学生たちが各々デモ隊を結成し、校内で衝突を繰り返していた。現状暴力的な行為に及んでいるような様子は見られないが、口喧嘩とも言える罵り合いがいつエスカレートしてもおかしくないと誰もが思っていた。

 排斥派はともかくとして、共存派の受け容れてやるべきだという主張を聞くに、魔法師からすればどちらの論調にも加担したくないと嫌悪感を示す有様だった。

 

 口論が最早論理的とは言えない口げんかに変容した有様を、大学教授の一人で『十三使徒』の一角を担うカーラ・シュミット教授はモニター越しに見ていた。窓際でそれを見ようものならば、何かを投げつけられるかもしれないと思っての行動だった。

 銃弾どころか砲弾が飛んで来てもおかしくはない……そう苦々しく思いつつモニターから目を離したところでヴィジホンの呼び出しサインが瞬いた。シュミットは音声で遠隔操作するのではなく、自らの手でコンソールを操作した。

 

『おはよう、シュミット教授(プロフェッサー・シュミット)。ご機嫌は如何ですかな』

マクロード教授(プロフェッソア・マクロード)……ご無沙汰しております。私はお陰様で、()()()()()健康です」

 

 モニターに映る人物―――ウィリアム・マクロードの挨拶に対してシュミットの言葉に少しの間があったのは、彼と連絡を取るのが随分と久しぶりだったからだ。だがすぐに、シュミットは何気ない表情で応えた。とはいえ、言葉で「精神的に参っている」と吐露してしまったのは、相手が同じ『十三使徒』だからということもあったのかもしれない。

 

教授(プロフェッソア)は如何ですか? こちらの学長から聞いた話では、この度ケンブリッジ大学の客員教授として着任なされたと伺っております」

『これはこれは、既にご存知でしたか。私の方も特に悪いところはございませんよ。大学教授に関しては我が国の女王陛下より仰せつかった大任でもありましたので』

 

 既に若くない年齢であるマクロードを大学教授に就任させたのが他でもない英国の若き女王と聞いたシュミット教授は、彼の有用性を重んじてのものだと推察した上で言葉を続ける。

 

「そうだったのですか。学長は貴方の我が国における教授資格が失効していないので、是非我が大学に招聘したかったと愚痴を零されておりました」

『それを仰るならば、貴方ならば我がブリテンの大学もこぞって歓迎することでしょうな』

「それで、教授(プロフェッソア)は如何なるご用件で連絡を頂いたのでしょうか?」

 

 シュミットは挨拶もそこそこに本題を投げかけた。互いに『十三使徒』―――国家公認戦略級魔法師である以上、彼が一体何の用件を持ち込むつもりなのかが気に掛かった。マクロードも下手な前置きは彼女の機嫌を損ねると考慮したのか、少し考えた後に言葉を切り出した。

 

『シュミット教授、我がブリテンに亡命いたしませんか?』

「……それを正気で仰っているのですか?」

『無論、本気でお誘いしております』

 

 マクロードの提案に、シュミットは正気の沙汰を疑った。だが、彼の表情からするに本気であるということは言葉にせずとも理解していた。

 だが、彼女の立場がそれを許される状況に無かった。

 個人で国の防衛を支えている存在。『灼熱と極光のハロウィン』以降、それが強まっているのも事実。しかも、先日新ソ連のモスクワ近郊で使われた大規模魔法の行使のことを鑑みれば、それに程近い東EUにその矛先が向けられるとも限らない。そんな状況下でのうのうと亡命など許されるはずがない。

 

「冗談でないなら、余程性質が悪い冗談にしか聞こえません。私や貴方の立場では亡命など許されるはずがないでしょう」

 

 ただでさえ戦略級魔法師であるシュミットの価値がより高まったのは、この国で誕生してしまった“怪物”の存在があった。

 名はハンス・エルンスト・“ルーデル”。『灼熱と極光のハロウィン』の後、彼はまるで何かに憑りつかれたかのように別人のような有様となった。軍からの報告では『ハンス=ウルリッヒ・ルーデルが憑りついた』という不可思議極まりないものであったが、新ソ連における潜入作戦で彼が破壊した新ソ連軍の兵器の報告書を見た瞬間、シュミットは目の前が真っ暗になって倒れ込んだほどだった。

 

 20世紀におけるドイツのエース・オブ・エースを彷彿とさせる戦果。その彼が帰国した際にシュミットは当人と出会ったが、明らかに気苦労を背負い込んだと目で分かるような雰囲気を漂わせていた。

 その彼を新ソ連対策の一環で南アメリカ連邦共和国に送るという政府の判断に、シュミットは素直に賛成した。その時に述べた意見は「戦略級魔法師の私ですら卒倒した戦果を叩き出した彼は、この国で制御できるとは思いません」と正直な気持ちを吐露した。

 

『そちらでは学生同士が激しい口論の応酬を繰り広げているようですね』

「ご存知でしたか……メディアの取材はお断りしている筈なのですが」

『人の口には戸が立てられません。騒ぎともなればメディアはあらゆる手段で嗅ぎ付けるでしょうから。その意味で、今のドイツは貴方にとってあまり居心地のいいものとは思えませんが』

 

 ハンス・エルンストを国外に亡命させたのは、ドイツが仮に二人目の国家公認戦略級魔法師として彼を任命した場合、過剰に反応するのは間違いなく新ソ連と西EU―――イギリスになるとドイツ首相が推察し、シュミットもその意見に賛同した。

 更に付け加えると、そこに『灼熱と極光のハロウィン』で三つの戦略級魔法を有する形となった日本の影響が大きかった。昨年のドイツのローゼン・マギクラフト社による“御家騒動”により、独日間の経済交流が一時ストップしたのだ。結果的に経済交流自体も再開されたが、日本側から厳しい目を向けられる形となったことに変わりはなかった。

 

「ハッキリと仰りますね」

『ですが、現実を一番直視しているのは魔法の平和利用を考えていた貴方ではありませんか?』

 

 実際、ドイツ国内では魔法師の権利を徹底的に制限すべきだと主張する人種主義の亜流思想を掲げる政党が若者の支持を集めていた。論理的思考を放棄して扇動に身を委ねる若者の姿に、同じドイツ人として見るに堪えないとシュミットは辛そうに表情をゆがめた。

 だが、そんな様子もお構いなしにマクロードは言葉を続けた。

 

『軍部でも「魔法は国家の力」として影響力を高めてはおりますが……我がブリテンは幸いにして、早い段階から反魔法主義を取り締まってまいりました』

「それは単に反魔法主義者を隔離しただけに過ぎませんか。日本のように封じ込めるには至っていないと聞いております」

『そうですね。だからこそ、かの国は恐ろしいのです』

「……教授(プロフェッソア)。よもやとは思いますが、日本を貶めようなどとお考えではありませんか?」

 

 シュミットが出した国の名に対して呟いたマクロードの『恐ろしい』という言葉から、彼女は嫌な予感が過っていた。

 先日、日本の久米島沖人工島で起きたテロ未遂事件のことはシュミットも政府からの情報で知り得ていた。その中にはハンス・エルンストも協力していたことからして、「彼も気苦労が絶えないな」と思わず内心で同情の念を禁じえなかった。

 そして、その事件を起こしたのは大亜連合香港方面軍の脱走兵とオーストラリア軍の魔法師……そのどちらもイギリスが十分関与出来てしまう可能性が高い実行犯であった。

 

 当時パーティーに参加していたフランス経由で伝わった(旧EU諸国には友好を示す意味で送られた)報告書の中には、オーストラリア軍の魔法師が戦略級魔法『オゾンサークル』を使用した痕跡がある、と記載されていた。

 オーストラリアと深い因縁がある国などイギリス以外に考えられないし、元々旧EU諸国でしか共有していなかった戦略級魔法がイギリス連邦の構成国家とはいえ欧州以外に渡ってしまったということになる。

 イギリス政府は『原因追及の為に調査する』としているが、シュミットはこの一件にウィリアム・マクロードが関与していると睨んでいた。そんな彼からの提案など、裏に何かあると思ってしまうのは自明の理であった。

 

「……ご提案は大変ありがたいですが、やはり今の私はこの国を離れる訳には行きません」

『そうですか。ですが、もし研究者として生きることが難しくなれば、いつでもご連絡をください。その際は我が国の女王陛下に掛け合いましょう』

「お気持ちだけ受け取っておきます」

 

 シュミットはそう言ってマクロードの返答を待たずに通信を切った。

 もし、仮に亡命するとなれば……その時はイギリス以外の選択肢を選ぶことになる、とシュミットが内心で呟いたところで建物の外を映したモニターに目線を向けると、学生同士が取っ組み合いを始めた所であった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 新ソビエト連邦黒海基地。4月4日11時、日本時間同日17時。

 レオニード・コントラチェンコ少将は、モスクワから特別な客を迎えていた。

 

「閣下、ご無沙汰しております」

「こちらこそ。ベゾブラゾフ博士、ご来訪を歓迎しますぞ。先日の殲滅作戦が成功したと聞き、安堵しました」

「恐縮です。それも閣下がこの基地の部隊を動かし、反乱軍の包囲に成功したのが一番の勝因であると存じています」

 

 コントラチェンコを尋ねてきたのは、まだ四十代という若さでありながら新ソ連科学アカデミーにおいて魔法研究の第一人者として認められ、国家公認戦略級魔法師『十三使徒』の一角を担うイーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフだった。公的な立場は一科学者ながらも、実質的な発言力は国防大臣を凌駕するとも言われている。

 その特別性で言えば、コントラチェンコも似たようなものだ。彼も『十三使徒』に名を連ねる一人で、黒海基地の人員と物資を自由に使える権限が与えられているが、彼は基地司令ではない。無論黒海基地の司令はコントラチェンコと同格の少将だが、コントラチェンコは彼に従う義務がない。制度上、コントラチェンコは国防大臣直属の戦略級魔法師ということになっているが、実態は首相のみが命令を下すことが出来る(新ソ連は以前のロシアのように大統領制を採用しておらず、政府のトップは連邦政府首相であり、旧ソ連の名残で『書記長』という肩書を使うことがある)。

 

 コントラチェンコはベゾブラゾフを基地の私室に招いた。部屋の造りや調度品の豪華さだけを見れば国際的な一流ホテルのスイートルームに匹敵し、従卒によるサービスは部屋の豪華さ以上のものを提供していた。コントラチェンコが文句を付けるとするならば、どうにも華やかさに欠ける部分だろう。見目がいい従卒を付けられても、男色家ではないコントラチェンコからすれば別に嬉しくない。

 それに、華やかさになりそうだったコントラチェンコの孫娘は両親を失ってこの国を旅立った。その相手があの“若き魔王(ルーデル)”ならば、決して悪いようにはしないと確信めいた思いを持っていた。

 

博士(ドクタル)はお呑みになられないのでしたな」

「不調法で申し訳ありません」

「いや、お気になさらず。儂も最近は酒にめっぽう弱くなったので、茶で構わぬと思っていたところでしてな」

 

 恐縮した表情で応えるベゾブラゾフに、コントラチェンコは笑いながらも指を二回鳴らした。すると、従卒が小型のサモワール(紅茶用湯沸かし器)と、ティーカップとヴァレニエ(果実の砂糖煮)を入れた小鉢を2つ持ってきた。従卒がサモワールの上に置かれたティーポットを手に取り、紅茶をカップに注ぐ。そしてカップとヴァレニエをそれぞれ二人の前に給仕し、サモワールを二人の真ん中に置いてから、主が頷くのを見てから従卒は部屋を出ていった。

 コントラチェンコは味見することなくティーカップにお湯を継ぎ足してヴァレニエを口の中に放り込んだ後、紅茶を一口含んだ。一方、ベゾブラゾフは紅茶とヴァレニエの味を確認してから紅茶にお湯を継ぎ足した。

 差し出された紅茶の味を確かめ終えた後、二人は向き合った。

 

「さて、未だ反乱軍が根絶やしになったとは言えない状況下で博士(ドクタル)がご来訪されたとなると、やはり昨日起きた暴動の件ですな?」

「その通りであります」

 

 ベゾブラゾフが訪問する切っ掛けとなったのは、この前日に黒海基地で起きた暴動についてだった。

 基地内での暴動は速やかに収束したものの、実際に魔法が使われたかどうかを確認する意味で政府はベゾブラゾフを急遽政府からの調査官として黒海基地に派遣した。

 

「クレムリンからは何と伺っておりますかな?」

「今回の事件に関する詳細を閣下よりお尋ねになって欲しい、と仰せでした。無論の事ではありますが、私は何も閣下のご報告に疑念を抱いているわけではありません」

「その言い分では、まるで儂が暴動の片棒を担いだようにも聞こえてしまうのだが?」

「私は、決して閣下の忠誠心を疑ってはいません。ただ、そう噂するものも少なからずいることだけは御承知おきください」

 

 ベゾブラゾフの様子からして、コントラチェンコを疑っているというわけではないというのは理解した。だが、政府内にそのような疑念を持つ者がいるとなれば、黒海基地の暴動において魔法的な介入があったかどうかを疑問視する声があるのだろう……とコントラチェンコはそう予測した。

 

「つまり、貴殿は最悪『ドラキュラ』の関与を疑っているとお思いであると?」

「御明察、恐れ入ります」

 

 コントラチェンコが述べた『ドラキュラ』とは、暗殺・破壊工作を得意とするルーマニアの魔法師のコードネームだ。非合法活動の専門家だけあって、本名も分かっていない。秘匿された戦略級魔法師という噂もあるが、真偽のほどは全くの不明である。

 

「実は儂も当初はその関与を強く睨み、暴動を起こした兵士たち全てに精神干渉系魔法の痕跡を念入りに調べております。首謀者クラスは儂自ら取り調べておりますので、ご心配なく」

「そうでありましたか。閣下に要らぬ懐疑を抱かせたことに関して、不徳の致すところであります」

「何、博士(ドクタル)もクレムリンに振り回された被害者ですからな……このことは秘密にして頂きたい」

「勿論でございます」

 

 コントラチェンコとベゾブラゾフは、二人して悪戯小僧のような笑みを零し、先程までの雰囲気とは打って変わって和やかになっていた。

 

「しかし閣下。先日の暴動が国外勢力や反政府勢力の破壊工作ではないとするなら、また別の懸念が生じませんか?」

「兵士たちの間に広がりつつある、魔法師と非魔法師の対立ですな」

 

 日本とUSNAにおける反魔法主義は、社会格差に対する不満や不平をエネルギー源として起こっていた。一方、新ソ連では社会格差というものは存在しない(『存在しないことになっている』というニュアンスが最も正しいが)。非魔法師である兵士は、将来軍で活躍する兵士が魔法師ばかりとなり、自分たちの居場所がなくなることに怯えている。その恐怖が暴動に繋がったのだと二人は睨んだ。

 

「魔法師だけで我が軍は編成出来ません。魔法師の部隊を作ることはできるでしょうが、彼らだけで前線の兵士全てを賄うなど不可能に近い」

「それを兵士たちに知らしめるにしても、実際に戦場に出る機会が必要ですぞ。とはいえ、兵を反政府勢力の掃討に向ける訳にも行きますまい」

 

 反政府戦力の追討という名目で兵士たちを動員することは可能だが、下手すれば死兵となる可能性が高い場所に人員を割くのは厳しい。懸念を示したコントラチェンコに対し、ベゾブラゾフは頷いた。

 

「ヨーロッパ方面は閣下が一番よくご存じの通り、兵を動かすわけにはいきません。反政府勢力を抑え込む意味においても」

「そうなると……極東ですな?」

「ええ」

 

 コントラチェンコの推測に、ベゾブラゾフは勿体ぶることなく頷いた。

 

「つい先日、大亜連合の香港軍の士官が部下を連れて集団脱走した事件が起きたようでして」

「それは初耳ですな」

「私も一昨日知ったばかりです。その作戦ですが、脱走兵を捕獲するために大亜連合軍が日本軍と共闘に踏み切ったようなのです」

 

 ベゾブラゾフの言い分としては、日本と大亜連合が講和によって長年の緊張状態から解放されている。因縁のある相手同士が手を結べるほどの状態となれば、そこにつけ込める隙があるというベゾブラゾフの案は決して悪くないだろう。

 コントラチェンコもその状態につけ込むのが兵士の不満や不平を解消できると睨んでいる。だが、懸念とされている一番の問題がある。

 

「モスクワに戻って、すぐにクレムリンに提案しましょう。もし作戦の実行が決まれば、閣下の部下も一部をお借りすることになるかと思われますが……閣下、如何なさいましたか?」

「……いや、何でもありません。博士(ドクタル)、その件は儂からもお願いいたします」

 

 右膝を壊していて、杖を使わないと立てないコントラチェンコは座ったままお辞儀をした。無論、そのことを理解しているベゾブラゾフも老将軍に対して笑顔でお辞儀を返した。

 ベゾブラゾフが帰った後、コントラチェンコは従卒に命じて再び紅茶を頼み、従卒が奥へ消えた後でポツリと呟いた。

 

「……不満は解消させねばならない。そのことは分かっておる」

 

 兵士と物資に対する権限を持つ人間として、新ソ連軍を強き軍とする意味でもやらねばならないことだと理解はしていた。

 だが、コントラチェンコの脳裏に浮かんだのは……今から約40年前。新ソ連軍による北海道侵攻を目論んだ艦隊が瞬く間に蒼穹の雷に呑まれていく光景だった。

 

 当時30歳前後であったコントラチェンコは、荒れ狂う波と夥しいともいえる雷の雨―――そして、それを操る一人の魔法師に味方の戦艦は成す術もなく沈められていった光景を目の当たりにした。彼が乗っていた戦艦は旗艦であったために偶々沈められなかった。

 そして彼は、その人物―――上泉剛三と対面した。恐怖で動けずにいたコントラチェンコに対し、剛三は目もくれることなく横を通り過ぎ、艦橋へと歩を進めていった。

 嵐が止んだ後、動けるようになったコントラチェンコは艦橋にいた人間全員が跡形もなく消え去っていたことに驚愕した。船を動かせる必要最低限の人員だけを残し、軍の高官全員を葬り去っていたのだ。

 その彼が、後年の四葉の復讐劇で大漢軍を単独でほぼ壊滅させ、大漢という国家はその翌年に消滅した。表舞台から彼の活躍が聞こえなくなったことで、上泉剛三の脅威は消え去ったと思っていた。

 

 だが、一昨年の『灼熱と極光のハロウィン』にて内密に編成された新ソ連軍の艦隊を消滅させ、ウラジオストク軍港を破壊せしめた戦略級魔法の存在は瞬く間に新ソ連全土へ衝撃を与えた。しかも、ウラジオストクにはベゾブラゾフがおり、彼は戦略級魔法『トゥマーン・ボンバ』を発動させたことは大規模魔法発動に伴う兆候を観測したデータで明らかだった。

 その魔法すらも捻じ伏せた相手の詳細は不明だが、コントラチェンコからすれば上泉剛三の再来とも言えるような悪夢としか思えなかった。

 

「こんな儂にはどうにも出来ん……あの若造が血気に逸らないことを祈る他あるまいな」

 

 コントラチェンコは知らない。

 4年前に起きた新ソ連国内の暴動騒ぎに剛三とその孫が暴れたことも。

 ベゾブラゾフの戦略級魔法を破った相手は上泉剛三の孫であるという事実も。

 




 てなわけで、今回はドイツと新ソ連のお話。
 ドイツの場合、ローゼン・マギクラフト絡みでひと騒動あった影響で色々損害を被っていますが、まあこれからイギリスが支払うものに比べれば安いものです。
 新ソ連の場合、ベゾブラゾフが一度被害を食らったというのに強気なのは、もしもの時は『イグローク』を持ち出して確実に仕留められるという自信があるからです。「魔法を破られた」という認識を抱いたというよりは「魔法発動に失敗した」という感覚に近いです。
 不用心過ぎないかと思うのですが、何せ『チェイン・キャスト』を奪われただけで過剰に反応する人ですし、自分の魔法が簡単に真似されないという自信家でないとああいう考え方は出て来ませんので。

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