事件は無事収束への方向へと向かった。第一高校の襲撃事件を受けて、横浜に支部を持ち、京都に本部がある日本魔法協会は声明を発表した。
反魔法国際政治団体『ブランシュ』と、その下部組織である『エガリテ』が第一高校の生徒を洗脳して今回の襲撃事件に発展したと説明。その上で彼らのテロ行為に対して“一般市民への被害を最小限に抑えるための治安維持活動”を行ったと声明を発表した。
さらに、今年3月に横浜ベイヒルズ東タワーで起きた魔法師による魔法協会支部襲撃事件(厳密には未遂だが)も『ブランシュ』の関与があった事実を公表。
この事件の解決には“魔法協会から依頼を受けた魔法師が関与している”という形になった。
なお、それぞれの事件に関わった魔法師の詳細については、一部を除いて『
今回の事件処理に関わった七草家と十文字家に対して、生徒に死者を出すことなく迅速に混乱を収拾できたのは生徒会長を務めている七草家令嬢と今回の治安維持活動の陣頭指揮を執った十文字家次期当主の力あってこそ、という形に収まった。
壊滅作戦の際『生徒会・部活連・風紀委員会の選抜メンバー』とした建前は、結果として校内の残党を警戒するために残った真由美の評価となり、ひいては七草家の評価を上げることにもなった。
当の真由美本人は「父親のご機嫌取りのためにやったわけじゃないし、私お留守番だけだったし」と、1週間ほどぼやくのが生徒会室で聞こえることとなったが。
そして、治安維持活動の陣頭指揮を執ったという形で克人の評価も高くなった。
十文字家次期当主としての働きに現当主も珍しく喜びを露わにした。当の本人からすれば同じ『十』を冠する家の関係で上泉家から厳しく見られていたため、今回の一件が無事に済んだだけでも一安心と内心ホッとしていた。
上泉家からも克人を誉める書状が届き、近々挨拶に伺いたいと書状を
横浜の一件については、解決に寄与した魔法師に関係している家からの要請で声明に盛り込まれた。『ブランシュ』もしくは『エガリテ』が魔法師を洗脳し、魔法協会を襲撃させたという形に持っていくことを狙ってのものだ。
魔法科高校の生徒を洗脳できたのだから、その魔法師も洗脳されていた可能性がある……洗脳の如何はともかくとしても、その魔法師が『エガリテ』の構成員を示す持ち物を身に着けていた事実は本物である。
その意味で“彼らの思想に洗脳されていた”というのは筋が通る話だ。
彼らを反魔法政治団体という隠れ蓑から引っ張り出してテロリストと認識させる。それは、間接的に政府の弱腰な姿勢を非難する意味合いを持つ。ちなみに、『ブランシュ』日本支部壊滅作戦ではなく治安維持活動としたのは、彼らを支援していた『スポンサー』に大きく関係していて、この辺は魔法協会と日本政府の政治的事情もあったりする。
七草家は密かに横浜の一件に関する調査を行ったが、この一件に上泉家が関わっていると判明した時点で調査を打ち切った。それだけ剛三の強さというものを七草家の現当主は理解しており、自分の師ともいえる九島家にも説得は難しいと判断していた。ここまでの秘密主義から四葉家の可能性を推察したが、それ以上の調査はできなかった。
その上泉家からは、『此度の働き、真に感服した。十師族としての働き、これからも見せて頂く』との意味が込められた書状が七草家に届けられた。
通信が主流の時代に剛三直筆の書状が届けられるというアナログさだが、受け取った側はこの書状に込められた重みにまるで鉛の板でも持っているかのような感覚を覚えていた。
今回の壊滅作戦に関わった人間には当然守秘義務が課せられた。表向きは『襲撃者たちが襲ってこないか巡回をしていた』という体のもので、ある意味嘘は言っていない。こういうとき、日本語は非常に便利なものだと思う。
◇ ◇ ◇
横浜の中華街。
その一角にある建物の部屋で長髪の男性は誰かと連絡を取っていた。冷静な口調で話す男性に対し、受話器から聞こえる男性の声は少々荒れていた。
『―――では、お前は早急に反魔法主義の圧力をかけるべきではないと言いたいのか?』
「然り。ネット上においても、『ブランシュ』が各国で引き起こしているテロ行為が表沙汰になっております。魔法師排除への舵取りは極めて難しいかと」
その点においては自分よりも貴方がご理解しているはずだ、とでも言わんばかりの口調を向けていた。この二人に一応の主従関係はある。だが、男性は会話の相手を信用していないし、それは向こうも同様である。あくまでも一つの目的で合致したから手を組む……いわば『ビジネスパートナー』ともいうべき存在ともいえた。
それを理解したのか、相手はフンと鼻息を一つした上で告げる。
『まあいい、それはこちらで探りを入れる。お前は引き受けた仕事をこなせ』
「畏まりました、
長髪の男性は通信を切ってから、先程の口調からはとても出ないような言葉を口にした。だが、男性にとって先ほどの相手は『信じられない存在』という位置づけではあった。
こちらの事情を何も知らないで……と口にしたくはあったが、教えてやる義理もないと彼は独り言ちる。
(『ブランシュ』の蜂起。その際に私は『彼』の排除を目論見た……だが、それが拙かったですね)
男性の名は
だが、彼はその悉くを綺麗に排除した。更に周が監視として放っていた術から周の存在を認識した。これに慌てて周は術の発動を切った。今までにない恐怖の感覚を、周は覚えてしまった。
更に、差し向けた追手が上泉家に引き取られたことも拙いのだ。
あの家は周の得意とする術―――方術を無効化する術式の使い手が多い。『六爪』はその中でも方術[
(もう一度彼に出会ってしまえば、その時は私も無事では済まない。いえ、“消される”でしょう……あの人には悪いでしょうが、彼を相手にするのは御免です……裏のことは『
周は悠元の排除を諦めた。彼はあの時、近くに人がいたから本気ではなかった。これが彼一人だった場合は……そんな考えを持ってしまった自分に周は笑いを零したのだった。
それが彼にとって正しかったのか間違っていたのかは……誰にもわからなかった。
◇ ◇ ◇
司甲や紗耶香をはじめとした面々は洗脳されていたということでまとめて『無罪放免』となった(その意味で紗耶香を『ブランシュ』に引き込む原因を作ってしまった摩利は、風紀委員会の引継ぎ資料作りを監視付きで行う羽目になっていた)。これには学校での放送室占拠事件における学校の管理体制の問題を浮き彫りにされたくないという意図も働いていた。
ただ、この一件が一科生・二科生という魔法力評価システムによって引き起こされていたことは事実であり、学科システム自体の見直しを迫られる形となった。
そんな中、悠元は紗耶香の病室にお見舞いに来ていた。紗耶香はまさか悠元が来るとは思わず、キョトンとしていた。そんな彼女とは裏腹に、見舞いとして果物の籠を持ってきていた。
「君は確か……三矢君、だよね?」
「ええ。あと、悠元でいいです。変に意識してもらうのもおかしいですし」
悠元がここに来たのは、紗耶香の様子を見るためでもあり、もう一つは個人的な興味でもあった。それは剣道の剣士としての紗耶香に他ならなかった。
「あはは……悠元君って変わってるね。一科生なのに、司波君のことをちゃんと評価しているって妹さんが言っていたから」
「深雪がですか……自分がこういう性格なのは、ある意味姉のおかげでもありますが……というか、覚えてません?」
覚えてる、という言葉にマインドコントロールされていた時の影響がまだ残っているのか、些かハッキリしない感じで紗耶香は答えるしかなかった。
「え? 私と悠元君が?」
「あ、そういえばマインドコントロールされてたんですよね……厳密にはこの学校に入る前に“二度”ほど会ってます。一度目は壬生先輩が通っていた道場で。二度目は先輩が中学3年の時の中等部剣道大会の時にですが……その時は“長野佑都”と名乗ってましたね」
「……あっ! 中学2年生の無名の新人が並み居る強豪を抑えて全国優勝、一躍時の人になったあの子が悠元君!?」
この時ばかりは情報操作をフルに使った。本当に大変だった。
というか本来剣道部でもなかったのだが、偶々剣道部のトラブルに巻き込まれ、そこのエースをこちらは防具なしで突きの一撃。
審判という形で試合を見ていた顧問が懇願してきたため、『一回限り』という条件で出場した。負けるのは癪だったので、本気でやったら……気が付いたら全国優勝していたというオチが付いただけ。
その後、1年後に話を蒸し返される可能性があったので爺さんに頼んでおいた。何をしたのかは聞いていないし、知りたくもない。知ったところで大人側の後ろめたい事情しか聞こえてこないと思ったからだ。
「名前が違うのは魔法使いの家系の掟みたいなものですので、そこについてはツッコミを入れないでください。それに、剣道大会自体はあまり出たくなかったというか、目立ちたくなかったので1回限りです」
「あはは……それだけの腕があるなら、剣道でも名を残せそうなものだけれど」
「自分は強いて言うなら『人斬りの技』を修めている側の人間です。そこを違えるわけにはいきません。なので、壬生先輩に練習相手を頼まれても断らせてもらいます。下手に剣を歪めたらどこかの先輩が怒りそうですから」
それに、自分は魔法師を目指していて、剣術や体術はその延長上にあるものでしかない。根底に剣道があり、その延長上に魔法がある紗耶香とはその意味で違うのだ。同じ考えを持たない以上、価値観は理解しても共有はできないだろう。
「……凄いね、悠元君は。ねえ、一つ聞いてもいいかな?」
「ええ。何でしょうか?」
「君のお姉さん―――美嘉さんもそうだったけど、悠元君はどうして一科生なのに二科生の人まで平等に見れるのかなって。勿論、君の家である三矢家のことは、聞いてるけど……」
紗耶香の問いかけは、確かに、魔法師としては疑問に思うところもあるだろう。その上で悠元は答えとなる言葉を述べた。
「―――魔法科高校に入学を許可された時点で、魔法のエキスパートになれる資質がある。一科生は上位100人、二科生は下位100人で構成されてますけど……それに何の意味があるのかって話です」
「……え?」
「入学時点の成績がそのまま卒業時まで継続されてしまうなんて、普通に考えれば有り得なさすぎるんですよ。そこに拍車を掛けてしまったのが指導教官の数の問題だと思ってます」
競争心を煽りたいのならまだしも、現状では優越感に浸る一科生と劣等感に溺れる二科生……学科システムとしては失敗の典型である。
現に今回の一件で浮き彫りになった事実は消せない。学校側はゴールデンウィーク返上で学科システムの見直しをすることになったとA組の担当教員が呟いていた……ご愁傷様と言っておこう。
「俺は、この学校に入って何を成したいかが重要じゃないかって思うんです。魔法科高校に入ることは“スタート”であり“ゴール”じゃない―――俺も、卒業した兄や姉たちもそれを解っているからこそ、一科生や二科生ではなく『同じ一高の生徒』として見ているだけです。まあ、
入学を認められても、それはその時の話だ。むしろこれからどれだけの経験を積めるかで将来は変わる。
ただ、その積む内容によって色々大変なのは言うまでもないだろうが……その典型例が身内にいるだけでも大変なことだ。その原因を作ったのが自分なだけに、余計頭を抱えたくなってくる。
すると、病室のドアが開いて桐原が入ってきた。向こうは悠元の姿を見て少し警戒していたが、悠元は答えたいことも答えたので、紗耶香に礼をしてその場を去ることにした。
その際『あとは先輩方でごゆっくり』とこっそり呟いてから病室を後にした。それが聞こえたのか否かは……まあ、どうでもいいかと思ったのだった。
後日、達也と深雪が紗耶香の退院祝いに行ったのだが、その時に二人で話していた内容から深雪にこう言われた。
『お兄様と話し合った結果、悠元さんはブラックホールを突き抜けて銀河の彼方まで飛んでいきそうだ、という結論に至りました』
誠ながら非常に遺憾である。というか、『アレ』もそろそろやっていかないといけないのか……忙しくなりそうだ。
周の件(くだり)は入れておかないと説明不足になるという判断からです。
彼からしたら悠元は『藪を突いたら呂布か関羽が出てきた』ぐらいのレベルだと思ってくれれば解りやすいかと。
かなりハイペース気味ですが、不定期更新は変わりませんのでご了承ください。