魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

380 / 551
面子と面目の問題

 カーラ・シュミットとウィリアム・マクロード、レオニード・コントラチェンコとイーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフ。『十三使徒』の情報を掴むのは本来容易ではない。それは四葉家の諜報能力を以てしても、全容を解明するのはかなり大変な労力を有する。

 だが、それすらも平気で嘲笑うかのように解析できる能力者が奇しくも日本に二人存在した。

 

 一人は世界の軍事情報全てを掌握する魔法を有する神楽坂家現当主、神楽坂悠元。『灼熱と極光のハロウィン』において戦略級魔法『星天極光鳳(スターライトブレイカー)』を用いて新ソ連側の艦隊を消滅させた張本人で、『十三使徒』の持ちうるすべての戦略級魔法を使うことが出来る世界で唯一の存在。

 もう一人はエクセリア・クドウ・シールズ。元スターズの魔法師で『ポラリス』のコードネームを持ち、帰化後は九重瀬理亜と名乗る少女だが、電子情報から全ての事象を把握する並外れた解析能力を有する戦略級魔法師。

 そして、この二人は前世の記憶を有したままこの世界に転生した存在であり、従兄妹の関係にあった。いまや婚約者同士ともなった二人は、新ソ連絡みの一件で話し合っていた。場所はFLTツインタワーのセリアの私室だった。

 

「コントラチェンコとベゾブラゾフが黒海基地で会談……どうせロクでもないことを考えているのだろうし、そのターゲットは大方極東方面になるだろう」

「そうだよね。ヨーロッパに向けたところで『ドラキュラ』とかが出てきそうだし」

「あの魔法師か……」

「お兄ちゃん、知り合い?」

「……まあ、爺さんのせいでもあるんだが」

 

 今から4年前。三矢家の関係で東京に戻った悠元は中学に通うこととなったのだが、剣道絡みで全国大会個人戦で優勝した後、周りの勧誘を振り切るという意味で剛三の誘いに乗って国外へ飛び出した。

 日本からロサンゼルス、カリフォルニア半島を縦断してパナマ運河を飛び越え、ブラジルでは食事を台無しにしたゲリラ勢力を叩きのめし、南アメリカ連邦共和国の成立を見届けた上でそこから北上し、ロズウェルのスターズ基地に誤って突っ込んだ挙句、『ヘビィ・メタル・バースト』を無力化してリーナを撃ち落とした。

 そこから大陸横断鉄道でワシントンやニューヨークを観光し、欧州ではイギリスやフランス、イタリア(バチカン含む)、ドイツ、ポーランドと観光してルーマニアに入ったところで一人の少女と出会った。

 

「聞けば、新ソ連がウクライナを吸収した際に両親と祖父母を殺されたらしくてな。爺さんも復讐の言葉を聞いて黙っていられなかったんだろう。彼女に魔法技術のイロハを叩き込んだ上で、『復讐を成したら日本に来るがいい』って勧誘してた」

「……お兄ちゃんの愛人候補が増えるね」

「絶対に断る。正直フォローしきれん」

 

 それが後に新ソ連で『ドラキュラ』と呼ばれる魔法師となり、現在は新ソ連の反政府勢力や人間主義者の依頼で北欧との国境沿いの基地を襲撃しているらしい。元々筋は良かったが、『領域強化(リインフォース)』の実験と数ヶ月ほど鍛えた結果……戦略級魔法師クラスの実力を有してしまった。

 その後、新ソ連に正規の手続きで入ったところ、何故か正規軍のみならず諜報機関の工作員に追い回される事態となった。剛三に心当たりを尋ねたら、多分北海道侵攻を止めたのが原因らしい。逆恨みもいい所である。

 あまりにもしつこかったため、流石にキレてクレムリン宮殿にカチコミし、国家元首をぶん殴って誓約書を書かせたまではよかったが、それでも殺そうとしてきたので奥義の『朱雀天翔(すざくてんしょう)』で宮殿を半壊させるほどの威力を叩きつけた。まあ、辛うじて生きていたのは不幸中の幸いというレベルだが。

 そこから逃げるようにアラブ同盟(サウジアラビア、エジプト)、オーストラリア、ニューギニア、ニュージーランド、とんぼ返りしてインドネシア、インド・ペルシア連邦、大亜連合、台湾を経て帰国した。

 

「あの『ドラキュラ』による緊張状態でも回避できないとなると、新ソ連で使った『トゥマーン・ボンバ』に対する恐怖が国内の兵士にも蔓延してるんだろうな」

「一発で引っ繰り返しかねないのが戦略級魔法だからね。命あっての物種なのに」

「そう割り切れない奴が多いんだろう」

 

 そもそも、魔法師でなくとも魔法資質因子を有する者の数はかなり限られる。いくら一騎当千の所業を成そうとしても、魔法師だけの部隊を構築するのは極めて難しい。それこそ国家クラスの軍隊全てを魔法師だけで賄うのは明らかに現実的ではない。

 

「言ってしまえば、飛行魔法の発表で一線級の魔法師部隊は戦場を自由に動ける機動兵器にも等しくなった。だが、補助戦力や切り札としての役割は担えても、主戦力を担うには数が足りなさすぎる」

 

 創作物では、機先を制したり相手に不意打ちを仕掛ける意味で魔法を使ったりする場面が良くあることだが、それはどちらかと言えば“斥候”に近い動きとなる。個としての戦力が軍隊に匹敵するとしても、最終的に物を言うのは数の力。その意味で非魔法師の兵士という戦力が不必要になるということなど有り得ないのだ。

 

「例えば、どこかの地域を単独で殲滅したとしても、その人間一人で広大な土地を防御しきることは出来ても統治など出来ない。魔法師の割合が簡単に増えない以上、非魔法師の兵士の有用性は減るどころかむしろ増すだろう」

「拡張政策を掲げる国家なら、猶更人手なんて猫の手を借りたいほどに欲しくなるね」

「そういうことだ」

 

 話を戻すが、ヨーロッパ方面では各地で反魔法主義による暴動やデモ活動が台頭している。魔法師共存派の意見もまるで上から目線なので、当事者の魔法師からすればどちらも反魔法主義に見えてしまい、困惑しているのが見て取れた。

 

「にしても、よく反魔法主義を抑え込めたね」

「『トーラス・シルバー』の魔法医療技術は非魔法師でも有効だからな。それと想子波による病気の初期発見システムによって、習慣病のリスクも大幅に減ったし」

「……これでエドワード・クラークがディオーネー計画なんてでっち上げたら、真っ先に日本国民が反対に回りそうだね」

 

 原作と異なり、『トーラス・シルバー』は非魔法師の日本国民に多大な貢献を果たしている。これでディオーネー計画を持ち上げてその理由が『魔法医療技術を日本国外にも輸出してほしい』で宇宙に行かせようものなら、その対策案はいくつか構築している。最悪『エシェロンⅢ』を『鏡の扉(ミラーゲート)』で神楽坂家に運び入れることも考慮するつもりだ。

 

「消防や救急医療で既に活躍している魔法師の一助として技術提供しているんだ。それが結果的に非魔法師すら救っているのだから、誰にも文句は言わせん。正直、そういったところで貢献できるように技術を磨くべきだと思うんだがな、とりわけ師族二十八家は」

「お兄ちゃんや達也は既に実績があるから、誰も文句は言えないね」

「どうだろうな」

 

 正直、顧傑の一件を大幅に書き換えたことで若手会議が開かれる可能性は低くなった。だが、諸外国の動きを見て反魔法主義がまた息を吹き返さないかという懸念は生じる。その懸念が現実のものとなる前に対策の一環として意見交換の名目で開くことは想定される。

 

「お兄ちゃんは……その、七草家が深雪を神輿に担がせようと目論む可能性が残っているということ?」

「……正直な話、あの一件はどうにも疑念が残る」

 

 大体、原作の師族会議において九島烈が責を負う形で九島家が降格し、七草家は首の皮一枚で繋がる形となった。その後も達也と真由美をくっ付けようとしてあれこれ工作していた時点で、四葉家から見れば印象は最悪の一途でしかない。

 達也と深雪の婚姻では遺伝的な問題が生じる―――この一点が大きいのだろう。だからこそ、七草家は深雪を神輿にすることの交換条件に達也との交渉を考えていたのかもしれない。尤も、達也が強硬に反対したせいでその案はあえなく没となったし、仮に師族会議へ掛けられたとしても、現当主である真夜が反対に回っていた可能性は極めて高い。

 

「仮に数という多数決の論理で推し進めたとしても、どうあっても四葉の反対は避けられない。最悪四葉家が十師族から離脱する可能性もあった」

「お兄ちゃんは、“原作”の七草家が出した案が七草智一の考えじゃないってこと?」

「別に旗頭になりたいのなら、先輩でも十分広告塔に成り得るだろう。本人は嫌がっていたが『エルフィン・スナイパー』の異名がある意味で認知の度合いは深雪に負けていない」

 

 智一が真由美を強く推さなかったのは、七草家で手柄を独り占めすることのリスクを鑑みてのものだと推測できる。何せ、この時代のアイドルは殆どが3Dアバターによるもので、実際に顔を見せて活動しているアイドルの方が少ない。レオの一件で知り合った夕姫もそういったアイドルで、危うくマフィア絡みの事件に巻き込まれて誘拐されるところだったのだ(なお、この一件を皮切りにフィリピン政府へ圧力をかけ、フィリピンマフィアを一掃したのはここだけの話)。

 実際に顔を出して活動する。しかもそれが魔法師で十師族直系……そうなると、誘拐や殺傷事のリスクが極めて跳ね上がることは想像に難くない。そのリスクを回避するために深雪を神輿へ担ごうとしたとなれば、これは七草智一の案と思えなかった。

 

「恐らくだが、七草弘一の案とみて間違いないだろう。彼と智一さんの深雪に対する認識の違いを鑑みれば、前者の可能性が極めて高い。その理由を周公瑾絡みの一件で面目を失したと考えれば、妥当な考えだ」

「でも、お兄ちゃんが結構メディア工作をしたんでしょ? ……まさか、お兄ちゃんの面子を辱めようとするってこと?」

「その前に若手会議が開かれるかどうかだし、その場に俺や元継兄さんが呼ばれるかどうかも分からん」

 

 話が大分逸れたが、話題を新ソ連のことに戻す。

 ベゾブラゾフとコントラチェンコが会談をした上、モスクワ周辺の動きも慌ただしくなっている。そして、黒海基地にいる部隊の一部が新シベリア鉄道でウラジオストク方面に向かっているのが確認され、更にはベゾブラゾフの動きも極東方面に移動する兆候が見られている。

 

「ベゾブラゾフはウラジオストクに移動するようだが……目的地は新ソビエト科学アカデミー極東本部。所要時間を逆算すると……入学式の前日か」

「魔法大学の入学式の日に『十三使徒』がウラジオストク入りね……お兄ちゃんの魔法で破られてるのに、意地になってない?」

「あれは副次効果の産物だからな。魔法を破られることと魔法発動の失敗は同じようで別物だから」

 

 達也の得意とする『術式解散(グラム・ディスパージョン)』で魔法式を破壊したわけではなく、『星天極光鳳(スターライトブレイカー)』に組み込まれた事象干渉力を喰らう効果では魔法式を“吸収”した。それによってベゾブラゾフ本人とのラインを通して膨大な事象干渉力が逆流した形なので、ベゾブラゾフ本人としての認識は『自身の発動した魔法がいつの間にか認識できなかった』ということになってしまう。

 この認識の仕方は、八雲の協力で天神魔法の訓練をした際、少しちょっかいを掛けようとして防御魔法を発動させたが喰われた八雲の率直な感想で得た知識であった。

 

 セリアには帰化した段階で悠元の固有魔法と戦略級魔法を全て教えている。その際の感想は「お兄ちゃんの奴隷(しもべ)になります」と口走ったので、反射的にこめかみグリグリ(トールハンマー)をお見舞いした。

 

「ウラジオストク軍港が完全に復旧していないが……小型貨物船が佐渡沖をうろついているようだな」

「一条家の領分だから、私達の出番はなさそうだね」

「将輝が頑張って吹き飛ばしてくれれば御の字なんだがな」

 

 佐渡侵攻の一件はその詳細を知る燈也から聞いた。尤も、十師族当主に明かされることとなったのは顧傑の一件が終結した後に開かれた臨時師族会議でのことだった。

 非公表だった理由は、そもそも燈也は偶発的に居合わせただけであり、六塚家の人間として名乗っていなかったこと。それと、当時は女性のように髪を伸ばしていたため(姉の温子に『切らないで』と泣き落されていた)に、素直に報告したところで信じれる要素が少なかったためだった。

 燈也は相手が容赦なく銃撃してきたため、有無を言わさずに全員の体温を奪うことで血流を凍結させて殺した。燈也の固有魔法『絶氷の業炎(ニブルヘイム・フレア)』の副次的効果によるもので、その際に真紅郎と出会って勘違いされたとのこと。

 

 だが、新ソ連は佐渡侵攻の事実を認めなかった。身元を示す様なものが徹底的に排除されたのだから仕方がないことだが、その兵士の遺体の行方はというと、全て新ソ連に突き付けた。それも、その兵士全てのPD(パーソナルデータ)も丁重に添えた上で。

 この辺は悠元が大きく関与していて、魔法の練習も兼ねて身元を全て割り出し、モスクワ郊外に死体を詰めたコンテナを投下した。それに使った魔法は後の『無敵砲弾(インビンシブル・カノン)』のプロトタイプであった。

 結果として、兵士の遺族が異論を唱え、大規模な暴動に発展したのだった。

 

「佐渡の一件を鑑みると、直接乗り込んで取り押さえるだろうけど……明らかに罠くさいよね?」

「虎穴の諺は分からんでもないが、どう見ても罠としか思えん」

 

 仮に、ここでベゾブラゾフがウラジオストクにいるという情報を流せば、流石に一条家も不審船に手を出すということは控えて船を沈める方針に切り替えるだろう。

 

「厄介な問題を挙げるとするなら、この国で『トゥマーン・ボンバ』の詳細を知っているのが俺とお前しかいないということだ。ベゾブラゾフがウラジオストクにいると伝えても、何をするか分からない相手に手をこまねているというのは、多分一条家の面子として許せなくなる」

 

 佐渡の一件は悠元が三矢家と上泉家を経由して一条家に伝わったことで最悪の事態を回避できた。だが、一条家としては『クリムゾン・プリンス』の将輝が九校戦で立て続けに悠元との対戦で敗北を喫している。

 単に一条家の御曹司であれば問題はなかったが、実戦経験のある『クリムゾン・プリンス』が表向き実戦経験のない人間に敗北を喫した事実は重い。その汚名を返上する意味でも一条家が単独で不審船の拿捕に乗り出す可能性は高いと言えよう。

 

「単に深雪を取られた腹いせで突っかかってきて自爆したようにしか見えないんだけどね。でもさ、深雪がちゃんとお断りしたんでしょ?」

「そんなんで簡単に諦めるような性格じゃないんだよ、将輝(アイツ)は」

 

 悠元との模擬戦で完璧に敗北を喫し、深雪からは丁重に振られた。だが、真紅郎との連絡では『まだ諦めていない様子が見えるんだよね』と溜息混じりに愚痴を零されたことがある。どうやら、完全に吹っ切れていない節があるのは間違いないようだ。

 

「もし深雪を強引に奪うようなことがあれば、その時はアイツに全力(オラオラ)を叩き込むだけだ」

「……お兄ちゃんがそんなことしたら、凹む前に貫通しそうな気がするけど」

「グロテスクな光景は流石に回避するよ……ボコボコにしてる時点でグロテスクにしてるようなものだが」

 

 ちなみに真紅郎からその時に聞いた話では、将輝の妹である茜が父親の剛毅から悠元への好意を尋ね、将輝と深雪の婚約申し込みに利用しようとしたので正月早々に大喧嘩をしたらしい。その日のうちに仲直りはしたものの、後日婚約序列が決定したことを受けて茜が「東京の中学校に転校させて欲しい」と爆弾発言を投下したそうだ。

 結局、中学校は金沢で過ごすことが決まったが、高校は第一高校を受験すると言って頑なに譲らないらしい。これには彼女の母親である美登里が賛成していて、自分が卒業した高校に通ってほしいと思っていた剛毅は何も言えなかった。

 将輝はその際「あんな奴がいる学校に……」と口走ったため、茜から全力のビンタを貰ったと聞いたときは真紅郎と揃って笑ってしまったのだった。

 




 最近、将輝がギャグキャラのような扱いになりつつあるのは私のせいだ。だが、私は(ry 
 新ソ連絡みとヨーロッパ絡みのことで1話書こうとしたら新ソ連のことだけで終わったよちくせうコノヤロウ……てなわけで、色々書きました。齟齬は発生していないと思います、多分。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。