魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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嵌められた義勇兵

 2097年4月6日、土曜日。東京では国立魔法大学の入学式が華やかに行われていた。

 だが、北陸臨海部はそんな喜ばしさの欠片もなく、肌がひりつくような緊張状態が張り詰めていた。その理由は昨日から佐渡沖で目撃されている不審船であった。

 

 5年前、大亜連合の沖縄方面侵攻と時を同じくして、突如佐渡島に国籍不明の武装勢力が上陸した。だが、上泉家からの警告を受けた一条家は直ぐに佐渡島の住民や研究員をシェルターに避難させ、国防軍の協力を得て武装勢力の撃退に成功した。一条将輝の『クリムゾン・プリンス』はこの戦闘の際に挙げた功績もそうだが、戦意高揚の目的も兼ねての渾名であった。

 新ソ連は未だに武装勢力が自国のものだとは認めていない。だが、地元の人間にとっては故郷を踏み荒らす者を許せるはずなどなく、そこに他国家の介在の有無など関係なかった。相手がどこの軍だろうが、どこの武装集団だろうが、自分たちの愛する場所に銃を携えて乗り込もうとする者に情けなど掛けることなどない。

 義勇兵の中には佐渡島で暮らしている地元の人間も含まれている。守られてばかりではなく、今度は自分たちが守る番なのだと意気込む者が多い。『カーディナル・ジョージ』こと吉祥寺真紅郎もその一人であった。

 

「ジョージ、あまり気負い過ぎるなよ」

「分かってるよ、将輝……というか、それは僕が言いたい台詞なんだけどね」

 

 両親が生きているためか、真紅郎に復仇(ふっきゅう)の念など当然持ち合わせていない。寧ろ、真紅郎からすれば将輝がいつも以上に気を張っているように見えていた。その理由も凡その見当がついているだけに、真紅郎は釘を刺す様に呟いた。

 

「……その様子なら、大丈夫そうだな」

 

 既に実戦を経験している将輝とは違い、真紅郎は実戦らしい実戦を経験したことがない。いくら第三高校が実戦力を重視している教育理念とはいえ、傍から見ているのと自ら関わるのでは勝手が違う。

 将輝は真紅郎の様子を見てそう呟いたところで大きな声が響く。

 

「全員、準備はいいか!」

「おおっ!」

 

 義勇兵の覚悟を問う声を発したのは、十師族の一条家当主・一条剛毅であった。義勇兵が一斉に気勢を上げ、将輝と真紅郎も遅れずに声を上げた。

 

「よぉしっ! 全員、いくぞっ!」

「おおっ!」

 

 剛毅の号令を皮切りに総勢109名の魔法師が、一条家が海底資源調査船の名目で所有している三隻の装甲船に乗り込む。名目上は民間船なので軍艦のように武装は持ち合わせていないが、昔流の重装甲を兼ね備えている船だ。

 そもそも、魔法師による海上戦ではミサイルやフレミングランチャーといった威力が大きく射撃間隔が空く射撃武器は寧ろ不利になる。何せ対物障壁で防げてしまうからだ。なので、機銃などの断続的射撃武器や船の体当たりといった接近戦(インファイト)が魔法師にとって有効な戦術になる。

 港を出航した三隻の船団の内、二隻が防衛の為に佐渡島へ上陸、残る一隻が不審船に近付く手筈になっている。不審船は成層圏カメラで捕捉しており、現在位置は公海上。当然継続追跡権も発生していない為、こちらから強引に乗り込んで拘束することなど出来ない。だが、近付くだけでも牽制になるし、もし撃ってくれれば話が更に分かりやすくなる算段だ。

 船が港から離れてすぐ、剛毅は傍らに立つ少年―――真紅郎に声を掛けた。

 

「真紅郎、気分はどうだ?」

「は、はい。少し怖くはありますが、平気です」

「それでいい」

 

 剛毅からすれば、怒りや憎しみなどで恐怖が麻痺している状態が一番正常な判断が出来ないと誰よりも知っていた。だからこそ、正直に恐怖を吐露した真紅郎の答えに対して満足そうにしていたが、今度は自分の息子に目を向けた。

 

「将輝、恐怖は覚えていないだろうな?」

「分かっています。恐怖は()()()()()

 

 恐怖を“覚えていない”のではなく、恐怖を“見せない”―――将輝のその返事に剛毅は男臭く、不敵に笑った。

 

「ならば、今回の先陣はお前に切ってもらう。沖縄諸島海域で神楽坂殿と司波達也殿が武功を挙げたばかりだ。無様な真似は許さんぞ」

「心得ております」

 

 沖縄諸島、久米島沖人工島『西果新島』で起きた破壊工作の事件に関して、表向きは「警察省の特別捜査チームが国防軍と協力して逮捕した」と発表されている。だが、十師族の当主には概要が明かされていた。十師族各家が魔法による実戦を行った場合、規模にかかわらずこれを報告する義務がある。

 魔法の私的濫用を避けるための措置だが、秘匿されることが多い魔法戦闘の観点から忠実に守られているとは言い難い規則。しかし、師族会議体制が再編されても、悠元はこの規則を残した。そして、十師族各家に対する手本として、神楽坂家と四葉家がこの情報を開示した。

 

 今回の一件は沖縄海戦の慰霊法要に伴うために四葉家へ協力を要請したことと、国防軍との協力はあくまでも脱走兵を捕縛するために協力を申し出てきた大亜連合側の事情を鑑みてのもので、体制再編に伴う関係再構築の第一歩と明言した。

 その際、脱走兵捕縛に協力したという形で達也の名が出され、首謀者クラスを捕縛したのは悠元という形になった。破壊工作阻止に対して敵戦力を削ぐということは立派な功績である、と悠元は師族会議の場で達也の功績を褒め、これには真夜も笑みを浮かべていた。

 

 この一件は十師族の当主にしか開示されていない情報の為、燈也や香澄に泉美、理璃に琢磨、それと詩奈はこのことを無論知らない。だが、剛毅は将輝に対して、その日の夜のその情報を伝えた。その理由は発破を掛けるためでもあった。

 

 顧傑の一件の後、見るからに落ち込んでいた将輝を見かねて剛毅が自室に呼び出して事情を尋ねた。息子の想い人である司波深雪から丁重に振られた上、その翌日に彼女の婚約者である神楽坂悠元へ模擬戦を申し込み、完膚なきまでの敗北を喫したと聞いたときは頭を抱えた。

 臨時師族会議の時にその詳細を悠元から聞いたが、悠元は将輝が提示した条件を全て吞んだ上で模擬戦を受け、更には現代魔法のみで将輝を完全に叩きのめした。

 

『一切手は抜いていないし、一条殿の子息が提示された条件を全て吞んだ上で模擬戦を受け、その上で勝っただけのこと。これでまだ私の婚約者に付き纏うような素振りを見せたら、次は“最悪の事態”も覚悟していただきたい』

 

 元々、顧傑の一件に関わる将輝の招集は司波深雪に対する気持ちに決着を付けろという悠元の考えもあってのことだと聞かされ、剛毅は深い溜息を吐いた。

 何せ、現師族会議議長にして神楽坂家現当主の彼は九校戦で2年続けて将輝を完封している。明確な実力差を見せているにもかかわらず、人の婚約者に対して色目を使うような真似をしたら、次はどんな処分を下すかなど見当もつかない。将輝を一条家から廃嫡しろと言われてもおかしくないことは、正月の挨拶の時に妻の美登里から忠告されている。

 

(発破を掛けられたまでは良かったが、真紅郎君からは「まだ諦めていないように思える」と相談されたからな。まったく、馬鹿息子が……)

 

 腑抜けたままでいられては将輝の『クリムゾン・プリンス』の名が泣くと鑑みた剛毅は西果新島の件を将輝に伝えた。それを聞いた将輝が復活して訓練に熱を入れるようになったし、今も闘志に満ち溢れている。

 ただ、息子の内心では想い人を諦めきれていない様子が見られる、と息子の友人である真紅郎から相談されており、父親として正直困り果てていたのも事実であった。

 しかし、そんな親心を見せるのは後回しということで剛毅は気持ちを切り替えたのだった。

 

 不審船に近付く役目の船には将輝と真紅郎、そして剛毅が乗船している。自らを囮とするようなリスクを背負う作戦に、周囲からは当然反対の声が上がった。一条家の一、二にいる実力者を同一の船に乗せて作戦を決行するというのは、仮に二人を失った時のダメージが大きすぎるためだ。

 だが、剛毅はその意見を一蹴した。最も強く、最も生存確率が高い自分が先頭に立つことを強く主張したのだ。彼は義勇兵による軍団を組織したのであって、軍隊を指揮しているわけではないのだと。

 

 十師族は魔法師の利益を守る為の組織であり、部下の魔法師は国家にとっての国民に該当する。先日の体制再編に伴って軍という柵を抜けたからこそ、同じ志と使命・義務を有する「仲間」として守らなければならない。そして、剛毅の気質は息子の将輝にも受け継がれていた。

 剛毅と将輝が同じ船にいるというのは合理的な判断に基づくものでもあった。それは、海上戦闘が出来る魔法師の数が一条家の郎党であってもそれほど多くないという現実的な問題が大きい。

 

 魔法は原則として一つの事象、一つの対象物に対して作用するものであり、対象物の一部のみを切り取って事象改変を起こすのは高い技術力が必要となる。より厳密に述べるとするならば、情報体次元(イデア)における膨大な連続した情報体の一部を事象改変するのが技術的に難しい、というのが現行の魔法における大きな課題である。

 

 例えば、一条家の『爆裂』は液体を気体に急激昇華させる魔法だが、対象となるのは人体に限らず、機械内部の燃料や潤滑油といった液体類、果ては海水もその対象に含まれる。一条家の魔法師にとって、海水は無限の爆薬庫みたいなものだ。

 ただ、どんなに優れた魔法師であっても、実際に海水を魔法に利用する場合はその一部を意識して切り取って魔法の対象に指定しなければならない。これは別に『爆裂』に限った話ではなく、例えば空間に対する領域魔法が特定のものを指定する対物魔法より難しいのも“情報の連続性”が鍵となっている。特に海は「どこまでも続いている」という“実感”に縛られてしまい、海水を魔法に利用するのは空気弾よりも難しい。

 

 天神魔法の場合、対象物のサイオン情報を一度白紙にしてしまうため、その時点で対象範囲外との“情報の連続性”が無くなり、範囲内の海水を容器の中に入った海水と同じように認識することが出来る仕組みだ。

 

 話を戻すが、魔法に関する事情もあって将輝と剛毅、そういった魔法を使いこなせるメンバーが偵察組に加わったのは自然の流れとも言えた。不審船―――見た目は小型の貨物船が双眼鏡無しでもハッキリと捉えていた。攻撃や回頭はおろか、ただ漂流しているようにも見えてしまう。

 しかし、横浜事変における偽装揚陸艦や先日の沖縄では偽装係船ドックのこともあり、油断はできないと判断していた。

 

 このまま不審船を沈めることは簡単である。義勇兵のリスクを考えれば、その選択が一番妥当だということも理解していた。だが、剛毅は最悪海賊的行為に踏み切ってでも敵の正体を掴むことを選んだ。

 5年前の時は、新ソ連が白を切り続けた。捕虜はなく、死体にも身分を示すものはなかった。その死体によって新ソ連が混乱したが、外交的に見れば日本の敗北であった。その苦い記憶が剛毅にとってリスキーな作戦を選ばせたのだった。

 

「偵察隊、突入!」

 

 剛毅の号令によって、将輝を含めた五人の若者。当然戦闘能力や生存能力を前提に考えられたメンバーであり、実質的な先鋒と取っても不足はない。そして、真紅郎がフォローに回ることになる。

 

「将輝、気を付けて」

「バックアップを頼むぞ、ジョージ」

 

 真紅郎の気遣う声に将輝がそう返して船を飛び出し、海の上を“駆けていく”。将輝の後ろに続く四人も彼と同じように海上を走っていく。五人が不審船に近付く間も特に攻撃は受けず、偵察隊は難なく不審船に降り立った。

 流石の将輝も不気味さを覚えたのか、無線で真紅郎に問い合わせた。

 

「ジョージ、そちらからは何か確認できないか?」

『カメラにも人影が映っていない。映像と観測データから観測するに、無人船だと思われる』

 

 それではまるで“幽霊船”に乗り込んだようにも思えてしまう、と将輝がそんなことを思ったところで、真紅郎が少し慌てた様子で早口に告げた。

 

『……将輝。そっちのセンサーで可燃性ガスの漏出を検知した』

 

 将輝は気を引き締め、自分が身に付けている腕時計型の簡易的な多用途検知器で確認した。それでもはっきりとした濃度が出るほどのガスを検知したため、将輝は部下に指示を出す。

 

「全員、障壁を張って船外に退避」

 

 検出されたガスはプロパン。空気よりも重い気体であるために選ばれたのだろうが、戦場で仕掛ける罠にしては中途半端なレベルのもの。仮に船一杯に充満していたとしても、プロパンの爆発上限(爆発しなくなる気体濃度の上限)が低いためにそこまでの威力は期待できない。

 将輝の指示で偵察隊が船外の海面に降り立つ。

 その一方で、データリンクでガスの正体を知った剛毅たちの間にも拍子抜けた空気が漂っていた。

 

 それこそが、敵が仕掛けた罠だったと推察するのは、その直後に高まる魔法の発動兆候であり、装甲船にいた剛毅が驚愕の表情を浮かべていた。

 

「海面上に魔法の兆候……!?」

 

 直前まで魔法攻撃の気配はなかった。しかし、真紅郎がその言葉を言い切ることも許さないかのように、一瞬にして装甲船の周囲を海面に投射された無数の魔法式。それは当然海面に立つ将輝にもハッキリと認識していた。

 

「親父っ!?」

 

 そう叫んだ直後、魔法が発動して海が爆発する。まるで、海に敷き詰めた無数の機雷が一斉に爆発したような爆風が将輝たち偵察隊へ襲い掛かった。

 将輝たちは爆風にあおられ、波の上を転がって海中に沈む。

 直に海上へ上がった将輝の視界は、水飛沫と水煙と塩の雨で混濁していた。

 

「チイッ! 親父!」

 

 海面に上がった将輝が気流を生み出し、白い闇を吹き飛ばした。装甲船は重装甲のお陰か、船尾部分に酷い損傷は受けたが沈没に至るような船体へのダメージは避けられた。恐らく幾重にも張られた魔法障壁で持ちこたえたようで、それを成したのは自分の父親に違いないと直感した。

 だが、将輝の耳に掛けていた音声通信ユニットから悲痛な叫びにも近い声が聞こえてくる。

 

『将輝、無事かい!』

「ジョージ。ああ、こっちは爆風に飛ばされただけだ……何かあったのか?」

『剛毅さんが大変なんだ! 早く戻ってきて欲しい!』

「親父が……わかった! だから、お前もまずは落ち着いてくれ!」

 

 部下への指示を飛ばすことも忘れて、親友に冷静となるよう叫びつつ急ぎ足で装甲船へと駆け戻っていく。

 幸い、不審船からの追撃はなく、可燃性ガスも爆発の衝撃で吹き飛んでいたのだった。

 




 流れ自体は原作に近くなっていますが、剛毅の父親としての苦悩や悠元と将輝の関わりを入れています。そもそも1年の時の九校戦・新人戦モノリス・コード決勝のオーバーアタックの件が決定的だったと本人が気付けていれば、まだ違ったのかもしれませんが……後悔は先に立ちません。
 
 追憶編はちょこちょこ更新していますが、原作だとその時点で既に亡くなっていた黒羽亜弥(貢の妻、文弥と亜夜子の母親)を生存させている形になっていますので、追憶編もそれに準ずる形で生存していることにしました。
 手合わせで本来なら反則の相手に魔法を使わせたうえで叩きのめすとか、やはりお兄様は性格が悪い(褒め言葉)

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