魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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可能性を捨てることこそ愚かの極み

 人間の意識領域と無意識領域―――広義的に言えば『理性』と『本能・情動』に該当する部分。サイオンとプシオンの現在判明している部分でも、その認識に違いはない。だが、魔法を行使することにおいて、その魔法の仕組み自体があやふやというのは一見すると危険極まりない行為をしているも同義。言い換えれば、箱の中身が何なのかもわからずに開けて覗き込むようなものだ。

 

 そもそも、魔法演算領域というもの自体が明確な定義を有していない。魔法の行使自体無意識的な演算をしているがために、感覚的な部分にどうしても頼らざるを得ない為だ。なので、仮に魔法演算領域の存在を認識できたとしても、意識的に動かすことは出来ても意識的な演算制御は極めて難しい。

 なので、悠元が転生して『魔法科高校の劣等生』の世界だと認識した際、まず真っ先に取り掛かったのは魔法に関する基礎演算の確立だった。これは『聴覚強化』という今後一生付き合うことになる自分の特異体質を鑑みた際、サイオンとプシオンの性質を把握することが最優先事項であり、イヤーマフ付きというハンデを持ったまま強敵と戦う様な事を避けるためであった。

 

 魔法を行使する際、魔法演算領域にかかる負荷を具に観察し続けた結果、『ゲート』を展開する記述式を発見。本来、魔法式を出力する『ゲート』自体は常に開きっぱなしとはならない。必要以上の情報が魔法師―――魔法演算領域に流れ込まないように閉じられる。だが、その開閉自体がエイドスに対する事象干渉力を減衰させることにも繋がっていたのだ。

 別に『ゲート』そのものを利用することは決して悪いとは言わない。だが、古代文明で使われていた魔法は『リンカーコア』と呼ばれる魔法師とイデアの結節点を利用することで破格的な威力を叩き出す魔法を行使することが出来ていた。『ゲート』の主だった利用方法は、本来身体能力強化などといった意識的領域および肉体強化のための魔法に特化した魔法出力機構でしかなかったのだ。

 その常識が長い時を経て伝承が途絶えるなどして捻じ曲がり、『リンカーコア』の存在は一部の古式の技術に残り、『ゲート』を使った魔法出力方式が常態化したのだ。

 

 つまるところ、現在存在する『十三使徒』の戦略級魔法は全部パワープレイの産物としか言いようがなく、大規模演算が可能なコンピューターを駆使しないと使えないものがある時点で、悠元からすれば『欠陥品』としか言えない。

 ちなみにだが、剛三や千姫の場合は天神魔法の技術を習得していることもあって『リンカーコア』による魔法行使を行っていた。サイオンを検知するセンサーで見ても、傍目から見れば現代魔法師が魔法を行使する状態と見分けがつかない為、分からなくても無理はないと思う。

 

 閑話休題。

 

 悠元の国防軍の階位に関する話はさて置くとしても、今後達也が対処に駆り出されることは間違いないとみている。

 

「俺と深雪は『神将会』の人間だが、それこそ差し迫った段階にならない限りは戦場に出るつもりなどない……ただ、さっきも言った通り俺が遠距離魔法で対処することも視野に入れておく」

「北海道方面と佐渡の両面に展開されることも想定してか?」

「情報で得た艦隊の想定規模を考えるのなら、二方面作戦は正気を疑うが……いっそのこと、相手が躊躇わずに戦略級魔法を撃ってくれたらいくらでも言い訳が付くんだが」

 

 それは、仮にベゾブラゾフが『トゥマーン・ボンバ』を日本本土に向けて撃ち込んだ場合、今後の『ディオーネー計画』で仮にベゾブラゾフが協力を表明した段階で“断れる理由”が出来るからだ。

 いくら新ソ連とUSNAが協力体制になったからと言って、佐渡の一件すらも白を切っている新ソ連の人間を信用できるかというのはまた別の問題だ。寧ろ日本と新ソ連の友好関係が拗れてくれた方がUSNAの抱える負担も大きくなる。「こちらの国民を脅かした疑念が払拭できない以上、いくらUSNAの要請といえども新ソ連の戦略級魔法師が協力している計画に賛同できない」と明確に発言して断れれば御の字。

 

「無論、被害が出ないように対処はするが、俺もそこまで万能とは言い難いからな。最悪、ウラジオストク近辺の変電所を破壊して停電させることも考慮に入れておくが」

「相手が演算コンピューターを使うなら、電気の供給源を断てば大規模魔法行使には踏み切れないということか。その辺は相手も考えていそうだが」

「最悪そこに繋がる電線を炭化させる方法もあるがな」

 

 “同盟国だから”という理由だけでUSNAに従う義理があるというのなら、まずは言い出しっぺの法則でエドワード・クラークがいの一番に宇宙で一生を捧げてもらうのが筋だろう。それと、日本の国益に貢献している『トーラス・シルバー』を態々切り離す以上、将来得るはずだった国益の補填もしてもらわなければならない。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 一条家の当主が敵の計略に倒れたという情報は、当事者側の一条家としては隠したかったのかもしれない。だが、この情報は瞬く間に師族二十八家および護人二家に伝わった。だが、その情報の精度は家によって大きく異なっていた。

 悠元が自室に戻ると、端末の着信を知らせるランプがついていた。端末を起動させると、モニターには悠元にとって学校の先輩―――十文字家当主・十文字克人と、七草家長女・七草真由美の二人が映っていた。

 

「こんばんは、先輩方。お待たせしましたか?」

『いや、今しがた七草と情報交換をしていた』

『こんばんは、悠君。一条家のことは……もう知ってるわよね?』

「ええ。その件でさっきまで達也たちと話していましたので」

 

 悠元が司波家に居候していることは克人と真由美にも知られていることなので、情報交換していたということに関して『そうか……』と言いたげに頷く克人と、羨まし気に見ている真由美の姿があまりにも対照的に見えた。

 本来ならば悠元は当主にして師族会議議長、克人は十文字家当主、真由美はまだ七草家の人間だが、今回は公的な場でない以上変に気張る必要もないので年齢に沿った話し方をすることにした。

 

「それで、先輩方は自分に何か聞きたかったのでしょうか?」

『ああ。今回の一条殿が受けた未知の攻撃だが、神楽坂の意見を聞きたい』

「……率直にお聞きします。二人が考えた可能性は何ですか?」

 

 悠元の問いかけに、克人は先程まで真由美と話し合っていた内容について話した。

 真由美は今も三矢家で居候しているためにメールで父親の弘一から伝えられた情報らしいが、成層圏プラットフォームの解析データを聞いた克人がベゾブラゾフの戦略級魔法『トゥマーン・ボンバ』の可能性を疑ったが、真由美は『船一隻相手に使うような魔法ではない』と返して、その可能性を棄却した。

 それを聞いた悠元は一つ深い溜息を吐いた。それに反応したのは真由美であった。

 

『悠君? 何で今溜息を吐いたの?』

「……十文字先輩。その推測は今月一日の件も含めての推測とみて宜しいですか?」

『ああ、そうだが……まさか、今回の一件を引き起こしたのはイーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフだというのか?』

「概ねその通りとみていいでしょう。こちらの調査では北陸地方に新ソ連の工作員が潜り込んでいました。一条家当主が調査船に乗り込んでいることを把握しての攻撃とみて間違いないです」

 

 黒海基地にいるレオニード・コントラチェンコが動いている様子も見られなければ、黒海基地及びウラル山脈以西から大規模魔法を発動させた痕跡は見当たらなかった。その一方、ウラジオストクにある新ソビエト科学アカデミー極東本部の一室から魔法兆候が確認された。

 

「海水の一部を利用して魔法を放つという緻密な技術を有する人間は限られてきます。無論、一条家にもそれが出来る人間はいますが、自作自演をする意味もありません。となると、一条殿を負傷させた相手は新ソ連側の人間―――それも、遠距離攻撃を可能とする意味合いと得られた情報を加味すれば、恐らく『十三使徒』イーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフが最も可能性のある人間ということになります」

『……たかが船一隻に戦略級魔法を使うの?』

「たかが、じゃありませんよ。船に乗り込んでいたのはこの国の十師族の一角を担う一条家当主とその息子の『クリムゾン・プリンス』。新ソ連にとっては無視できない相手がいるんです」

 

 新ソ連に領土の野心があるかどうかと聞かれると、間違いなく前者の方が勝る。何せ、面している海の殆どが凍結および流氷によって閉ざされる。不凍港の存在は新ソ連の海軍にとって死活問題であり、旧ソ連が第二次大戦時に条約を破って日本に侵攻したのは不凍港を獲得する目的もあったからだ。

 

「確実に殺せるとは思っていなくとも、負傷させることが出来れば御の字。無事にやり過ごせたとしても、二度目の攻撃を警戒して北陸から動けなくなります。そこまでを見越しての罠でしょう」

 

 ここから戦争に発展する可能性は極めて低い。現段階でそれに踏み切れば、間違いなく大亜連合が中央アジア方面から攻め込むのが目に見えている。いくらベゾブラゾフでも大陸から日本海にかけての広大なラインを一度に爆撃するのは負荷が重すぎて現実的ではない為だ。

 だが、可能性が残っている以上は“無い”と切り捨てることもできない。警戒はしておくが、モスクワ方面の情報では本格的武力衝突に踏み切ることを良しとしていない。人間主義者や反政府勢力がいつ息を吹き返すか分かったものではないからだ。

 その辺は人間主義者に資金・物資提供などをしているUSNAや欧州方面の連中次第だが。

 

『そうか……何にせよ、神楽坂殿(or一条殿に関する)の情報提供に感謝する』

 

 克人はそう言って頭を下げると、モニターが真由美だけに切り替わった。克人も真由美に弄られるのを察したためだろう。

 

「それで……先輩はまだ何かありますか?」

『むぅ……何で名前で呼んでくれないの?』

「先輩のご実家の責任とはいえ、全く関与していない訳でもないでしょう?」

『いや、それはそうなんだけど……』

 

 泉美からはメールで正式に六塚家の養女となったことを伝えられている。真由美のほうも二木家の娘となる手続きを進めているが、本人は婚約が確定したのに未だ名前呼びしてもらえないことを根に持っているようだった。

 

「先輩が正式に二木家の養女となったら呼んであげますよ」

『……本当に?』

「こんなことで嘘ついてどうするんですか」

 

 法的手続きについては、七草家側は真由美の母親が責任者という形で親権の譲渡を神楽坂家に依頼し、既に裁判所の手続きが進んでいる。普通なら両親が健在なのに親権を養親に譲渡するのは異例なことだが、“家庭の已む無き事情”となれば誰も異論を唱えようとは思わなかったらしい。

 

『……悠君に話しておくけど、実は十文字君と話してるときに、うちの上の兄が十文字君に相談したいと持ち掛けたのよ』

「ふむ……まあ、次の七草家当主に成り得そうな人ですし、十文字先輩に相談してもおかしくはないと思いますが、何か懸念でも?」

『それこそ、うちの父を通せば十文字君に繋がるだろうし、上の兄が十文字家の連絡先を知らないとも思えないのよ。何も、今家と距離を置いている私を通す必要なんてないもの』

 

 真由美の述べた上の兄―――七草智一が克人に相談したいというのは後の“若手会議”に繋がる動きだと推測される。現時点ではその可能性というだけで、七草家の次期当主として十文字家当主の克人に教えを乞うということも別に変な事ではない。

 だが、真由美は何故自分を介して克人に持ちかけたのかが疑問に思えてならなかった、と述べた。確かに、智一ならば十文字家の連絡先を知らない筈がないし、師族会議の時点で面識があるとすればお互いに連絡を取り合えるはずだ。

 

「二人は魔法大学の同期生ですし、顔を合わせやすいという意味では間違ってもいないのでしょうが……それにしたって七草殿を介したくない理由があるのでしょうかね? 先輩がその気になれば自分に相談するかもしれないのに。何か懸念でも?」

『そうね……漠然とした感じなんだけど、何か嫌な予感がするのよ。上の兄に聞いた方がいいかしら?』

 

 こんな変則的な連絡方法が、仮に師族会議の時の諍いが原因だとしても逆に不自然すぎる。真由美を介せば婚約相手である悠元の耳に入ったとしてもおかしくはない。いや、入ったとしても問題ないと判断してのものだろう。

 だとするならば、仮に若手会議が持たれるとしても自分がその場に出ている可能性は限りなく低い。同じ理由で元継もその場にいない可能性がある。

 

「先輩が聞いたところで何も答えないかと思うので、無理に聞き出さなくてもいいです」

『……いいの? 悠君に関係することかもしれないのに?』

「明らかに不利益を被ると分かれば、本気で対処するだけですから」

 

 別に魔法だけが対処方法ではない。あらゆる分野で締め上げて本気の謝罪を引き出させるだけだ。九島烈が実質的に魔法界を退いて庇えなくなった以上、最悪七草家を師補十八家に落とすことなど容易に可能なのだから。

 もしもの時は九島健を帰国させて、七草家の監視・守護地域である奄美・沖縄諸島方面に新たな十師族として興せばいい。

 

「最後に一つ先輩に伝えておきます。先輩のボディーガードをしていた名倉三郎さんですが、今現在別の形で生きて神楽坂家の使用人をしています。名は支倉佐武郎といいまして、泉美ちゃんから聞いていませんか?」

『え、え? 名倉さんは死んだはずよね?』

「ええ、あの死体は紛れもなく名倉さん本人です。まあ、詳しくは言えませんがパラサイトの技術を応用して生き返ったようなものです」

『……』

 

 真由美が完全に絶句しているのは無理もない話だ。何せ、死んだはずのボディーガードが生き返って神楽坂家の使用人として働いているなど青天の霹靂だ。尤も、さらに驚くことがあるとするなら現在の肉体は真由美の父親が殺せと命じた周公瑾のものという事実。

 その部分については色々触れると魔法の秘密に関わるので秘匿する形だが。

 

「そういうわけで、京都の一件の詳細とかは彼から全部聞きました。周公瑾を殺せと命じられて返り討ちに遭ったことまで全て」

『……はぁ。悠君に掛かると、もうじき他人になるタヌキオヤジがやってることなんて御飯事みたいなものじゃない』

「自分はそこまで万能じゃないですよ。では、おやすみなさい」

 

 そう言って悠元は通信を切った。変に長電話すると真由美がせがんで「一度でもいいから『真由美』って呼んで」と強請るかも知れなかったからだ。なので、そうならないように特大級の爆弾を放り込んでから通信を切った。

 なお、空気を読んだかのように扉をノックする音が聞こえ、扉を開けると寝間着姿の深雪が「一緒に寝てくださいませんか?」と頬を染めて上目遣いでおねだりしてきたのはここだけの話。

 




 『ゲートキーパー』を仕掛けられるということは、常に『ゲート』が見えていなければ成立しえないということと、この世界では『リンカーコア』の存在を出しているのでこういう形にしました。
 いくら魔法を投射するとはいえ、情報体次元と精神の無意識領域が直接接しているようなことがあればリスクが高すぎるのも理由の一つです。『ゲート』が仮にそういう役割だとすれば、無意識的に展開されている『エイドス・スキン』が『ゲートキーパー』によって阻害されない事にも繋がるとみています。

 名は体を表す、という意味でベゾブラゾフの可能性を外すことこそがあまりにもリスキーだと思うのですが。単に民間人ならばまだしも、被害を受けたのは一条家の当主ということを重く見るべきなんですよね。

 支倉(名倉三郎)の情報を出したのは、真由美が二木家の養女となることを知っていてのものです。というか、本文を書いた後で原作23巻を読んだら、こちらの予想した通りともいえる記述(若手会議に関する内容)がありました。
 弘一は別にキャラ的な意味で嫌いではないのですが、その内息子に後ろから刺されても文句すら言えないような気がします。

 そもそも、原作のテロリスト捕縛の件でまともに働いていたのは達也と克人、それに将輝ぐらいなのに智一が威張るのはおかしい話ですし、その場で当事者側である克人が釘を刺さなかったのが甘いと言わざるを得ません。
 話の腰を折ったのは確かに達也ですが、そこに至るまでの出だしの段階で智一と克人にも責任が無かったとは言えない筈なんですよね。

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