魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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浮かれていたら命が散るだけ

 入学式に関してあまりいい思い出がない、というのはどうかと思われるだろう。だが、家を出てすぐに脅されて北海道に強制連行。字面だけ見れば「犯罪行為に巻き込まれたのか?」と問われると首を縦に振りたくなる気分を抱いていたのは否定しない。

 

 北海道に連行された後、話を聞いて「正直そんなことのために自分を巻き込むな」と返したかったが、今思い返せば佐伯少将が自分の実力を見たいがために独立魔装大隊を動かしたとみるべきだろう。

 何せ、響子や真田、柳(当時は響子が中尉、真田と柳が大尉)に確認したところ、風間から『済まないが、上条特尉を「魔法装備のテスター」として招集してくれ』と言われたことは確認済みだ。別にその程度のことなら真田や柳だけでも不相応とは言えないし、寧ろ彼らに対して失礼極まりない命令としか思えない。

 

 そもそも、佐伯とは独立魔装大隊の関係で何度か顔を合わせているが、正直気分のいいものではなかった。独立魔装大隊への所属変更の件は大隊長が風間でなければ拒否していただろう。その後、入学式の一件で決定的な確証に至り、独立魔装大隊への関与は極力減らしていく方向に舵を切った。その過程で起きた神楽坂家入りは渡りに船だったと言える。

 蘇我の機転で既に独立魔装大隊の士官として戦線に立つことはなくなったわけだが、かつて防衛陸軍総司令部所属の情報参謀をしていた佐伯に宛て付けるように悠元を総司令官直属の特務参謀としたことについて、蘇我も佐伯の考えは理解するがそのために十師族を掻き乱すようなことは許容できなかったようだ。

 

 それに、悠元は元々佐伯を警戒していた。原作知識の側面があるのは否定しないが、彼女の利の為に自身の戦略級魔法を使うのは釈然としない気分を第一印象の時点で抱いていた。

 その根拠の一つは今から約20年前、佐伯と風間が近付く切っ掛けとなった大越戦争―――大亜連合がインドシナ半島征服を目論んで南下した戦争のことだ。真田経由で風間と面識を持った後、陸軍の資料倉庫に保管されていた資料からその当時の様子を読み取った。

 

 当時、軍の上層部は大亜連合との正面衝突を回避しようと必死だった。何せ、世界群発戦争が終結してから10年とはいえ、その傷が完全に癒えたわけではなかった。その目論見を崩したのは風間とそれを支援していた佐伯だった。

 女性という部分を差し引いても優秀であったため、上層部は彼女を冷遇など出来なかったのだ。その割を食う形で風間は普通の出世の道を断たれたわけだが、彼はそのことを特に気にも留めていなかった。

 

 沖縄防衛戦後、佐伯は『十師族に依存しない軍人魔法師部隊の創設』という目的を掲げて第101旅団の設立を認めさせた。そして、尉官のまま留め置かれていた風間を大隊長とする形で招集、その副官には九島烈の孫にあたる藤林響子を据え、二つの戦略級魔法を用いた十師族を旗下に置くため、達也と悠元を特務士官として組み込んだ。

 十師族批判の最右翼として知られる佐伯だが、魔法師に対する感情的な反発や生理的な嫌悪とは全くの無縁である。九島烈と政治的ライバル関係にあると噂されたり、かつて烈の下で学んでいたことからくる恨みで反発しているなどと噂する者も少なくないが、そこに限って言えば佐伯自身にその意識はない。それは悠元も理解していた。

 ただ、セリアからの情報を見るに、戦略級魔法を一番使いたがっていたのは佐伯ではないかと訝しんだ。でなければ、戦略級魔法を管理する条約の提案など考えなかっただろう。魔法師を兵器だと見做すことを嫌う軍人魔法師の上司が戦略級魔法師に兵器であることを強要する、というのは皮肉としか思えないが。

 

 十師族ひいては師族会議に関する体制再編に伴い、九島烈が魔法師社会から完全に引退した形となり、その地盤全てを引き継いだのは護人の二家。その当主である悠元は名目上佐伯の旗下に置かれているが、陸軍総司令部からの出向扱いとなったことで佐伯とは完全に独立した立場となった。

 護人が明確に“国家の守護”という形で十師族を統括する立場を示したとなれば、反十師族の派閥を持つ佐伯としては微妙な立場に立たされる形となる。蘇我からの悠元の辞令に異議を唱えられなかったのは、そんな側面が大きく影響しているためだ。

 

 そんな過去の戦争の事情はさておき、悠元は風間と面識を持った際に情報の観点でかなり厳しい制約を掛けている。情報提供に関しては、風間から直接佐伯やその一派に流れる危険性を考慮して、風間へ情報を流す際は“軍事の専門家による政府有識者の予測情報”の形を一貫して取っている。

 悠元の固有魔法『万華鏡(カレイドスコープ)』と『領域強化(リインフォース)』は、第101旅団はおろか独立魔装大隊の幹部相手にも話していない。祖父の絡みで武術面や魔法もある程度バレるのは仕方がないとしても、固有魔法や特殊能力(転生特典のことも含む)に関しては変な欲を抱かせかねないと判断してのものだ。

 それに、実家の三矢家が国外の軍事情報収集に関して太いパイプを有している為、それを加味して特務参謀という非常勤職に就けた、と蘇我の佐伯に対する意趣返しも含まれていることはここだけの話。

 

 閑話休題。

 

 西暦2097年4月7日。今日は魔法科高校九校による入学式が一斉に行われる日だ。昨日の佐渡沖の件は一条家(護人と師族二十八家には既に知られていたが)で止められていたため、第三高校も予定通り執り行うことになったらしい。

 生徒会役員である深雪、達也、水波。そして部活連会頭である悠元は式の二時間前に登校した。講堂に入った彼らを幹比古と香澄の風紀委員会組、理璃と泉美、セリアの生徒会役員組、そして新入生総代の三矢詩奈が待っていた。

 

「おはようございます、お兄様」

「おはよう、詩奈。侍郎とは一緒に来たのか?」

「はい。でも、『私の邪魔をしたくない』とか言って、開場まで校内を見学すると」

 

 悠元と詩奈は既に別の家の人間だが、血縁関係までは断ち斬る事など出来ない。ここにいる面々は悠元が三矢家の人間だったことを知っている。なので、詩奈の呼び方に対して一々どうこうなどと述べるつもりもなかった。

 その間に他の面々とも挨拶を交わしたところで、深雪が詩奈に話しかけた。

 

「三矢さん……詩奈ちゃんと呼んでもいいかしら。お待たせしてごめんなさい」

「いえ、そんなことはありません。私のことは既に卒業したとはいえ兄や姉もいますので、名前呼びで構いません。私のほうも深雪お姉様とお呼びしていいでしょうか?」

「ええ、構いませんよ」

 

 深雪が悠元と婚約しているので、深雪と詩奈は自ずと義理の姉妹関係になる。それを言ったらセリアと水波、香澄と泉美にも決して無関係ではないことになるわけだが。受け答えをする詩奈のふわふわとした髪に隠れて目立たないようなカラーリングのネックバンド式イヤーマフ型CADがチラリと見えていた。

 

「すみません! 少し遅れました!」

 

 まだ時間に余裕があるとはいえ、駆け込んできたほのかで生徒会役員全員が揃ったので、最終確認の打ち合わせをすることになった。この辺のやり取りは悠元も昨年生徒会役員だったので問題はなかった。部活連メンバーの打ち合わせ自体は事前に連絡していたし、よもや入学初日からトラブルを起こそうなどという不届き者はいないだろう……多分。

 

 そこまでならば良かったわけだが、ここで深雪が悠元に祝辞の入った包みを差し出してきた。これには首を傾げる悠元に対し、深雪は「2年前は私が答辞を呼んだのですから、祝辞を読んで欲しいのです」と言ってきた。

 周りが強く反対しない辺り、そこら辺を根回ししていたのだろうと思うが……唯一疑問に思っている詩奈の首を傾げる姿に小動物のような可愛らしさを感じて少し癒された。とはいえ、この学校の生徒会長が通年の慣習を破るのはマズいだろうと思って考えた結果、妥協案を提示することにした。

 

「……達也、来賓からの祝辞の最後に『師族会議議長の祝辞』を捻じ込むことは可能か?」

「元々時間に余裕はあるからいけるが、原稿はどうする? 何か用意するか?」

「要らん。今更作っている時間も惜しい。適当に考えておくから、変更の部分を打ち合わせてくれ」

 

 達也から反対意見が出なかったということは、卒業式の一件でこうなることも想定してタイムスケジュールを組んでいたのだろう。まさに『流石お兄様(さすおに)』である……と思っていたら、後で達也から「心の中であっても兄呼びは止めてくれ」と釘を刺された。解せぬ。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 そうして始まった入学式は、いつもなら何処か浮ついた空気が抑制されていた。新入生も父兄の視線は舞台の下に控える生徒会の顔ぶれが気になって仕方がなかった。いや、厳密に言えば生徒会長である深雪と書記である達也に対して。

 

 余程暢気な人間でなければ、これから通おうとする学校のことは当然調べるだろう。だから生徒の大半が、現在の第一高校の生徒会長が()()四葉家の人間ということは知っていた。

 九校戦を通して深雪を知る者は、この第一高校の入学生でも大半を占めている。だが、実際にこの世のものとは思えないほどの美貌を目の当たりにすると、底知れぬ四葉家の評判と相まって生み出されるプレッシャーに、()()()新入生や父兄に抗う術はなかった。

 それ以外の「ただの」ではない父兄は、深雪から感じられる底知れぬ魔法力と、その隣に控えている達也の、何も感じことが出来ないという不気味な存在感に、緊張を緩めずにはいられなかった。

 

 だが、この学校には更に上の存在がいるということを、新入生や父兄たちは知っている。この学校において最早“生ける都市伝説”となりつつある『触れ得ざる者(アンタッチャブル)』。本人は強く否定しているが、その元凶たる存在を彼らはその場で目撃することになろうとは露にも思わなかった。

 

『最後に師族会議議長、神楽坂悠元殿』

 

 司会を務める理璃のアナウンスで、講堂の中が少し騒めく。その中で来賓と生徒会役員に頭を下げ、壇上に上がった制服姿の悠元は掲げられた国旗と校旗に一礼し、演台の前で一度立ち止まる。その場で頭を下げた後、ゆっくりと上げて一歩進み、演台の前に立ってマイクに対して声を発する。

 

「新入生の皆さん、入学おめでとうございます。この良き日に晴れて皆さんが魔法科高校の生徒となったことは、同じ学校で学ぶ先輩としても、師族会議の議長としても喜ばしい限りであります……とまあ、堅苦しい挨拶はこの辺にしましょうか」

 

 大体、こちらとしては急に降って来たような話だし、ここまで来賓の話ばかり聞いている新入生の中には長話で疲れて眠っている者も少なくない。それを理解したためか、悠元は突然目の前で両手を叩く。その音が講堂に鳴り響いて、眠っていた新入生も飛び起きるようにしている様子が見受けられた。

 新入生全員が起きていることを確認した上で悠元は話を続ける。

 

「ここにいる生徒の大半は、自分が元十師族・三矢家の人間ということは九校戦などを通して承知だと思う。2年前、本当ならこの場に立って答辞を述べていたわけだが、家の事情でそれも叶わなかった。その時に言えなかったことをこれまでの経験も含めて口に出そうと思う」

 

 一体何を言おうとしているのか、と新入生や父兄だけでなく在校生や教職員も見つめる中、悠元は爆弾を放り投げるように言い放った。

 

「魔法科高校に入学できた時点でエリート……なんて言うのが外から見た評価だが、俺からすれば半月前まで普通の学校に通っていたただの中学生がいきなりエリート扱いする神経が信じられない。褒めて伸ばすにしても、やり方があまりに稚拙すぎる。十師族という立場から言わせれば当然じゃないかと反論する者もいるだろうが、何も十師族だからといって努力せずに九校戦で見せた結果を出すなんてことが出来たら、それは最早人間というカテゴリを疑いかねない所業だ」

 

 悠元自身、類稀なる才能と人並外れた努力の結果に今の実績を勝ち得ている。これまで卒業していった先輩たちもその実力を身に付けるために努力を怠らなかった。

 一部の人間はその実力を妬んだりしていたわけだが、彼らは嘗て剛三が言っていたこと―――『最後に勝つことが出来るのは、誰よりも諦めなかったものだ』―――を最後まで完遂しようとしなかっただけなのだ。

 

「前列の一科生、後列の二科生……そもそも、大人側のしょうもないミスのせいで出来てしまったこのシステムだって、俺からすれば馬鹿馬鹿しいと言わざるを得ない。今のお前たちは入学試験の結果を以てその場にいるだけだと自覚しろ。入学したことに浮かれて怠けるような真似をしたら、魔法がお前たち自身を殺す刃として返ってくることを忘れるな」

 

 現状、魔法科高校に入学した者は半数近くが国防軍関連の進路を進んでいることなど承知の筈だ。魔法科高校に入学するということは、将来軍人への道を歩む可能性を秘めていることを新入生も父兄も理解していなければ話にならない。つまり、どんな形であれ人の生き死に携わる仕事に就く以上、不慮の事故で死ぬことも覚悟せねばならないことを理解しているのだろうか……と。

 

「何故ここまで厳しい事を言うのか、と思う人間もいるだろう。俺は5年前、沖縄で起きた大亜連合の侵攻に際して魔法師として実戦を経験した。後方支援などではなく、佐渡で活躍した『クリムゾン・プリンス』のように最前線で魔法を使い、敵を倒した。それがどれほど大変な事なのかを体感させることはできないが、将来、ここにいる新入生の何人かが遭遇することになるかもしれない未来を既に経験している」

 

 沖縄の件は、昨春の段階で神田議員を通してメディアも知っていることの為、別段隠す理由もないと判断した。戦略級魔法『天鏡霧消(ミラー・ディスパージョン)』に繋がるような状況証拠と言っても、当事者側の証言ぐらいだろう。なお、あの戦闘の一部の映像データは風間の手で破棄されたらしい。悠元と達也の素性を知られることを避けてのものだ。

 

「無論、魔法師になったからと言ってそういった事態に遭遇するとは必ずしも言えない。だが、魔法研究者への道に進んだとしても、決して安全とは言えない。どの道を選ぶかは各々の選択によるが、魔法に携わる仕事をするということは、相応の危険を伴うということをしっかりと覚えて欲しい。この場にいるということは、その入り口に立っているということだ」

 

 話を戻すが、だからこそ魔法科高校で一科生(ブルーム)だ、二科生(ウィード)だのと変な対立をしていること自体無駄な労力であると言わざるを得ない。教職員が止めたがっていそうな雰囲気を漂わせているが、気配の指向で完全に抑え込んだ上で話を続ける。

 

「この学校における魔法実技の評価は、魔法の展開する速度、魔法式の規模、対象物の情報を書き換える強度の3つ。だが、魔法師ライセンスや先日施行された国家魔法技能師の評価基準は十数項目にも及ぶ。教わる事だけをただこなしたとしても魔法は上達しない。幸い、この学校には多くの魔法に関する文献や資料も存在する。教員の個別指導の有無はあれども、この国の魔法に関する最先端の研究を学べる機会をふいにするな。もし一科生だからとか二科生だからとトラブルを起こすような人間などに魔法師など目指してほしくない。最後の言葉は、俺の姉であり現在第一高校の魔工科副教官をしている三矢佳奈の言葉でもある」

 

 学べる環境があるというのなら、それを活用しない手などない。来年度から二科生制度が廃止になることが決まった。目下の問題点は二科生に宛がえる分の指導教官不足という点に尽きるが、それは学校側の問題なのでこちらが関与すべき問題ではない。

 

「教わる事だけで妥協するな。納得がいかないのならば、納得がいくまで考えて実践しろ。魔法に対する答えを持っているのは教官じゃなく、それを扱う新入生の皆であることを忘れるな。長くなってしまったが、これにて祝辞と代えさせてもらう。改めて、皆の入学を歓迎する。第一高等学校課外活動連合会会頭ならびに師族会議議長、神楽坂悠元」

 

 言いたいことも言い終えたので、丁重に礼をしてから生徒会役員の横に並んだ。そのままバックレようかと思ったが、深雪から視線で「近くにいてください」と言われるような態度を見せられると、これには惚れた弱みでそうせざるを得なかった。

 なお、その後の深雪の祝辞、詩奈の答辞は比較的和やかに進んだ……先程の悠元の祝辞と比較しての話ではあるが。

 来賓たちも悠元の肩書きに遠慮したのか、深雪や詩奈を長く引き止めなかった。師族会議議長の婚約者と血縁者ともなればお近づきになりたい輩がいるかもしれないが、彼の名字である『神楽坂』の名は政財界の重鎮クラスであればあるほど認識しており、変に突いて火傷を負いたくないと判断した結果だった。

 




 佐伯に関することは本編中で時折触れていますが、あくまでも断定ではなく憶測交じりの考察だと思ってくださって構いません。
 純粋な軍人気質にしては、十師族に頼り切った状況を改善するために十師族の人間を配下に加えたり、達也を囮に『トゥマーン・ボンバ』のデータを取ろうとしたり、挙句の果てにはウィリアム・マクロードを介して達也の戦略級魔法を管理しようと目論んだり……軍人がやっていい仕事の範疇を逸脱しています。
 原作の巳焼島の接収だって、『恒星炉』プラントの接収に等しい時点で達也の邪魔をしているようにしか見えないんですよ。

 それは軍人がやっていい職務の領域外の話で、本来なら日本政府が出てこないといけない話なんですよね。内閣総理大臣・防衛省管轄の国防の軍隊に外務省の人間が首を突っ込むというのもおかしな話ですが。

 祝辞に爆弾を突っ込むのもどうかとは言われそうですが、諸外国が反魔法主義で荒れている中、平和な日本に居続けることで生じる“平和ボケ”などしていられないということを突き付けた形です。

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