魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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建前が変わっても結果はあまり変わらない

 詩奈は、これまで兄や姉たちの第一高校における活躍を直に目の当たりにしていたわけではなかった。それは歳の近い兄である悠元にも言えたことだった。

 元治は生徒会長、元継は部活連会頭、詩鶴と佳奈、美嘉が生徒会長と続き、そして悠元は現部活連会頭と学校三役を務めてきた実績を有する。無論、十師族・三矢家というネームバリューの影響は少なくないが、それに見合うだけの実力を有していることも事実だ。

 

 詩奈が一番驚いたのは、悠元が師族会議議長として祝辞を読んだ(というよりも“話した”と述べる方が正しいが)ことだ。つまるところ、今の兄は自分の父親よりも上の立場にいる形となっているということを詩奈はこの場で初めて知った。

 そもそも、詩奈は三矢家を継ぐ立ち位置に居ないので師族会議の内容が知らされなくても無理はない。けれども、血縁者である以上は教えてくれても良かっただろうと思ってしまう。ただ、答辞を読む新入生総代として……兄と同じ立場で入学した以上は失礼な姿を見せられない、と気持ちを引き締めて答辞を無事に読み切った。

 来賓の方々との挨拶が比較的手短に終わったのは、恐らく別の家の当主となった兄のおかげもあるだろうというところで、声を掛けてきたのは泉美だった。

 

「詩奈ちゃん」

「泉美さん?」

 

 同じ十師族直系なら理璃も該当するが、元々十文字の名字を名乗っていなかった理璃は、詩奈とそこまで親密な関係になっていない。とはいえ、生徒会長の深雪が声を掛けるのも十分にあり得た話だが、詩奈に声を掛けるならば詩奈と面識がある人間のほうが良いということで泉美に白羽の矢が立った。

 

 泉美が七草家の末っ子であり、父親の弘一に一番気に入られていた存在だった。その彼女が六塚の姓を名乗ったのはつい先日であり、これには師族二十八家以外の魔法関係者も何があったのかを訝しむ声が少なくなかった。

 その実態は神楽坂家(三矢家・四葉家)と七草家の深刻な対立によるもの―――七草弘一の背信行為であるという事実は厳しい箝口令が敷かれている。奄美・沖縄諸島方面への配置転換については、表向き「七草家の魔法の評価に基づく抜擢」として知らされている。

 表面上は、七草家は三矢家や四葉家と並ぶ日本魔法界の実力者という形で存在しており、泉美の六塚家への養子縁組は関東方面にも強い影響力を残しておきたいという思惑なのでは、と邪推する者も少なくない。

 なお、六塚の姓を名乗ってもそんな前評判のせいで未だに七草家の人間として見られることに、泉美は内心で溜息を吐きたかった。

 

「立派な答辞でした」

「ありがとうございます。それで、何か御用がおありでしょうか?」

 

 詩奈の声質と口調のせいでどこかふわふわしたような印象を受けるが、その反面彼女はしっかりと落ち着いた上で泉美に尋ねていた。泉美も詩奈のことを理解した上で言葉を続けた。

 

「例の件を正式に相談したいので、これから少しお時間を頂けませんか?」

「はい、構いません。泉美さんについていけば宜しいのでしょうか?」

「ええ、お願いします。侍郎君には話さなくてよろしいですか?」

「今日の朝に事情は説明してありますので、大丈夫です」

 

 急に幼馴染の名を出されても、詩奈は特に動揺することもなく泉美の問いかけにしっかりと受け答えをしていた。

 そうして泉美が案内したのは生徒会室で、中には深雪と水波がいた。

 

「三矢さん、よく来てくださいました」

 

 先程は詩奈を名前呼びしていた深雪だが、今はちゃんとした場としてのものであり、名字で呼んだことに詩奈は異論を唱えず、中に入って一礼した。そのまま深雪は会長席から会議テーブルに座ると、詩奈は深雪と正面を向く形で座り、深雪の左右に水波と泉美が座る。

 ピクシーがお茶を出したことに詩奈は少し驚く。三矢家では使用人を雇っているために3Hを使うこともないので、まさか学校の生徒会で見ることになろうとは思わなかった。詩奈はそれよりも、ピクシーから感じる波長が魔法師のそれと異なっていることに気付くが、そこに深雪が話しかけてきた。

 

「『ピクシー』は私の兄の所有物ですので、こうして給仕をお願いすることがあるのです。三矢さんの疑問には、貴方のすぐ上のお兄さんに尋ねるといいでしょう」

「あ、はい。分かりました」

 

 深雪も悠元から詩奈の感受性が極めて高いということを知らされており、『ピクシー』に憑りついた『パラサイト』にも気付く可能性が高いことも事前に知らされていた。なので、深雪は詩奈の疑問に答える役目を悠元に譲りつつ、呼び出した本題を詩奈に話し始めた。

 

「当校生徒会の慣習については、七草副会長だけでなく貴方のお兄さんやお姉さんがたからも伺っていると思います」

「はい、既に聞いております」

 

 深雪の確認の台詞に詩奈が答える。そもそも、生徒会役員経験者が身内にいるため、詩奈と泉美で既に決着をしていることを正式に確認するだけの儀式的な要素の意味合いしか有していない。

 

「そうですか。では、改めてお伺いします。三矢詩奈さん、生徒会役員になって頂けますか?」

「はい。兄や姉たちのように上手くできるかはわかりませんが、謹んでお受けいたします」

 

 詩奈の言葉を聞いた深雪の緊張が僅かに緩む。事前に悠元と泉美から応諾の返事を貰っていたとはいえ、断られるのではという杞憂も少しはあった。それは、一昨年の生徒会役員要請の時に深雪が達也のことで直談判したようなことが起きるかもしれないという不安が少しあったのだ。当事者とはいえ、自分のように直談判する可能性をどうしても拭えなかったのは自業自得と言う他ない。

 

「それでは、三矢さん―――詩奈ちゃんには明日から生徒会書記として活動していただきます。仕事内容については、こちらにいる桜井さんに尋ねてください」

「書記の桜井水波です。詩奈さん、宜しくお願いします」

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 悠元の存在を介して知り合っていたためか、生徒会室の中は和やかな雰囲気で話が進んでいくのであった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 学生証でもあるIDカードの交付が終われば、入学式に関する行事は一段落する。今日は日曜日だが、新入生の為に校舎は開放されている。

 多くの新入生は自分の教室に行き、新たなクラスメイトと交流を深める。もしくは、家族と一緒に記念の食事をする。大半はそのパターンに当て嵌まるわけだが、一昨年に新入生総代が家の都合で入学式に出られないという一大事があったことを考慮に入れなくとも、予期しない行動パターンを起こす人間というのは出てきてしまうようだ。

 

「ふう、やれやれ……突き放すような言い方をしたというのに、あそこまで好意的に絡まれるとは思いもしなかったわ」

 

 悠元はそうぼやきながら制服を魔法で整えた。

 祝辞に関しては「教職員の説教など知るか」と言わんばかりに言いたいことを隠すこともなく言い切った。第一線で活躍する魔法師ほど、その現実を誰よりも認識しているのに誰も口にしようとしない。

 一昨年は森崎の件があり、昨年は七宝の件があった。ここまで二年続けて男子が問題を起こしている以上、誰かが早めに天狗の鼻を圧し折ってやらなければいけない。結局、渡りに船と言うことで自分がその役目を負うことになった。

 

 だが、式の後に諍いを起こさないかと少しだけ気配を見せつつ歩いていると、新入生たちがこぞって自分に近寄って来た。自分が新入生総代である詩奈の兄であるというのも大きいのだろうが、彼らの表情を見る限りにおいて詩奈とお近づきになりたいというよりも自分に対する興味で近付く生徒が多かった。特に男女問わずと言った感じだったので、流石に少し疲れた。

 言っておくが、俺自身は既に婚約者がいるし、同性に対して恋愛感情を持つことなど金輪際無い。せめて後輩として接することはしても、それ以上をこちらから求めることはないし、相手が求めてきても丁重に断る。

 

「何にせよ、無事に終わる……とはならんようだな」

 

 一息ついたところで、悠元は聴覚に混じるサイオンのノイズで魔法の感知を察した。波長からして古式魔法の『順風耳(じゅんぷうじ)』なのは間違いないだろう。悠元はそのまま屋上に駆け上がりつつその魔法の発動地点を瞬時に割り出した。第一小体育館の裏側で、しかも事象干渉力―――プシオンの波長で誰がその魔法を使っているのかが直ぐに分かった。

 それが、自分も関与している身内となれば尚更であった。

 

「侍郎の奴……あれほど学校で疑われるような魔法は使うなと言ったのに」

 

 その魔法を感知したのは悠元だけでなく、達也と幹比古、雫とほのかが魔法を使っている侍郎の近くにいるのが確認出来た。問題は注意を受けたはずの侍郎が魔法を使っている理由だが、事象干渉力の対象が生徒会室に向けられているということで大方の事情を察した。

 

(深雪を怪しんだのか、詩奈が無事なのかを確かめたかったのか……何にせよ、話を聞かないことには始まらんな)

 

 いくら今まで三矢の人間が魔法によって暴れてきたと言っても、それはあくまでも職務を全うするために魔法の力を振るってきた。そのことを今の侍郎が理解していない筈がないのだ。何はともあれ、悠元は意に介することもなく屋上から平然と飛び降りた。その直後、彼の姿が“消えた”。

 その悠元がどこにいるのかと言えば、第一小体育館の屋上だった。簡単に言えば『鏡の扉(ミラーゲート)』によるものだが、目視で見られなければ問題ないということで使うことはある……勿論、目撃証言の齟齬が発生しない程度にではあるが。

 

(容赦ないな、達也も……『術式解体(グラム・デモリッション)』を侍郎にぶち当てたか。まあ、確かに効果的ではあるが)

 

 元々先天的な能力のせいで魔法を満足に使えなかった侍郎だが、悠元の魔改造によって既に超高校生級の実力を持ってしまっている。そのことを達也が理解したかどうかはさておき、達也の『術式解体(グラム・デモリッション)』をまともに浴びた侍郎は何とか肉体のコントロールを再構築しようとしつつ、近くの枝を動かそうとしていた。

 

(そこまでやれば停学もしくは退学だぞ、馬鹿野郎)

 

 そこまで踏み込めば休学どころで済む話ではなくなる、と判断して、悠元が風属性の天神魔法『電光石火(でんこうせっか)』を放つ。

 この魔法は術者と対象の“地続きとなる最短経路”を超高速の電気が駆け抜けることで、その速度分の加速をダメージとして加算することで強力な攻撃と化す魔法。今回は屋上にいた悠元が小体育館の壁を経由して地上にいる侍郎に電気のダメージを与えた形となる。

 突然駆け抜けてきた電撃を喰らって倒れ込む侍郎。一体何が起きたのかを訝しむ達也と幹比古、雫とのほのかだったが、その中で達也は屋上に悠元の姿があるのをすぐに察し、先程の攻撃が悠元の仕業であったのは間違いないと判断して翳していた手を降ろした。屋上から魔法も使わずに平然と降りてくる悠元に声を掛けたのは幹比古だった。

 

「悠元、来てたのかい?」

「魔法を感知したのは偶々だがな。だが、生徒会室に向けて知覚系魔法を使っていたのは確かだろうし、あの中にいた深雪や詩奈も気付いているだろう……さて、どうする?」

 

 ここには奇しくも生徒会、風紀委員会、部活連のメンバーが揃っている。まずは今回の一件を生徒会がどう判断するのかを確認する意味で悠元が問いかけた。これには三矢家のことを知っている雫が尋ねた。

 

「身内なのに?」

「身内だからこそ甘い裁定は下せない。幹比古、委員会室を貸してくれ」

「そうだね……悠元に任せた方が良さそうだから、部屋は開けておくよ」

「助かる」

 

 幹比古の言葉を聞いた後、悠元は米俵を担ぐかのように気絶した侍郎を右肩に乗せた。そしてそのまま保健室へと向かうことにした。保健室にはこの学校の保健医である安宿(あすか)怜美(さとみ)が思わず首を傾げていた。

 

「あら、悠元君。珍しく怪我でもしたのかしら?」

「そうじゃないってことは、安宿先生ならすぐに気付くでしょう。肩に担いでいる新入生が問題行動を起こしたので、達也と俺が魔法を撃ち込んで気絶させました」

 

 怜美は遥から引き継いだ定期カウンセリングで悠元と接する機会があり、ここ最近は保健室を貸し切って愛人として接することも少なくない(流石に学校の中で事を起こすまでには至っていない)。そんな事情はさておき、悠元は怜美の指示で侍郎の上着を脱がせ、ベッドに寝かせた。

 

「後で妹に彼を任せますので、暴れたら遠慮なく伸してください」 

「私に悠元君みたいな力はないんだけれど」

「一昨年に平河を取り押さえた人が何を言ってるんですか……」

 

 ともあれ、まずは事情確認が最優先だろう。原作と違い、侍郎が護衛から外されたわけでもなければ、侍郎も達也や深雪を知っている。それでいて騒ぎを起こした以上は侍郎本人の責任であり、連帯責任として詩奈も無関係とは言えない。

 そのまま風紀委員会室で生徒会から深雪と詩奈、風紀委員会から幹比古と雫、そして部活連の悠元の五人が話し合うことになった。

 

 まず、侍郎に関する事情を聞いたところ、詩奈の護衛という形を外したらしい。原作だと実力不足だが、この世界では『いずれ婚姻関係を結ぶ相手同士が主従関係を持ったままでは良くない』という三矢家と矢車家の判断なのだが、これをちゃんと聞かなかった侍郎が詩奈の安全を確保しようとして今回の行動に走った。

 これでは侍郎の単独責任となってしまうが、そこで詩奈は深雪に主従関係を結んでいた立場として詩奈自身にも責任があると明言し、侍郎への寛恕を求めた。

 

「……司波生徒会長は、その意見に賛成か?」

「はい。流石に入学初日ですし、それに家の事情ともなればまだ余地はあるとみていますので。吉田委員長は如何ですか?」

「僕としても生徒会長の判断に異存はない。後は神楽坂会頭次第だけど……」

「こんな初日に懲罰委員会なんて開きたくはないから、()()()生徒会長の提案を呑むことにする。その代わりと言っては何だが、矢車侍郎を部活連の幹部候補として誘いたい。風紀委員会で誘うのも構わないが」

 

 その後、侍郎の実力面を鑑みて風紀委員会の部活連推薦枠として入れることとした。更に、詩奈と侍郎を軽運動部に誘ったところ、侍郎の面倒を見るという観点で詩奈が入部を決めた。

 保健室で詩奈と侍郎がどんな会話をしたのかは魔法でみることもできるが、若い二人の行く末を覗き見して地獄に落ちたくないので止めたが、偶々隣室に移動した怜美から会話の全部を聞くことになったのはここだけの話。

 




 侍郎のところは最初どうしようかと悩みましたが、何らかの形で護衛の役目を外されたと考えた時に達也が「四葉の中枢に戻ることでガーディアンとしての役目が変わる」という文言から活用しました。
 ただ、与えられた役目を失って納得できなかった結果がご覧の有様です。なお、没案となった処置方法に詩奈による『表蓮華』で侍郎が埋められるのもありました(ぇ

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