魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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継がれていく立場

 入学式の翌日の月曜日。勝手がわからずに困っている新入生の姿が見られるものの、概ね平穏であった。とはいっても、悠元は入学式とその翌日を砲弾と硝煙と魔法が入り乱れた演習場で過ごしたため、その惨状に比べれば平穏だと思う。

 余談だが、悠元が暴れたことで本来二日間あったデモンストレーション戦闘が一日だけに短縮され、それに参加していた修次を人知れず吹き飛ばしていたことを幼馴染(エリカ)から聞かされた。その際に教えたところ、彼女は「やっぱり悠元は埒外だわ」と言われた。超高速で平然と動くお前に言われたくない、と返しておいた。

 

 そんな黒歴史化しつつある過去のことはさて置き、授業見学で来ている新一年生の視線が自分や深雪に向けられているのは当然気付いているが、一々気にしていたら疲れるだけなので無視した。

 

「予想していた通りと言うべきか、かなり多いな」

「そうですね」

 

 悠元の隣には深雪、雫、姫梨がいる。四人が何をしているのかという質問だが、単純に新一年生が危ないことをしでかさないかという監督役と見学を兼ねてのものだった。入学式翌日の二日間は特別な時間割と言うことで新一年生に向けての授業見学を主とした形となっている。

 今年からは魔工科の授業見学も入ってくるため、昨年までは普通に授業をしていたところが大分変更された形だ。その最大の要因は魔工科に所属している達也の存在である。

 

「錫の試料を真球に整えるための起動式をエディタで書き起こし、それを10分以内に完了させる課題ですか。悠元は何分で行けます?」

「うーん、起動式の書き起こしは真っ当にやると達也よりも遅いからな。“裏技”込みなら2分以内に仕上げられるが」

 

 “裏技”というのは、エディタの電子回路に疑似的な“接続”をすることで脳内にイメージした起動式を流し込むというもの。これは『記憶編纂(メモリーライズ)』によるものだが、起動式構築に魔法を使ってはいけないというルールは存在しない。

 なお、設備調整の一環でジェニファー・スミス教官に頼まれてこの方法で錫の真球を構築したところ、彼女が冷や汗を流していたのはここだけの話。その場に居合わせた達也からも「やはり埒外の天才だな」と言われた。

 

「……やっぱ悠元は埒外のジゴロ」

「雫さんや。埒外は仮に認めても、この場でジゴロは何も関係ないだろうに」

 

 そんな方法を他の生徒が真似できないし、達也も真似できないと呟いていたため、ジェニファーもルール変更などは特に考えなかった。聞けば、廿楽から悠元の規格外さを聞かされていたらしい。

 雫のぼやきにも近い台詞に反応しつつ、悠元は実験室に視線を落とした。

 

「悠元さん、お兄様は何分で完成させられると思いますか?」

「うーん……魔法力を勘案しても、6分半前後かな。多分、達也なら自然落下だけじゃなく減速落下の構築までやるだろうし」

 

 単に錫の真球を作るだけならば、完全に冷え切った真球を自然落下で落とせば済む話だ。だが、達也の場合は何処かで手抜きをするという考えなど持ち合わせていない。自然落下による衝撃で真球に傷やへこみが出来れば、正確性を求められる評価点が下がってしまう。

 なので、飛行魔法に用いられている重力制御術式を含めての起動式を打ち込むだろう。

 

 そんなことを話しているうちに達也の出番となった。大型モニターには起動式データが表示されるわけだが、それを見た新入生からどよめきの声が上がる。それを横目で見た雫はポツリと零すように呟いた。

 

「やっぱ、こうなった」

「こんな反応が出るのは妥当だろうな……起動式構築に3分で完成させたか」

 

 傍から見て、数字の羅列が表示されたモニターを見て理解出来る人間など数えた方が早い。達也がCADを作動させて魔法が発動すると、浮かび上がる立方体の錫の試料は融解して輪郭を失い、球形に成形されていく。

 

 第一高校(魔法工学科以外のクラス)の魔法力評価は主に現代魔法の出力や速度を重視した評価基準となっているが、今回の課題―――魔法工学科の課題に共通して言えることだが―――は、複雑な魔法式を正確に構築することにある。

 無論、キャパシティや事象干渉力が全く必要ないとは言えないが、必要であれば魔法式にブーストの記述を追加してやればいいだけだ。尤も、現行の魔法式構築方法では出力する情報量が“嵩張る”ということは殆どの人間が知らないことだ。

 

 そして、達也の魔法式によって完全に冷却された錫の試料は音を立てることなく試料台の上に置かれた。時間は6分34秒で、その組の中どころか3年の魔工科では一番速いタイムで完成させたことになる。

 

「ほぼ予想通りか」

「よく的中させられましたね」

「無理の無い成型をしようとするなら、余裕をもって3分半は掛かる様に見積もるだろうと思ったからな」

 

 それにしても、昨春の『恒星炉』実験の影響からか魔工科を目指そうと見学に来ている人間も少なくないのだろう。流石に見学に来ている全員が魔工技師志望とは言えないが、これも達也の功績の一つなのかもしれない。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 新規メンバーが増えるのは何も生徒会に限った事ではない。風紀委員会や部活連でも新一年生への勧誘が行われている。特に入試の成績優秀者は即戦力や将来性も買われて選ばれることが多い。一昔前は生徒会と風紀委員会、部活連で取り合いになって喧嘩沙汰に発展したケースもあったほどだ。

 既に卒業した国立魔法大学2年で元生徒会長の七草(さえぐさ)真由美(まゆみ)、元風紀委員長の渡辺(わたなべ)摩利(まり)、元部活連会頭の十文字(じゅうもんじ)克人(かつと)の“ビッグ3”や、現三役では生徒会長の司波(しば)深雪(みゆき)、風紀委員長の吉田(よしだ)幹比古(みきひこ)、部活連会頭の神楽坂(かぐらざか)悠元(ゆうと)の名が挙げられるが、ここまで複数の十師族直系や著名の魔法使いの子女が続いたこと自体奇跡なのだ。

 その影響で新一年生を組織同士で取り合うことはせず、互いに話し合いで穏便に済んでいるのは十師族という抑止力が学校内で働いた結果とも言えるだろう。そんな中、悠元は七宝琢磨が連れてきた新一年生の幹部候補と面談をしていた。

 

「……随分とガタイがいいな。これで先月まで中学生をしていたと言われても首を傾げるしかないな。おっと、済まないな。気に障るようなことを言ってしまって」

「いえ、家族にも散々言われていますので」

「苦労してるんだな……」

 

 琢磨が連れてきた新一年生は碓氷(うすい)威満(たけみつ)。現時点でも185センチに迫る身長と、80キロはあるであろうがっちりとした筋肉を有したスポーツマンのような体格をしていた。最初、悠元は琢磨に碓氷の体格を見て連れてきたのか、と訝しんだほどだった。

 

「碓氷君と呼ばせてもらうか。部活連会頭の神楽坂悠元という。大方の話は副会頭の七宝から聞いてはいると思うが、君を幹部候補生として勧誘したい」

「幹部候補生……その、自分の成績とか尋ねられないのですか?」

「まあ、裏事情を話すと入試の結果は生徒会と風紀委員会、部活連の幹部も目を通すからな。今年の入試の結果が第三位というのは上出来だと思うし、何かしら荒事というのは起きるからな」

 

 碓氷の見た目からして克人を想起させるような風貌の為、将来の部活連会頭として抜擢するには十分とみている。流石に風紀委員会レベルの対処をするまでには中々至らないが、もしもの時の実力はあって然るべきだと考えているからだ。

 

「それは、神楽坂先輩が入学式の場で仰っていたことも関係していますか?」

「否定はしない。現実として、魔法科高校・魔法大学または防衛大学校を経由して軍関連の進路に進む者は少なくない。まあ、そんな小難しい話はともかくとして、これからの三年間を意義のあるものに出来るかどうかは当人の意思と努力次第だがな」

 

 別に話を断ってもいいのだが、今年の新一年生も何かと癖の強い人間が多い以上は碓氷に話を引き受けて欲しい気持ちもある。新入生を奇人や変人などとは言いたくないし、それを言ったら在校生や卒業生にまで飛び火しそうなので心の片隅に仕舞った。

 碓氷は悠元の言葉を聞き、ほんの少し考える素振りを見せてから頭を下げた。

 

「宜しくお願いします、神楽坂会頭」

「ふむ、素直に入ってくれるのはありがたいが、これからが大変だぞ」

「腹は括りました」

「で、あるか」

 

 何処かの“うつけ”のような言葉が漏れたことはさておき、碓氷が幹部候補生として入ってくれることは部活連にとって大きなプラスであった。何せ、現2・3年のメンバーは現生徒会長のこともあって悠元に対して忠誠を誓うような有様となっている。それに染まっていない人材は本当に貴重であった。

 そんな気苦労が涙という形で零れ、これには碓氷が少し動揺していた。

 

「か、会頭? 何故泣いているのですか?」

「ああ、すまない。やっとまともに話せる後輩が出てくれたことに思わず涙が出たようだ」

「……心中をお察しいたします」

 

 後日、この一連の流れによって碓氷を悠元と琢磨の後を継いで部活連会頭になる運命が決定づけられることになろうとは、さしもの碓氷ですら予想だにしなかったのだった。

 

 生徒会に入った詩奈、結局風紀委員会の生徒会推薦枠で入った侍郎のことは、身内としても頑張って欲しいと思わなくもない。入学式の時は生徒会での話もあったためか、深雪よりもお近づきになりやすい詩奈はクラスメイトの対処で困っていた。

 そこに割って入ったのは詩奈のクラスメイトである裏部(うらべ)亜季(あき)という女子だ。何故知っているのかと言うと、見回りついでに侍郎を風紀委員会へ連れて行こうとしたところ、偶々遭遇したのだ。

 「ほら、幼馴染が待ってるよ!」と言って詩奈の背中を押す様に教室から出てきたところ、悠元と遭遇した亜季は目をキラキラさせて悠元に対して頭を下げた。

 

『あの、私は先輩のお姉さん―――三矢美嘉先輩に憧れてこの学校に入ったんです!』

 

 詳しい話を聞いたところ、美嘉がまだ高校生として九校戦に出ていた時、その格好良さに憧れたらしい。まだ自分よりは目標として現実味がある……とは言い難いが、志を高くすることは決して悪いことではない。

 人間という枠を卒業する覚悟があるのならば、止めるのも野暮と言うものだろう。

 

 なので、部活連推薦枠という形で亜季を推薦したいと提案すると、迷う暇もなく「宜しくお願いします!」と丁重に頭を下げた。見た目のタイプ的に詩奈とは正反対だが、真由美と摩利のような友人関係になってくれればありがたいと思う。

 だが、亜季は知らない。確かに詩奈は雰囲気からすれば親しみやすいのは間違いないし、そのお陰で友人も多い。だが、詩奈の規格外さを知るのはここからであるということを……彼女も含めた新一年生はまだ知らない。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 婚約者に対しての新居は出来たものの、悠元と達也はまだそちらへ全面的な引越しをしていない。本人たちが暮らしている(悠元の場合は居候の身だが)家は達也のパーソナルデータ上の父親である司波龍郎の所有物であり、本音を言えば深雪が「思い出深くはありますが、あの父親と思いたくない人間の持ち物というだけで離れたくなります」という言葉で早めの引越しを検討しているが、他の婚約者の転入予定が詰まっているために実現できていない。

 

 何せ、セキュリティー関連のことも含めると手続きに慎重を要するのは事実であるし、とりわけ悠元の場合はその中の一人に国家公認戦略級魔法師『十三使徒』がいるので、その辺の折衝が難航している……主に軍側からの我儘のせいなのだが、そんな彼らでも“四葉”が怖いために五輪澪は5月上旬の転居で決着がついた。

 達也側のほうは特に問題はないのだが、残るは悠元側の婚約者である一条茜と七草真由美の二名。真由美と泉美は戸籍を離れたものの、転居は連休前に行うことになっている。そのため、スケジュール調整の観点で真由美は泉美と同じ時期になることが決まった。

 

 茜の場合は通っている中学校と一条家の都合により、転居は高校進学に合わせて行うことが決まった。一条家当主の剛毅が負傷で動けないという事情も相まって、尚更金沢から離すという選択肢を剛毅が渋っているためだ。

 茜の母である美登里は娘の希望を出来るだけ叶えたい方針らしく、美登里の実家筋にあたる一色家も茜が悠元と婚約関係になることを好意的に捉えている。

 

 達也の婚約者は、アンジェリーナ・シールズを筆頭として光井ほのかと黒羽亜夜子が続き、市原鈴音と十七夜栞、三矢佳奈、藤林響子、平河小春・千秋姉妹、明智英美、里美スバル、七草香澄、小野遥とここまでは想定通りだった。

 だが、これで本決定かと思われた達也の婚約者は真夜の一言で更に波瀾を極めた。なんと、“暫定の本決定”と明言したのだ。つまり、達也の性分ならまだ増えてもおかしくはないだろう、という真夜の推測に達也が異論を唱えたかったのは言うまでもない。

 その一人になりそうなのは、昨年春に南盾島で助けた調整体魔法師『わだつみシリーズ』の一人である綿摘未(わたつみ)四亜(しあ)である。てっきり、同じシリーズの綿摘未(わたつみ)九亜(ここあ)かと思ったのだが、どうやら達也が助けた時にどこか思うところがあったのだろう。

 余談だが、九亜の初恋の相手は何とレオである。どうしてなのかというと、九亜が心を許していたエリカ繋がりのようだが、詳しい事情を聞いたら余計なことに首を突っ込みそうなので踏み込むのは止めた。二人が三人に増えた所で今更だと思う。

 

 早婚の傾向が強い魔法師社会であるが、そんな波は護人や十師族に止まらなかった。

 先日の沖縄の件でラウラ・カーティスに見初められ、ワイアット・カーティスにも認められた千葉寿和は4月4日に婚約を結んだ。寿和27歳、ラウラ16歳という年の差ではあったが、それを一番喜んだのはラウラの大叔父であるワイアットと寿和の直接の部下である稲垣であった。

 一方、複雑な感情を抱いたのは千葉家当主の丈一郎だった。何せ、この婚姻には彼の意向が一切反映されなかったからだ。遊び人気質ながらも女性関係には厳しく、千刃流に関しても一線級の実力者を千葉家は持て余していた。

 丈一郎は歳の離れた愛人と子を成し、その子が十師族直系の子息と幼馴染になったことで千葉の姓を名乗らせた。だが、彼女は別の男性と恋仲となり、挙句の果てには家出同然の形となっている。

 結果、長女以外の家族が家を出てしまっているという状況に陥っている。正直に言えば、長女が何処かの家に嫁げば済む話なのだが、それを丈一郎が率先して考えない辺り、娘に甘い性格なのかもしれない。

 

 年の差の愛人の子として生まれたエリカの反応はと言うと、寿和の婚約を聞いて腹を抱えて笑っていた。寿和が父親のように年の離れた女性と関係を持つようになったこともそうだが、エリカのことを散々嫌っている長女だけが未婚同然の状態となったことに溜飲が下りて盛大に笑ったらしい。

 そんなことから、エリカが寿和とラウラの二人と対面した際、寿和に対して「その子をちゃんと幸せにしないと、あたしと次兄でボコボコにするから覚悟しなさいよ」と発言した。エリカとラウラは義理の姉妹の関係になり、ラウラもエリカと上手くやっていけそうな印象を持ったらしい。

 

 そのラウラなのだが、誕生日が4月4日と言うことで婚約もその日にした。そして、しっかり学業を修めて欲しいというワイアットの要望で第一高校に通わせることとなった。なお、千葉家側の代理として上泉家が身元保証人として立ち会った。ラウラの命の恩人でもある三矢舞元もわざわざ沖縄から上京して見届けた。

 千葉家の家督を一体誰が継ぐという問題なのだが、こればかりは千葉家の問題なので関与する気はない。

 

 




前半はキグナスに出てきている人を少し追加しました。身長と体重は高校での成長分を加味して設定しています。三矢の影響力によって方向性に変化が出ているが、私は何も悪くない(ぇ

後半は魔法師の婚約事情のお話。寿和を折角生かした以上、彼には気苦労を一杯背負ってもらいます。大丈夫、この世界のFBIとかCIAの捜査官とかに比べたらまだホワイトかと。だって、スターズの暗闘を揉み消すだけでも胃薬レベルですし(リーナがフォーマルハウトを街中のビルの屋上で処刑した事とか)、この後の件で胃薬常備レベルになるかと。

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