魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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招待状の時点で感じる陰謀

 その日の夜の司波家。夕食も終わって一段落着いていた頃、悠元は通信をしていた。その相手は壬生家に養子として入った光宣であった。単に連絡をするだけならばメールでも良かったのだが、今回は重要な用件もあったために映像通信という形としていた。

 それは、光宣が転校するという案件であった。

 

「そうか、今週末には第一高校に転入するのか」

『はい。正直、学校を休みがちだった僕なんかが目立てるとは思いませんが』

「昨年の論文コンペで優勝を掻っ攫っていった当事者の台詞じゃないんだが?」

 

 第一高校絡みで言えば、リーナも転校という形で入ることが決まっている。クラスはセリアと同じ3年B組になる。そして、光宣は現状空いている空席を考えると2年B組となり、琢磨と同じクラスになる。

 論文コンペの時はまだ九島の姓を名乗っていた訳だが、仮に名乗らなくなっても九島烈の孫というネームバリューがそう簡単に色褪せることはない。

 

『はは、そこを突かれると痛いですね……それで、悠元さんが態々連絡をくれたということは、重要なお話ですか?』

「ああ。光宣が第二高校で副会長を務めていたから、学校三役に勧誘しようと思ってな。ちなみにだが、希望はあるか?」

『そうですね……風紀委員になりたいのですが、ダメでしょうか?』

「別に咎めはしないが、大丈夫なのだろうかと思ってな」

 

 何せ、光宣はいわば“男性版深雪”みたいなものだ。京都や横浜で見たような惨事が周囲で発生するリスクはあるが、人間離れした風貌で抑止できるメリットもあるだろう。悠元の言いたいことを察したのか、光宣からも苦笑が漏れていた。

 

「ま、光宣のやる気を削ぐつもりもないから、話は委員長に通しておく。光宣は幹比古と一度会っているから、話はしやすいと思う」

『助かります。そちらだと知り合いにも限りがありますので』

 

 風紀委員会については、知り合いだけで言えば生徒会推薦枠(幹比古・修司)部活連推薦枠(雫・由夢・侍郎)教職員推薦枠(森崎・香澄)となっており、今後『神将会』の行動を考慮して由夢には風紀委員を辞してもらい、その抜けた穴に光宣を入れる。秋には現3年生が一気に五人も抜ける形となるため、人員入れ替えの際に起きる引継ぎの混乱を最小限に抑える意味合いも含まれる。

 光宣が風紀委員を志望したのは、偏に達也の打ち立てた功績によるものだろう。第一高校での“二科生の風紀委員”という噂は他の魔法科高校にも伝わっており、光宣はそれが達也によるものだと直ぐに理解したのだ。

 現2年の三役構成については、理璃が次期生徒会長、香澄が次期風紀委員長、琢磨が次期部活連会頭と三役全てが十師族直系となる予定だ。もしかすると香澄の代わりに光宣が矢面に立たされる可能性はあるが、それはその時に決めればいい話だ。

 

「そういや、光宣は元の実家から連絡は来たりしているのか?」

『時折手紙が来たりしていますが、お祖父様や響子姉さんに相談しています。流石に今のご両親や紗耶香姉さんに迷惑はかけられませんので』

「既に十師族の名は捨てた身なのにな」

『全くです。この立ち位置になって悠元さんの気苦労が身に染みるほどです』

 

 疲れたような様子を見せる光宣に対し、悠元は「分からなくもない」と言いたげに顔を竦めた。

 実の父親が光宣をすんなりと手放したことで、彼は九島家に見切りを付けてきた。聡明な頭脳を持つ光宣なら、そんな実家から手紙を寄越す目的など手に取るようにわかる。

 差出人は光宣の兄で、十師族から落とされた九島家を盛り返すために彼を利用しようとしていることなど直ぐに分かる話だ。なので、光宣はその手紙を祖父の烈や姉同然の響子に持ち込んで相談していた。

 

『お祖父様から聞きました。お祖父様自身の苦悩も、その苦悩と嫉妬の結果として大叔父にあたる人をアメリカに追い出し、九島家を守りたいという思いに屈したがために四葉の復讐劇が起きてしまったことも。でも、僕は当事者じゃありませんし、既に九島家の人間ではないので咎めませんでした。ですが、九島烈の孫としてその罪は自覚しなければならない、と思っています』

 

 光宣はいわば、九島烈が悩んだ魔法師としての生の果てに生まれてしまった存在。卓越した魔法力を有しながらも、それに耐えうる器を併せ持つことなく生まれてしまった。光宣はそのことを自覚しつつ、自分の生きたいように生きると宣言するように述べた。

 

「そうか。まあ、光宣の人生なのだから、お前が好きに決めるといい。ただ……俺や達也、燈也のようになる可能性は高いが」

『それを聞かされると、病弱のまま朽ちていくのが良かったような気がしてきます』

「仮にそうだとしても、今度は九島家の行く末に関われないことに絶望してたかもしれんぞ?」

『はぁ……それは否定できないかも知れません』

 

 九島烈の孫というブランディングは決して侮れない。それを差し引いても、九島家の魔法を全て修得している光宣が一夫多妻の状況に陥ったとしても何ら不思議ではないのだ。既に悠元と達也、それに燈也という前例がいる以上、光宣がそうならない保証など無い。

 一夫多妻ということ自体民法から逸脱しているわけだが、戦力としての魔法師の存在を期待する政府としても戦略級魔法師クラスの婚姻に色目を付けることで多少の法を破るぐらいのことは黙認したいのかもしれない。それが後々問題とならないよう法改正を行うことになるわけだが、

 原作では病弱のままで拗れてパラサイト化した光宣だが、人間のまま健常者になったらなったで別の心配事を抱えることになった。彼の愚痴に対する悠元の指摘を聞いて、光宣は溜息を吐いていた。

 

「何にせよ、理璃ちゃんと上手くやっていけるように頑張れ」

『はい……先輩みたいな存在の悠元さんに言われると頑張れそうな気もします』

 

 そうして光宣との通信を終え、そのまま風呂に入ってリビングに来たところで、達也と深雪がソファーに座っていた。達也の手には手紙が握られており、恐らく悠元と光宣が通話してた時に来たものだと推測される。

 すると、達也と深雪の視線が同時に悠元へと向けられた。

 

「達也に深雪、どうした? 二人してこちらに視線を向けてきて」

「丁度良かったと思ってな。座ってくれ」

 

 達也の指示に従う形で悠元はソファーの空いている深雪の隣に腰を下ろした。その上で達也は悠元に持っていた手紙を差し出したので、悠元はそれを受け取って目を通した後、達也に返した。

 その内容は今度の日曜日、横浜の日本魔法協会関東支部にて反魔法主義運動対策の会議に招待したい、という趣のもの。差出人は十文字克人で、宛先は達也と深雪の二人に対してのものだった。

 

「内容は分かった。それで、達也が聞きたいことって?」

「ああ。会議には俺だけが出席するつもりで深雪と水波には伝えたんだが、悠元はどうする?」

「うーん……」

 

 この招待状は若手会議なのは間違いないが、その手紙に達也と深雪の名しかないことが気に掛かった。

 十師族・四葉家の人間で関係者だと公表しているのは、現当主の真夜と双子の姉である司波深夜、そして達也と深雪の四人だけ。若手だけを集めるというのであれば、達也と深雪しか該当しないのは道理が通る。

 だが、現在の司波家には悠元も居候という形で同居しており、単に効率を考えれば三人へ宛てる形として送った方が安上がりだ。それに、十文字家の現当主は他ならぬ克人なので、彼が悠元の存在を忘れるという失態を侵すとはとても思えなかった。

 

「その手紙はあくまでも“四葉家”の関係者に宛てたものだろうし、別の家の人間である俺が同行するのは筋が通らないから止めておく。尤も、達也は別の懸念も持っていそうだが」

「そうだな。今回の一件がとても十文字先輩の画策とは思えないが、七草家が考えたにしては捻りがないと思ってな」

 

 今年2月に起きた師族会議を狙った無差別爆弾テロ事件のような出来事が再発しないという保障などない。その名目を考えれば、今回の会議の面目は立つ。それ以前にも大小含めて魔法師に関わる犯罪などが起きている訳なのだから、危機感を共有しつつ具体的な対策を話し合おうという能動的な対応は割と褒められるべき行動だろう。

 だが、現実問題として現状の若い世代にあたる面々は世界群発戦争という争いを知らない世代。無論、戦争を機に高まっていく魔法師育成の波に揉まれてきたことは確かだろうが、三矢家直系のような魔法力を有する子女など殆どいないのが現状の師族二十八家の若手世代なのだ。

 自分とて前世は戦争を経験していない立場なので、戦争の経験の有無によることを咎めるつもりはない。他の魔法師を救うために能動的な行動を起こすことも賛成ではある。だが、その手法をどうするのかが一番問題となる。

 

「だとするなら、今回の会議を先輩と共同で提唱したのは七草弘一の長男である七草智一だろうな。先日、十文字先輩と七草先輩の二人と連絡した時、七草先輩が自分を通して智一氏と十文字先輩を取り持ってほしいと頼まれた、と聞いた」

「七草先輩が?」

「ああ。先輩は態々自分を通さなくても七草家と十文字家で連絡できるのに、そうしなかったことに対して訝しんでいた」

 

 元々関東地方を二家で受け持っていた実績を考えれば、そんな回りくどい方法を用いずとも直接連絡する方法はいくらでもある筈なのだ。なのに、態々真由美を介して連絡するということは、直接の連絡で生じる何かを取り除きたかったと考えるのが妥当だ。

 何かと考えた際、一番考えられるのは“七草弘一”という存在が一番妥当だろう。

 

「そもそも、まともに対処できる実効的な力さえ持っていない輩が話し合ったところでまともな案が出てくるとは到底思えん。魔法に対する恐怖を取り除くとするなら、魔法を真っ当な非魔法師に向けないと政府が保障してしまえば一番手っ取り早いんだがな」

 

 原作だと軍関係者がいる家が参加を辞退したことも問題である。別に師族二十八家で軍に対抗しようという訳ではない。国防軍の横槍を防ぎたいという思惑も理解できなくはないが、一番非魔法師という存在に関わっていて尚且つ国家を守る為の組織の人間から見た印象を知ることはとても大事な事なのだ。どこかの家に関しては寧ろ火に油を注ぎかねないので参加してくれなくても結構だが。

 政府の言葉に信を置くかどうかも分からないが、それでも言わないよりはマシなレベルだと思っている。日和見をすることの多い政治家に対する皮肉交じりの発言に、達也は一息吐いた後で悠元を窘めつつも問いかけた。

 

「いつになく過激な発言だが……なら、悠元だったらどうする?」

「ここ最近不祥事続きの九校戦をスポンサーなりサポーターの形で全面的に後援するというのが一番理に適っていると思うが、裏方の仕事を好き好んでやりたがる我慢強い奴らがいるのかね?」

 

 ここ最近、今年の九校戦が中止になるのではないかという噂がネット上に散見されるようになった。一昨年の不審な事故や昨年の軍事色が強い競技変更によって実行委員会のメンバーが一気に刷新され、まともな運営体制が取れるのかという疑問視があるためだ。

 なら、魔法師を統べる立場として一番味方にしやすい魔法師を後押しすることで少数勢力である魔法師社会の足場を固めるのが一番効率的だと考える。

 

 だが、十師族の若手の中には自らを特別視して他の魔法師を無意識的に見下す傾向があったりするのも問題として存在する。自分たちが先頭に立つという優越な意識からして、目立ちたがりで他の師族との足並みを乱すどころか味方であるはずの人間の足を引っ張り合いかねないのが最大の懸念事項なのだ。

 無論、全ての人間がそうであるとは言わないが、そういった気質を持ち得る人間と面識を持つためにその懸念が払拭できない。

 

「言い換えれば、師族会議の当主クラスでも腹の探り合いや主導権争いをしているというのに、次期当主や子女クラスで起きていないだなんて一体誰が保証できるのか、ということにも繋がる。その最たる例は達也たちも目撃しただろう?」

 

 それは昨年の七草香澄・泉美姉妹と七宝琢磨の一件だ。現在は既に解決した問題だが、実際に起きていたことは確かだ。その場合は七草家の特殊性も相まっての問題だったが、これが他の師族にも起きていない、と断言するには説得力があまりにも足りなさ過ぎる。

 悠元の言葉に対し、目撃していた達也と深雪、そして水波も頷いていた。

 

「そうなると、悠元さんはどんな案が浮上すると思われますか?」

「そうだな……魔法の有用性を大衆にアピールする―――誰かを神輿に担ぎ上げる案が真っ先に浮上する。優れた魔法師は容姿も優れているから、アイドルのように見られることも想定される。尤も、そんな案が師族会議に上がって来たら議長権限で握り潰すが」

 

 担ぎ上げられる当人へのリスクを考慮しなければ、その案によって社会的貢献をアピールするという行為は決して悪くない。だが、そもそもの前提として現代魔法に割り当てられてしまった“役割”―――核兵器を抑止、全面核戦争への道を回避する―――を見直さないことには、魔法に対する偏見の眼はそう簡単に変えられない。

 現代魔法の根幹を変えない限り、例えアイドルのような真似事をしても一時凌ぎでしかない稚拙な対策として終わる公算が高い。そのことを真っ向から指摘できる人間がいるとするなら、是非味方側に引き入れたいと思う。

 

「いくら十師族の家に生まれようと、社会に出れば当人の能力が真っ先に見られる。なまじ親が優秀だと子女の世代が割を食うというのは今に始まった事ではないが」

「そうなると、悠元はその会議が穏便に終わるとは思っていないわけだな?」

「師族二十八家に限っても、軍属の関係者が複数名いる。俺も裏向きではそんな立場だが、効率を重視するであろう十文字先輩が達也らの手紙に俺を連名としなかったのは……どうやら、七草弘一は息子の手柄を稼がせる目的もあるかもしれん」

 

 魔法師といえども老いと寿命には勝てない。それはかの剣豪こと上泉信綱であっても打ち勝てなかった事実。魔法師の性質上、真っ当に生まれれば非魔法師よりは長生きできる筈だが、それは古式魔法で顕著に見られることであり、現代魔法に限って言えば下手すると平均寿命が短い場合が多い。これは調整体魔法師などの存在が大きく影響している。

 現在の十師族当主は最年少が克人の19歳(数え年で20歳)で、最高が50歳代である二木舞衣と三矢元。明確に次期当主を指名したのは四葉家の達也と六塚家の燈也でいずれも十代に対し、若い世代となる八代雷蔵を除けば、次期当主といえども目立った実績を有していない。一条家は将輝が有力な次期当主筆頭だが、魔法力はともかくとして実務的な部分で経験不足が目立つ。

 七草弘一は47歳と師族会議メンバーでは高齢のほうに入る為、26歳の智一に次期当主としての箔を付けたいという意味は分からなくもない。

 

「七草家は体制再編で沖縄方面の守護・監視に回ることになる。それに向けての弾みを付けたいと考えるのなら一応の面目は立つが……達也、万が一深雪を担ぐような真似をしようものならば止めろ。最悪俺の名を出しても構わん」

「……分かった。それは、師族会議議長としての発言と捉えるが」

「構わない。一人に全ての重責とリスクを負わせるということなんて認められん。仮にやるとしても、師族二十八家および護人二家の三十家全て―――ひいては魔法師社会が平等に責任を負わなければ話にならん。なので、仮に俺宛の手紙が来ても『その日は家の用事がある為に出席できません』と丁重に断るつもりだ」

 

 矢面に立たせることになる以上、達也の後ろ盾としての立場を悠元は明言した。達也も悠元からの情報でロクな流れにならないだろうとみたのか、その要請に頷いた。

 

「悠元さんは、そこまでのことになるとお考えなのですね?」

「俺は七草智一の為人など知らん。だが、七草家と十文字家の共同ではなく十文字先輩を矢面に立たせた段階で七草弘一と同レベルに警戒すべきだと判断した。この先数十年は顔を突き合わせる相手になるかもしれんが、そんな相手に妥協する必要など無いからな」

 

 ここまで原作からかなり乖離しているのに、原作知識が通用する時点で一周回って噛み合ったような妙な感覚に囚われる。こうなると、光宣と水波の一件も何かしらの形で修正力が掛かるとみていいのかもしれない。

 だが、悠元が知り得ているのは将輝の『海爆(オーシャン・ブラスト)』のところまで。それ以降はセリアから聞いているが、その全てがその通りになるとは到底思えなかった。

 

「それに、会議の日は既に用事が入っているからな。上泉家と今後のことについて話し合わないといけない」

 

 そもそも、悠元と元継は今度の日曜に会談を開くことで調整していた。若手会議のことも大事ではあるが、護人の会談が最優先事項になる。内容は諸外国の動きに関わる事なので、どちらを優先するかと言われると若手会議を欠席するしかない。

 自分と次兄がいないことで生じる問題はあるかもしれない。だが、実働部分で主立って動いてきたのは他ならぬこちら側であり、能動的な対応をして来た側から言わせれば、他の師族も積極的な活動をすべきなのだ。

 魔法使いとしての矜持はあるのだろうが、秘密という言葉で沈黙を保っても何も解決はしない。だからと言って、誰かを人柱にするようなやり方は絶対に許容できない。日曜の会議はその試金石となるだろう。

 




 今更ですがキグナス3巻買って読みました。ネタバレを極力除いた上で言うならば、やっぱり新ソ連はソビエトの呪縛から逃れられなかったようです。
 悠元から見た優先度は護人の会議>若手会議で、最悪自分の名を出させることで達也へのヘイトを分散させる目的もあります。

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