魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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招待の受け取り方

 六塚家の次期当主として指名を受けた燈也も招待状を受け取っていた。年明け前までは新発田家に居候していた身だが、年明けに六塚家が東京に所有している別宅で暮らすこととなり、婚約者として既に指名されている五十嵐(いがらし)亜実(つぐみ)本郷(ほんごう)未亜(みあ)(本名:ミカエラ・ホンゴウ)と一緒の生活をしている。

 その手紙は司波家や三矢家とほぼ同じタイミングで届いた。

 

「……燈也君、その手紙には何て?」

「今度の日曜、横浜の協会関東支部で会議を開くとのことです。反魔法主義運動に対する話し合いとのことですが、僕には腑に落ちません」

「どうしてです?」

 

 リビングで手紙を見つめる燈也は尋ねる亜実に問いを返しつつも、どこか納得しがたい表情を見せていた。それには丁度キッチンから紅茶の入ったティーポットとカップをトレイで持ってきているミカエラが尋ねた。

 

「当主クラスが腹の探り合いで具体案が進まないのは仕方がないにせよ、僕らのような若手で一体何がひねり出せるというのですか、という話です。ロクな流れにならないと思うのですよ」

「成程。確かに十文字君にしては回りくどすぎるね。となると、まゆみんの実家が関与してそうな気もする」

「私はそこまで事情に詳しくないのでどうとも言えませんが……」

「ミアちゃんは仕方がないよ。元々ステイツの人間なんだし」

 

 ミカエラから紅茶の入ったカップを受け取り、一口付けた上で燈也は一つ息を吐く。

 彼が訝しむ理由はただ一つで、克人が仮に今回の発起人ならば師族二十八家の若手を中心にしたコミュニティを起点として将来の師族会議体制を固める懇親会という形にすると推察していた。

 そうなっていないという時点で誰かの意思が介在しているのは言うまでもなく、亜実の言葉も可能性として十分に考えられるということだ。

 

「お二人は知らないことかもしれませんが、大抵の師族直系の子女の場合、家の関連する企業に勤めることが多いです。姉も当主の座を継ぐまでは六塚家が株式を持つ会社の社員として働いていましたので」

 

 燈也からすれば、普通に社会の中に溶け込んでいる直系の人間といえども全て表立って魔法師として活動しているわけではないことを知っている。

 いくら魔法が国策として位置付けられていたとしても、魔法の機密性と“見えない恐怖”は大半を占める非魔法師にとって恐れを抱かせることになり、下手をすると中世に起きた『魔女狩り』の再来が起きかねない。

 

「そうなんだ……ねえ、燈也君。何で反魔法主義運動対策なのに肝心な家が入ってないのかな?」

「成程、エリカの実家である千葉家ですね(今回は師族二十八家と護人二家のみに対象を絞っていますが……別に、オブザーバーとして参加してもいい筈)」

 

 確かに顧傑の一件では十師族が表立って動いていたが、警察も独自に動いており、最終的には顧傑の逮捕を警察が行ったという形で決着した。千葉家の子女は全員30歳以下だし、それこそ現役警察官である長男の寿和がオブザーバーとして出席したところで何ら問題はない筈だ。

 

「……それで、燈也君は出席するのですか?」

「出るべきだと判断しています。これは僕の予感なのですが、反魔法主義の為にアイドルじみたアピール方法を取るような気がするんです」

 

 それをしなかったということは、燈也自身この会議がまともな議論になるとは到底思えなかった。同調圧力を以て会議を進ませるとなれば、起こりうる可能性として一番高いものを燈也は口に出した。

 

「魔法師が歌や踊りをするってことですか?」

「極論で言えばそうなりますね。それに、その対象として槍玉に挙げられそうな人間を僕は知っていますし、亜実さんも知っている人です」

「……あっ、司波君の妹さんね」

「ええ」

 

 そんなことになれば、まず婚約者である悠元は許容しないし、身内である達也も深雪の危険性を考慮して強硬に反対する。それに、アイドルのリスクについては親友であるレオの婚約者の一人が3Dアイドルアバターの関係者絡みで良く知っている。

 そのリスクを鑑みた際、四葉の現当主が誘拐された一件の再来を生み出すことに他ならず、最悪日本を起点とした四葉の復讐劇の再来で東アジア一帯が戦火に包まれかねない。

 

「無論、それは可能性の一つでしかないわけですが、能動的な対抗策を考えるのならば既にある魔法競技のスポンサーを推し進めて、プロリーグみたいなものを正式に作ればいいんじゃないかと思うんですよ。それこそ九校戦でやった競技を参考にすればいい訳ですし」

「魔法競技を……USNAでは聞いたこともないです」

「仕方ないですよ。現代魔法の起源が核兵器の抑止という軍事的な目的ですから」

 

 元々調整体魔法師として生まれたからこそ、燈也は十師族直系の中でもかなり冷めたものの見方をしていた。誰よりも人らしく生きようと考えた時、軍事的な目的で世に出てしまった現代魔法をあまり快く思っていなかった。

 だからこそ、誰よりも肉体面を鍛えることで魔法抜きでも対処できるようにしてきた。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 四葉家当主・四葉真夜の朝はそこまで早くなかった。フレックスタイム(労働者自身が労働時間の振り分けを決める制度)や在宅ワークの導入で、サラリーマンであっても朝早く起きたりするという忙しさは解消されたが、オフィスワーカーに比べればのんびりしている。

 

 そんな真夜の生活も数年前には大きく変わった。厳密には沖縄防衛戦後に深夜と会談した後、若返った姉に嫉妬してか魔法の訓練で早起きするようになった。更には、剛三の紹介で現当主の父親から武術の指南を受けている。

 尤も、始めた当初は長年の運動不足が祟って軽い準備運動だけで息が上がっており、同席した葉山が平然としていることに恨めしさを込めた視線を向けたこともあった。今となっては実年齢の同世代と比べて動けており、外見の年相応にまで動けるようになった。

 

 朝4時に起きた真夜がいつものように朝の訓練を終えたのが朝6時。そこから朝食を済ませて1時間が経った頃に、背後に控えた葉山が恭しい口調で真夜に告げた。

 

「奥様、達也さまよりビデオメールが届いております」

「ビデオメール? たっくんなら別に直接連絡をくれてもいいのに」

 

 真夜としては、実の息子の相談事ぐらい直接聞いても苦にはならないし、母親としてのコミュニケーションに飢えていた。

 その息子がビデオメールという形を取ったのは、今までの経験からして真夜が寝ている時間に連絡するのは忍びないという考えなのかもしれないが、他の誰かならばいざ知らず、達也ならいつ連絡してもいいと思っている。

 

「届いたのは昨晩、奥様がお休みになられてからのことです。ご不満のご様子ですが」

「葉山さんだけ聞けてるなんてズルいわよ。今までのたっくんに対する扱いからして、そうしたのは理由も分かるけど……そこまで急ぎではないと?」

「はい。達也様は『見て頂くのは翌朝で構わない』と仰せでした」

 

 それで興味を持った真夜は葉山にビデオメールを見ることを伝えると、葉山が控えていたメイドに指示を出してメールの再生をするための準備をさせる。準備が整ったところで真夜に確認を取った後、葉山が合図を出してメイドたちを退出させた。

 葉山自ら部屋の扉を施錠して防音壁を下ろすスイッチを入れた。デコード済みのデータを入れたメモリーカードをスタンドアロンの再生機にセットすると、真夜の正面に準備されたスクリーンに達也の映像が映し出された。

 

 メッセージ自体は3分にも満たない程度のものだった。最後まで見終わった真夜はというと、どこか不満を垣間見せたような笑みを浮かべていた。

 

「もう、たっくんってば……この程度のことなら私を通さなくても出席すればいいですのに」

 

 真夜からすれば、達也を自分の息子と認めた時点でそれなりの自由を与えたつもりでいた。だが、今回のビデオメールは達也が深雪のガーディアンという名残が何処か垣間見えてしまうものであり、長年そう扱って来た側とはいえ、真夜からすれば頑固とも言える息子の生真面目さに不満であった。

 

「達也様も、奥様とどう接していいものかお悩みになられているのかもしれませぬ。何分、達也様は長いこと深雪様のガーディアンとして勤めていた身ですので」

「……それもそうね。あの子を守るためとはいえ、厳しく接してきたのは事実ね」

 

 葉山のアドバイスに近い言葉に、真夜も渋々納得した。いきなり振舞い方を変えろと言われても、長年染み付いた癖というものは簡単に抜けない。四葉家の中でも使用人同然の扱いを受けていた立場から一気に次期当主へと躍り出たため、誰しも困惑するのは火を見るより明らかだ。

 

「して、奥様。達也様からの要請は如何いたしますか?」

「勿論許可するけど、連絡は私から致します。宜しいかしら?」

「畏まりました」

 

 葉山の問いかけに対して、真夜は直接連絡するという形となり、葉山は異論を唱えることなく頭を下げた。

 その後、私室のクローゼットを見つめて「似たようなドレスしかないわね……」とぼやく四葉家当主の姿を娘のように見つめる執事がいたのはここだけの話。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 本来、光宣は既に九島の家を離れているために参加する立場ではない。当然若手会議のことは何も聞かされていないわけだが、そんな自分に招待状が届いたことに光宣は思わず首を傾げていた。

 手紙を受け取ったのは今年の春から魔法大学の学生となった紗耶香で、夕食の席では光宣のことについて持ちきりとなった。早く内容が知りたいとせがむような視線に、光宣はペーパーナイフで封を切って中身を確認した。

 

「成程、今度の日曜に師族二十八家や護人二家の若手を集めて会議をするみたいです」

「へえ、反魔法主義運動に対する会議……他人事とは言えないわ」

「そうだな、壬生家にとっても避けては通れぬな」

 

 何せ、紗耶香が一昨年の春に『ブランシュ』の一件で洗脳されて騒動を起こした当事者。その事実は養子となった光宣にも知らされることとなったが、『パラサイト』の一件で騒動を起こした元実家のことを考えると、それを非難する権利など光宣にはなかった。

 

「光宣は会議に出るの? 体調が悪かったら無理しなくていいのよ?」

「そこは大丈夫です、お母さん。ちゃんとお医者さんにも太鼓判を貰っていますから」

 

 元々治療という形で壬生家に籍を移していたため、紗耶香の母からはいつも心配されていることに光宣は申し訳なさと気遣いによる嬉しさを感じていた。九島家では祖父と姉同然の従姉以外から家族と関わる機会がなかっただけに、尚更であった。

 そんな心境を思いつつ、光宣は思案した。

 

「でも、今の僕は師族二十八家と関わりを持たない人間なのですが、どうして十文字殿が僕にも招待状を送ったのかが疑問です」

「光宣は、何か懸念があるの?」

「ええ、まあ。何せ、僕が出れば元実家である九島家の人間と鉢合わせする可能性が高いですから」

 

 光宣が十文字家の人間である理璃と婚約していることは事実だが、それだけで十文字家の当主が光宣に配慮するという理由にはならない。それに、元実家の九島家にも当然招待状が送られているだろう。多分出るとなれば長兄だろうとみており、光宣からすれば距離を置きたい相手と接触するのはあまり宜しくない。

 デメリット以上の何かを光宣に期待している意図を感じたのか、一家の大黒柱である勇三(ゆうぞう)が声を発した。

 

「光宣。もしかしたら、十文字殿は自分に出来ない立ち回りを光宣に求めているのかもしれない。恐らく、会議には四葉家の人間として“彼”も出席するだろうからな」

「……成程、達也さんのフォロー役ということですか」

 

 光宣も正直、今度の若手会議が十文字家主体のものではないと薄々と感じていた。会議を立ち上げた側が自ら会議を壊すような真似は避けたいが、内容次第では会議の空気が悪くなると見込んでいるのかもしれない。

 なので、十文字家に関わりがある師族二十八家の関係者として光宣に白羽の矢を立てた、と勇三は睨んでいた。勇三も先日四葉家の人間と公表した達也と面識があり、彼が会議に出てくる可能性が高いと踏んでいた。

 それは光宣も達也の為人を考えればそうするだろうと結論付けたが、表情が曇った。その理由を察してか周囲の人々も苦笑を滲ませていた。

 

「正直、僕よりも年上の人が多くなりそうな中で会議のフォロー役なんて、普通は年長者の人間が行うべき案件ですよ。お祖父様の功績というのは時として重く感じてしまいます」

 

 ともあれ、久しぶりに知り合いと出会えるとなれば出ない理由もないため、光宣は会議への出席を決めたのだった。返事の書状も祖父の仕事の手伝いをしていたお陰で直ぐに書き終え、翌日に返事を十文字家に送付した。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 一条将輝が若手会議の招待状のことを知ったのは、学校から家に帰った後だった。将輝は帰宅すると、そのまま父親が寝ている部屋を訪れた。

 一昨日の戦闘で原因不明の衰弱状態に陥った一条家当主・一条剛毅は、病院で入院せずに自宅で療養している。昏睡で倒れた衝撃による打ち身程度のものはあったが、目立った外傷はおろか内臓や骨にも医学的なダメージは認められないという医師の判断により、病院では治療できないという理由があった。ならば群馬にある専門機関―――国立魔法医療大学の附属病院に入院する手もあったが、それは剛毅が固辞した。

 

「失礼します」

「将輝か、入れ」

 

 戦闘でダメージを負った剛毅は満足に起き上がれない状態で、健常な状態よりも眠っている時間は長いものの、意識はハッキリとしている。自宅での療養は剛毅本人の希望でもあった。そこには一条家当主としての責任を息子に負わせるには“足りない”という思惑があるのだが、自分から伝えて教えるのではなく将輝自らが学んで覚える姿勢を貫く以上、こればかりは仕方がないことだった。

 剛毅は電動ベッドのリクライニングを起こして、凭れ掛かるような体制で座っていた。

 

「親父、起きていて大丈夫なのか?」

「ああ、大分手足に力が戻って来た」

 

 将輝と話す傍ら、剛毅はベッドの横に控える部下に指示を飛ばす。部下は電子ペーパーのページをリモコンで操作する。

 剛毅は起きている時間を利用して一条家配下の魔法師を指揮していた。普段ならば側近に任せる領分の仕事だが、現在東北・北陸方面への侵攻の兆候が見られる以上、自ら指揮をすることで一条家としての責任を果たそうとしている。

 

「親父、新ソ連の船は姿を晦ましたんじゃなかったのか?」

「所属不明船だ。新ソ連のものとは断定していない」

「公式の話じゃないんだから別にいいだろう。それとも親父は新ソ連以外からやってきた可能性を信じているのか?」

「……不審船は所属不明のままだ。もしかしたら自沈したのかもしれない」

 

 所属不明船はあの一件以降、佐渡沖から姿を消した。当然、新ソ連から来たものだと疑っている将輝に対して、剛毅は何処か断定を避けているような発言に聞こえた。

 まるで、第三者に聞かれることを躊躇っているかのような……と、将輝はここにきて己の失態を恥じた。不審船のことは決して興味本位からくるものではなかったが、それよりも先に将輝が声を掛けるべき「第三者」がいることに気付いた。剛毅との会話を「そうか」と短く切り上げた上で、その人物に話しかけた。

 

津久葉(つくば)さん、本日もありがとうございます」

「どういたしまして。御当主様も無事に回復されているご様子で、私も無能を曝け出さずに済んで、ほっとしております」

 

 恐縮した様子で頭を下げた将輝の感謝を込めた言葉に、津久葉(つくば)夕歌(ゆうか)は謙遜を含んだ冗談めかした答えを返す。これが入院ではなく自宅療養を選んだ最後の理由だ。

 




 光宣はこの時点で師族二十八家の人間ではありませんが、この招待にもちゃんとした事情があってのものですので、後で語る形にしています。
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