魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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判断が遅すぎる

 克人は、そろそろつかさと話すことに疲れてきた。

 真由美と話す際、時折感じる居心地の悪さとはまた違う。彼女の場合、悪気はあっても悪意はない。基本的に善良な人間だからだ。

 だが、つかさの場合は悪気も悪意も無ければ善意もない。彼女の発想に誰かが喜ぶから、という視点など持たない。喜怒哀楽という人としての感情は備わっているのに、他人の感情を簡単に無視してしまう。

 だからと言って、任務に支障がない限りはルールやモラルを遵守するからこそ、なまじ質が悪いのだ。感情がないロボットやアンドロイドではなく、価値観が異なる異邦人でもない。コミュニケーションが何不自由なく行えるというスムーズさが逆に克人を疲労させていた。これならば、まだ家族と話している方がまだ疲れないだろう、とも思い始めていた。

 だが、つかさの用件は済んだ。後は別れの挨拶をするだけだろうと思った克人の思惑はつかさの言葉で粉砕されてしまった。

 

「ところで、四葉家の次期当主とその関係者、司波達也さんと司波深雪さんは会議に来られるのでしょうか?」

「……まだ返事は届いておりませんが、恐らく出席するでしょう」

 

 克人ははじめ、欠席する意向を伝えた側の人間であるつかさがそこまで気に掛けるのか理解できなかった。確かに十師族の中で一際秘密主義の気質が強い四葉家のことを十山家が気に掛けていても不思議とは思わなかったからだ。

 

「克人さんはお二人とご面識がおありなのですね?」

「一高の後輩ですから」

 

 克人の言葉に、つかさの視線が鋭いものに変わっていく。その瞳は鋭い光を放つ代わりに、まるで深淵を宿しているような雰囲気を克人は覚えた。

 

「どのような方々なのですか?」

「親しくしていたわけではありませんから、詳しい為人は分かりません」

「ご存じのことだけでも教えていただけませんか? 少なくとも、秘密主義の四葉家の人間であるにも拘らず、出席が任意の会議に顔を見せると判断できる程度にはご理解されているのでしょう?」

 

 成程、と克人はつかさの来訪理由をここにきて悟った。

 単に手紙で済むような用件だけで来る理由もないし、元々十山家のことは彼女の弟が担っているとつかさ自身も明言している。どうしても急ぐというのであれば、つかさの弟自ら出向くことだって可能性の範疇として十分あり得ることだ。

 つかさは国防軍情報部という社会の裏側で暗闘を繰り広げる組織の一員。それも重要な役目を担う人物。彼女は欠席の謝罪に託けて四葉の魔法師に関する情報を得るために出向いたのだろう、と克人は理解した。

 

 正直、克人につかさの要求を叶える義理はない。ましてや、上泉家との約定で十山家に対する関与を極力避けるように言い含められている。だが、こちらが知る情報といっても、達也と深雪に関することは自分が知り得た範囲外に無い。

 下手にこれ以上首を突っ込まれない為、という消極的な理由で克人は情報を開示する選択を取った。

 

「次期殿の妹君については、よく分かりません。次期殿は信義に厳しい人物であると感じはしました」

「信義に()()()? 信義に厚いのではなくてですか?」

 

 つかさの疑問は、普通の人間でも疑問を抱くには無理もないことだ。しかし、つかさの問いかけはまるで答えを理解しているようにも受け取れた。

 

「一度盟約を結べば、自分から決して裏切らない。だが、裏切りに対しては裏切りで報いる。それが自分の感じた司波達也という人物の印象です」

 

 克人と達也の関わりは、直接的な部分で言えば克人が部活連会頭だった時と、先日の顧傑に関する事件ぐらいでしかない。ごく短い付き合いの関わりで克人は達也の為人をそう評した。それを聞いたつかさは少し考え込んだ。

 

「……政府に、いえ、国防軍に裏切られたとしても、同じだと思いますか?」

()()()()()()利敵行為は働かないでしょう」

「軍の幹部や政府の役人には平気で敵対するということですね?」

「自分の方から敵対するような、愚かな人物ではありません」

 

 明らかに不穏な方向へ内容を傾けようとしていることに、克人は強い口調でハッキリと告げた。

 克人は達也の親友である悠元が皇宮警察『神将会』の人間だと知っているからこそ、多かれ少なかれその影響下にある達也が進んで敵対の意思を見せるような行動は取らないと断言できた。

 

「しかし、絶対的な忠誠心は持っていない」

「つかささん。あくまでも私が少ない付き合いの中で司波達也殿の為人―――印象を述べたまでであり、仮に個人に対する忠誠心は有していなくとも、国に対する忠誠心は持ち合わせていると思っています」

 

 しかし、克人の目の前にいる女性はまるで達也を危険視しているようにも受け取れた。かつて悠元を同じように危険視して痛い目に遭ったというのに、同じ愚を繰り返すようにも見えてしまった。

 それを問いかける暇もなく、つかさは更に続けた。

 

「独善的な愛国者というのは、教条的な平和主義者と同じぐらい有害な存在だと思われますが」

「愛国者も平和主義者も、ただ己の主張を唱えているだけならば害に成り得ません。実際に害を及ぼさない限り、内輪で争うのは得策ではない」

「嫌ですね。()()()()()、四葉家と事を構えるつもりなどありませんよ」

 

 つかさのその言葉に克人は眉を顰める。それを素知らぬ感じで受け流すかのように、つかさはすっかり冷めてしまったお茶に口を付けた。

 

 単に疲れるだけでなく、まるで達也を危険視するかのような爆弾発言を残して帰っていったつかさに対し、克人はまず私室に戻って着替えた。少し遅めの夕食とシャワーを浴びてから克人が向かったのは、光宣が泊まっている客室だった。

 理璃と光宣の婚約の話は既に十文字家の家内では周知のことであり、光宣が使っている部屋は客室というよりも光宣の私室にスライドさせることが前提で理璃の隣の部屋となっている。理璃だけでなく、弟の勇人(ゆうと)竜樹(たつき)、妹の和美(かずみ)とも親交を深めており、兄としての役割を光宣が自然と担っていることに少し寂しい気持ちと嫉妬のような感情を覚えたこともあった。

 それも一時のことであり、克人も光宣とは良き義兄弟の関係を構築しつつある。克人が中に入ると、光宣が扉を開いて出迎えてくれた。

 

「克人さん、おかえりなさい」

「……ああ、先程というわけではないが、ただいまだな。光宣は今一人か?」

「ああ、はい。話があるのでしたら、中に入ってください」

「すまない」

 

 本当なら光宣が客人としての立場になるのだが、異なる事情があったとはいえ家族としての付き合いに飢えていたのは克人と光宣の共通課題であった。そんなこともあってか、お互いに腹を割って話すことが増えており、これには克人の弟や妹たちから羨ましがられていることにさしもの克人も苦笑を滲ませたほどだ。

 九島烈の影響を強く受けていたためか、光宣の部屋は畳敷きの和室だった。光宣が手際よく座布団を敷き、克人は軽く頭を下げた上で胡坐をかいて座り、光宣も向き合う形で別の座布団の上に胡坐で座った。

 

「それで、何かご相談したいことがあるのですか? もしかして、先程の来客と関係があるのでしょうか?」

「……ああ。師補十八家が一つ、十山(とおやま)家の人間が出向いていてな。詳しい事情は話せないが、国防軍で軍務に就いている人と会っていた」

 

 いくら将来の身内とはいえ、他人である光宣に十山家と国防軍の関わりは話せない。あくまでも師族二十八家の一つである十山家の人間が国防軍関係者でもある、という体を取ることとした。

 

「彼女は今度の会議の欠席に託けて四葉の魔法師について訊ねてきた」

「四葉……もしかして、達也さんと深雪さんのことですか?」

「そうだ。自分は司波の為人をあくまで関わりのあった範疇で話しはしたが、彼女の言葉はまるで司波を脅威とみているような節があった」

「そんなことが……」

 

 光宣も克人が会った人間のことは少し気に掛かったが、それよりも達也を脅威と見ることにどこか違和感を覚えていた。

 周公瑾の捕縛(厳密には処刑だが)の際、達也や悠元たちに同行する形で共に動いて最終的に周公瑾を討ち取る一助となった光宣だが、その為人はそこまで詳しくないので「分からない」としか答えようがない。

 

「克人さんはどう答えられたのですか?」

「司波については信義に厳しい人間と答えた。妹の方は何とも言えないと答えるに止めたが」

「……確かに、その気質は僕も感じました。ですが、達也さんぐらいの厳しさなら“まだ優しい”と僕は思います」

 

 光宣の脳裏に浮かんだ達也よりも信義に厳しい人物―――それは言うまでもなく悠元のことだ。彼の場合、男女による差といった物理的な部分はおろか、魔法の実力面での優劣など二の次でしかない。

 彼が最も重視するのは“平穏”であり、それを乱す者がいれば躊躇う素振りなどなくあらゆる手段を以て戦意を挫く。それでもなお敵対するのならば、己の手を血で染めることも厭わない。

 光宣は九島家が十師族を降りた背景に悠元が大きく関与しており、自身の祖父である烈と悠元が話した内容は全て烈本人から聞き及んでいる。

 

「克人さん、まさか十山家は四葉家を排除しようと目論んでいるのですか?」

「いや、十山家は四葉家と事を構えるつもりはないとそう述べていた」

「ですが、その人物は国防軍の方と仰っていましたよね。ならば、国防軍が四葉家と事を構える可能性が出てきます」

「……そうだな」

 

 光宣とて、烈のシンパの存在を考えれば国防軍全てが四葉家と事を構えるとは考えにくい。だが、中には四葉の脅威を必要以上に感じている人間も少なくない筈だ。ならば、そういった一部の人間が達也や深雪に矛先を向ける可能性が浮上してくる。

 その意図も含んだ光宣の言葉に、克人も納得したように瞼を閉じて考え込むような姿勢を見せていた。

 

「ところで克人さん。今度の日曜の会議ですが、何故僕が招待の対象として入っているのでしょうか。九島家でも恐らく出席はすると思いますが」

「今度の会議のことなのだが、招待状自体は自分が発起人となっているが、元々は七草智一殿から相談を受けたことが起点となっている」

 

 克人は七草智一から相談を受けたことを隠すことなく明かした。どうせ他の師族からも見抜かれている部分があるだろうし、克人本人の気質からすれば性急すぎる部分があったのは否定できないからだ。

 

「成程。でも、今の自分は理璃さんの婚約者という立場とはいえ、まだ十文字家の人間ではありません」

「その理璃から少し聞いた話だが、光宣はかつて九島閣下の仕事を手伝っていたことがあったと聞き及んでいる。それと、司波の存在も気に掛かっている」

「早い話が、僕に会議のフォロー役を担えと仰るのでしょうか?」

「自分も可能な限りのことはするが、立場上一方的な肩を持つのは好ましくないからな」

 

 克人が発起人側となっている以上、自ら進んで会議を破綻するようなことは避けたい。だが、場合によってはそうなったとしても何ら不思議ではない。ましてや、四葉家で出席するであろう人物のことを考えれば、内容次第では会議が紛糾する可能性もあるとみている。

 壬生家で話していた内容の通りになったことに、光宣は思わずため息が漏れた。これには克人も「仕方がない」と苦笑を滲ませていた。

 

「まあ、家でもそうではないかと父から言われましたし、出席する旨の手紙は送りましたので今更欠席はしませんが」

「光宣にはすまないと思っている。尤も、これが杞憂に終わればいい訳だが」

「……その懸念があるのですか?」

 

 光宣の疑問に対し、克人は智一と話した時に護人二家の関係者を招くことに難色を示していた。招待状自体は智一から送ると明言しているが、日曜の会議に出てくるのかは克人でも把握出来ない領分となっていた。

 

「僕個人、悠元さんとはそれなりに付き合いがあるので、その観点から言わせてもらうと彼が会議に出てくる可能性は極めて低いと思います」

「師族の若手が集まる会議なのにか?」

「別に懇親会程度ならば彼も嫌な顔はしないでしょうが、反魔法主義運動の最先鋒として矢面に立って来た彼からしたら、『判断が遅すぎる』と一蹴するでしょう」

 

 先日のテロ事件ではテロリスト拘束の総責任者として動いており、その後に師族会議議長として就任した。『伝統派』の和解や国防軍に対する対処まで担ってきた人間からすれば、以前から存在していた問題に向き合ってこなかった時点で怠慢だ、と断じたとしても何ら不思議ではなかった。

 

「上泉家当主の彼のお兄さんも同様です。これまでも水面下で魔法師が被害に遭うケースは祖父の仕事から掴んでいました。全ての魔法師を統括すると謳っておきながら、全ての魔法師を救えていない。無論、僕も含めて師族二十八家が万能とは言いませんが、それでも出来ることをせずに話だけをしても意味がないと思います」

 

 自分に能力がありながらも、原因不明の体質によって歯がゆい思いを積み重ねてきた光宣だからこそ、健常者として動ける人間が積極的に魔法師を救おうとしていないことに疑問を呈した。

 『ブランシュ』の件も、元を糺せば魔法師としての能力の差から生じた問題が顕在化して起こった事。しかも、当時克人は部活連会頭としてその問題に向き合った。だが、実行部隊として指揮を執ったのは三矢の姓を名乗っていた悠元に他ならず、克人や真由美はその助言を受けて行動していただけに過ぎなかった。

 

「お二人からしたら、他の十師族直系の人間の動きは“何もしていない”に等しくなります。勿論、社会人や学生としての領分は守らなければなりませんが、その上で彼らはすべきことを成しています」

「……光宣は、どう行動すべきだと思っている?」

「そうですね……いきなり魔法を好きになれというのは難しいでしょうから、魔法に関する基礎知識を分かりやすく知らせるべきかと思っています」

 

 魔法に対する忌避感や嫌悪感を完全に取り除くのは難しい。ましてや“目に見えない恐怖”を完全に取り除くこと自体困難を極める。ならば、まずは“無知の知”を出来る限り解消する方向にすべきだろうと光宣はそう考えた。

 光宣との会談でようやく自分の考えが纏まったのか、克人は聞き手に徹していた側から話し手として声を発した。

 

「光宣、感謝する。正直、司波が仮に会議に出たとして、会議が平穏に終わるとは思えなかったからな。神楽坂が出た場合でも同じことは言えそうだが」

「克人さん、それだと達也さんや悠元さんが好き好んでトラブルを起こしたがる風に捉えてしまうような言い方に聞こえるのですが」

「……すまない。無論、二人の性分を考えるとそうでないことは承知しているのだがな」

 

 光宣には話さなかったが、克人が光宣を招待したのは十文字家としての問題も含んでいた。当主という立場上、どうしても現実的な思考に寄ってしまい、積極的な意見には踏み切れないだろうと睨んだ。そこで、元九島家かつ将来十文字家の関係者となる光宣ならば、より柔軟な発案を期待してのものだった。

 そこまで歳が変わらない未来の義弟に大人の事情を押し付けることに、克人は光宣に詫びたのだった。

 




 後者は光宣が会議に招待された経緯と克人の思惑に関する部分です。
 光宣は現状元九島家の人間でしかありませんが、会議の発起人が自ら会議を台無しにするのは体裁を考える上でも宜しくないと思い、実質十文字家の関係者になりつつある光宣にも声を掛けた次第です。
 なにより彼は昨年の論文コンペで一躍有名になったので、十師族直系世代でも知らぬ人間はいないでしょう。懸念は九島家が光宣を利用と目論んでいることですが、そもそも九島家って九島烈ありきの家だった部分は否めません。

 長男であったが故に家族との付き合い方が上手く出来ない克人と特異体質だったが故に家族から距離を置かれていた光宣。事情こそ違えど、家族に関する部分では家族付き合いという共通の課題を抱えていた二人なら仲良くできると思います。
 まあ、十師族に限らず魔法使いの家の家庭問題なんて山積しているに等しいですが。どこの家とは言いませんが。

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