魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

395 / 551
身近の恐怖の先にある強大な危険

―――孫美鈴(スンメイリン)

 

 その名を聞くだけでは、中国大陸もしくは中華系の女性であるという風に思うのが自然な流れだろう。

 だが、彼女自身は単なる人間であっても、その義理の父親が裏社会において多大な影響力を有していた香港系国際犯罪シンジケート『無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)』のトップであったリチャード・(スン)となれば、話は大きく変わる。

 

 原作では彼女が『無頭竜』の残党にリーダーとして担ぎ上げられることで、組織が再起することとなったが、この世界ではその芽すらなかった。悠元が『無頭竜』の賭けで損害を被った相手に対し、損失分を補填する代わりに『無頭竜』の残党狩りを敢行させたのだ。

 決して安くない額を補填してもらえるとなれば相手も必死になったのは事実で、結果として『無頭竜』の残党は見る影もなく綺麗に消え去った。これには当時まだ生きていた顧傑(グ・ジー)も憤慨したが、アンダーグラウンド全てを敵に回した時のリスクを考えた結果、黙認する他なかった。

 

 孫美鈴はリチャード=孫が気に入っていた情婦の娘だったのだが、その情婦が不慮の事故で亡くなったためにリチャードが引き取った。だが、その彼も亡くなったことで天涯孤独となった孫美鈴に手を差し伸べたのは、引き金を引いた側の人間である上泉剛三だった。

 東日本総支部を潰した際、剛三はダグラス・(ウォン)に対してそう宣言した後、カリフォルニアに住んでいた彼女を現地の知り合いによって渡航させ、日本へと亡命させた。その際、連絡の行き違いによって内閣府情報管理局によるマークを受けた形だが、その窮地を救ったのは偶々彼女と行動していた森崎(もりさき)駿(しゅん)だった。その後、情報管理局のエージェントが剛三の“シゴキ”を受けたことを知るのは……ごく一部の人間だけ。

 

 何故彼女の話題が出たのかというと、この世界において彼女は“第一世代”―――突発的に生まれ出た魔法資質を有する人間だったこともそうだが、その彼女は香港に渡航した後、大亜連合軍にスカウトされていた事実を知った。

 日本や欧米諸国からすれば厄介な火種でもあった顧傑やその弟子の周公瑾だが、大亜連合は多かれ少なかれ彼らの影響で魔法技術を得ることが出来ていた。孫美鈴を引き取ったのはそれに対するものではないとしても、事情を知る者からすれば『恩返し』と見られるだろう。

 なお、この影響が大きく関わってくるのは更に後の出来事となるが。

 

 閑話休題。

 

「……重かったら何時でも言ってくれよ」

「寧ろ、悠元の温かみを感じれるので」

 

 ツインタワーマンションが出来てからというものの、悠元は婚約者の絡みで週の半分をマンションで過ごすことが多くなり、一人で寝るという機会はほぼ皆無に近かった。今は姫梨の部屋に招かれて彼女の膝枕を甘んじて受けていた。

 婚約者の中で独占欲を出さない代わりに被独占欲という形で甘えられることが多い訳だが、それでも下手にラインを踏み越えていない辺りはしっかりルールが守られている形だ。とはいえ、悠元の全ての事情を知っているのは婚約者序列でも上位のみであり、一番把握しているのは前世で身内だったセリアに他ならない。

 

「本当なら今日はセリアの日だが、何かを掴んで慌てて出掛けて行ったからな。大方リーナ絡みなんだろうが」

「そういえば、彼女の軍籍は全て抜かれているのですか?」

「いや、肝心の『十三使徒』だけ抜かれていない。“シリウス”を空席にするのはマズいと考えているのかもしれんが」

 

 リーナはこの国で“アンジー・シリウス”を名乗って活動する気はない、と明言している。達也に惚れた弱みなのかもしれないが、USNA軍は彼女を完全帰化させることに難色を示す者も少なくない。その結果として『十三使徒』としてのリーナの立場は未だに残ってしまっている。

 そして、彼女と同居しているシルヴィア・マーキュリーだが、彼女の本名はシルヴィア・“バランス”―――この世界において、彼女はヴァージニア・バランス大佐の姪にあたるらしい。その事実はセリアも知らなかったようで、とても驚いていた。彼女は“アンジー・シリウスのサポート役”として任じられており、表向きは軍籍を抜けていない。

 

「よくよく考えれば、十代の人間が魔法師部隊の総隊長なんて諍いの種になりかねん。昨年のパラサイト事件の遠因と見做すこともできる」

「そういう悠元も師族会議議長ではありませんか」

「周囲からの印象があまりにも違うだろうに」

 

 悠元の場合、上泉家当主の元継から実力を認められているだけでなく、十師族の中でも発言力の高い四葉家と三矢家の支持を得ている。九校戦で『クリムゾン・プリンス』一条将輝を下したことで、実力を確かに示しつつ十師族の支持を得ることが出来ている。

 リーナの場合は、セリアの存在があるとはいえ、軍参謀本部の意向でスターズの総隊長という立場に据えられてしまった。実力主義とはいえ、本来軍の序列を鑑みればリーナの年上にいる人たちは面白くないだろう。

 

「セリアが出ていったとなると、多分達也さんか悠元絡みですか?」

「恐らくはな。まあ、USNAが将来頭を下げてくる事態に成ったら、その時は思いっ切り吹っ掛けてやるが」

 

 事態になるというか、そうなる未来はほぼ確定してしまっている。

 エドワード・クラークは既に『ディオーネー計画』を立案し始めており、その手始めとしてウィリアム・マクロードと共謀している。原作ではマクロードが途中で離脱したわけだが、達也を戦略級魔法師だと知っておいて日和った相手に遠慮する理由はない。クラークについてはかつてこの国で多大に貢献した“クラーク博士”に本気で土下座させてやるつもりだ。

 彼の企みは、悠元が事前に調べ上げた情報だけでなく『星見』からも同様の予言を得たことで確証を得た。

 

「それにしても、宇宙に魔法師を送り出すなんて……」

「単にそれ自体を悪と咎めるつもりはない。だが、同調圧力で無理矢理送り出せば確実に未来への禍根を生み出しかねない。それが分からんのかと言ってやりたい」

 

 仮に原作の『ディオーネー計画』が本当に実行された場合、それによって多くの魔法師が地球から追い出される事態となる。反魔法主義者からすれば一時的に喜ばしいことだが、それによって生じるのは全面核戦争の再来の危険性と魔法師による非魔法師への復讐という二重の危機を迎えることになる。

 数々の創作物で起きていた仮想が現実になりかねない危惧を抱えることになる……それをしっかり認識できていればまだ違っていたのかもしれないが、宇宙という未知の冒険や増大する世界人口への対処には勝てなかったのかもしれない。

 別に宇宙に行くことは悪いことじゃない。ロマンを抱くのも決して悪くはない。だが、どちらとも優劣意識を持ってはいけない。それが出来ないのは人間としての性なのだろう。

 

「悠元はどうするのですか?」

「参加する道理がない。俺が宇宙に行くとなれば、俺が今抱えている役職全てを放り出せと言っているのと同義だ。滅私奉公の理念を唱えられても、俺抜きでまともに十師族のシステムが動けるとは到底思えない」

 

 理由や興味があろうとも、クラークの提唱するプランに参加する道理がない。この国は既に『恒星炉』や『太陽炉』という重要機密がある以上、それを秘匿する意味で悠元は宇宙に出ていくことが出来ない。

 国際的なプロジェクトに参加する栄誉だと説得してくる輩は出てくるだろうが、そんな栄誉が欲しいのならば自らの足で勝ち取れと言い放つつもりでいる。

 

「元継兄さんを信用していない訳じゃないが、師族会議体制はまだ改革の途中だし、達也と進めている計画上、他の計画に割けるリソースはない」

「計画ですか……悠元のことだから、また度肝を抜かせるようなものでしょうね」

「まあ、否定はしないが」

 

 原作では四葉家プラス財界と東道青波で進められた『ESCAPES(エスケイプス)計画』。この世界では、それに追加する形で三矢家と上泉家、神楽坂家とその傘下の神坂グループ、そして極めつけに日本政府まで巻き込むこととした。

 過去に起きた大震災や大津波などの大規模災害によるライフライン喪失は、自然災害の多いこの国において重大な課題。悠元はその問題を内閣総理大臣に説き伏せ、現状生かし切れていない魔法科高校卒業生の進路先の一助として計画を組み込んだ。

 

「その一つとして既に話は進めている。魔法科高校の校長にまだ話はしていないが」

 

 その第一弾は『トーラス・シルバー』による魔法科高校の魔法教育プログラムの抜本的改革案を今年度中に提出し、来年度から実施に踏み切らせる方向で既に文部科学省と国立魔法大学の学長に話は付けている。

 

 現状、CADなしで魔法を安定的に使うという訓練は魔法科高校で実施されておらず、国防軍の最前線に配置された部隊で行われていることが多い。そもそも、現行の魔法師の殆どは魔法をただ使っているだけに過ぎず、魔法の“本質”を理解して行使していない。

 古式魔法では用いられる思考のプロセスを経由しないことで速度を上げる手法を取ったのが現代魔法だが、魔法を行使するのに思考しないという“矛盾”は魔法師の寿命を縮めることに他ならない。その具体的な事例は南盾島の「わだつみシリーズ」の子たちが陥っていた自己喪失状態だ。

 

「教育のカリキュラムに口を出すと?」

「来年度から一高は二科生制度を廃止するらしいが、その反動で何が起きるのかを考えた時、一番考えられることは“青田買い”だ。“玉の輿”とも言うが」

 

 思考することは、速度を遅くするだけ安全を確保することに繋がるし、魔法の効力を上昇させることにも繋がる。相手が先攻を仕掛けたとしても、そのコンマ数秒を埋める工夫さえ出来れば魔法発動の速度差などゼロに等しくなる。

 大体、現代魔法においても魔法師は魔法演算領域内で演算する関係で正しい情報を有する必要がある。この正しさというのは一律的なものではなく、バイオメトリクス―――体内時計のアルゴリズムや想子波に基づく魔法の変数入力システムという個々の資質に依存したものを指す。

 尤も、起動式へ個々の思考を追加するプロセスがないために物理法則の範疇から離脱できない有様となっているわけで、魔法がお粗末なために多種多様な魔法師が生まれない原因にもなってしまっている。

 

「その影響を俺や達也、燈也や幹比古にレオまで受けている以上、他の連中に波及しない筈がない。政略結婚とかが罷り通っているご時世で起きない保障なんてないからな」

「私は別にそういうつもりはなかったですし、いざとなれば愛人でも良かったですし」

「両親が泣くと思うぞ」

 

 伊勢家との話し合いの際、入籍はするが式は大学卒業後にすることを認めてもらっている。

 婚約者の中で神楽坂に姓が変わるのは序列第一位の深雪のみであり、第二位以下は雫が母方の鳴瀬姓、姫梨と夕歌、愛梨はそのままの姓で、沓子は白川(しらかわ)の姓を名乗ることとなり、セリアは養女の関係で九重の姓を名乗る。

 

「父は嘆くでしょうが、母も父を押し倒す形で結ばれたと聞いていますので」

「歴史は繰り返す、か」

 

 アリサは三矢の姓のままで、茉莉花は婚約時に家を師族二十八家入りさせる関係で十神(とおがみ)の姓となり、泉美は六塚の姓のまま。それ以降の茜(一条)、澪(五輪)、真由美(二木)も同様で、エフィアについては親族の関係で明智(あけち)の姓を名乗ることになった。

 

 ゴールディ家の秘術である『魔弾タスラム』を継承している英美だが、実はエフィアも遠い祖先から古式魔法をより洗練させた『魔弾タスラム』を継承してきていた。多様性という意味では後者の方に軍配が上がるのだが、これにはゴールディ家の事情が大きく影響していた。

 英国において名門の魔法使いと謳われるゴールディ家だが、第二次大戦後に分家の一派が他の分家と結託して本家を無実の罪で英国から追い出した。その分家の当該人物は本家の次期当主候補よりも実力が勝っており、本家が断絶した際の保険として継承していた『魔弾タスラム』の存在によってその人物の父親が欲を掻き、結果として御家騒動が発生した。

 ここで致命的な問題だったのは、分家に伝えられていたものは本家のものの“半分”でしかなく、その残りを補うために現代魔法の技術を取り入れた結果として完成したのが現在のゴールディ家の秘術『魔弾タスラム』というわけだ。

 

 古式魔法の名家として秘術と呼ぶには余りにも“子供騙し”としか思えない『魔弾タスラム』の事実が明るみになったのは、エフィアとの初対面の際に彼女が持っていた祖先の手記によって判明した。それ自体に状態保存魔法が掛かっており、それによって新たな魔法が生み出されてしまったのは悠元しか知らない話。

 

 それはさておき、エフィアの風貌を見た剛三が遺伝子検査でゴールディ家の縁者だと判明した直後に明智家を呼び出し、エフィアと英美が対面した。英美も彼女の両親もエフィアの姿を見て驚き、この事実はすぐさまゴールディ家に伝えられた。

 何せ、追い出したゴールディ本家の末裔が神楽坂家の婚約者序列に入ったのだ。英美の祖母―――ゴールディ家当主の伯母にあたる人物は当然頭を抱えた。だが、英美は既に四葉家次期当主の婚約者候補として申し込んでいるため、ここで徒に引っ掻き回すのは四葉家だけでなく上泉家や神楽坂家の心証すら悪くすることに繋がる。

 

『エイミィは良かったのか? 達也の婚約者になって』

『まー、恋愛感情はあったんだけど、ほのかがいる手前どうしたものかと思っちゃってね』

 

 英美自身、一昨年の九校戦で達也に世話になった恩義があり、ほのかの恋愛感情を後押ししているうちに英美自身も達也に惚れてしまっていた。ただ、ほのかへの裏切りになってしまうと思い悩むことも多くなった矢先、達也が四葉家次期当主として婚約者を募集するとなったことを聞いた。

 先日の御家騒動に対する謝罪の意を込めるということで、祖母から達也の婚約者となるように言い含められ、結果的には複数の婚約者を娶ることになった達也に少し同情してしまった英美だった。

 

「その妹さんだが、第一高校に入学したんだったな」

「そうね……早速目ぼしい子を見つけたからアタックするって張り切ってるけど」

「名前は?」

「矢車侍郎って言ってた……ねえ、悠元。その子って確か」

「俺の元実家の使用人の子だ。アイツも春が来たってことか……」

 

 現状、侍郎は詩奈の尻に敷かれ、矢車本家の娘から好意的に見られており、更には姫梨の妹からも目を付けられている。これも侍郎にとっては試練とも言うべきことなのだろう。血に染まった桜なんて見たくはないが、こればかりは侍郎に頑張ってもらう他ない。

 なお、その侍郎はここ数日詩奈に引っ張られる形で一緒のベッドで寝ているそうだが、侍郎が朝起きると詩奈が上に跨っている状態だそうだ……一線を超えていないというのは確定事項だが、遅かれ早かれなのかもしれない。

 

「詩奈の兄としては、在学中に詩奈を妊娠させる事態にさえならなければいいし、他の女性とも上手に付き合ってくれれば文句は言わないつもりだ……何故姫梨が不満げな表情をするんだ」

「だって、私はいつでもいいですし、わざと誘っているのに襲ってくれませんし」

「あのなぁ……」

 

 今の姫梨の恰好は寝間着だが、わざと首元に近いボタンを開けており、布地の間から見える胸を強調するかのような仕草を見せている。節操無しだと思われたくはないが、意気地なしと言われるのも癪に障る部分がある。

 結局、誘惑には勝てずに姫梨の誘惑を受け入れる形となったのだった。

 




前半に孫美鈴の話題を出したのは、単に「そう言えば話題に出すのを忘れていた」というのもありますが、大亜連合側も色々変化しているという一端を示す意味合いもあります。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。