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何かを掴んでセリアが慌てて出ていったのは、その内容が余りにも脅威を招くものとしか思えなかったからだ。単に連絡で済ませなかったのは国防軍にその内容を知られるのはマズいというもので、特に妨害などを受けることなくセリアはリーナが暮らしている住居に足を踏み入れた。
「リーナ」
「セリア、どうしたのよこんな時間に!?」
時間は既に19時を過ぎており、いくら何でも女性一人で出歩いていい様な時間帯ではない。リーナは少し息を切らしているセリアに驚くものの、ともかく部屋の中に招き入れた。リーナは達也の婚約者となったが、今は住んでいた住居を引き払う形となって引越しの荷造りの途中で、部屋にはいくつもの段ボール箱が置かれていた。
すると、奥の方からシルヴィアが出てきた。彼女もセリアの来訪に眼を見開いていた。
「セリア、どうしたのですか? そこまで急を要する事態が起きたのですか?」
「ふぅ……さっき情報収集をしてたら把握した事なんだけど。シルヴィ、軍から命令を受けたでしょ?」
「……ええ、その通りです」
セリアの情報収集能力はスターズの中でも群を抜いており、時には軍参謀本部すら凌駕するほどであるとシルヴィアは理解していた。本来ならば除隊したセリアに話せる内容ではないものの、誰かに聞いて欲しいと思ったのかシルヴィアが静かに話し始めた。
「軍の命令? 一体何の?」
「はい。昨年撤退した潜入作戦―――『グレート・ボム』および『シャイニング・バスター』の戦略級魔法師の確保を命じられました……言っておきますが、セリアとリーナを敵に回したくありませんし、それは向こうの“上”も理解していることです」
2095年12月から2096年3月にかけて、リーナとセリアは日本に派遣されていた。本来の任務は『灼熱と極光のハロウィン』を引き起こした二発の戦略級魔法師の確保、それが叶わぬ場合は戦略級魔法『グレート・ボム』と『シャイニング・バスター』の無力化だった。だが、USNAで起きていた『パラサイト』に憑りつかれた脱走兵が日本に逃亡し、二人は本来の任務ではないトラブルとの“二兎”を追う格好となった。
リーナの帰国に際して、魔法大学や一高以外の魔法科高校、魔法関連企業に潜入させていた人員も引き上げることとなり、戦略級魔法師の捜索は有耶無耶になっていた。しかし
ペンタゴンを統括する国防長官のリアム・スペンサーは当該人物の真の脅威を誰よりも間近に感じていて、出来ることならば大統領府の意向に従って意思の統一を図りたかった。だが、民主主義政治の性とも言うべきか、日本の戦略級魔法を危険視する派閥が
政治のコントロール下に無い作戦を認めたくはないが、下手に反発した輩がクーデター紛いのことを起こすのも不味い。苦肉の策として、今回の作戦はあくまでも諜報分野に特化させることで最悪の場合の実力行使による実行力を弱めることとした。
スターズでも屈指の実力者であるリーナとセリア。その婚約者が戦略級魔法師であることをシルヴィアも知っている。その作戦にシルヴィアが加わるのはバランス大佐だけでなく、
「なら、どうして?」
「今回の任務はいわば“ガス抜き”も兼ねているようです。これが、今回の任務に参加予定のメンバーリストです」
シルヴィアはリーナとセリアに端末を見せた。そこには今回の作戦に起用するメンバーが記載されていたが、前回のものとは比較にならないほど“お粗末”と評することしかできない面々ばかりだった。
だが、『パラサイト』事件ではリーナとセリアを起用し、顧傑の一件ではベンジャミン・カノープス少佐を日本に寄越していた。実力面ではなく諜報面で情報を得たいという意向も含まれているのだろうが、これを見たセリアは深い溜息を吐いた。
「……
「お兄様って……ああ、達也のことね。確かに舐めているとしか表現できないわ」
シールズ姉妹の容赦ない戦力分析にシルヴィアも苦笑を滲ませる。シルヴィアも決して弱くないことは二人も知っているが、相手にする対象が余りにも格上過ぎる。とりわけ神楽坂悠元はリーナとセリアの二人を魔法戦闘で打ち破った実績を有する。
この部分には新ソ連で使われたと思しき戦略級魔法の存在もある。下手に同盟国を内部工作で引っ掻き回せば、極東方面への軍事作戦を睨んでいる新ソ連と“共謀”したなどとあらぬ疑いを掛けられることとなるためだ。
「まあ、私は軍を抜けた身だからどうとも言えないけど、場合によってはお姉ちゃんの肩書きを使ってでも撤退すべきよ。最悪味方を見捨てても罪に問わないように私も掛け合うから」
「セリア……シルヴィ、セリアの言う通り“アンジー・シリウス”の名を使ってでも最悪は逃げてください」
「お二人とも……ありがとうございます。そのお心遣いを無碍にせぬよう努めます」
今の“シリウス”の名にどれほどの価値があるかなど、リーナにも分からない。だが、『十三使徒』の一人として名を連ねている以上、多かれ少なかれ説得力を有する……とリーナは自分に言い聞かせるようにしながらシルヴィアへそう伝え、姉妹からの言葉を噛み締めるようにシルヴィアも二人に対して敬礼をした。
◇ ◇ ◇
入学式から三日後、国立魔法大学付属第一高校で今年度の新入部員勧誘週間が始まった。例年の如く狂騒の宴が繰り広げられているわけだが、大きなトラブルは発生していない。四葉の人間である深雪と達也が目を光らせていることもそうだが、今年度の総代の兄が部活連会頭にいるという存在が抑止力として大いに働いていた。
それでもトラブルが発生しないという保証もないため、部活連からは悠元と燈也が、生徒会からは達也と詩奈が本部室に詰めていた。
「……暇だな。いや、これが本来あるべきことなのだろうが、来年以降は大丈夫かな」
「俺らには何とも言えないがな、悠元」
「それはご尤も」
何せ、一年時に様々なトラブルを解決してきた当事者がトップにいる以上、彼らを引っ張り出すような事態になれば、彼らの家にまでその悪評が伝わることとなる。四葉の当代と神楽坂の先代ならば面白がって首を突っ込みそうなだけに、悠元と達也の二人としては大きなトラブルもなく終わってくれる方がありがたかった。
「そういえば、軽運動部の方は良かったのですか?」
「あっちはエリカに任せてきた。まあ、大きなトラブルにならないだろうとみているけど」
変化があったと言えば、今まで部員の受け入れを原則的にしてこなかった軽運動部が新入部員の募集を始めたことだ。これは悠元の決定で決めたことだ。
元々、軽運動部は深雪に新陰流剣武術を教える一環で設立した経緯があるが、来年には悠元も深雪も卒業することとなる。その役目を終えるだけでは今まで使用してきた施設の取り決めを巡ってトラブルになりかねないと判断し、部員の募集を始めた。
ただ、その条件は特殊であり、一科生や二科生の括りを設けずにしている。更には相手の成績だけで人を判別するような人間を受け入れないと決めている。エリカを矢面に立たせたのは、彼女の観察眼を信用してのものだ。
「元々一科生や二科生の括りを考えず、純粋に強くなりたいという人間を集める目的にシフトさせることにした」
「つまり、実戦的な生徒を育てるためのものでしょうか?」
「どちらかといえば
現状、『魔法イコール兵器』という括りを取っ払うためには、魔法科高校の段階からその認識を完全に排除しなければならない。悠元の繋がりで詩奈と侍郎も軽運動部に入るが、それ以外の人間は基本的に成績が低い人間を掬い上げようと目論んでいる。
そして、今年度の二科生組を鍛えるために悠元はもう一つ目論んでいることがあった。
「実は、母上に頼んで今年の一高の二科生組は二クラスが魔工技師志望、残りは魔法師志望の編成にしてもらっている。受験に落ちた子の掬い上げも頼んでいるし」
「……成程、あくどい事を考えるものだな」
「この学校に優秀な成績で入ったからと言って、その先が順風満帆で行く筈なんて無いからな」
魔法科高校九校の入学試験に落ちた有資質者を拾い上げ、今年の四月から小田原に開校した全日・全寮制の
この学校は形式上魔法医療大学の付属校だが、魔法大学と魔法医療大学の協定によって最先端の現代魔法理論に基づいた魔法教育を受講することが出来るだけでなく、この学院で学ぶ教育内容の理論は悠元がこれまでの経験に基づいて構築されたものであり、既に数人の魔法師が一線級の実力を得ているお墨付きのもの。
この国の既存の魔法教育理論を破壊するべく、悠元は実力に乏しいと見做された魔法資質保有者を“成り上がらせる”ことで全ての根底を覆すことにした。
一高でも二科生組に最先端の魔法理論を学ばせることで、考査結果に波乱を巻き起こさせる腹積もりであり、魔法幾何学の繋がりで廿楽やジェニファー、身内の繋がりで佳奈にも協力を依頼している。どうせ暇をしているだろうと思ってカウンセラーの
確かにこの学校の教官は第一線で活躍している魔法師が多いが、それはあくまでも既存の魔法教育理論においての評価であり、本当の魔法教育理論に基づいた評価ではない。彼らのプライドを破壊してしまう様なものだが、それについては自分たちの自助努力で片を付けてもらうべき案件なのだ。
「……今年の1学期末の考査結果が逆に楽しみになってきましたね」
「これで上位の大半が入試の下位組で固まったら、あの校長はどういう言い訳をするのか楽しみだ」
「二人とも……」
「あ、あはは……(胡坐を掻かずに自分も頑張らないと……)」
明らかに物騒なことを述べている燈也と悠元だが、学校にあまり期待していないという意味では達也も同意見であり、こればかりは黙認する形で呆れ返るような素振りを見せた。そして、詩奈も入試の結果だけに満足することなく学習することを決意したのだった。
勧誘週間が始まって3日目―――4月12日の夜、そんな学生らしい平穏を破るかのように一本の電話が司波家に掛かってきていた。自室のオフライン端末で『トゥマーン・ボンバ』の細かい術式解析をしていたところ、ノック音が響いた。
すると、姿を見せたのは深雪だった。上は先程も着ていたレースのブラウスだが、下は落ち着いた色のフレアスカートを身に着けていた。
「深雪か。態々着替えたとなると、来客か連絡かな?」
「四葉本家からの連絡です。今はお兄様とお話されておりますが、悠元さんにも同席してほしいと思いまして」
四葉家と神楽坂家の関係に加え、達也の軍事行動の責任者としても他人事ではない。悠元は端末を一旦スリープ状態にして深雪に引っ張られるような形でリビングに赴くと、モニターには四葉家当主・四葉真夜が映っており、達也は特に表情を崩すことなく話していた。
深雪は少し名残惜しそうに悠元の手を離すと、姿勢を正して真夜に頭を下げた。
「お待たせしました、叔母様」
『構いませんよ、深雪さん。悠元さんもごめんなさいね。この場合は神楽坂様と呼称した方が宜しかったかしら?』
「公的な場ではありませんし、別に権力を振り翳す場でもありませんので悪しからず」
真夜は深雪のお詫びの言葉を軽く受け取りつつ、悠元には畏まるように述べたことに対し、当の本人が苦笑を交えつつ丁重に述べた。急な連絡ではあるが、現状新ソ連の侵攻の予兆がある以上、ここで連絡してくるのは既定路線とも言えた。
『では、今度の日曜の午後にいらっしゃい。そういえば、悠元さんは今度の会議に出席されるのかしら?』
発言の前半は主に達也に向けてのものだが、後半は悠元への問いかけ。今度の会議で該当するのは間違いなく師族二十八家の若手による会議だと直ぐに察していた。
「いえ、その日は既に神楽坂家と上泉家、それと政府関係者による会議を予定しています。なので若手会議には出れません」
『あら、そうでしたの。具体的にはどのような会議なのかお伺いしても宜しいかしら?』
「構いません。昨今の国際事情も踏まえて日本国内の政策会議を行うようなものです」
元々、神楽坂家は皇族(朝廷)の裏側に徹しながらも仇をなすであろう敵を排除することで秩序を保ってきた。政治の役割が朝廷から人民の政府に移ってもそれが変わることなく現在まで受け継がれており、今度の会議は護人の意向を政府関係者―――内閣総理大臣に進言することとなる。
「この国における反魔法主義の芽は大分摘みましたが、非魔法師が魔法師に対する恐怖そのものを取り除いたわけではありません。いずれ第二第三の『ブランシュ』が出てくることも十分に考えられます」
『時が経てばそうなるでしょうね。では、悠元さんはどうされるおつもりなのですか?』
「魔法という存在を明確化すること。具体的に述べるとするなら、既存の現代魔法を破壊します」
悠元が述べたことに対して隣にいる達也や深雪、その近くにいる水波のみならず、モニターに映る真夜も驚きを露わにしていた。何せ、現在の師族会議議長が既存の現代魔法を“破壊”すると公言したのだ。
「現行の現代魔法は軍事力。より正確に言えば『核兵器および原子力の抑止』に端を発したもの。目に見えないものを守るためとはいえ、目視出来ないことによって生じる恐怖が非魔法師に余計な軋轢を与えている。ならば、魔法が誰の目から見ても分かる形になれば、必要以上の恐怖を与えずに済むと考えたまでです」
『理屈は分かりますが、ではどうやってそれを実現するというのですか?』
「魔法の光学可視化技術―――それを搭載したCAD『ホーリーブロッサムシリーズ』を開発元『トーラス・シルバー』としてFLTから販売します」
現行の魔法監視システムでも機能していないとは言えないが、政府としても先日の顧傑の一件によって対古式魔法の対策が迫られたのも事実であった。
現在の現代魔法はあくまでもUSNA―――旧合衆国から端を発したもの。ならば、既存の魔法理論を一度真っ新にした上で日本としての魔法教育を一から積み上げる。とは言っても、別に今ある現代魔法全てを捨て去る必要などなく、既存の魔法構築式に少しばかり“思考”を加えるだけに他ならない。
その分の魔法発動速度は遅くなるが、今まで何も考えずにただ魔法を使っているだけでは上達などするはずがない。一流のアスリートやアーティストだって全て自分だけの力で解決してきたわけではないのだから。
「それと、先程は大袈裟に“破壊”などと申しましたが、正確には現代魔法で捨て去ったものを古式魔法に倣う形で取り戻させます。本来魔法の制御に必要である筈なのに捨て去った“思考”のプロセスを組み込み直します。既存の起動式を直す手間はありますが、こればかりは喫緊の課題でもありますので。ちなみに、自分が達也や深雪に渡している魔法は全て思考プロセスを組み込むことで柔軟な多変数化による制御を可能にしています」
現代魔法でも変数入力を魔法演算領域で行うプロセスはあるが、既存の起動式によってその変数入力の時間がそのまま魔法発動速度へダイレクトに反映されてしまっている。各々異なる魔法演算領域なのに、画一の起動式を用いて全て同じ結果になるはずなどない。
悠元が渡した魔法の領域制御が従来の現代魔法よりも遥かに柔軟なのは、本来現代魔法で必要とされていない“思考による変数入力”のプロセスを組み込んでいる為だった。
師族会議議長が率先してこんなことをしていいのか、と疑問に思われるでしょうが、寧ろ魔法師社会を発展させると同時に、実力不足で入試から弾かれた若者を犯罪へ走られる前に掬い上げることで穴を埋めるためのものです。
魔法師の頭数を増やすことで生じる問題も出てくるわけですが、抑止力を誰か一人に押し付けるのではなく複数による共同統制を目的としている側面もあります。
国の利益を守るというのは、何も軍事的な部分だけに限りませんので。尤も、最終的な手段を行使するにあたっての切り札は戦略級魔法という事実は変わりませんが。