魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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名目の上司の頭が高い

 現代魔法は物理法則の改変に限定し、古式魔法に存在した思考のプロセスを省くことで発動速度の向上に成功した。当時の魔法研究者は軍事面に偏っていたが故に、相手よりも機先を制することに重きを置いていた。

 単純に核分裂反応を抑止したり、貫通力が高い中性子を防いだりすることに成功した部分は核兵器の使用を躊躇わせる意味において重要なファクターとも言えよう。だが、それに欲を掻いて核兵器を制御しようと目論んだ旧合衆国の野望は未だに燻ぶっている。

 

『つまり、既存の現代魔法を変革するということですか……面白そうですね』

「母上、面白さで語るべきことではないかと思われますが」

 

 核抑止の成功は魔法の単一化構造―――異なる魔法同士の連続性を著しく奪うことに繋がることとなった。古式魔法でみられる“属性”や“精霊”などといった自然的な概念が現代魔法と噛み合わなかったのは、思考というプロセスを排除したことによる弊害だ。

 

 例えば、古式魔法における飛行術式は使用者こそ選ぶものの、継続的な行使によって安定的な飛行を可能としている。一方、現代魔法における飛行魔法は終了条件を定義することと次の魔法までの感覚を機械で補助しているために安定した飛行が出来ているに過ぎない。

 悠元が使っている重力制御と達也が組み上げていた重力制御術式で約4割の誤差が生じたのは、古式魔法に近い構築方法を取っていた悠元と現代魔法中心の組み方をしていた達也の間で生じた魔法知識の差である。

 

『悠元さん。例えば、たっくんのような魔法師でも普通に魔法を使うことは出来ますか?』

「出来ます。それは既に実験済みですので」

 

 本来、先天的に備わった固有魔法が魔法演算領域を占有するという事態には至らない。仮にその定説が通るとするならば、『コキュートス』を持つ深雪も同様の悩みを抱えているということに他ならないが、少なくともそう言った素振りは見られない。魔法による魔法演算領域の占有―――つまるところ、魔法演算領域そのものが一つの刻印型魔法式のようなものとして成り立っていなければならないということだ。

 

 悠元の言葉の根拠は、紛れもない悠元本人によるもの。魔法知覚力による異常聴覚は言い方を変えれば“音の情報強化による演算領域占有”に他ならない。苦労の末にその制御が出来るようになったことで魔法力にもかなりの余裕が出来るようになった。

 

「実は達也にも黙っていたのですが、魔法の制御訓練には達也の特異的な演算領域を他の魔法でも使えるようにするためのものがありました」

「……確かに、悠元から訓練を受けるようになってから今までまともに行使できなかった魔法も大分使えるようになった。やはり天才だな、お前は」

「やめてくれ、達也……コホン、失礼しました。話が脱線してしまいましたね」

 

 達也からの褒めの言葉に悠元は「大したことなどしていない」とでも言いたげに言葉を返し、真夜は笑みを零しており、深雪は尊敬の眼差しを悠元に向けていた。話が脱線し過ぎたため、悠元はわざとらしく咳払いをした上で話を若手会議に戻す。

 

「ともかく、私の方は政府と対話をする重要な会議が控えておりますので、若手会議の行く末は参加者に任せる事とします。若輩とはいえ師族会議議長がいることで議論が委縮しても困りますので」

『あら、お優しいのですね。ですが、宜しいのですか?』

「想定される懸念事項は既に達也へ伝えてありますから」

 

 真夜の発言には七草家が何かしらの企みをしていると掴んでいる様なニュアンスが含まれていた。悠元はそれを読み取った上で対策は講じていると明言した。

 

「七草家の長男が何かしら企んでいるのは既に掴んでいますし、一応身内である兄にも発破を掛けておきました。困った時には味方に引き入れやすいかと思います」

『感謝します、悠元さん。そうそう達也さん、その会議の前に一つ仕事を頼むことになるかと思います』

「仕事ですか? それは、四葉家としての仕事でしょうか?」

 

 悠元への感謝の後、真夜は思い出したように達也へ仕事を頼むという文言を言い放ち、これには達也が少し疑問に思うような口ぶりをみせた。

 

『依頼主は四葉家(わたし)ではなく国防軍になるでしょう』

「成程、新ソ連軍による侵攻阻止の協力と解釈して宜しいのですか?」

『正解です。もう、察しが良くて助かるのは流石私の息子だけど、もう少し分からない振りをしてくれてもいいのに』

「……」

 

 拗ねたような素振りを見せているモニターの母親に対し、どう反応すべきか困っている息子。世話を焼きたいという魂胆は読み取れるが、それに対して「一体どうすればいいのか」という対応は達也にとって未体験のゾーンとなる為、こうなっても致し方がないだろうと思う。

 少し困ったような素振りを見せた達也を見て、悠元は真夜に問いかけた。

 

「真夜さんは新ソ連が戦略級魔法『トゥマーン・ボンバ』を用いてくるとお考えなのですね?」

『その通りです、悠元さん。それと、今月初めにモスクワ近郊で使われた魔法、そして一条家を襲った魔法も戦略級魔法「トゥマーン・ボンバ」だと思っているのです。悠元さんの見解は如何ですか?』

「十中八九、そちらの推測とほぼ同一の見解とみています……成程、達也を実際に対峙させることで戦略級魔法を解析させるのが狙いですか」

 

 達也の魔法解析能力は群を抜いている。これまで『十三使徒』の戦略級魔法の中で明確な魔法効果が分からなかった『トゥマーン・ボンバ』を解析したいという思惑を見抜き、真夜は笑みを零した。

 

『悠元さんに隠し事は出来ませんね』

「魔法で大量に酸水素ガスを生成し、一気に点火するのが『トゥマーン・ボンバ』のメカニズムだと母上はお考えなのですか?」

『酸水素ガスを用いた気化爆弾だと思われますが、肝心の仕組みはサッパリですけれど。それはともかく、佐渡沖で使ったとなれば侵攻ルート先の宗谷海峡でも使わない理由がありませんもの』

 

 モスクワで一度使った以上、明るみになるリスクなどベゾブラゾフも当然理解しているだろう。それに、ベゾブラゾフは過去にベーリング海で『トゥマーン・ボンバ』を用いて当時のスターズ総隊長“ウィリアム・シリウス”を葬っている。

 広域爆撃ができるのならば、その逆である収束爆撃も可能だろう。それを原作知識で理解している以上、その対策は既に考えている。とはいえ、ここら辺は達也からの助けを求められれば遠慮なく開示するつもりだ。

 

『たっくんの「マテリアル・バースト」は流石に使えませんが、「術式解散(グラム・ディスパージョン)」もしくは「雲散霧消(ミスト・ディスパージョン)」で対処できるのではないかと踏んでいます』

「了解しました」

『それでは達也に深雪さん、日曜日に会えることを楽しみにしています』

 

 達也と深雪が頭を下げている間に、真夜との電話が切れた。

 電話が終わったことで、立ちっぱなしだった達也はやや乱暴な仕草でソファーに座り込んだ。それには悠元と深雪が顔を見合わせてお互いに笑みを零し、空いているソファーに座った。

 

「お疲れ様、達也。まあ、真夜さんからすれば貴重な親子の会話なんだ」

「理解はしているのだがな。それにしても、悠元も大分思い切ったことを口にしたな」

「そうか? 『ESCAPES』のことを考えれば、既存の現代魔法で説明できない部分があるから早い段階で明文化しなきゃならない」

 

 聖遺物(レリック)の存在を加味しても、現行の現代魔法では説明がつかないとUSNAやイギリス辺りが騒ぎ出すだろう。アンダーグラウンドの犯罪組織も動くことを加味すれば、早い段階で釘を刺さねば話にならない。

 水波が丁度コーヒーを差し出してきたので、それを受け取って一口付けてから悠元は再び話始める。

 

「その絡みで一つ報告しておく。達也はレイモンド・クラークを覚えているか?」

「ああ。『パラサイト』事件の時にビデオメールを送ってきた人物のことか」

「その父親は政府機関の研究者なんだが、名はエドワード・クラーク。彼はどうやら俺たちの戦略級魔法を恐れて宇宙に追放しようと目論んでいるようだ」

「宇宙に、ですか?」

 

 深雪が怒りよりも先に疑問を浮かべたのは、単に戦略級魔法師という理由だけで二人を追放するにも説得力が皆無だったためだ。加えて双方共に未成年の高校生であるだけでなく、USNAの中でも悠元と達也の素性を知る者はかなり限定されている。

 疑問を浮かべる深雪に対して、達也は一つの可能性を口に出した。

 

「……『トーラス・シルバー』。それを理由にして俺たちを追放するということか」

「だろうな。だが、仮にそれを呑むとしても盛大に吹っ掛けるつもりだ。例えば……USNAのシギントシステムである『エシェロンⅢ』を寄越せとか」

 

 かぐや姫ですら「え、妾でもそこまでしないんだけど……」と逆にドン引きさせるような条件をUSNAだけでなく国際魔法協会にも吹っ掛けるつもりだ。それが呑めないのならば、マクシミリアン・デバイスや主要CADメーカー及びメディアのTOB(公開買い付け)だけでなく、個人的に保有している米国の国債を“全売却”することも通告する。

 

「それは……流石に向こうも呑むとは思えんが」

「別に呑ませるつもりなんてない。達也はともかく、俺は上皇陛下および今上陛下の信任を得てこの国の守護を任された身だ。その任を放り出せということは、天皇陛下に対する侮辱にも等しき行い。それを王でもない公人が口に出す意味を理解してもらわなければならない」

 

 人の一生を大人が勝手に決めようとしているのだから、大人も損を負ってもらわなければ話にならない。これでもベゾブラゾフが参加を表明したら、新ソ連の東半分を大亜連合と日本、USNAに割譲・分割統治という無理難題を吹っかける予定だ。

 『ハル・ノート』の二番煎じだが、エドワード・クラーク―――USNAが吹っ掛けた喧嘩を態々買ってやるというのだ。名誉で国の安全なんて買えやしないのだから。

 

「同盟国とか言っておきながら、肝心の部分は第二次大戦の報復を恐れているとしか思えん。ま、仮に『恒星炉』の技術提供をして欲しいのならば、迷惑料としてかなりふんだくるつもりだが」

 

 そもそも、パラサイト事件やセブンス・プレイグ落下事件でも大きな損失を被っているというのに、USNA軍は未だに『マテリアル・バースト』と『スターライトブレイカー』の無力化を目論んでいる。不幸中の幸いがあるとすれば、USNA大統領をはじめとした政府高官クラスからの謝罪を受けていることに尽きる。

 

「それとイギリスもだな。新ソ連は……奴らに支払える原資があるのかすら分からんから、極超音速ミサイルでも強奪するかな」

「……悠元ならやってのけてしまいそうなあたり、冗談に聞こえなくなるんだが」

「冗談だよ(まあ、対価は既に頂いたも同然なんだが)」

 

 新ソ連から奪った対価はベゾブラゾフの戦略級魔法『トゥマーン・ボンバ』だ。その術式を全て把握しているのは、新ソ連を除けば世界でただ一人しかいないという状況。とはいえ、自身の転生特典のせいでより洗練化された『トゥマーン・ボンバ』が完成してしまったのはここだけの話。

 

「何にせよ、近日中に達也は招集が掛かるだろう。魔法と『サード・アイ・エクリプス』の許可は出しておくから、使用判断は達也に一任する」

「分かった。それにしても、お前も大変だな」

「……今更だと思って諦めてるよ」

 

 気が付けば、悠元の左腕にしがみついている深雪がいて、右側には少し恥ずかしそうな水波がいる。他の男子が見れば嫉妬や憎悪を向けられること間違いないが、達也からすれば複数の女性相手に上手く綱渡りしているような形の悠元を内心で褒めたかったのと同時に、四葉家の関係者として申し訳なさを感じたのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 その翌日―――4月13日、土曜日。

 魔法科高校の一科生と二科生、それと魔工科生にカリキュラムの違いはあっても、個人の端末による座学の授業は共通して存在する。悠元は教室で端末を見ていたわけだが、学校からの緊急メッセージで手を止め、そのまま立ち上がって教室を後にした。

 周囲からの目線はあったわけだが、近くの席にいる深雪と雫に対して『説明は後でする』と言いたげな視線を向けると、二人は軽く頷いた上で各々の端末に目線を戻した。こういう時は本当に立場というものが生きてくると思いつつ、悠元はメッセージに書かれた場所を目指す。

 その場所は学校の応接室で、スーツ姿の真田と学校の職員がいた。悠元が目配せをすると、職員は一礼をした上で大人しく去っていった。二人だけとなったところで真田が笑みを零した。

 

「いやはや、君の立場なら妥当な判断だね。もしくは君の地位もあるかも知れないね」

「そんな訳ないでしょう、真田少佐。っと、丁度来たな」

「真田少佐、それに悠元も?」

 

 達也も端末に送られたメッセージを読んで来たのだろうが、先日「魔法の許可を出す」と公言した悠元まで呼ばれる理由が分からなかった。その答えを示すかのように、真田は遮音フィールドを張って話し始めた。

 

「状況が変わりました。君たちの力が必要です」

「……どういうことですか?」

 

 真田の言葉に疑問を呈したのは悠元のほうだった。新ソ連の陣容やベゾブラゾフの動向、想定される侵攻ルートからしても、達也はまだしも悠元まで出動する必要性はない。そもそも、悠元が独立魔装大隊に籍を置いているのはあくまでも“非戦闘要員”としての特務士官であり、魔法を軍事的に使用するにも統合幕僚会議の承認を得なければならない。

 

「詳しくは話せません。ですが、佐伯少将の招集命令です」

「……達也、この場で許可は出すから行ってくれるか?」

「分かった。なら、早退届を出してくる」

 

 今回のことは事前に真夜から聞いているとはいえ、悠元は“師族会議議長”ならびに“国防陸軍特務中将”として達也に要請をした。それを聞いた達也は意図を察した上で早退届を出すために応接室を出ていった。

 

「真田少佐。達也はまだしも自分は本来戦闘を想定してのものではなく、統合幕僚会議が承認を出したところで独立魔装大隊とは別の指揮系統を有する人間として動くことになる。それは沖縄の件で貴方も承知の筈だ」

 

 応接室に残った悠元と真田。独立魔装大隊内での立場は真田が上だが、国防陸軍においては悠元が完全に上の立場。しかも、国防軍の魔法装備でいえば悠元が手掛けたものは半数以上を占めている。

 それはあくまでも元実家の三矢家を助けるためにやったことで、軍事的なことに無条件で力を貸すほどお人よしではなかった。

 

「ええ、承知しています。ですが、相手が“イグナイター”であることを考えると、『ハロウィン』の一件で佐渡方面の部隊に対処した君の力が必要だと思ったまでです」

「想定される敵部隊の規模では、この国を攻め落とすには至りません。ウラジオストク軍港が再建中の今、ここで仮に『トゥマーン・ボンバ』で無理をすれば新ソ連自身が首を絞めかねません」

 

 聡明な頭脳を持っているベゾブラゾフでも、原作での攻撃はあくまでも兵士達の“ガス抜き”を考慮してそこまでの威力を出さないようにするはずだ。あまり大きな被害を出せば、日本と交友関係を結ぶ国だけでなく、講和状態の大亜連合も中央アジアを経由して一路モスクワに侵攻することも想定される。EUも多少は無理をしてでも軍を派遣することが想定される。

 それに、先日オーバーホールした『サード・アイ・エクリプス』に組み込んだシステムならば、例えぶっつけ本番でも達也なら使いこなしてくれると踏んだ。

 

「無論、“イグナイター”対策は既に『サード・アイ・エクリプス』に組み込んだ。特尉にとってはぶっつけ本番で使用してもらうようなものだが、『トライデント』を使いこなしている以上は問題ないと判断している……これでもまだ、自分が現場に赴かなければならないと思われているのか?」

「……分かりました。無理な申し出をしてしまい、申し訳ありませんでした」

 

 最後の悠元の言葉が『上条達三特務中将』としての発言であることに真田も察し、頭を下げることで悠元の命令拒否に対する“お詫び”とした。それを見た悠元は「失礼します」とだけ言い残して応接室を去ったのだった。

 




 後半部分についての補足説明ですが、悠元は陸軍総司令部からの“出向”扱いとなっていますが、軍事行動に対して徴用する際は最低でも蘇我大将の認可を得なければ出動できない仕組みに変わっています。魔法技術の提供はギリギリ認めるとしても、実力行使という点では達也だけで事足りると判断して命令を拒否しています。
 公僕の軍人が命令拒否などしていいのかという疑問は出る訳ですが、第101旅団の佐伯でも階級は少将、悠元は同じ陸軍の特務中将であるため、佐伯が悠元に命令する権限は持ち合わせていません。あくまでも“任意の要請”という形の命令の為、拒否することも認められています。

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