魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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ここからでも入れる保険がある

 応接室を出た悠元は教室に戻らず、一人校舎の屋上に来ていた。そして、学校から遠ざかっていく国防軍の自走車を見届けつつも、考えていた。

 

「……真田少佐だって自分の事情は知っている筈だ」

 

 悠元を技術士官として独立魔装大隊が召喚するには高いハードルが設けられており、その内の一つに『大黒竜也特尉の召喚命令』が含まれている。これは一昨年の春に命令を偽る形で召喚を行ったことが陸軍総司令部に露呈した結果として追加された事項で、極めて緊急性の高い召喚でなければならないと規定された。

 いくら魔法科高校内とはいえ、遮音フィールドの領域内でも話せないとなれば悠元も召喚に応じる理由がなくなる。何せ、悠元の召喚規定には上官の命令の有無に拘わらず全ての軍事情勢を開示することが義務として定められているためだ。

 

 一個人で保有できる力としては自己防衛のラインを大幅に踏み越えていることなど自覚している。だが、今の自分はこの国の魔法師社会の統制を九島烈から渡された立場。その意味で反九島烈の立場にいる人間と一線を引くことが求められている。

 お互いに妥協できるのならば歩み寄る姿勢を見せることも必要だろうが、今の国防軍は文民統制(シビリアンコントロール)の範疇にあるとは言い難い。それを助長しているのは他ならぬ『元老院』の存在。その存在によって悠元も被害を受けた身としては、将来的に四大老を継ぐ立場として認められない部分があるのも事実であった。

 

「まあいいか。達也には説明しなかったが、達也にだけ読める説明書は付けておいたからすぐに理解できるだろう」

 

 『サード・アイ・エクリプス』―――超長距離魔法照準用小銃形態特化型CAD『サード・アイ』の実用機に位置し、達也の魔法資質に完全特化したハードウェアを備えている。戦略級魔法『質量爆散(マテリアル・バースト)』による津波の損害をゼロに抑えるといった精密な制御のみならず、達也が得意としている魔法無効化技術の補助も備えている。

 

 そして、先日のオーバーホールで悠元は密かに一つの機能を追加していた。それは、達也が将来ベゾブラゾフと相対する際、『トゥマーン・ボンバ』の基幹技術である『チェイン・キャスト』対策として達也の『術式解散(グラム・ディスパージョン)』を更に改良した術式データを予めコード化してインストールしておいた。

 本来実験室の外ではまともに使うことが出来ない『グラム・ディスパージョン』に古式魔法の思考のプロセスを追加することで、いかなる変数要素を無視して魔法の根幹記述を破壊して無力化する凶悪な術式無力化魔法を編み出した。

 現状、悠元と達也にしか使うことのできない魔法の名は『魔導解散(キャスト・ディスパージョン)』。

 

「……一応メールだけは送っておくこととしよう」

 

 傍受の恐れがある為、念を入れて達也宛てのメールには『ぶっつけ本番になるけど、テキストは準備しておいた。後は頑張ってくれ』とだけ送っておいた。何も事情を知らない人がこのメールだけを見ると、学生の資格勉強でもするのかと疑われる程度で済むだろう。

 教室に戻った後、休み時間に深雪たちから事情を聞かれて簡単に答えておいたが、宗谷海峡(国際名称ラ・ペルーズ海峡)にて国防軍と樺太から南下する小型舟艇、そして達也とベゾブラゾフの魔法がぶつかりあったのはこの1時間後のことであった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 達也は途中まで送迎してもらい、司波家に帰ってきたのは夕食の時間前であった。ただ、いつもの達也にしては何処か釈然としない様子を見せていたが、制服から私服に着替えたところで彼が向かった先は悠元がいる地下室であった。

 開口一番、達也は彼に対して感謝の言葉を発した。

 

「悠元、今回は感謝する」

「……そう言うってことは、サード・アイ・エクリプスの置き土産を使った感じかな?」

「ああ。お前の手に掛かると『術式解散(グラム・ディスパージョン)』ですら実践的な魔法になるとは思いもしなかった。無論、今回のことは誰にも口外しない」

「まあ、知られたところであの魔法は特殊過ぎて俺ら以外に行使できないんだがな」

 

 強力な魔法というのは相応の発動条件を兼ね備えているのがお決まりの話であり、『魔導解散(キャスト・ディスパージョン)』は開発者の悠元と使用者の達也以外にこの魔法を使うことが出来ない記述が施されている。

 現代魔法の記述文法でも解析できないように一つの起動式ではなく三つの起動式から一つの魔法式を構築するため、膨大な魔法演算能力を有するか特殊な魔法演算領域を有してでもいないと行使できない魔法となっている。

 

「それで、他にも俺に聞きたいんことがあるんだろ? 例えば、ベゾブラゾフの戦略級魔法『トゥマーン・ボンバ』のことについてとか」

「……ああ。あの戦略級魔法を悠元は知っているのではないかと思ってな」

「知っている。『ハロウィン』において佐渡沖で『スターライトブレイカー』を行使した際、その対抗として放たれた。尤も、俺の魔法によって魔法自体“喰われた”形となったが」

 

 新ソ連の『十三使徒』であるイーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフの戦略級魔法『トゥマーン・ボンバ』。かの魔法の最大の特徴は幾重にも及ぶ魔法式自動複製・多変数化技術『チェイン・キャスト』にある。

 座標(場所)が違うだけならば『術式解散(グラム・ディスパージョン)』でも処理可能だが、発動タイミング(時間)までずらされては全ての魔法式を同一のものとして処理できなくなる。

 そして、この魔法の一番の特徴は酸水素ガスの制御―――“水を制御すること”にある。

 

「俺は便宜的にその技術を『チェイン・キャスト』と名付けたが、その魔法の多様性は割と目を見張るものがある。かく言う達也もそうなんじゃないのか?」

「そうだな。実際に目にした人間として、悠元が提供してくれた魔法があったからこそ早急に対処できたようなものだ」

 

 『トゥマーン・ボンバ』が使われた初めての実戦は、8年前―――西暦2089年にベーリング海峡で起きたアークティック・ヒドゥン・ウォー(英名:The Arctic Hidden War、和名:北極の隠れた戦争)。当時の両国政府の思惑が一致した魔法戦力による暗闘で、この戦いでUSNAは『分子ディバイダー』を開発したウィリアム・シリウスだけでなく、2桁にも及ぶ恒星級(スタークラス)の魔法師を喪っている。

 

 全人口比からして稀少な存在である魔法師。しかも、USNA側は魔法開発もしていた当時の“シリウス”を躊躇いもなく送り出した。国の抑止力として考えるならば当時の政府の正気を疑う様なものだが、ここについてはセリアから詳しい事情を聴くことに成功した。

 エクセリア・クドウ・シールズとして転生した彼女が軍に入ってまず初めに手を付けたことは、その戦いの背景を探ることだった。罷り間違ってセリアだけでなくリーナまで政府に使い捨てにされるのは御免だと思ったからだろう。

 

 ウィリアム・シリウスは確かに優秀な人物だった。スターズ総隊長としても一目置かれていたことは事実であり、分子間結合分割術式『分子ディバイダー』はその最たるものだったといえよう。だが、この『分子ディバイダー』という存在が彼をその戦いに引き込んでしまった決定打となった。

 その発端は2080年代後半、当時レオニード・コントラチェンコしか戦略級魔法師が確認されていなかった新ソ連内部で相次いで大規模魔法の発動兆候が観測されたことが切っ掛けだった。衛星の解析データから酸水素ガスによる爆発を引き起こす魔法と推測され、USNA政府は新ソ連政府に情報の開示を求めたものの、新ソ連側はそれを拒否。あわや米ソ間での大規模戦闘と成り掛けたが、その結果として生じたのはベーリング海における小規模の暗闘だった。

 相手が分子間結合を用いた魔法ならば『分子ディバイダー』でも対処できると踏み、USNA政府はウィリアム・シリウスを戦場に送り出した。反魔法主義の支援を受けていた政府の別の勢力の内通によって、その戦闘は熾烈を極めることとなってしまった。

 

 閑話休題。

 

「とはいえ、ベゾブラゾフも魔法師である前に優秀な科学者だ。対策は練ってくるだろう……達也、『質量爆散(マテリアル・バースト)』以外の戦略級魔法を修得してみないか?」

「何? こんな俺でもまともに使える魔法があるのか?」

「あるといったら、どうする?」

「……教えてくれ」

 

 達也も『質量爆散(マテリアル・バースト)』の使い勝手の悪さを自覚している。元々アインシュタインの質量エネルギー方程式を体現している魔法なので、発動対象に対して得られる結果が大きくなりがちなのは確かだ。

 問いかけに対する達也の言葉を聞くと、悠元はオフライン端末のキーボードを叩く。すると、表示されたのは膨大な量の起動式データで、この魔法を読み取った達也は目を見開いた。

 

「……確かに、これは俺でも扱える戦略級魔法だが、貰っていいのか?」

「遠慮するな。ただでさえ自分の特殊能力のせいで『十三使徒』の魔法まで把握している身だし、今後のことも考えると達也が狙われる可能性だって出てくるからな。一昨年の『ブランシュ』の時は達也が狙われていたわけだし。自分の身を守れないと周囲の大切な人まで巻き込む身になったことを自覚する意味でも、これは達也が使ってくれ」

「そうか、そうだな……ありがとう悠元」

 

 早速、達也の『トライデント』にその起動式がコピーされ、それに併せて大々的なハード部分のオーバーホールも実施する。達也はその光景を何度も目撃しているわけだが、いくら自分でも手の及ばない部分をこなしている悠元に思わず頭が上がらない気分を抱いていた。

 元々月に一度の定期メンテナンスで度重なるオーバーホールをしている為、その都度機能のプログラミングを達也はこなしているが、腕利きのCAD職人である牛山ですら唸らせる実力は『ミスター・トーラス』と呼ぶに相応しいと言わざるを得ない。

 

 その後、地下室へ様子を見に来た深雪だが、達也のCAD調整の様子を見て悠元にCADの調整をせがみ、その場で大胆に脱ぎだしかけたところを悠元と達也の二人で止めたのはここだけの話。

 正直、達也の心境はベゾブラゾフの戦略級魔法を止める事よりも大胆不敵になりつつある自分の従妹に対するフォローのほうが一番強敵かも知れない……と心なしかそう感じたのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 ウラジオストクの新ソビエト科学アカデミー極東本部。その一角にある研究室にて、イーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフは思案していた。それは、数時間前に起きた新ソ連と日本の戦闘―――厳密には下級軍人の“ガス抜き”のためでもあり、実戦的な演習を兼ねていた―――のことであった。

 それだけならばまだ良かったわけだが、ベゾブラゾフは戦略級魔法『トゥマーン・ボンバ』を無力化された。しかも、これで“二度目”という事実。一度目は『灼熱と極光のハロウィン』の際、佐渡沖に展開された戦略級魔法の術者を殺すべく発動した『トゥマーン・ボンバ』が不発に終わっただけでなく、研究棟にあったスーパーコンピュータが融解した。

 正直、今回もその類かと思ったが、今回は流石に免れた形となった。

 

(……よもや、私の魔法が二度も不発に終わるとは……)

 

 ベゾブラゾフ自身、自らの戦略級魔法に自負が強く存在しており、8年前のベーリング海でのUSNA軍との戦闘では相手のエース級の魔法師を『トゥマーン・ボンバ』で葬っている。だが、日本にはその力が通用しなかった。

 不幸中の幸いとして言えるのは、日本側も逆侵攻を考慮していない事だろう。一昨年の大亜連合との戦闘を鑑みても、ここで新ソ連への侵攻は考えていない筈だとベゾブラゾフは睨んでいた。

 

(しかし、一体何者なのでしょうか……もしや、相手も戦略級魔法師の可能性があるのでしょうか?)

 

 ベゾブラゾフの思慮は真実に近づいていた。だが、その時の彼は気付いていなかった。深淵を覗き込むという行為が一体何を齎すのかということに。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 4月14日、日曜日。今日は若手会議の日だが、結局その招待状は悠元に届くことなどなかった。克人の不手際を疑うという線はかなり薄いため、恐らく七草家で意図的に送らなかったとみて間違いないだろう。

 だが、既にペナルティを支払っている七草家にこれ以上の負担を強いるとなると、一番手っ取り早いのは現当主である七草弘一の即時引退ならびに七草智一への家督継承となるだろう。あとは、七草家が保有しているベンチャーキャピタル関連の株式をTOBで大幅に買い付けることで見えない手綱を握るぐらいだろうか。

 達也は日課通りに九重寺へ向かった。悠元は地下室で天神魔法の制御訓練を行った後、シャワーを浴びて脱衣所で体を拭きながら考え事をしていた。

 

(政府側からは総理大臣が出席する予定となっているが、彼らにどこまで御せるものか)

 

 悠元が懸念したのは、国会議員と官僚の軋轢による省庁の意思統一の体制が取れるのか、というものだ。

 人間というものは必ずしも全ての考えが一致しているわけではない。三人寄れば派閥が出来る、という言葉の通り、国防軍でも派閥が出来ていて国会や政府機関で派閥が出来ないわけがない。正直、公僕という立場を一体何だと思っているのかと問いかけたいが、国の利益という流動的なものを完璧に制御できるものがいるとするならば、それはきっと神じみた存在だろうと思う。

 

 原作の『ESCAPES計画』においては、産業省および財界が賛成の意向を示し、政界と外務省にメディアが『ディオーネー計画』に流れた。国防軍側―――主に反九島烈・反十師族側の派閥も間接的に後者の計画を推す形となった。

 今まで外部に頼っていた日本のエネルギー事情を一新できる好機だというのに、日和見を決め込む性質を持つ国会議員。悠元は国会議員に本気で覚悟を迫るつもりでいた。国民の声を代弁する立場というのなら、大多数の国民の利益と成り得る『恒星炉』プロジェクトを本気で後押ししろ、と。それが出来ないのならば即時に衆議院総解散選挙で信を問わせるつもりだ。

 

(大亜連合、新ソ連、イギリス、そしてUSNA。周辺の大国に対して独立国家の体を保つという責任を今の国会議員の大半は認識していない。それは官僚にも同じことが言える)

 

 単に『恒星炉』はエネルギー事情を一変させる起爆剤ではない。使い方次第ではエネルギー事情で世界の覇権を握る立場に躍り出ることもできる立派な武器(ちから)なのだ。昨春に『トーラス・シルバー』による魔法稼働式核融合発電の論文を出したのは、各国の動きを見るための試金石でもあった。

 議員や官僚にも各々の言い分はあるのだろうが、この国は独立国家であってUSNAの属国ではない。彼らの一方的な言い分を呑む理由など存在しない。その意味をまずは総理に理解してもらわなければならない。

 若造などと侮るのであれば、まずはその手始めとして今まで国債以外手に付けていなかった金融方面の本格介入を敢行する。国内の主要銀行の経営権を取得することで、国内経済を神楽坂家の意向次第で制御することも脅しに入れる。

 まあ、面倒事が増えることにもなってしまうため、総理が大人しく聞き入れてくれれば御の字であるが……と、悠元は物思いに耽っていたせいで脱衣所の扉が開いていることに気付き、そこにエプロン姿の水波が立っていたことにここで初めて気づいた。

 体を拭いているとはいっても、下半身はタオルを巻いているので目視できるのは上半身の裸ぐらいだろう。そこまで恥ずかしがっていない悠元に対し、水波は顔だけでなく耳まで真っ赤に染まっていた。

 

「……水波。今日はお互いに用事があるから、罰するということはしない。一先ず扉を閉めてくれると助かる」

「―――も、申し訳ありません!!」

 

 その後、最近中世ヨーロッパを題材にした小説にハマっている水波から綺麗な土下座と共に「私を悠元様の従順な下僕にしてください!」という言葉が飛んで来て、困り果てている悠元と苦笑している深雪の光景を丁度朝練から帰ってきた達也が目撃する格好となった。

 




 新たな魔法というよりはより実戦的な『術式解散(グラム・ディスパージョン)』というニュアンスに近いです。魔法式そのものを分解するのではなく、魔法式によって生じる事象干渉の記述を破壊することで魔法を封じるというものです。
 この魔法の細かいプロセスは伏せておきますが、考え方として一番近いのは『ベータ・トライデント』が該当するとだけ言っておきます。

 そして、達也に新戦略級魔法を提供。その魔法を使うのは先の話になると思いますが、特異的な能力を有する達也だからこそ使える戦略級魔法であるとだけ。これ以上はネタバレになりそうなのでコメントは控えます。

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