―――“苦労人”。
言葉の定義は『自分ではない人の為に苦労を背負い込む人間』を指すわけだが、どの世界でもそういった人間は多かれ少なかれ生じる。その苦労が爆発して対象に牙を向けるケースも少なくないわけだが、北アメリカ合衆国―――USNA東海岸、ワシントンD.C.にある隠れ家的な雰囲気のバーでは、プラチナブロンドの髪と碧の瞳を持つ青年がグラスを手で揺らしながら物思いに耽っていた。
その青年を見かねてなのか、ワイングラスを丁寧に磨いている若いバーテンダーが声を掛けた。
「ジェイ、お酒が進まないようだな」
「……そりゃそうさ、マスター。来る日も来る日も積みあがる書類仕事で、ロクに家にも帰れていない。安定した収入が欲しくてお役所仕事を選んだのに」
バーテンダーに愚痴を零す“ジェイ”と呼ばれた青年の名はジェラルド・バランス。表向きはUSNA国防総省から出向したUSNA軍統合参謀本部の職員として名乗っているが、実際は国家安全保障局(NSA)のエージェントとして国内はおろか国外迄飛び回っている始末。
普通なら経歴が浅い人間が就く役職ではないが、彼はスターズの
「伯母さんには感謝しているが、俺は戦うのが嫌いだ。なのに、周りは俺に力があるからと言って軍人になるべきだと押し付けてきた。何で俺にこんな力があるのだと思ったさ」
「……」
「悪い、独り言だ」
「気にするな、お互い様だろう」
ジェラルドとバーテンダーは幼馴染の関係にあり、バーテンダーも彼には及ばないが魔法師としての資質を有している。だからこそ、目の前にいる彼の苦悩を誰よりも一番目撃していた。
魔法師の道を進まないことに躊躇いがなかったと言えば嘘になるが、この国では魔法の民生利用がほぼなく、軍事的な力に直結する。とはいえ、折角の魔法の力を腐らせまいと自衛のためにお互い訓練を積んでいる。
「……ところでエル、噂は聞いているか?」
「噂か。いくつか親父経由で聞いてはいるが、どの噂だ?」
「例の日本の戦略級魔法に関する噂」
「ああ、それか……」
“エル”と呼ばれた若きバーテンダーもといエルドレッド・バラッドが勤務するこのバーは、知る人ぞ知る情報屋の側面も兼ね備えている。時折力に物を言わせて脅してくる客も少なくない為、この店のオーナーであるエルドレッドの父親は『銃ですら殺せない』と言わしめるほどの屈強な肉体を兼ね備えている。
その息子兼次期オーナーとしてエルドレッドも鍛えており、防御力だけで言えば実の父親よりも強くなりつつある。とはいえ、直接の手合わせでは未だに勝ったことがない。
「軍の連中が未だに諦めていないことは掴んでいる……最悪の場合、また脱走事件が起きるんじゃないかと俺は思っている。今度は恐らくスターズの隊規模で起きても不思議じゃない」
「いい加減、この国が一番で居続ける気質は抜けないものかね。肩の荷を降ろせば、余裕が出来るというものだと思うんだが」
「それは難しいだろう、ジェイ。新ソ連という存在がいる以上、舐めた姿勢は見せられないだろうからな……そして、そのせいで母は死んだ」
「エル……」
エルドレッドの両親は軍人だった。彼の父と母はかつてスターズに所属していたが、8年前のベーリング海での遠征で、彼の母は帰らぬ人となった。一方の父もその遠征に同行していたが、辛うじて生きて帰ったもののスターズに居続ける意義を失って軍を辞めた。
その戦闘に関する内容は軍事機密という理由で公開されていないが、エルドレッドはあらゆる伝手を使って情報を集めた結果、新ソ連の魔法師と戦闘になったことが分かった。父親にその情報を突き付けた所、黙ったままで否定しなかったところをみるに真実であると確証を得た。
母の死の真実を知ったからこそ、エルドレッドはジェラルドの性格を誰よりも理解していた。そして、父の跡を継いで長閑にバーを営みながら情報屋として生活する道を選んだ。
「すまん。お前に責めても意味がないことだな」
「気にするな、いつも愚痴を聞いてもらってる側としてはツケを払わねばいかんのに……その駄賃代わりになるか分からんが、気になることといえば一つあるな」
「何だ?」
「いや、ここのところ
現行の科学技術では、宇宙科学の技術は20世紀後半から21世紀前半の時よりも衰退している。それは第三次世界大戦による影響で科学技術のリソースが魔法技術の発展に吸い取られた結果として生じたことだった。
「魔法師を宇宙で……反魔法主義にとっては魔法師を追い出す格好の燃料じゃないか。それを政府機関や魔法協会の人間が話していたなんて、正気を疑うぞ」
「俺も流石に聞き間違いの線を疑ったさ。だが、奴らは本気のようだ。多分、狙いは日本の戦略級魔法を奪うためだ」
「……連中は
ジェラルドの考察を聞いたエルドレッドは、吐き捨てるような口調で辛辣な言葉を口にした。歴史を読むのが好きだった彼は、第二次大戦時にアメリカの高圧的な要求によって、日本が対米戦に踏み切ったという歴史を知っていた。
日本の底力を誰よりも知っているからこそ、旧合衆国はその力と精神を奪った。その復讐をされてもおかしくはないことをしているだけに、エルドレッドの反応は冷淡としか言いようがなかった。
「辛辣だな、エル」
「事実を述べたまでだ。それと、あの国の『トーラス・シルバー』が発表した論文からして『恒星炉』を欲しがったか破壊しようと目論んでいるのだろうが……この国がいつまで上で居られるわけがない」
国土の大小で国の権威が決まるのならば、歴史的権威の強いイギリスなどは小国と侮られる形になる。周辺国家を呑み込めるということは軍事力の強さを指し示しているわけだが、その強さと経済力の強さが必ずしも釣り合っているとは言えない。
元々北アメリカはイギリスなどの欧州の植民地から独立した新興国家に過ぎない。その為に先住民を容赦なく追い詰めた事実からすれば、日本への嫌がらせは自分たちの祖先が受けた屈辱を別の相手に吹っ掛ける様なもの。
「仮に計画が始動した場合、軍関係者ではない俺たちも巻き添えを食う可能性が出てくる……ジェイ。どこの馬鹿が考え出したのかは知らんが、間違いなく当事者はこの国の軍に影響を及ぼせる人間だ」
「俺もそれを察して伯母さんに一報は入れておいた。全く、新ソ連があちこちに喧嘩を売り始めている状況で余計なことをしやがって……当事者が目の前に居たら、例え仕事を辞めることになっても一発ぶん殴りたいわ」
幼馴染と語り合った翌日、ジェラルドは面倒そうな表情を隠さずにペンタゴンの自分のオフィスへと向かった。今日もまた面倒な仕事かと思った矢先に、壁をノックする音が聞こえたのでジェラルドは振り向く。すると、そこには上司の姿がいた。
「おはよう、ジェイ」
「おはようございます、課長……また書類仕事ですか?」
安全保障局の仕事は表立って名乗れない為、ペンタゴンの内部では他の事務職員と同様に書類仕事に明け暮れることが多い。その仕事を配分しているのはジェラルドの目の前にいる上司に他ならないのだが、その彼は思わず苦笑を滲ませていた。
「そう怪訝そうな顔をするな。今日はお前さんに呼び出しだ―――今すぐホワイトハウスへ行ってこい」
「……はい?」
表向きは平社員みたいな彼からすれば寝耳に水の話であった。ともあれ、上司から押し付けられた呼び出しの手紙を携えたジェラルドはホワイトハウスに入ったのだが、入念なボディーチェックを受けてから招かれた先は大統領執務室であった。
そこには当然、執務机に座る大統領が堂々とした姿勢で座っていた。
「失礼します、大統領閣下。USNA軍統合参謀本部勤務、ジェラルド・バランスであります」
「君が彼女の言っていた“戦嫌いの魔法師”か。君の評価は私も目を通させてもらっているよ。安全保障局きってのエリートと会えたことを嬉しく思う」
「……光栄であります、閣下」
普通ならば魔法師と面会するにも厳重な警戒をするはずだが、ジェラルドと対面した大統領以外には一人の男性しかいない。その彼が実力のある魔法師だということはジェラルドも肌で感じ取っていた。
そして、嘗て軍に身を置いていた父親経由でその人物のことを良く知っており、ジェラルドが声を掛けた。
「まさか、護衛がベンさん―――いえ、ベンジャミン・カノープス少佐殿とは」
「久しぶりだな、ジェイ。昔のように“ベン”で構わない。退役少将殿はお元気かな?」
「ええ。未だに勝てていませんし、いつ現役に復帰しても遜色ないほどです」
エルドレッドの父親―――バルクホルン・バラッド退役少将はスターズ第一隊の先代隊長“カノープス”を務め、8年前に軍を辞めはしたがエルドレッドとジェラルドの魔法の師匠的存在として彼らを鍛え上げた。曰く『お前たちの力を自衛が出来る程度には鍛えてやる』と。
そんな彼は若い頃に武者修行という形で日本を訪れ、とある武人の下で数年ほど修行した後、帰国してスターズの中で頭角を現した。その存在を彼は決して口にしないが、尊敬の念を込めた手紙を毎年のように送っている。
「そうか……詮無き事を聞いてしまったな」
「いえ、お気遣いなく。して、大統領閣下。スターズでもない自分に一体どのようなご用件でしょうか?」
その辺の事情を呑み込みつつ、ジェラルドは大統領に視線を向けた。別に久闊を叙する時間ぐらいは与えようと思っていた大統領からすれば、思わず笑みが零れていた。
「そうだな。NSAのエージェントである其方を呼び出したのは他でもない。君はエドワード・クラークなる人物を知っているだろう?」
「エドワード・クラーク……あー、確か情報システムの専門家で、国家科学局カリフォルニア支局勤務の人間と聞いております。その彼が何か問題を起こしたのですか?」
USNAが持つ通信傍受システム『エシェロンⅢ』。その設計の中心にいる人物の一人としてクラークの名があることにジェラルドは調査の知識として知り得る立場にいる。彼が熱心な愛国者の気質を有することは以前国家安全保障局(NSA)の局長から命じられた身辺調査で判明していた。
最初、その彼が職務上漏らしてはならない機密を他国に売り渡したのかと思ったが、どう考えてもそんな気質を有する人間が国益に反する行動を取る方が“正気を疑う”とジェラルドは心の中で結論付けた。
そんな推測をしているジェラルドに対し、大統領は真剣な表情を浮かべてこう告げた。
「問題行動といえば色々あるわけだが、これまでは国益に反しないと判断したからこそ彼を今まで見逃してきた。例えばそうだな……先日の旧式兵器の紛失騒動に関与した事とか」
「メディアにバレたら、一発で閣下の首が飛びますよ」
「その責任はテロリストに押し付けたから、今更過去の罪を遡及など出来ぬよ。そこにいるカノープス少佐も親族の処罰という汚れ仕事をする羽目になった」
「……少佐殿、ご苦労様です」
「お気遣い感謝します」
ジード・ヘイグ―――顧傑の一件はここにいる三名が各々苦労を負う羽目になった。大統領は日本政府や上泉・神楽坂家との交渉、カノープスはテロリストの処分とテロに加担した親族の拘束、そしてジェラルドは事後処理の書類仕事に加えて情報部内部監察局の依頼による調査で忙殺された。
そんな苦労と漸くおさらばと言ったところで、今度は別の問題がUSNA内部に浮上しつつあることにジェラルドは内心で溜息を吐いた。
「それで? そのクラークなる人物が今度は何を目論んでいるのですか?」
「それなのだが……最近、
「妙な動き……航空宇宙局や北アメリカ魔法協会ワシントン本部の人間が頻りに訪れていることは私も目にしています」
その上で、ジェラルドは昨日エルドレッドと話した内容に触れつつ、魔法師を宇宙で活躍させるという計画が進んでいるような動きがあったことを報告した。すると、大統領は盛大に頭を抱えていた。
「……私は宇宙に関する予算を確認した覚えはないし、指示を出した覚えなどない。カノープス少佐、狙いは何だと思う?」
「ハッ。私見を述べさせていただくのであれば、恐らく『灼熱と極光のハロウィン』―――日本の戦略級魔法の無力化と思われます」
これまで、USNA軍は脅威と見て密かに部隊を送り込んだ。それも虎の子とも言える“シリウス”と“ポラリス”を送り込んで失敗したのだ。更に、その両名は除隊して日本に帰化することも視野に入れている。そのことも職務上知っているジェラルドとしては、正直十代でスターズ総隊長に据えた参謀本部にも大きな問題があると思っているが、その部分は決して口に出さなかった。
カノープスの私見を聞き終えた上で、大統領はジェラルドに視線を向けた上で尋ねた。
「貴官もそう思うか……ジェラルド・バランス“大佐”はどう見る?」
「忌憚無い意見を述べるとするならば、カノープス少佐殿と同意見です。ですが、それでは今までと何も変わりませんので……恐らくですが、何らかの形で“アンジー・シリウス”に罪を被せて日本を追及することと思われます」
単に戦略級魔法を捨てさせるのは、現在新ソ連によって脅威に曝されている日本にとって自殺行為としかならない。仮に表立ってそんなことをやれば、今存在する軍事同盟関係が瞬く間に崩れ落ちてしまう。なので、表沙汰に出来ない理由の一つとして、『アンジー・シリウスが日本の魔法師に絆されて裏切った』とでっち上げる可能性をジェラルドは口にした。
「エクセリア・クドウ・シールズは元々スターズでも序列外の存在故、彼女に罪を着せるのは得策ではありません。アンジェリーナ・クドウ・シールズも表向きは軍を除隊していますが、アンジー・シリウスとしての席は残ったままとなっています。ここから先は閣下にとっては聞き苦しい点もございますが……」
「よい。可能性をすべて捨て去るのは得策ではない。聞かせてくれ」
「では……アンジェリーナ嬢が四葉の次期当主の婚約者となったことを利用して、先日のパラサイトの発生原因を彼女に押し付けるような情報操作を行う可能性があります」
パラサイト事件の調査はジェラルドも関わっており、加えて当事者側の一人に親族の存在がいたために積極的な情報交換を行っていた。ダラスでの実験によってパラサイトが出現し、結果としてスターズからの脱走兵が生じた。その一人であるアルフレッド・フォーマルハウト中尉はジェラルドの親友の一人だったことも大きかった。
「噂の中には四葉に戦略級魔法師がいるというものがあります。現状では信憑性の薄いものですが、今から五年前に日本と大亜連合で起きた軍事衝突では、鎮海軍港を消滅させたものと似たような魔法が観測されていたようです」
ジェラルドはフォーマルハウト中尉がダラスの研究所の警備をした後に連絡がつかなくなり、その後『数件の殺人容疑で逃亡を図ったため、アンジー・シリウス少佐により処分された』と聞いたときは己の耳を疑ってかかった。だが、調べれば調べるほど現実であるということを知ったのと同時に、ジェラルドはダラスの研究所で何かが起こったものと直ぐに察した。
「閣下が述べたエドワード・クラークなる人物がどこまで掴んでいるのかは現時点で不明ですが、ここまで周囲が動いている以上は国内に限った動きではないと思われます」
「国内に……まさか、新ソ連と手を組むと?」
「可能性としてはあるでしょう。それに、魔法の平和利用を謳うのであれば国際魔法協会本部のあるイギリスも無関係ではないと考えた次第です」
その直後に『第一賢人』なる人物がダラスのマイクロブラックホール実験をメディアに暴露した。やっていることが明らかに愉快犯じみているが、元々の発生原因を特定しつつあったジェラルドは『第一賢人』なる人物がUSNA国内の人間ではないかと疑った。明確な証拠はないが、ダラスの実験の事を正確に把握している人間はかなり限定される。事情を知り得る立場にいる人間を調べていった結果、エドワード・クラークもその一人としてリストアップしていたが、当の本人は知らぬ存ぜぬを貫き通していた。
「ふむ……それと、私の孫娘に先日の事件の責任を押し付けることがどう繋がるのだ?」
「まず、表向きの理由は魔法師の平和利用を謳って宇宙に追い出す計画を立てます。そうですね……金星か火星あたりのテラフォーミングならば十分大義名分は立てられます。それが何らかの形で頓挫した場合、アンジー・シリウスが日本の魔法師と内通していたという冤罪を被せて軍事的な圧力で日本に言うことを聞かせる……この辺りが落としどころでしょう。尤も、その為にアンジェリーナ嬢を何らかの形で本国に帰還させる必要がありますが」
リーナの“アンジー・シリウス”という肩書がUSNA軍で生きている以上、この方法が一番現実味があるとジェラルドは睨んでいた。それに、エドワード・クラークには一人息子がいることも知っており、仮にクラークが動かなくともレイモンドが自宅にあるサーバーを経由して『フリズスキャルヴ』を動かすことも想定している。
パラサイト事件の身辺調査の際にレイモンドのプロファイリングを知り合いに頼んだが、その結果は『まるで神様のように悦に浸る願望の持ち主』というものだった。余りにも馬鹿げている結果だと思うが、奇しくも『七賢人』に関するプロファイリングと似通っていることに加えて、情報システムの専門家であるエドワード・クラークの息子となれば注意しないわけにもいかなかった。
「リーナに“アンジー・シリウス”として働かせると……そして、四葉を貶めるのか? あの『アンタッチャブル』を表舞台に引きずり出すために」
「これが、自分の得た情報から推察した考えでございます、閣下」
「正直に聞こう。これが成功する確率は?」
「……ゼロ、ですね」
何しろ、
確かに四葉の悪名は今から30年以上も前の話なので、その当事者が生きているという保証はない。裏を返せば、生きていない保証もない。正直博打要素が多すぎるこんな作戦をUSNA単独で行うにせよ、他国を巻き込むにしても勝算が一体どこにあるのかジェラルドにも訳が分からなかった。
「仮に新ソ連を巻き込むとしても、いくら同盟国とはいえ日本からすれば脅威を与えてきた相手を無条件で信頼できる材料が皆無です。正直に言いまして、新ソ連を巻き込んだ時点で計画が全て破綻するとみています」
「イギリスはどうなのだ?」
「三枚舌外交で散々引っ掻き回して蝙蝠の様な動きを得意とするかの国に信頼なんて置けますか? 今の女王陛下はまだしも、あの国の“十三使徒”は先日オーストラリア軍と大亜連合軍の脱走兵が日本の人工島を襲撃しようとした件に関わっている噂もあります。火のない所に煙は立ちません」
容赦のない意見だが、これもジェラルドの立場として国家の利益を守る為に政府の長である大統領へ進言するためのもの。傍にはカノープス少佐もいるが、彼もその情報の重要さを考慮して口外しないことは彼の真剣な表情からして理解していた。
「決定的とも言えるのは、先日に日本が提唱者として締結した大洋南部経済連携協定(SEPA)の存在があります。仮に我が国と新ソ連、イギリスが組んだとしても、日本はその協定を利用して赤道より下の国々を味方につけられる下地が出来上がっています」
世界群発戦争よりも前、北側に位置する欧州は南半球に位置する国々を植民地として搾取した。それだけでなく、宗教的な問題も抱えてしまっている。嘗て被支配側にいた地を含む国家が日本の呼びかけに呼応して団結した場合、ジブラルタル・スエズ・パナマと言った主要な海峡・運河だけでなく、喜望峰やマゼラン海峡すらも使用できるか疑わしくなる。つまり、世界の海路が大幅に閉ざされるという危険を孕んでいるのだ。
魔法の平和利用という建前を持ち出して日本の戦略級魔法を奪おうとした場合、民間レベルの経済活動に多大な支障を来たす報復を受ける可能性をジェラルドは示唆した。
「仮に武力で強引な手段を取れば、魔法の平和利用を掲げた国が暴力的な手段に訴えることの正当性を疑われます。国家の信頼も大きく揺らぐことになるのは想像に難くないでしょう」
「そうか……貴官の意見を強く受け止めておこう。そんな貴官に一つ頼みがある」
後日、ジェラルドはこう語った。というか、絶叫した。
『あのクラーク親子、ロクなことしねえ!! この際誰でもいいから、アイツらを世界から消し去ってくれぇっー!!』
ジェラルド・バランス……彼が後にUSNA軍の魔法師部隊『スターズ』の次期総隊長“シリウス”となることは、当人も含めて誰も予想できるものなど存在しなかった。
以前後書きで述べていたUSNAの胃痛ポジというか苦労人ポジションとしてジェラルドを出しました。本文には明確に書きませんでしたが、ヴァージニア・バランス大佐の甥にあたり、魔法師としての実力を有することから若くして大佐相当の扱いを受けています。エドワード・クラークが『エンタープライズ』を派遣できるだけの力を持つのですから、別におかしくはないかなと思います。
その師が幼馴染の父親にして先代の“カノープス”としたのはちょっとした理由があります。大きな理由は彼の母親にあるのですが、ここでは詳しく語りません。ヒントはリーナの戦略級魔法師としての名が本名ではなく“アンジー”を使っていること。
そして、USNA政府に仄めかされる『ディオーネー計画』の可能性とリーナを嵌める策の進言。こういうまともな人間が一人ぐらいはいてもいいと思った結果、苦労人ポジションも兼ねての抜擢になりました。
原作だとバランス大佐が胃薬を手放せないだろうなと思った結果。別に苦労の“バランス”を取ろうという目論見はありませんが。