プロローグ~転生しました~(※)
―――『
一口に言えば、科学で実現不可能な物理現象を具現化するための奇跡の術。その代償として魔力といった要素を使っているのだから、俗に言う『等価交換の法則』には一切反していない。ただし、これはあくまでも空想上に描かれた夢のような
そんな御伽噺の産物である魔法だが、“この世界”では20世紀末に『超能力』を理論化・体系化した技術を指す。超常的な力とも言える魔法が発展した理由は、歴史の背景が強く影響している。
当時、核兵器を狙ったテロ事件が発生。その際、偶然にも居合わせた警官がその能力を有していたことで、魔法の存在は歴史の表舞台へ出ることとなる。
西暦2035年頃、地球の急激な寒冷化によって世界の食糧事情が逼迫した。それに伴うエネルギー資源の奪い合いが引き金となって、三度目となる世界大戦―――
戦略核・戦術核兵器による全面核戦争に至らなかったのは、世界中の魔法使いが団結して核兵器に対する核抑止魔法技術を確立、それによる各国の核兵器をほぼ無力化。核の炎による人類滅亡を回避したことが大きい。
能力が極めて秀でた魔法使い―――戦略級の実力を有する
約20年にも及んだ第三次世界大戦によって、戦争終了直後は全盛期の半数以下にまで減少した地球の人口。大戦前に存在した国家群にも大きな影響を与え、世界各地で国家体制の再編という流れが加速した。
その流れの中で、封じられたも同然の核に代わる抑止力足り得る力が国家に求められ……国家の生存戦略として、魔法師の育成に傾くのは無理からぬことだった。
そして、魔法という存在はある程度遺伝する。そこから考えられることは当然、優秀な魔法使いを輩出する存在になろうとする欲望。その為ならば人道的な倫理をかなぐり捨てた遺伝子操作も行われたほどだ。
日本においてその過程で生まれたのは……
彼らを国家の利益のために、あるいは兵器として利用しようと画策する者たち。この国の
20世紀末に魔法の存在が明るみに出て、100年という時間が過ぎつつある……一般人、魔法の力を持たぬ者からすれば、目に見えない脅威にもなりうるそんな世界。
「……(お決まりと言うべきか、それともお約束と言うべきか)」
自分の名前は
何で、こんな客観的な説明口調かというと……所謂『異世界転生』という奴である。別にテンプレ展開となる『信号無視したトラックに轢かれた』……わけではない。
前世は大学生だったのだが、特に健康的な不調もなくポックリ逝ったようだ(眠っていた間の出来事だったので、死んだという認識が出来なかった)。で、気が付けばこの世界にいたという感じである。前世の記憶を引き継いでいるので当然名前も覚えているが、今更必要になることなどないと思う。
てっきり、某高校生探偵が謎の組織に襲われて薬飲まされたら小っちゃくなっちゃった現象が起きたのか、と錯覚したほど。心配そうにのぞき込む姉らしき人物からは『熱で記憶がおかしくなったのかしら?』と言われたことに少し心が傷ついた。
いや、向こうからすればそれが当たり前の反応なのだろうが、こちらとしても一体何が何なのかという気分でしかない。
その女性は「母さんを呼んでくるから大人しくしてて」と言い、部屋を後にしていた。病室という訳ではなく、部屋の間取りや調度品からするに自室の可能性が高いだろう。
ここに転生する際、女神さまみたいな人に会ったような気もするが……正直碌に覚えていない。まあ、それを覚えていたら贅沢なのかもしれないが。覚えているのはこの世界の知識や魔法、特殊技能を色々貰ったこと。それは追々話していこうと思う。
そういや、その女神さまから『ごめんなさい』を壊れたテープのように連呼されながらペコペコ土下座された記憶しかないのは……きっと自分の気のせいだろう。
そんなことを思っていると、扉が開いて一人の女性が駆け寄ってきて抱きしめてきた。安堵の表情を浮かべていただろうことはその声色からすぐに読み取れた。
「悠元! ああ、よかった……突然あなたの
「はい。心配かけてごめんなさい、お母さん」
この転生した人物に三矢家に関する記憶があったので、その人物が母である
普通ならどちらかの記憶が吹っ飛ぶ可能性もあっただけに、数少ない安心材料といえるだろう。「逆に不安材料は?」と聞かれると、この世界が『
だって、あの『
まあ、『七』や『九』の数字を持つ家とかに転生したところで、それはそれで気苦労が山積みになっていたかもしれないし、結局どの家に生まれ変わっていても気苦労という点は何も変わらないだろう。
一先ず置いておくが、母の詩歩が言うには、意図せぬ魔法の暴走による魔法演算領域のオーバーヒートではないかと危惧していたが、半日も過ぎたあたりで高熱は収まって小康状態になったとのこと。その魔法演算領域は人間の無意識領域に存在するため、迂闊に手を出すこともできない。
その辺をどうにかできればなあ、とか思っていたら頭の中で魔法式がひとりでに組みあがっていた。これには流石に吃驚するが、変に驚いて詩歩を心配させたくなかったので慌てて口を噤んだ……何かしらの切り札にはなりそうだから、心の片隅にでも覚えておこうと思った。
「けれど、数日は安静にしていなさいね」
「はい」
実際は自分の体調に問題はないのだとしても、ここは母親の言うことを聞くことにした。母が部屋を出ていくと、そのままベッドに横になった。
さて、どうせ数日は自室どころかベッドから動けないんだし、さっき頭の中で組みあがった魔法について試してみたいが、そう都合よく実験台が出てくるわけでもない。それなら知覚系の魔法でも習得できないかなと思案したら、またもや魔法式が完成した。
「……ないわー」
流石にここ十数分で2つの魔法を組み上げたことに絶句した。その辺は特典によるものなので、迂闊に言えることでもない。何せ、基礎単一工程の魔法でも起動式と呼ばれる電子データでアルファベット3万文字相当に匹敵する。それ以上の魔法なのでアルファベットに換算するとゆうに7桁は下らないだろう……そう考えると頭が痛くなりそうな話である。
ともあれ最小出力で魔法式を発動させると、空から地上を見下ろした視界のイメージが流れ込んでくる。所謂鳥瞰図だ。
試しに原作知識で覚えのあった『
するとタイミングを図ったかのように扉が開いた。今度は小さな女の子だ。当然彼女のこともこの体に残っていた記憶ですぐに分かった。
「
「ゆ、ゆうとお兄ちゃん! 目がさめたの!?」
彼女は末っ子の三矢詩奈で5歳。
言い忘れていたが、自分は2つ上なので7歳になる。
原作では、自分の存在もとい、詩奈と歳の近い兄および姉はいない。つまり、三矢家の兄弟姉妹の構成が原作から変化しているのは間違いなかった。その意味で、同じ世界観でありながらも原作通りに進むかは解らない……早めに動けるようにしなければならないな。
心配そうに覗き込む詩奈の頭に手を置き、撫でる。詩奈は少し吃驚したが、嬉しかったのか頬を緩ませていた。
「数日は安静とお母さんに言われたから暫くは動けないけど、心配かけてごめんね」
「う、ううん! お兄ちゃんに何かあったら、わたし……」
これ、ブラコンの兆候アリか? と首を傾げた。そうなると三矢家の護衛兼使用人をしてくれている
……今寝たら、元の世界に帰れないかな。え、現実逃避じゃないかって?
笑えよ、
◇ ◇ ◇
「良かった、普通に立てる……」
この体に転生して数日。ようやく母の許可も下りて(厳密には医者の診断というお墨付きで)ベッドから解放された。その間、ベッドで横になりながら知覚系魔法[
それだけならまだ良かったのだが、いろいろ大変だった。何せ、詩奈と同じ……いや、それ以上の異常聴覚を抱えていたのだ。自室が特殊な防音仕様になっていたことを後で知ったほどだ。幸い、ヘッドホン型の集音低減機があったので、外を出るときは当分手放せなくなるな、と思った。
原作では主人公である『お兄様』の関係で四葉家に焦点が当たっていた。なので、三矢家のことなど殆ど解らなかった。これで同級生がいればもう少し知識があったのだろうと思う。兄弟姉妹絡みで強いて挙げるなら、原作では詩奈とそのすぐ上の兄と姉の三つ子とは、歳が8つ離れているぐらいの情報しかなかった。
結論から言おう。
身内に甘いのは四葉家だけではなかった。
この世界の三矢家も同類であった。
「悠元、起きてる?」
「ノックする前に入ってこないでよ、
「えー、これぐらい兄弟なら普通よ?」
ノックもせず、悪びれもしない少女の名は
ただ、タイミングを読まずに入ってきては可愛がる節があるため、ブラコンおよびシスコンなところがある。本人曰く『私は可愛い弟と妹を愛でてるだけだから!』とのこと。
そして、その美嘉を背後からハリセンで叩く少女が現れた。何故そんなものを持っているのかという疑問はあるかもしれないが。
「痛い!? もう、一体……」
「美嘉? ちょっとお話ししようか……」
「待って、
「大丈夫、痛いのは最初だけだから。悠元、ちょっと美嘉を借りていくね」
次女の
長男の
(ここからどうするかな……)
流石に四葉の縁者でもないので、追憶編をどうにかするのは難しいかもしれない。最低でも『お兄様』の逆鱗に触れるようなことをしないよう生きていくのがいいと思う。死なないための保険は構築したが、それでも十全とは言えないかもしれない。
尤も、今できることなどたかが知れているという悲しい現実もある。何せ、いくら十師族の直系とはいえ、今の自分は7歳の少年でしかないのだから。ファンタジーのように年齢を無視した動きなんて、近現代に近しいこの世界では“異質”でしかない。
ともあれ、出来ることから始めてみる他ない、と気持ちを切り替えたのだった。
◇ ◇ ◇
三矢家当主・
「
この数ヶ月、彼の言動は今までの病弱で引きこもりがちなものとは打って変わっていた。ジョギングなどの運動をしたり、書斎にある魔法関連の本をひたすら読みこんでいたり、仕事柄貰うことはあっても使うことのないCADなどを欲しがっては自室に持ち込んでいた。
この劇的な変わりようは物の怪の類を疑った。だが、使用人の伝手で紹介してもらった古式魔法の使い手からみた結果は『シロ』であった。
「……私も、正直自分の眼を疑っていたほどだ。しかし……」
実際に本人を書斎に呼んで確かめた。「お前は一体何者か」と威圧交じりに。
[スピードローダー]で発動寸前の魔法まで構えるなど、実の子に向けるべきものではなかっただろう。だが、それに対して彼の放った一言は元自身の理解の範疇を超えてしまった。それによって発動寸前だった魔法をキャンセルしてしまうほどに。
「生まれ変わってこの身に生を受けた、か……与太話だと笑い飛ばすことも出来ただろうが、有り得ない話でもないな」
正直なところ、元は“転生”という事象を聞いたことなど今までになかった。魔法という限られた存在しか使うことのできないものを会得した側である元ですら、目の前にいた悠元の言葉に思わず絶句した。されど、それを指し示すだけの状況証拠が揃っている以上、彼の言葉を冗談だと片付けるにはあまりにも不躾であろう、と元は思った。
「詩歩だけでなく、あの子から詩奈のことについて真剣に相談されるとは思っても見なかったな」
気を取り直しつつ、元は悠元にいくつか質問をした。悠元は生まれてから今までの記憶は引き継いだが、詩奈の甘えように関してはむしろ尋ねられてしまった。『あのままだと、貰い手がいなくなりますよ?』という歳不相応の問いかけに対して、気が早くないかとは思った。だが、魔法師社会は早婚の傾向が強いために悠元の問いかけも決して早すぎた質問ではない。
なので、真剣に考えてはおくと返した。妻からも相談されていた内容を自分の息子から言われるとは思いもせず、苦笑を零したほどだ。
そこに加えて、彼はこうハッキリと断言した。
『三矢家の家督と家業は元治兄さんが継いでくれるのでしょう? ならば、僕にその目があるとは思いません。御家騒動は三矢の力を削ぐだけ……正直に言って面倒事しか生みませんので』
これには元も思わず目を見開くほどに驚いた。とても7歳の口から出てくるような言葉ではないと。元自身が幼かった頃でもそのような思考能力など持ち合わせていなかっただろう。しかし、だからこそ息子の魂が生まれ変わったと示すには十分な証左ともいえる。
『仮に、お前に十師族の当主に足る力があったとしてもか?』
『実力を競う程度ならばまだしも、三矢の家督や家業の椅子は一つしかありません。本音を言えば、これ以上身内を恨みたくなるような諍いは勘弁してほしいのです』
悠元の魔法師としての実力は未知数だが、少なくとも三矢の中で……いや、十師族という枠組みでも突き抜けた存在になるのかもしれない。大袈裟だとか身贔屓と言われそうだが、十師族の一角を担う三矢家当主として……魔法師としての勘がそう囁いていた。もし本当にそうなったとき、間違いなく長男の元治はお払い箱同然になりかねない。
その彼が三矢の家督など要らないと口にしたのだ。三矢の血筋を引く以上は何らかの形で関与は避けられない、と述べた上で。彼からすれば、目立つことこそ面倒事にしかならない……なので、元治に三矢の家督と家業を継がせてほしいと願った。
彼が生まれ変わる前の事情も相まって、元治の居場所を失くしてほしくない、もとい「奪いたくない」という思いもあったのだろう。
それを聞いた私はこう一言述べた。その言葉にはきっと、国防軍―――
『そうか……事情はどうあれ、今の
その言葉を皮切りとして悠元はいくつかのお願いをしてきた。無理のない範囲内であったために元も頷いて了承し、その代わりとして悠元に一つの提案をした。
妻の実家は武術や剣術の道場があり、そこから軍人や警察の人間を輩出している名のある流派。長男の元治は嫌がったが、次男の
そこに悠元もどうかと提案したところ、彼は迷う間もなく「行かせてください」と即答した。その快い返事が気になって尋ねたところ、悠元が返した言葉は元を納得させるのに十分過ぎた。
「魔法師はアスリートやプロの職人と同じく身体が資本である。万が一、独り立ちすることになっても魔法抜きで切り抜ける力を磨くのは道理ではないか……確かに否定のできない正論だな。元治にも聞かせてやりたい言葉だ」
そのやり取りだけ見ても、既に非凡な才覚の片鱗を見せている以上は少なくとも自分の手に余るだろう。おそらく、三矢家にとって現状をよくするための突破口になってくれるかもしれない。なら、十師族の当主たる自分にできることは……そう思いながら、使用人が淹れてくれた紅茶に映る自分の表情を見つめていたのであった。
「精一杯生きてくれ……生きられなかった“あの子”の分まで」
元から漏れたその言葉が誰に向けてのものなのか……それを知るのは、この場にいる彼だけにしか分からないことであった。