魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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九校戦準備編
力の在り様


 群馬にある上泉家の本家。新陰流剣武術(しんえいりゅうけんぶじゅつ)総本山と名高いその場所は、城ではないものの広大な武家屋敷ともいえるような佇まい。それは、この家の力を形として成した、といっても過言ではない。

 

 剣豪上泉(かみいずみ)信綱(のぶつな)を開祖とする太刀を使った剣術の新陰流(しんかげりゅう)。彼のもとで剣を学んだ弟子たちは各々自らの流派を名乗る。彼だけでなく、彼の直弟子もこれを良しとした。

 

 旧長野家家臣を登用した武田信玄(たけだ しんげん)の仕官要請を断り、彼は新陰流の布教のために諸国を流浪する。だが、信玄が遺したとされる書物には、信綱の容姿はまるで20代半ばであったと記されていた。

 彼の生年は西暦1508年とされていて、この時点で40代後半。それを思わせぬほどの容姿を持っていた彼は魔法が体系化する前に存在した『超能力者』、突然変異的に生まれた第一世代とされている。

 亡くなった時期は不明だが、少なくとも大坂夏の陣まで生きていたという記述が残っている……年齢換算で107歳。当時の平均寿命からすれば超高齢のレベルである。

 

 剣術で様々な縁を築いてきた上泉家だが、信綱は自らの力を後世に引き継がせて『護り』の力とするために、諸国流浪をしながら様々な術を学んでいた。

 武術、忍術、陰陽道、神道といったものだけでなく、大陸に伝わる道術や方術、果ては当時“南蛮(なんばん)”と呼ばれていた西洋の宣教師から宗教まで学んだ。『不可能を可能にする力』……その思考を高めるために外のことも知るべきだ、という信綱の持論だった。

 それらの知識が信綱から十数代に渡って次第に融合し、更には信綱の弟子が興した武術も取り入れ、極め付けに魔法使いとしての技術を統合した結果、大成したのが新陰流(しんえいりゅう)剣武術(けんぶじゅつ)である。

 

 閑話休題。

 

 上泉家の屋敷の一角。その座敷には2名の人物が胡坐をかいて座っていた。

 一人はこの家の主であり、新陰流総師範を務める男性―――[六爪(ろくそう)]、諸外国から[雷龍(ライトニング)]の異名で知られ、魔法師界から『尊師』と呼ばれる存在。彼の名は上泉(かみいずみ)剛三(ごうぞう)

 もう一人は日本魔法師界において『老師』と謳われる存在。十師族という序列を確立した人物であり、約20年前までは世界最強の魔法師の一人と目されていた人物。当時は『最高にして最巧』と謳われ、[トリック・スター]の異名を持っていた九島(くどう)家先代当主、九島(くどう)(れつ)

 二人を何も知らない人間から見れば40代と80代の男性が顔を合わせている状況だが、この二人……実は“同い年”である。

 

「まったく、また老けたのか烈。ちっとは孫のために若返る努力でもしろっつーの」

「当面死ぬ気はないのでな。寧ろ年齢の半分以下にしか見えんお前のほうが化け物だ」

「言ってくれるじゃねえか……まあいい、この論争は水掛け論にしかならんな」

 

 普段は威厳を保つために年相応の喋り方をするが、相手が相手なだけに外見の年齢相応の喋り方をする剛三。烈も剛三の性格を熟知しているからこそ、必要以上に煽ったりはしない。このままいくとお互い可愛い孫自慢になってしまって本題に入れない、と剛三が烈に促した。

 

「今回訪れたのは他でもない。お前が…いや、上泉家がここ最近動いていることについてだ。お前があの子らを高く買っているのは無論知っている。3年前だったかな……あの沖縄でのあと、四葉の動きが逆に読めなくなった。秘密主義を守りつつも十師族の枠組みに入った。このことは私も構わないと思っている。魔法使いにとって秘密というのは己の武器でもあるからな」

 

 烈は四葉の力をどこかしらで危ぶんでいた。向こうも十師族に名を連ねながらどこか浮ついた存在であった。

 だが、沖縄防衛戦の後、四葉家は三矢家に近付いた。当時の三矢家はその子息たちの目立った学業の功績もあって、十師族においてその実績を固めつつあった。その三矢家に近付いた意味……烈は、そこに上泉家が関わっていると睨んだ。

 

「剛三、お前は四葉をどう見ておる? このままいけば、四葉は十師族の中でも突出……いや、一つ上の存在になりかねぬ」

「……烈。上泉家の本質は『護り』―――即ちこの国全体の強さを護る存在であらねばならない。四葉の復讐戦の亡霊が生きている以上、身内でごたごたしているほうが足を掬われかねない。最悪の場合は四葉の強さを刃とし、その他の二十六家を盾とする。その要として俺の義理の息子である三矢家に奮闘してもらう……ここまでせねばならぬ意味が解るか?」

 

 “敵”は大亜連合だけでなく、新ソ連やUSNAという三大国。規模も物量も劣るこの国が生き残るには外に味方を作りつつ、こちらの質を高めるしかない。

 烈の視野の狭さを剛三は糾弾するように言い放った。剛三からすれば十師族同士の諍いなど言語道断。尤も、ついこの前までは我関せずに武術だけで一生を終えようと楽隠居していたのは否定しない。

 彼に火を付けたのは、他でもない自身の孫の存在だった。

 

「まあ、俺も沖縄防衛戦直前まで楽隠居していた身だ。それまで十師族や師補十八家の争いを止めなかった責任は果たそう。どっかの“馬鹿息子”は精力的に動いているようだが、魔法師は兵器じゃないと何度言ったらわかるんだ……」

「……彼をそのように言えるのは、世界中を探してもお前だけだろうな。剛三」

「当たり前だ。うちの愛娘を誑かしたあいつに頭を下げる義理はない」

 

 “誑かした”とは人聞きの悪い言葉だが、そう言いつつも彼の影響力は高いと剛三は熟知している。何せ、剛三と同い年の烈ですら断ることができない相手。この国の政財界の奥深くに存在する黒幕の一人なのだから。

 それを上から目線で言えるのは間違いなく剛三だけだ、と烈は断言できる。

 

「…烈。俺は四葉の復讐戦の折、元造(げんぞう)から真夜と深夜の二人宛てに手紙を預かっていた。……だが、生き残った俺がどんな誹りを受けるか……それが怖かった。けどな、その3年前の沖縄防衛戦直前になって隠していた手紙を見つけられて叱咤された。『託されたなら届けろ』とな……いやはや、恥ずかしい限りだった」

「……成程、それがきっかけか。お前が動いたのも、四葉が変わったのも…その子のお陰か」

「お前は知ってるだろ? 長野佑都……いや、今は三矢悠元。恐らく新陰流の中で“九葉(くすは)”に近い人間だ。あの歳で既に[心刃(このは)]まで会得しているからな」

 

 新陰流は九の奥義の習得段階によってその位階を決められる。剛三の言い放った“九葉”は剣術の四大奥義、体術の四大奥義、それに加えて忍術の秘伝全てを皆伝の状態まで会得したことを示すもの。

 本来ならその習得に才ある者でも半世紀は掛かると言われるもの……その極地に孫が踏み込みつつあると剛三は断じた。これには烈も面白そうに呟いた。

 

「フッ、大亜連合に[雷龍]と恐れられるお前がそこまで言うとはな……確か、彼は第一高校だったか?」

「[仮装行列(パレード)]でも使う気か? やめとけ、お前でも悠元には敵わん。寧ろ孫に塩を送るだけだぞ? そんなことよりお前はもう少し自分の孫と話すように努力しろ、この阿呆が」

「孫が可愛いお前のことだから、それ以上の術式を教えているだろうに。何、九校戦には彼も出てくるだろう…『触れ得ざる者』と謳われた三矢の子息、彼ら以外にも楽しみができたな」

「人の話を聞け!」

 

 先ほどの雰囲気とは打って変わり、騒ぎ立てる剛三に対してマイペースな烈。『そんなんだから孫が祖父に甘えられないんだぞ、この妖怪ジジイ』と剛三が言った瞬間、『やるか?』『やってやろうじゃねえか!』と二人が臨戦態勢になったが、気が付けば傍に控えていた女性がニコニコしながら見ていたのに気付き、揃って大人しくその場に座りなおしたことは……その三人だけが知る秘密となった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 ゴールデンウィークも過ぎ、学業主体の日常がやっと戻ってきた。

 生徒会のほうは生徒総会用の資料整理と次期会長への就任要請を予めしておいた。誰かと言えばあずさだ。最初は乗り気でなかったが、今秋に発売予定である汎用型タイプのシルバーモデルをプレゼントすることで釣った。

 

 実家の三矢家からは今回のことについて感謝された。とりあえず穏便に済んだので一安心といったところだろう。ただ、その際『老師』こと九島烈が急なアポを取ってきて対応したと言っていた。目的は自分を探るためだと言っていたが……態々司波家を訪ねてこなかっただけ配慮はしているのだろう。

 

 達也からこの前使った[蓮華]の起動式を教えてほしいと打診があった。

 多分、アレに使っている重力制御の記述が知りたかったのだろうと思い、提供したら驚いていた。なんと達也が現在組み上げている常駐型重力制御術式のほぼ6割が同じ制御記述だったそうだ。これは自分も吃驚だった。

 なので、飛行魔法実現に向けたデバイス設計を頼まれた……まあ、テストタイプなのでそんな難しい機構は積むつもりもない。既存のスイッチ型デバイスを少し弄ればいけるだろうと早急に設計図を組んでFLTの端末に送信した。飛行魔法の発表は7月の初め―――九校戦から一ヶ月は空ける計算だ。ここにきて[トーラス・シルバー]らしいことしてるな、と思う。

 

 九校戦の関連で競技用CADの設計を頼まれた。とは言ってもハードウェアは市販タイプをベースにして規格内に収めるだけの話だ。その競技用CADのデモ用が九校戦の展示として置かれることになる。

 商品シリーズ名は『シルバー・ブロッサム』とし、既に九校戦の共通規格のレギュレーションをパスしていて、発売開始はなんと九校戦初日にぶつけた。一部の一高代表メンバーにはこのモデルで戦ってもらうことになる。

 ハイエンドタイプが目立つ[トーラス・シルバー]の手掛けた製品からすれば珍しいタイプだが、こういったところから慣れ親しんでもらうのと、汎用型の処理速度を本格的に特化型のレベルまで引き上げるためのものだ。

 

 競技用CADのレギュレーションとして設定されているのは、特定バージョン以下のOS、起動式データや個々の想子波に応じた設定データを格納する記憶媒体の容量、CADに組み込まれている起動式読込・処理装置の性能、加えて競技内で使用可能なデバイスのサイズの4つ。

 なお、CADの核ともいうべき感応石は選手のフルパフォーマンスを想定してほぼ高水準のものが標準的に使われるため、レギュレーションには含まれていない。

 

「だからと言って、このライフルはないだろう……誰に使わせる気なんだ?」

 

 達也がそう零したのは、悠元が操作している端末のモニターに映ったライフル型競技用CADの設計図。

 昨年夏にドイツの魔工メーカーの一つであるデュッセンドルフで発表された汎用型CADに照準補助を付けた技術。これにワルキューレやオーディンの技術も一部流用して組み上げたもの。これでも規格を余裕でクリアしている。起動式の格納メモリもソフトウェアでカバーすれば、個人の調整データ容量は十分に確保できる計算だ。

 

「一応雫前提だよ。そうだ、深雪が使ってるCADのオーバーホールもするから。今のうちに九校戦も見据えて調整しとかないと忙しくなる」

「あれでまだ弄るところがあるというのが驚きなんだが……」

「あと、達也の[トライデント]もオーバーホールする。こないだの一件から見て調整箇所も割り出せたし」

 

 流石に達也の[トライデント]は九校戦仕様ではなく、本人の魔法特性に合わせた代物にカスタマイズするだけだが……一応達也がもしモノリス・コードに出ることとなった場合に備えて、九校戦仕様の特化型CADも“4つ”発注しておこうと思う。

 競技用CADって画一的過ぎてデザイン性皆無なんだよな。ガチガチなものじゃなく、使っているものを見て楽しむのも醍醐味だろうに……まあ、そのための『シルバー・ブロッサム』シリーズなのだが。CADに社名のロゴマークは入れないが、ようは広告塔代わりになってもらうというわけだ。この辺は既に大会運営に確認済みである。

 

「ところで達也。物は相談なんだけど……これを見てほしいんだ」

「ん?……お前、とんでもないものを考え付くな。これらのソフトウェアを組めと?」

「そういうこと」

 

 達也が見つめる先にはいくつかのCADの設計図が表示されている。そのどれもが九校戦を見据えた上での規格になっていることは読み取れたが、悠元がここまで本腰を入れてまともな部類のCADを組み込んでいたことに少し疑問を持った。

 

「飛行魔法の目途もついたし、別にいいんだが……どうしてここまで?」

「その九校戦だよ。少なくとも、俺と深雪は代表メンバー入りする可能性が高い。そこまではいいんだが……代表入りすると思われる俺と燈也以外の1年男子メンバーがパッとしない。森崎はそれなりにやるから入ってくるだろうけど、十三束(とみつか)は競技向きじゃないから代表入りは難しい……聞いた限りの入試情報だと、一科生だけで言えば大半は女子に偏ってる」

 

 3年前の九校戦で三高に総合優勝を取られた際、男子側の成績が悲惨だった。女子側は悠元の姉である詩鶴、佳奈、美嘉の三姉妹を主軸に主力メンバーが揃っていたため、大きく崩れることはなかった。

 この敗戦を機に佳奈と美嘉は九校戦後すぐにエンジニア適性の高い子を抜擢し、九校戦総合優勝を奪還した。そして現在の3年生が1年生の時にエンジニアを育成するよう言い含めたのだが……それを守らなかったためにエンジニア方面の人材不足が露呈している状況だ。

 

 恐らく、達也がエンジニア入りすることはほぼ確定と見ていい。

 だが、燈也以外の男子にテコ入れは難しいだろう。克人に関してはテコ入れ不要とも言える。強いて言うなら桐原ぐらいしかいないだろうな……そう思いながら端末のキーボードを叩く。

 

「状況的に三連覇できるかという瀬戸際だってことを先輩方は認識してない。3年メンバーの誰かが崩れれば総合優勝も一気に危うくなる……佳奈姉さんと美嘉姉さんが揃って連絡してきたぐらいだからな」

「そういえば、十文字会頭を破ったお前の姉って何の競技に出てたんだ?」

「女子スピード・シューティングと女子アイス・ピラーズ・ブレイク。言っとくけど、あの魔法は使ってないよ。佳奈姉さんが得意とするのは振動・移動・加重・放出・収束系統の複合制御術式、それと[ライトニング・オーダー]を駆使した[九種行使連鎖(ナインス・キャスト・チェイン)]。当時観戦していた深雪に聞いたほうが早いだろう」

 

 [九種行使連鎖]は意図的に多系統多種複合術式の事象干渉力を多変数化させ、相手の情報強化を妨害する技法。更には達也が服部との戦闘で見せた想子波の合成原理を応用し、9つの同一魔法を時間差で発動させて単一の魔法では出せない爆発的な威力と事象干渉力を叩きだす。

 つまりは[ループ・キャスト]を自前で行使できる形となるが、この技法には[ライトニング・オーダー]が前提となる。

 

 その[ライトニング・オーダー]とは、一度に最高36種の起動式同時読込・魔法式逐次展開だけでなく魔法発動寸前の状態で保有・同時行使する[スピードローダー]の技能も加わるが、その保有を一時的にイメージ記憶化させることによって複写による同一術式の同時行使だけでなく魔法式保持による魔法演算領域の圧迫や想子消費を抑える高等魔法技術。

 ここまで聞けばわかると思うが、四葉の秘術である[フラッシュ・キャスト]の技能に似通っている。だが[ライトニング・オーダー]は保持のために一時的な魔法式のイメージ記憶化を行うものであり、起動式をイメージ記憶として刻み込んで引き出す[フラッシュ・キャスト]とは考え自体似通っていても技術自体は全くの別物。

 しかも、この技能は高い魔法知覚力が必要であり、三矢家でも佳奈と美嘉、それに悠元しか現状は使えない。教えてはいないが、恐らく詩奈も使用できるだろうと踏んでいる。加えて、負荷軽減のためにCAD自体も特殊な感応石を搭載している。なお、このことは現在自分しか知らない秘密だ。

 

「今は忙しいが、代表メンバーがある程度形になったら連絡してくれって佳奈姉さんに頼まれててな。十中八九、檄が飛ぶだろう」

「厳しい人なんだな」

「普段は優しいんだけどね……会長が血の雨を見なければいいけど」

 

 『それは大丈夫なのだろうか』と達也は思わなくもなかったが、口を噤んだのであった。

 




前半は書いておかないと拙いと思ったので書きました。

競技用CADの条件については、原作(九校戦編)だと『共通規格があり、これに適合する機種でないと使えない』という記述しか見当たらなかったため、想像から記述しました。

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