魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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護人としての矜持

 護人(さきもり)―――日の本の国を真に護るべく、いかなる清濁すらも呑み込んだ上で国家の存続と繁栄を願う者たちが名乗った名称。九州北部に置かれ、大陸からの侵略を防衛するために設立された防人(さきもり)にあやかってその名を冠するようになった。

 

 この国の魔法という存在は皇族や一部の上流貴族の間で知られる秘中の秘とされ、それが表立って世に出ることは決してなかった。だが、力というものに対する驕りの結果、表の歴史に影響を及ぼしてきたことは事実であり、未だに原因がハッキリしない過去の出来事の陰には魔法の存在が関与していたという説も少なくない。

 神仏による崇拝や統治ではなく、法秩序による統制へと変わった近代・現代において、魔法の存在は御伽噺の存在へと変わりつつあった中、20世紀末に起きた事件によって魔法という存在は技術の一つとして世の中に姿を見せることとなった。

 

 この国を真に支配する『元老院』だが、元々四大老は全て護人の家が統治していた。だが、その内の二家が二度の大戦を経て断絶となり、已む無く空席を埋めるべく東叡山宗家である東道と兵衛府(ひょうえふ)に連なる樫和の両家が四大老の席へと座った。

 故に、長き時に渡ってあらゆる闇の部分を請け負ってきた神楽坂と上泉、古式の術士といえども四大老では新参者と言える東道と樫和。その間で『元老院』に対する考え方が真っ向に違うのは無理からぬことであった。

 

 神楽坂と上泉が名乗っている護人の名を東道と樫和が名乗れないのは、『元老院』と反する護人の真の役割―――己の善悪の価値観に囚われず、国の秩序に寄与する存在の保護―――という部分で後者の二家とは異なる価値観を有しているためだ。

 無論、神楽坂や上泉とて、徒に表に出て歴史を掻き乱しているわけではない。だが、魔法という存在がこの世界の表舞台に出てしまった以上、元老院のあるべき役割も変わらざるを得なくなる。それを誰よりも理解しているからこそ、護人は国の守護を与る者として歴史の表舞台に立った。

 真っ先にそれを理解した者と、理解するよう努める者、そして昔からの権力を手放せずに前の二者を恨んだり妬んだりする者。今の元老院はまさに混迷の極みの真っ只中にあると言えよう。

 

 閑話休題。

 

 悠元は『神将会』で着るスーツを纏い、いつもの通学で使うコミューターの駅まで歩いてきた。休日なので人の姿が疎らだが、出迎えに来た自走車―――大臣や皇族クラスが乗るであろうリムジンが出迎えた時は流石に少し引き攣った笑みを浮かべた。

 それを知ってか知らずか、運転手が降りてきて恭しく一礼をした。見た目は若いが、引き締まった筋肉の鍛え方やサイオンの流れを見るに同門の人間だと直ぐに分かった。

 

「神楽坂様、お待たせして申し訳ございません」

「気にしておりませんので」

「これはご丁寧に。では、お乗りください」

 

 運転手が自らドアを開けたので、悠元が乗り込んだところでドアが閉められ、運転手がリムジンに乗り込むと自走車は目的地に向かって動き出した。流石に休日の市街地をリムジンが走っていたら、一体何事かと訝しむ人間は少なくないわけだが。

 リムジンが向かった先は内閣総理大臣が日常生活を行う住居―――総理大臣公邸であった。運転手がドアを開けたのを見て悠元が降り立つと、そこには総理大臣と秘書官がおり、傍に護衛が控えていた。

 

「これは神楽坂様。ご足労頂いたことに感謝いたします」

「お気になさらず。ご案内頂けますか?」

「ええ、勿論ですとも」

 

 普通ならば、一国の国家元首が若い人間に謙るという光景など“不可思議”の一言に尽きるであろう。秘書官や護衛も事情は聞かされているだろうが、何処か腑に落ちなさそうな表情を垣間見せていた。それに気付いたのか、総理大臣は謝罪の言葉を口にした。

 

「申し訳ありません、神楽坂様。事情は予め説明したのですが」

「気にしておりませんよ、総理。若輩者であることは自身が一番よく理解しております故」

「……寛大なお心に感謝いたします」

 

 護人の現当主にして、次期元老院四大老の一角を担うであろう若者。更には師族会議議長という日本魔法界の総領の立場に立つのが、総理大臣よりも二回り以上年下の少年。しかもまだ高校生という事情を知ったとしても、疑心暗鬼に囚われるのは無理からぬことだ。

 とはいえ、特殊な立場である以上は年功序列の話し方など出来ない。過去に護人の当主へ失礼を働いた総理大臣は、その翌日内閣総辞職に追い込まれたという逸話もあったりする。総理大臣の案内で入った先は会議室のような場所であり、既に上泉家当主・上泉元継が席に座っていた。

 

「上泉殿。お待たせして申し訳ありません」

「会議が始まる15分前ですし、遅刻ではありませんよ、神楽坂殿」

 

 本来ならば総理大臣が上泉家か神楽坂家に出向かなければならないが、先日の新ソ連侵攻の関係で統合幕僚会議を設置、現在新ソ連の二次・三次侵攻を睨んで厳戒態勢を敷いている為、首都近辺を迂闊に離れるわけにはいかない。

 日本政府の事情を悠元と元継も理解しているため、無理に首都を離れさせるのは得策ではないと判断していた。そもそも、国外情勢を鑑みて首相公邸での会議を予定していたので大きな混乱は生じなかった。

 そうして三名の参加者が揃ったところで総理が秘書官に小声で話すと、秘書官は軽くお辞儀をした上で部屋を退室した。護衛も部屋の外に出たところで悠元が遮音フィールドを部屋全体に張った上で話し始めた。

 

「さて、総理。事前に概要を記した手紙を送付させて頂いたが……我々が話したい内容については見当がつくとみられるが、いかがかな?」

「ええ。この国の資源エネルギー事情の抜本的改善、と見受けられました」

 

 盗難などの防諜を鑑みて、両名への手紙には『この国が慢性的に抱えているエネルギー事情についての会議を開きたい』という旨の内容に止めた。無論、見る人が見ればトーラス・シルバーが関わっている『恒星炉』のことも含むだろう、と見做すこともできる。

 

「その通りです。1世紀半前に起きた第二次大戦では、その部分を突かれて已む無く旧合衆国と戦争状態に突入し、結果として我々は負けた。その愚を再び繰り返さない為にも、そして自然災害が多いこの国のライフライン基盤を保つためにも……国外が荒れている今だからこそ、抜本的な改革案を提示したく会議の場を提案した次第です」

「……お言葉ですが、この国も先日新ソ連の攻撃を受けたばかりです。再侵攻の可能性は低いとみているのですか?」

「それについては自分が答えよう。現状の新ソ連軍は極東方面で大規模に動かすにも割ける戦力が少ない。戦略級魔法師の“イグナイター”を用いるにしても、仮に本土を爆撃した場合は問答無用の宣戦布告と見做して欧州との経済制裁も視野に入れた“報復策”を既に思案している」

 

 達也が対処した新ソ連軍の概要は当人からすべて聞いているが、仮にベゾブラゾフがあそこで本気を出したとすれば、日本軍のみならず新ソ連軍にも相応の被害が想定される。新ソ連政府が『漁船を攻撃した』などと宣うつもりならば、当時の衛星写真も含めて情報の全てを開示することで反撃する用意はあった。

 それに、新ソ連が旧ソ連に近い領土となっていても、使える不凍港の数はかなり限定される事実は変わらない。本格的な軍事侵攻を目論むのならば、民間レベルでの経済制裁も含めた多岐の対策を行使する腹積もりだ。

 

「とはいえ、戦略級魔法師の力を当てにして攻める可能性は残っている以上、警戒は緩めても解くことは無いよう厳命して頂きたい」

「既に防衛大臣へ伝えております。して、神楽坂殿。具体的にはどのような改革案なのか、ご教授願えませんか?」

「分かりました。現行のエネルギー事情は主に太陽光・風力・水力・地熱発電などによる自然エネルギー、それと補助システムとして燃料電池による発電形態が主流です。ですが、現状ではこの国の電力需要を満たすには至っておりません」

 

 こうなった大きな要因は原子力発電の大規模な抑制に他ならない。前世では大地震による電源喪失に加えて“人災”による事故で核離れが加速した結果、これまで原子力に頼っていた電力事情が逼迫した。

 この世界では、核兵器抑止の為にテロリストの標的となりやすい原子力発電所が次々と廃炉処分となった。尚、放射性物質に汚染された機器などの処分は厳正に執り行われたわけだが、それでも完全な処分に至っていないのが実情だ。

 その跡地に自然エネルギーを活用した発電所を設置しているが、エネルギー単位で取り出せる根本的な量の違いによって全てをカバーリングできているとは言い難い現実。

 

「昨春、トーラス・シルバーによる魔法稼働式核融合発電に関する論文を発表しましたが……総理、実は既に魔法技術による核融合発電を()()()させております」

「な、なんですと!?」

「余り大事にも出来ませんし、何せ同盟国とはいえUSNAの中には日本を危険視する勢力が少なくないのも事実。なので、経済産業大臣には内密に『燃料電池用の水素燃料の輸出』に関する問い合わせを行い、既に海外―――インド・ペルシア連邦およびアラブ同盟相手に民間レベルで輸出を行っております」

 

 発電規模の関係で大々的なプロジェクトになってしまうだけでなく、実用性や費用対効果などといった経済面での試算に加え、それを国家が主導でやろうとすると間違いなく反魔法主義の後押しを受けた野党から反発に遭うのが目に見えている。

 それに、予算云々の確保となると間違いなく時間が掛かると見込み、悠元は多少の裏技も込みで南盾島の国防海軍魔法研究所跡地に僅か3ヶ月で『恒星炉』の発電施設を完成させた。基本的な実験は既にFLTで終わらせている為に魔法師を配置しての実証実験も1ヶ月で終わり、内密に関係省庁の伝手を使って民間レベルでの燃料電池用水素燃料の輸出に踏み切った。

 『恒星炉』における4つのメインスキームの内、水素燃料および工業用高純度水素ガスの生産をまずは最優先で事業化させた形だ。

 

「最初は外務省に話を持っていったのですが、対応が酷かったのと関係者が横柄な態度を見せたので、『話にならない』と判断して経済産業省に持ち込みました。そちらは直ぐに理解して許可を出していただきましたし、外務省の許可も取り付けて頂きました」

「……本当に申し訳ありません、神楽坂様。大臣も含めて厳しく注意いたします」

「まあ、ここ最近の情勢で忙しいのは理解していますが……獅子身中の虫は徹底的に排除してください。国家の利を考えない者に与える椅子は無い、と」

「はい」

 

 敢えて“外務省の官僚”と指定しなかったのは、外務省の官僚と外務大臣の双方に責任を負わせるためである。とはいえ、即日の更迭などしたらメディアの恰好の餌食になる為、そこは任命責任を問われかねない総理大臣の裁量に任せるつもりだ。

 

「そこまで進めていたとは……だが、それで終わりではないのだろう?」

「ええ、上泉殿。既に送電ケーブルの敷設及び接続を終えており、伊豆半島の地下に大規模の蓄電施設を設置しただけでなく、首都圏への供給体制も準備を整えております。計算上では、小笠原諸島方面にある『恒星炉』で日本本土の夜間需要を十二分に満たせるラインに乗せることが可能です」

 

 魔法技術以外の工業系に関する部分は神坂グループで請け負い、土木系統は上泉家の所有する会社に業務委託することとした。当然守秘義務が課せられているわけだが、その代わりに高い報酬を支払っている。名誉だなんだと言って宇宙に飛ばそうとボランティア紛いのことをさせようとしている“何処かの誰か”とは違うことを行動として示す。

 元継は事前に悠元との会談をしているので知っているわけだが、総理に現状を把握してもらう意味で尋ね、悠元もその意図を理解した上で答える。

 

「……ちなみにですが、その事実を他に知っている者は如何程でしょう?」

「総理なら当然御存知である『元老院』関連ならば、我々の先代当主らと東道青波の三名のみ。それ以外で言うならば『トーラス・シルバー』の関係者といったところです」

 

 燃料電池発電用の水素燃料の運搬は専ら海路だが、主に活躍しているのは上泉家系列となる飛龍海運である。現在の状況を考えると彼ら以外に適任者がいないのだ。

 なお、運搬に使っているタンカーは一度沈んだものをサルベージしたり、海賊の根城になっていたものを無理矢理接収して民間船として再利用しており、先日の顧傑が乗ってきた高速貨物船も日本の船籍に書き換えた上で運用されている。

 それを付け狙う海賊だが、軒並み返り討ちにしている。しかも、正規軍の潜水艦も数隻ほど拿捕しており、それらは全て国防軍に接収させた。言っておくが、仕掛けてきたのは相手の方であって、それを壊滅させるのは“防衛行動”に他ならない。捕まえた軍人については工作員としての危険性も考えて一人の例外もなく本国に強制送還させている。

 公海上で過剰防衛の沙汰などを問う真似なんかしたら、下手すると海の藻屑にしかならないだろう。

 

「総理にお願いしたいのは、伊豆・小笠原諸島を“国家重要戦略特区”として法的に保障していただくこと。なお、政府に対して人材や金銭などは一切要求しません。いえ、寧ろ要りません」

「理由をお尋ねしても?」

「最大の理由は現行の魔法技術で再現が難しい代物を使用している為、機密の確保の為に政府および関係省庁の人間を内に入れたくないのです。理由はお分かりですね?」

「……ええ、十分に理解しています」

 

 今の総理に全ての非があるとは言えないが、これまでの政府の政策によって、この国の魔法師社会に歪みが生じた。それは『伝統派』の一件だけでなく、『ブランシュ』や『無頭竜』を野放しにしていたこともそうだし、法的根拠がない魔法師に対する慣行―――魔法師の海外渡航の自粛など―――もその一つだ。

 なので、独立国家としての矜持を示す意味でも、総理を含めた国会議員全員に真の独立国家としての日本の利益を追求してもらわなければならない。刻々と変化する情勢に対応した立法や行政を行う人間も歳など関係なく学び続けてもらう必要がある。

 

 正直、前世もそうだったが……顔がいいから中身が伴っているかと言われると別の問題だ。高学歴やアスリートとしてれっきとした実績を挙げていてもお笑い芸人になっている人間の方が遥かにマシに思えてくる。

 この世界で言えば十師族や師補十八家直系の子女が該当するわけだが、大半が会社に勤めていても魔法師としての実績は不透明。何もしていないとは思いたくないが、軍関係の仕事に就いている時点で九島烈の提唱した規則が形骸化している。

 

「しかし、民間のみでやるにしても法の制限がどうしても生じます。なので、政府が法に基づいた優遇措置を講じて頂ければ、資金の負担や人材の確保はこちらで請け負います。加えて、先日締結した大洋南部経済連携協定に基づいて、エネルギー関連の輸出入に関する関税優遇措置も確約していますので、総理には外務省と経産省の説得をお願いいたします」

「……畏まりました」

 

 正直、こちらで本来政府がやるべき仕事を奪うつもりなどなかった。だが、外務省の怠慢と横柄に腹が立って全ての段取りを外務省抜きで進めた。これで文句を言うつもりなら、外務省役人のスキャンダル記事をメディアに流して大規模の掃除を敢行してもらう。

 『沈黙は金、雄弁は銀』という諺はあるが、他国との折衝に一番関与するべき外務省がその矜持で居ては困る。何せ、嘘を言い続けて本当のことのように振舞った前例があるだけでなく、平気で国際条約を破るような輩が周辺国家にいるのだ。

 

 後日、親亜派および親ソ派に属する役人が軒並み“都合退職”という形で一掃され、その中には工作員も含まれていたことが判明した。親欧米の派閥は残ったままだが、彼らが逆に首を絞めることになるのは……もう少し先の未来のことであった。

 




 若手会議の部分はまるっきりカットしました。一部の人間が変わっているとはいえ、話の流れ的に大きく変わるわけではありませんので。雄弁に語る智一を書きたくなかったのも理由の一つですが(ぇ

 そして、『恒星炉』のメインスキームの一つである水素燃料にスポットを当て、国際経済協定に基づいての輸出となりました。実績だなんだと煩いのが役人や国会議員の常ですので、先に民間レベルでやった結果です。尤も、技術の秘匿性を鑑みて政府に公的な許可を出させても人員や資金の提供は要らないと一蹴しています。
 その気になれば神坂グループで国家予算クラスの資金を調達できる利点もありますし、正式に受け取ったバスティアン・ローゼンの遺産も注入することで資金面は余裕でクリアできます。
 本土と南盾島がある小笠原諸島方面との輸送は『疑似瞬間移動』で概ねの問題はクリアできますし、何でしたら『無敵砲弾(インビンシブル・カノン)』を使うという手もあります。

 補足ですが、別に外務省に対して含むところは無く、単純に原作における行動から推測しての結果ですので、フィクションです(ここ大事)。

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