魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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鑑みることが多い会談

 悠元と元継、総理大臣の会談はまだ続いている。議題は専ら国内外の情勢に関するものであった。

 

「総理、正直にお尋ねする。総理はこの国の行く末をどのように見据えられているのか。それをお聞きしたい」

「……今上天皇陛下ならびに上皇陛下より真の独立国家となるべく邁進する意思に嘘偽りはありません。ですが、それを実現するにも様々な障碍があるのも事実です」

 

 国会議員で言えば反魔法主義の支援を受けている野党勢力、市民団体という名の“抵抗勢力”に加え、国会議員と官僚の意思疎通の問題もある。この世界で言えば、そこに国防軍や元老院の問題も加わっている。

 国外の問題で言えばUSNAの問題が念頭に出て来るし、大亜連合と新ソ連の問題も浮上している。大洋の利権欲しさに軍事力を強めようとするのであれば、それに対抗する案も考えている。

 

「我々は別に総理を責めるつもりはありません。ですが、あまり力を揮って厄介事になるのも御免被りたいところです。我々は別に賛同者だけを集めて思想を固定化させることを望みません」

 

 日本の国としての確たる意思を持つことと日本国民の思想・信条の自由は必ずしも一致しないことなどとうに知っているし、余程酷い誹謗中傷でなければ権利は守られるべきである。だが、その権利の尺度を履き違えている人間が多すぎるのもまた事実である。

 

「総理。今後、十師族を含めた師族会議に対する問い合わせや陳情は、議員個人や政府機関の如何を問わず、一律して内閣からの要請として日本魔法協会にお願いしたい」

「それは構いませんが、その意図をお聞かせ願えますか?」

「単純な事です。貴方方政治家が利害の調整を担う立場とはいえ、国会や政府機関の無秩序状態を我々は許容していません。国家としての意思を一致させなければ周辺国家に呑み込まれる未来しかないのですから。その悪しき例は貴方とて御存知のはずだ」

 

 その最悪の結果が第二次大戦の敗戦であり、再びこの国を焦土にするようなことは避けなければならない。悠元自身も非公式ではあるが国防軍の軍人魔法師である前に一人の日本国民として、その未来を避けるための力を行使するための覚悟は既にしている。そうでなければ、国外で戦略級魔法の使用に踏み切るということはしなかっただろう。

 民主主義国家である以上、全ての人間の意思を一つに纏めるのは極めて難しい。それでも多数決の論理に基づいて現在の世界情勢に即した政治が求められている。魔法という見えない存在に恐怖を抱く気持ちは分からなくもないが、人民の長である政府が魔法という存在を認めない限り、人民の恐怖は決して和らぐことなどない。

 

 それは行政に対しても同じことが言える。手柄欲しさにスタンドプレーなど、本来は公僕たる人間がすべきことではない。そもそもの話、交渉事の関係で締め切りを課すことはまだしも、競争原理という柵を有しない筈の公的機関の人間に民間企業の様なノルマを課すことが問題ではないかと思う。

 このお願いは原作における産業省と外務省による認識の齟齬からくるもので、これが原因で魔法協会の会長が入院する羽目となった。別に色を付けろとか注文するのではなく、各省庁の長として情報を共有することで平等に責任を負ってもらうためだ。

 

 それと、軍人魔法師以外の魔法師を統率する師族会議と政府の仲立ちを魔法協会にしてもらう予定だ。別に仲裁や説得といった内容が含まれるのならば、そこは臨機応変に対処すべき問題であるし、国防的に重要な要請の場合は宮内庁経由で今上天皇に伝えることとなっている。

 なお、師族二十八家が各々持っているコネクションでの対話や相談事はその対象から意図的に外している。

 

「USNAは以前、我が国の戦略級魔法を無力化しようと目論み、自称“世界最強”の魔法師部隊『スターズ』を留学生並びに交流要員として派遣してきていました。私もその構成員と戦いましたが、怪我を負うことなく退けました」

「そ、そのようなことなど報告に挙がっておりませんが……」

「一歩間違えれば現行の軍事同盟が空中分解する国際問題に発展しかねなかったのもありますし、それを機とみて大亜連合や新ソ連が攻めてくる可能性を考慮して水面下の交渉で手打ちにした次第です」

 

 その時は顧傑や周公瑾が健在であったため、下手に拗れさせるのも面倒だと判断してヴァージニア・バランス大佐との間で手打ちにした。尤も、国防海軍の戦略級魔法絡みであわや全面核戦争に発展しかねなかったことでUSNA政府に多額の賠償を支払わせた。

 なお、その賠償金は一銭たりとも日本政府に支払われておらず、政府が得たのは南盾島に関する権利の売買に伴う臨時収入ぐらいであった。

 

「その報告は自分も聞き及んでいる。神楽坂殿、もしやUSNAがまた戦略級魔法の無力化を目論んで何か仕掛けると?」

「今度は魔法師を宇宙開発という名目で地球外に追放するという計画です。下手すれば、この地球上にいる全ての魔法資質保有者が問答無用で地球から追放される危険性を秘めたもの」

「な、何と……それを現代魔法の先進国であるUSNAが先導すると?」

「かの国は魔法の民生利用を認めていないに等しい。言い方は極端だが、“魔法帝国主義”同然のような振る舞いのかの国ならやらない道理はないでしょう……先進国だからこそ、自らが世界の覇権を握りたいという欲を邪魔するものは容赦なく排除する」

 

 過去の場合は政府というか大統領が一方的に難癖をつけて戦争を吹っかけた例がある。その事例を鑑みても、原作でエドワード・クラークがでっちあげた『ディオーネー計画』がこの世界でも動き出す可能性があり、既にUSNA国内でその動きが見え隠れしている。

 

「いくら同盟国とはいえ、それはあくまでも安全保障などといった国家として対等の立場としてのものであり、我々は()()()()()()()()()()()。それに、今の我々には最優先すべき事項がある為に彼らの計画に割く余力などない。宇宙に行きたいというのであれば、それは国力に余裕がある国家がするべき“道楽”であり、それに付き合う道理はない」

「……神楽坂殿に上泉殿、もしUSNAが計画の参加を推してきた場合は?」

「その時は私が直接USNA大統領に問い合わせましょう。“民間レベルでの経済的な報復”も交渉材料に含めた上で」

 

 その下準備として、既に買収した大手メディアの大口スポンサーの株式購入を進めている。表向きは米国内の不動産会社やベンチャー企業が買収している体となっているが、その購入資金の実態は神坂グループによる“無利子の大口融資”。

 別に融資の対価としてスポンサーの株式の買収を強制しているわけではないし、米国企業の資産強化による見返りとして米国内のあらゆる情報をほぼリアルタイムで仕入れられるように取り計らってもらっているだけで、『そのついでにスポンサーの株式も買っていただければ助かる』と呟いたに過ぎない。勘のいい人間ならば融資の存在に気付くだろうが、その融資の方法も複数の国際銀行を経由してのものなので簡単に尻尾は掴まれないようにしている。

 万が一こちらの動きを掴まれた場合は、問答無用のTOBで買収して札束ビンタによる口封じを敢行するだけだ。幹部クラスの人事の刷新(クビではなく、事実上の左遷扱い)はするかもしれないが、何も知らない社員の雇用は保証するし、経営方針に口出しはしない。

 

「総理から直接抗議されることと存じますが、私も祖父の誼で知り合っておりまして。それに、私の婚約者の一人はその大統領の孫娘です。幸い、彼女は私の味方になってくれることを約束していますので、いくら一国を統べる大統領閣下と言えども身内からの絶交は堪えるかも知れませんね」

 

 仮にエドワード・クラークがこのまま『ディオーネー計画』を進めると、まず初めに大統領の不興を買うのは確定的。レイモンドが唆す形で戦力を増やそうとマイクロブラックホール実験を敢行したら、大統領の執務机が壊れること不可避。更にリーナを『日本と通じたスパイ』だなんて罪を被せたら、ショットガンやらロケットランチャーを装備して参謀本部に乗り込むことが確定している……映画の主人公みたいなことをやりそうなガタイを有しているだけに、冗談では済まないだろう。

 何せ、非魔法師なのにボディビルダー並みの筋肉を有し、軍人時代は並の魔法師すら体術で圧倒したことがあるという。ファンタジーにステゴロで挑むというのは漢気があるとしか言いようがないし、同じ男性として尊敬に値する。

 

 なお、そんな肉体を持ちつつも魔法の才能が加わって極まった結果が悠元と元継の祖父である上泉剛三という存在に他ならない。

 

「……それは確かに堪えるでしょうな」

 

 総理大臣との会談を終え、リムジンに乗り込んだ悠元と元継。二人ともこのまま“とある場所”に向かうために同乗する形となった。乗り込んで走り出したところで、あまり言葉を発しなかった元継が問いかけてきた。

 

「悠元、若手会議の方は本当に良かったのか?」

「まあ、ちゃんと実行力と責任の所在が把握できる案を纏められるのなら、別に止めるつもりはない」

 

 悠元の知人や顔見知りを除くと、本当に十師族の立場としての責務を果たしているのかという疑問に駆られてしまう。その最たる例が九島家―――正確には光宣の兄や姉達のことだが。それを含むかのように呟いた悠元の言葉に、元継は苦笑を滲ませた。

 

「悠元がいなければ俺や治兄貴、詩鶴、佳奈、美嘉に詩奈も普通よりは優れた程度の魔法師で終わっていただけに、あまり人のことは言えんな……だが、会議が纏まるとは到底思えん」

 

 何せ、本来師族会議の括りに含まれる神楽坂と上泉を排除するような恰好にしたのだ。どうせ、それを画策した人物はこちらの政治的な事情も把握した上で息子に手柄を上げさせたかったのだろうと思う。

 

「どうせ恥を掻くのが分かり切っているのに、泣きっ面に蜂みたいなことはしないよ。ただ、今度は自分が発起人となって師族会議の若手で会議を開こうと思っているけど」

「その時点で七草と十文字の面目を潰す様なものだがな」

 

 今度は国防軍の事情とかを完全に無視した上で“師族会議に属する人間として”招集する。これで欠席するようならば師族会議にいてもらう義理など無いと判断して除名処分も辞さない。尚、その招集をする日は十山家が行動を起こした後にする予定だ。

 

「そもそも、アイドル的なことは七宝がやっているのに、二番煎じはおろか七宝家に喧嘩を売る様なものだ。目立つようにアピールすることで存在感を示すという意味は分からなくもないが、政治的なパフォーマンスと取られかねない危険性を担保できるのかという問題にもなる」

「仮に詩奈を矢面に立たせるとして、七草家が全面的に“言い出しっぺ”の責任を負うとも思えんだけにな。最悪、父や兄貴に責任を押し付けるだろうな」

 

 外面がいいというのは立派な武器だが、それを無理矢理全面的に押し出したところで軋轢が生じるのは目に見えている。十師族や師補十八家が無理に表舞台に出ようとするから、そういったアイドル的な思考に走ってしまうし、自分の家に被害が及ばないならば賛同するのも無理からぬことだ。

 

「会議の際、国防軍に横槍を入れることは許さない。最悪防衛大臣を脅してでも押さえつける。それでも聞かない場合は……実行犯たちに病院食でも食べてもらうことにしようかと思う」

「そうなってしまうか……ところで悠元。先程の話についてだが、一体どうやって宇宙に追放させる気だ? 魔法学の研究者ならばまだしも、悠元と達也君は高校生の身分だ。国立魔法大学が単位の融通をするにしても、目立った功績無しに認めれば周囲の反発を買うことになる」

 

 元継の疑問は至極尤もだと思う。『カーディナル・ジョージ』の真紅郎や自分の姉、『クリムゾン・プリンス』の将輝といった面々ならばともかく、自分や達也は社会的な立場からして魔法師社会に貢献出来ている人材とは言い難い。

 仮に戦略級魔法師だと断定して騒ぎ立てれば、何故日本が隠している存在をUSNAが暴露するのかという軍事同盟の不協和音を引き起こす火種にしかならない。そんな事を言えば、原作における『トーラス・シルバー』の件だってこれに準じているに等しい筈なのだ。

 

「一つある。兄さんも知っている社会的に通じる功績を挙げた人物の名を使えば」

「……トーラス・シルバーか。だが、既にこの国において重要な存在となっているお前たちをどうやって説得する気なんだ?」

「さあ? そんな起死回生に等しい一手があるのなら、是非お目に掛かりたいと思うよ」

 

 ぶっちゃければ、FLTは『第一賢人』の無責任な映像を流したメディアに対して“威力業務妨害”もしくは“偽計業務妨害”の名目で訴訟を起こすことも十二分に可能だった。それが安易に出来なかった理由は自ずと理解している。

 メディアが自らを『第三勢力』と称して特権を振り翳している以上、言論は時として人をも殺すことを自覚してもらう必要がある。尤も、真実の探求という欲を制御できていないに等しいジャーナリストに他人を尊重するという思考など皆無に等しいが。

 悠元は徐に端末を弄ると、そこに表示された結果に対して溜息を吐いた。

 

「どうした、悠元? 若手会議の情報でも仕入れたのか?」

「まあ、そんなところだね」

 

 悠元は端末を操作して、映像を仮想モニター形式で元継の前に表示した。その内容を見た元継も深い溜息を洩らした。その内容というのは、七草智一の出した案―――深雪をアイドルという形で矢面に立たせる―――に達也が真っ向から反発したのだ。

 

 ただ、切っ掛けは達也ではなく元治であった。智一が決定的な台詞を言い出しそうになったところで、元治が一言断った上で克人に会議の進行について問いかけ、その上で血縁上は義理の妹となりうる深雪を矢面に立たせる場合、七草家は全面的に責任を負えるのかという疑問を呈した。

 それを好機とみる形で達也が厳しい意見を発し、四葉家がそれに従う道理はないと明言した。達也の発言に六塚家の燈也、一色家の愛梨、七宝家の琢磨、一条家の将輝と続き、更にはオブザーバーの参加であった光宣も懸念を示したことで智一の案は没となったようだ。

 会議終了後、達也は四葉家での会合がある為に会食の参加を辞退。元治と愛梨、琢磨も家の用事があると伝えて会食の参加をキャンセルした。光宣も元治の招きに応じる形で会食の参加を丁重に断った。

 

「……七草智一は馬鹿なのか? 父親から何も聞かされなかったのか? これならば、周公瑾と通じていた七草弘一の方が幾分かマシに見えてくるぞ」

「これで、どちらも四葉家に喧嘩を売ったに等しくなった。彼の娘さんたちが気の毒としか思えないけど」

「そのうちの二人は悠元が娶る相手だが」

「まあ、人柄としては信用できるから」

 

 自分とて好き好んで喧嘩を買っているわけではないし、話し合いで済むのならばその方が掛かる労力も少なくて済む利点がある。そもそも、向こうが勝手に脅威と見て周りを巻き込んでの自爆行為なので、こちらは淡々と対処しているに過ぎない。

 

 すると、リムジンが目的地に到着したようで、車が停止して運転手が扉を開けた。悠元と元継が降りた先は都内の高級料亭。店の中に進むと、従業員の案内で奥の一室に案内された。そこには先客がおり、悠元と元継からすれば血縁上は義理の伯父にあたる人物―――元老院四大老が一人、東道青波が座っていた。

 

「東道殿、お待たせして申し訳ない」

「気にせずともよい。こちらも先程来たばかりだからな。流石に昼間なので酒は出ぬが」

「それで構わない」

 

 本来ならば四大老の関係で青波が格上の立場になるが、三人とも家の当主であるだけでなく、悠元は千姫から、元継は剛三から言葉遣いに関する申し渡しを受けており、護人の前ではいくら青波と言えども偉ぶる事など出来ない。そこには東道家と樫和家が過去に起こした上泉家への“謀反”も大いに関係しているわけだが。

 青波が席に座るような素振りを見せると、悠元と元継は彼と向き合う形で腰を下ろした。

 

「今日は確か若手で集まる会議と聞いていたが、そちらは良かったのか?」

「お構いなく。彼らからまともな意見が出れば、師族会議に諮ることも吝かではない。尤も、俗物的な意見が潰れた後、特に画期的な対策は出てこなかったようだが」

 

 悠元の言葉を聞き、その案の内容を察したのか青波が一つ溜息を吐いた。その上で、青波は元継に視線を向けた。

 

「上泉殿、其方はどう思っておる?」

「無理に能動的手段を取ったところで、魔法に対する恐怖を煽るだけだと認識している。元々、呪殺などの後ろめたい要素を技術として取り込んだ結果といえばそれまでだが、技術の民生利用は大方順調に進んでいる」

 

 家の確執は元々剛三と青波の父親によるもので、家督を継いだとはいえ元継自身はその確執を後世に遺すつもりなどない。尤も、術者の力量を高める事よりも術者を統べることに注力して秩序の上限を下げてしまった樫和と東道に思うところはあるが、それを口に出すことは無かった。

 

「東道殿。この先、我々元老院に属する人間にも厳しい理が求められる。この先の秩序を守ろうとするのならば、最悪自らの手を汚してでも妖に対処せねばならない。命を賭ける覚悟すら持てずに今まで通り誰かを矢面にするようならば、その者たちを私自ら歴史から消す。そのことを次代の東道にもしかと聞かせよ」

「……しかと心得た」

 

 秩序を守る為に力を忌避することなど、愚かとしか言いようがない。過ぎた力は身を亡ぼすことになるが、力を無用なものと捨て去ることも相手に付け入る隙を与えることになる。

 己を知り、相手を知り、相手に攻められない為の力を保持することで自国を守護する。その後ろ盾と“最後の一手”を担うのが他ならぬ元老院の役目だ。それを担わずにただ座っているだけの存在など不要、という悠元の言葉に対し、青波は深く頭を下げたのだった。

 




 この先の対策も含めての会談の内容です。別に目標とか目的を定めるのはまだしも、公僕にノルマという概念が必要な場合とそうでない場合があると思います。原作の場合はノルマというより外国への忖度のようなきもしますが。

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