魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

402 / 551
逆鱗に触れる企み、意趣返しの一手

 十師族および師補十八家の若手による会議にブリザードが吹き荒れている頃、そんなことを露も知らない詩奈は自主トレの為に第三研を訪れていた。

 第三研―――正式名称:魔法技能師開発第三研究所は、十箇所あった研究所の内、元の看板のまま稼働している5つの研究所(その反例は第一研の跡地に建てられた金沢魔法理学研究所と第九研の後継となった第九種魔法研究所が該当する)の一つであり、最も活発に稼働している。

 その理由は第三研の研究テーマが『マルチ・キャスト』―――魔法の同時行使・連続発動に関する技術の研究という点にあった。三矢家は魔法保持技術『スピードローダー』を生み出したわけだが、その三矢家の“とある人物”が携わったことにより、個々の魔法師に特化した技術へと変貌した。

 魔法を複数発動出来るという点は十師族以外の魔法師にも有用な技術であり、その技術の一部は第十研(現在は稼働を停止している)出身の人間に継承されている。そういった事情の帰結として、多くの軍人魔法師が出入りしている。

 

 末っ子とはいえ、三矢家の人間である詩奈は見た目に反して戦闘力が高い。耳の原因不明とされたハンデも同様の悩みを有していたすぐ上の兄によって解消したが、詩奈本人としては軍人魔法師の道を進む気など無かった。その意思を確認した元は、正直娘が軍人にならないことを喜んだ反面、心のどこかで詩奈のすぐ上の兄のように活躍してほしいという我儘も抱いていた。

 加えて、耳のハンデを克服したことで母の祖父の実家にも通うようになり、武術のセンスだけで言えばすぐ上の兄に匹敵するだけのスペックを有している。

 そんな詩奈だが、第三研に通うのは『対魔法師の実戦経験を積むという意味でも有用だ』という兄や姉たちの助言を受けてのものだ。第三研に通っている軍人とは知り合いが多く、同じ師族二十八家の彼女とは知り合いの一人であった。

 

「あ、つかささん」

「あら、詩奈ちゃん。今日もトレーニングですか?」

 

 国防陸軍情報部所属、遠山つかさ曹長。ここでは「遠山」を名乗っているが、詩奈は早い段階から彼女が「十山」の人間であることを知っていた。

 

「そういえば、侍郎君は一緒じゃないんですね」

「侍郎君は千葉家の道場に行きました」

「千葉家に?」

「はい。すぐ上の兄と千葉家の方が同級生ですから」

 

 悠元とエリカが同じ学年の生徒であることなど調べれば分かることなので、詩奈も別段隠そうとは思わなかった。正確には二人が幼馴染であることを詩奈も知っているが、ここには色々な事情が入っているために詩奈も空気を読む様な発言に止めた。

 すると、つかさが誠実そうな表情を詩奈に向けた。

 

「侍郎君の資質なら、きっと為になることでしょうね。そういえば、魔法科高校はどうですか?」

「まだ1ヶ月も経っていませんので、今のところは何とも……といった感じです」

「生徒会長があの四葉家の方なのでしょう?」

「(……?)はい。でも、大丈夫です。最初は綺麗な方だと思って緊張しましたけど、すぐ上の兄の婚約者でもありますから、怖い人ではないと理解しています」

 

 つかさの尋ね方にどこか悪意の様なものを覚えたが、詩奈は“話せる範疇で”言葉を選びつつも深雪に対する評価を述べた。すると、つかさは詩奈に対してこう切り出した。

 

「なら、私の仕事を手伝ってもらえませんか?」

「つかささんのって……情報部のお仕事ですよね?」

「ええ。実は、要人救出の人質役を探しているのです」

「……それって、情報部の仕事なのでしょうか?」

 

 詩奈が疑問を呈するのは無理からぬことだ。国防軍の実働部隊や警察などの治安維持組織が対テロリストや立てこもり犯から人質を救助するという事態は勉強しているが、つかさから諜報機関のようなことしか聞かされていないために、どうにも結びつかないのだ。

 そんな詩奈の悩みを知ってか知らずか、つかさは綺麗な言葉を並べて詩奈を説得するように述べた。

 

「私の担当は防諜が主な任務ですから。情報流出を防ぐために、要人救出をすることもありますよ」

「そうなんですか……少し、考えさせてもらってもいいですか?」

「構いませんよ。では、詳しいことは決心がついてからということで」

「えーっ、今教えてくれないんですか?」

「一応、決まりですから」

 

 こう見えて詩奈は好奇心が旺盛だ。悠元がCADの製作を家でしなくなったのは、詩奈の好奇心が主な要因である。

 そんな詩奈が参加することに前向きな様子を見つつ、つかさは同じ一高の生徒である彼女が人質となれば、「彼」も無視できないだろうと思い込んでいた。

 

 「彼」をテストする()()()()()()()()()

 

 つかさは優し気な笑顔の下で、妹分の様な彼女を見ながらそのように考えていた……だが、彼女はここで一つの誤算を犯していたということを知るのは、彼女の計画が実行に移された後になってからであった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 その頃、彼女たちの話題として挙げられた対象こと矢車侍郎は、千葉家道場の畳の上で大の字になっていた。端的に言えば“叩きのめされた”と評するのが一番だろう。その相手はというと、丁度非番であったエリカの兄である寿和だった。

 

「おーい、生きてるか?」

「は、はい……これでも、鍛えてはいるんですが……」

「ま、歳を食った数だけの場数が違うからな。お前さんはまだ伸びるんだから、そう急くこともない」

「……ええ、心得ています」

 

 連れてきたのはエリカだが、そのエリカは一緒に来ていたレオを引き摺って離れの方に向かった。剣術の道場ということもあってか、男勝りの性格をしていた妹が“女”らしさを見せていることに兄として何処か嬉しい気持ちを抱いていた。

 

「警視……何か悪いものでも食べましたか? それとも、どこか身体を悪くされたんですか?」

「稲垣君? 自覚はしてるけど、そうやって口に出されると結構心に刺さるから止めてくれ」

 

 千葉家の家出騒動は結局当主が折れる形で決着し、寿和と修次が家に戻った。だが、末子のエリカは千葉家長女との折り合いもあってか、道場に顔を出すが本家の屋敷には決して足を踏み入れない、と固辞している。

 一応未成年かつ未婚の娘であるため、戸籍自体も千葉家に残ったままだが、レオが暮らしている部屋に転がり込んでいる生活が変わる事など無く、このままなし崩し的に婚姻したとしても不思議ではない……というのが寿和から見た率直な見解であった。

 

 レオとエリカの婚約関係も認められることとなるが、魔法師としての立場が弱い西城家という問題があった。だが、これを解決したのは西城家の歴史だ。

 ルーツを辿ると、元々三条西家の傍流として西条(さいじょう)を名乗っていた一族から分岐した結果だと判明した。ここら辺の文献は神楽坂家に遺っていた当時の人間の手記によるものと家系図の存在が大きかった。

 レオの曽祖父にあたる人物が祖父ことゲオルグ・オストブルグを婿に迎える際の条件を素直に呑んだのは、遠い昔の名誉を復活させたいという祖先の願いを聞き伝えていた……という話はレオ自身が祖母(ゲオルグの妻)から聞いた話らしい。

 

 閑話休題。

 

「あの、ひょっとして寿和さんは素行に問題がおありなのでしょうか?」

「あるにはありますね。何せ、警察官なのにこの体たらくですよ。やっと嫁が出来たというのに、その対応で四苦八苦していますし」

「あー、稲垣君?」

「遊び人の気質なのに、女性とまともに付き合ったことがないんですよ、この人は。せめて弟さんを見習えと常々言っておりますから」

「……あ、あはは」

 

 自分は別に警視のお守りを任されているわけではない、とは口に出さなかったものの、そんなことを言いたげであった稲垣の台詞に、侍郎は最早苦笑しか出てこなかった。何せ、侍郎自身も現在進行形で女性関係の問題を抱えている最中であったからだ。

 結局、限界まで扱かれた侍郎が疲労困憊の状態で帰った先に待っていたのは、拗ねた表情を浮かべた詩奈であるという事実を知るのは……当人たちと二人の両親に屋敷の使用人だけであった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 悠元が会議を終えて司波家に帰宅したのは午後5時。達也から事前にメールを貰っており、向こうが帰宅するのは午後8時頃になるということだったので、何か作ろうかと冷蔵庫を開けると、そこには既に準備された夕食がラップに掛けられていた。

 

「……別にそこまでせんでもいいのに」

 

 親切の押し売りみたいなもののように思いつつ、これを作ったであろう深雪の気持ちを無碍にしないように取り出したところで、リビングの方からヴィジホンの着信音が鳴った。

 長いこと居候している為か、着信音を聞いただけですぐに分かってしまう訳だが、よもや“四葉本家”からの電話には少し驚きもあった。

 

(今日は確か、達也と深雪に水波が本家に出向いていた筈だ。達也に用があるのなら、真夜さんとて息子がいない時に電話を掛けるとは思えない。となると……連絡の目的は自分か)

 

 冷蔵庫の扉を閉め、食事の皿を台所に置いた上で通話のパネルを押すと、部屋の明かりが暗くなってモニターには四葉家当主・四葉真夜の姿が映った訳だが、いつものようなドレス姿ではなく、カジュアルな私服姿が出た時には思わず目を見開いてしまった。

 

「……こんばんは、真夜さん。いつものようなドレス姿ではなかったので驚きました」

『ふふ、そうですか。今日の会合もこの姿で出たら、たっくんだけでなく次世代の四葉を担う皆さんまで私の御乱心を疑ったのですよ。深雪さんまで『叔母様、一体どうなされたのですか』って言っちゃったのです。酷いと思いませんか?』

「普段なされない恰好をしたというのは、時として“心変わり”を疑ってしまいますので、彼らの反応は至極真っ当なものでしょう」

 

 まるで子供の様な拗ね方をしている人物が『夜の女王』とも噂される人物なのだと知ったら、周囲は一体どのような反応を示すのか気になるところではあるが……それはともかくとして、悠元のほうから本題を切り出した。

 

「して、真夜さん。態々達也たちがいない時を見計らって連絡をしたということは、自分に何か内密のご相談でしょうか?」

『そうそう、悠元さんにご相談がありまして。暗号の強度は大丈夫かしら?』

「少し待ってください……ええ、大丈夫です。それで、本題をお願いできますか?」

 

 この通信は『精霊の鏡(カーヴァンクル)』を用いているが、その上に悠元が『五芒星(ペンタゴン)』を被せることで二重の防御態勢を確立してから、真夜に通信をした本題を切り出させた。

 すると、真夜が話し始めたのは四葉本家での話し合いの内容で、スポンサーである神楽坂家当主の悠元にも伝えた方が良いという判断からくるものだった。

 

巳焼島(みやきじま)に新たな実験施設をですか。旧第四研をそのままにするのも問題がありますし、元々四葉家所有の島なので異存はありませんが……あそこには特殊な囚人が収監されていましたね」

『無論、そのあたりは既に話し合いがついております』

 

 巳焼島は三宅島の東50キロの海上に存在する島で、21世紀初頭の火山活動で形成された島であることから『二十一世紀新島』の名で呼ばれることがある。表向きは都内の不動産会社の所有だが、間に数段階を挟んで実際の所有者は四葉家である。

 現在は犯罪魔法師を収監する監獄が置かれているだけで、大規模の開発はされてない。かつて国防軍の基地はあったが、当時活発化した火山活動によって放棄された。危険な犯罪魔法師については、その一部を上泉家と神楽坂家が引き受けており、現在は真っ当な魔法師として“更生”させている最中だ。

 

『そういえば、たっくんから話は聞きました。悠元さんが旧第四研の実験設備に関するアップデートを担ってくれると』

「こちらの得意分野ですし、旧第四研の研究は現代魔法に欠けているものを埋める意味でも研究の継続は非常に価値がある、と判断した次第です」

 

 旧第四研の実験設備は大戦中から使っているものが多く、適宜補修などを繰り返してはいるが、基本性能が時代遅れとなっているものが多い。とはいえ、現在の現代魔法研究ではカバーしきれない部分を担っている旧第四研の設備をそのまま破棄すれば、継続されている研究にも不都合が出るのは確かだ。

 

『この分だと、深雪さんが帰ってきたらお礼という形で襲ってきそうですね』

「嬉しそうに言わないでください……いや、まあ、好かれていることはありがたいことですが」

 

 なので、ここに関してはハードウェアの部分で世界トップクラスの技巧を有する悠元が一肌脱ぐことにした。具体的には、研究設備を『天陽照覧』で当時の新品状態に戻しただけでなく、現行の部品規格に合うようにFLTで設備を再設計することとした。全てを一新するのではなく、段階的なアップデートという形で旧第四研の研究設備を最新鋭の状態にする計画だ。これは、悠元がFLTへ配属される際に贈与された株式の“返礼”という形とした。

 その話が終わったところで、次は若手会議の内容に関するものだった。

 

『会議の内容は既にご存じだと思いますが、たっくんから深雪さんを神輿にするような意見が七草から挙げられたが厳しく反論して取り下げさせた、と聞きました。三矢・一条・六塚・一色・七宝に加えて、閣下のお孫さんである光宣君もたっくんの意見に賛同してくれたわ』

「……日和見というか、事なかれ主義の家が多いとしか思えませんね。まあ、三矢の兄には発破を掛けたお陰もあるかも知れませんが」

 

 アイドルというメリットとそれに伴うリスクの天秤を提唱者の七草家が許容したかはともかくとして、師族会議で四葉家に貶められた逆襲という形で深雪を神輿として担ぎ出そうとしたのだろう。尤も、七草家がこれを会議に出した時点で議長権限で却下させるつもりでいたが、杞憂に終わって何よりだと思う。

 

『そういえば、神楽坂家と上泉家の方が出席しなかったことについては、七草殿が「欠席したいという連絡を受けていた」という説明をされていたそうです』

「そうですか……関係者には何も説明した覚えなど無いのですがね。どうせ、今月末には沖縄に飛ぶ以上、七草が何かしたら丸分かりになりますが」

 

 正直に言えば、これも悠元の策の一つであった。

 

 テロリスト拘束を介する形で師族会議の体制を刷新したが、当然文句が出ないとは限らない。そもそもの話、現行のシステムではどこかの十師族の一つが機能不全となっても、この代わりを担えるだけの勢力が存在しない。

 だからこそ護人が前面に立って体制の刷新を行った。

 

 魔法師を育成するにも受け皿が少なすぎるのに、その進学・就職先は多いという砂時計方式のような有様。その為の対策はいくつか提示しているわけだが、それでもすべての魔法資質保有者をフォローできているわけではない。

 他の十師族や師補十八家で掬い上げてくれるのならば別に構わないが、即戦力と成り得る人材を拾い上げることばかりに熱心で、魔法協会の掲げる“全ての魔法師の保護”には至っていないのが現状。育成のコストを考えれば妥当な判断だが、若手会議でもそういったところに関する具体的な意見が出なかったのは問題だと思う。

 

「自分が若造という自覚は当然あります。ですが即戦力となる魔法師のみに目を向けてばかりというのが、そもそも怠慢であると考えています。篩から落とされた魔法資質保有者を救ってこそ、魔法師社会を統率する組織としての矜持に繋がると自分は思うのですが」

『これは四葉家(わたしども)にとっても耳の痛いお話ですね。何かお手伝いできることはありまして?』

「そうですね……今回『喧嘩別れ』のような形で終わった若手会議ですが、今度は神楽坂家と上泉家、それと三矢家や四葉家の四者で呼びかけようと思います」

 

 表向きは、政府との会議の為に出席できなかったためと、若手会議の内容が余りにも酷かったために“叱責”するためのもの。聞けば、大筋で関わっていない筈の顧傑の事件を智一が自慢気に語っていたこともそうだが、それを叱責しなかった克人に対しても厳しい態度で臨むつもりだ。

 基本的な条件は十文字家の呼びかけに準ずるものとするが、会議の場所は神坂グループが所有する箱根のリゾートホテルの会議室を借り切った上で行う。交通費や宿泊費などは全て神楽坂家で負担することも明記する。

 

「そこに合わせてのご相談なのですが、四葉殿には共同提唱者として名をお貸し頂きたいのです」

『ふふ、構いません。先の会議で舐められた仕返しを其方で考えてくださるのですから、是非協力させてください』

 

 今度の会議は基本的に欠席者を認めない。それが国防軍関連であっても、防衛大学校並びに国防軍、果ては防衛大臣に対して師族会議議長としての非難声明を敢行する。それを軽んじるつもりならば、水面下の報復も辞さない。

 師族二十八家の名を持つということは、相応の責任や責務を負うのと同義なのだから。

 




 詩奈とつかさのくだりは大きな変化を加えていません。ただ、詩奈は悠元が1年の時点で面識を有している為、四葉家の人間という事実にはかなり肝要となっています。加えて、聴覚のハンデを克服しているので戦闘力は原作よりも上がっています。
 まあ、好奇心旺盛なところは悠元の存在で更に拍車が掛かったのは言うまでもないですが。

 侍郎のところは寿和や稲垣を出しました。エリカとレオがどうなったかというのは……まあ、色々あるんですよ。色々と。

 そして、悠元と真夜の通話。喧嘩別れの様な形で終わった会議をより実効性のあるものとするために、今度は護人に加えて十師族の中でも発言力を有する三矢と四葉が会議の呼びかけを行います。
 軍関連を理由にするのであれば、そこは事前に根回しをして横槍を入れさせないようにします。十山家に関しては知りません(ぇ
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。