魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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蜘蛛の糸にしがみ付く者の構図

『ちなみにですが、四葉(こちら)の呼び掛け人はたっくんじゃなくてよかったのでしょうか?』

「達也の名を出されて忌避する人間が出ないとも限りませんので。そう考えると内外に敵を作りがちなんですよ、達也(かれ)は」

 

 原作の行動原理が深雪を第一に鑑みた結果という側面もあるわけだが、軍事面も経験している彼の厳しさを理解できない輩が今の師族二十八家に多すぎるのも問題である、と思う。無駄な事を言わずに自覚させるという意味では理に適っているが、悲しきことにそこまで深読みできない輩が多いのも事実である。

 

「神楽坂家は自分が、上泉家が元継兄さんの名で呼び掛ける以上、当主クラスかそれに準じるとしても今の達也はまだ魔法師社会で確固たる地位を確立しているには程遠い状況です……一応、真夜さんの名代ということで達也を会議の提唱者に含めるのはアリかも知れません」

『たっくんが次期当主だということを正月に公表して、ちゃんと挨拶文も送っているのにかしら?』

「あれは形式上師族二十八家と百家の当主に向けて送られたものですので、会議の参加者がきちんと把握していたとは思えません……残念な事ではありますが」

 

 内密に入手した若手会議の議事録からして、達也を『四葉殿』と呼称していたことは把握している。だが、彼の実績を挙げるとしてもメディアが入る九校戦と昨春の『恒星炉』実証実験ぐらいしかない。それ以外の国防軍関連や四葉家の依頼は全て裏側のことであるため、迂闊に公表できない事情が含まれる。

 達也が四葉家縁者だという事実は知っていても、彼が成した功績は魔法師社会でも水面下に潜ったまま。『トーラス・シルバー』の件は遅くても高校卒業後に公表すると既に決めている(この件はどうせ早まるのが目に見えている)。

 

「その挨拶について、婚約者の件も含めて信憑性が取れない……というのが正直な本音かもしれません。自分の場合は奇しくも『クリムゾン・プリンス』という目立った広告塔の存在がありましたから」

『そう言われると納得できますね。分かりました、たっくんには追々話しておきますので』

「助かります」

 

 話を戻して、今度は先日達也が関わった宗谷海峡での“魔法合戦”についてであった。当然、話題の中心となるのはベゾブラゾフの戦略級魔法『トゥマーン・ボンバ』である。

 

『悠元さんなら、どう無力化されますか?』

「……一番手っ取り早いのは、気流操作で対象範囲の水蒸気の密度を低減させることでしょうが、その関連なら戦略級魔法『オゾンサークル』で範囲内の酸素を無理矢理オゾンに再結合させて酸水素ガスの比率を偏らせるのが理に適っているかと」

 

 無効化の方法なら幾つかある。

 例えば、魔法発動に必要なCADなどの演算装置を完全に無力化して『トゥマーン・ボンバ』の威力そのものを下げる方法。範囲内の空気圧を極端に下げることで酸水素ガスの結合または分解に必要なエネルギーを跳ね上げる方法もある。

 問題なのは、『トゥマーン・ボンバ』が発動するコンマ数秒の魔法に対処できる魔法師がかなり限定されるという点だ。

 

『あら、悠元さんは「オゾンサークル」を使えるのかしら?』

「実は、以前オーストラリアへ旅行した際にオーストラリア軍の魔法師に襲撃を受けまして。その際に『オゾンサークル』の魔法データを得ましたので。てっきり風間中佐からその辺の話を聞いているものと思っておりましたが」

『成程、中佐殿もご存じと……ちょっぴり悔しいですわね』

「意味が分かりません」

 

 もっと極端な方法を取るとするのならば、ベゾブラゾフを日本に引きずり出してボコボコにする方法だが、これは『鏡の扉(ミラーゲート)』を明るみにしてしまうリスクがあるので、こればかりは最終手段として残しておく。そうしないように新型戦略級魔法『太極八卦陣(コスモ・ノヴァ)』を完成させたのだから。

 

「その絡みであまり公然と語られていないことですが、8年前のベーリング海で観測された大規模の魔法発動兆候の片方はベゾブラゾフの『トゥマーン・ボンバ』によるものです。彼はその戦いで当時の“シリウス”―――ウィリアム・シリウスをはじめとしたスターズの魔法師を殺しています」

『成程。当時の“シリウス”すら葬ったとなれば、こちらとしても無視はできませんね』

「今後、彼がこの国の戦略級魔法を物理的に排除しようと動くことも鑑みて自分が魔法提供をしています。水波には防御術式、深雪には戦略級魔法を渡します」

 

 今まで積極的な魔法提供を避けてきたが、達也自身が狙われるリスクは昨年末の件で跳ね上がったとみていい。それに、今後『恒星炉』の件を鑑みたとしても、達也自身がこれまで以上に強くなることは決して悪いことではないし、その傍にいることになる深雪と水波にも強くなってもらわなければならない。

 

『たっくんには何もないのかしら?』

「達也には既に二つの魔法を渡しています。一つは魔法根幹式分解魔法『魔導解散(キャスト・ディスパージョン)』。もう一つは戦略級魔法『瞬速極散(ソニック・アクセラレーション)』」

 

 後者の魔法は特殊で、分類上は“系統外・質量エネルギー分解反転魔法”―――達也の戦略級魔法『質量爆散(マテリアル・バースト)』によって生じるエネルギーを全て反転させることで、対象範囲に存在する物体を全て圧縮・分解するという最凶最悪の戦略級魔法。

 この魔法の最大の特徴は、これまで『マテリアル・バースト』では不可能だった“対象物単位での質量分解”を『雲散霧消(ミスト・ディスパージョン)』と同じ要領で使用できるという点にある。

 アインシュタイン方程式によって生じる質量エネルギーを全て“鏡合わせの世界”に送り返すことで現実世界における余波を一切生じさせない仕組みであり、この記述は『夢想天成』を発動した時に得た経験から生み出した技術。

 この世界において悠元しか知らない魔法エネルギーと物理エネルギーの制御。それが明るみになると魔法師育成にも革命を齎しかねないため、秘匿するつもりである。一応達也にも魔法をインストールした時点で説明したが、『お前は本物の埒外だな』と言われた。解せぬ。

 

『そうでしたの。これはますます深雪さんに襲われますね』

「孫については大学卒業まで待ってください。自分にも社会的地位というものが必要ですから」

『急かしませんよ。何でしたら、姉さんに仕込んでも構いませんので』

「……」

 

 婚約者ならばまだしも、使用人兼愛人という存在を聞いたときに困惑しかなかった。深夜に始まり、怜美と水波がその一員となっている。

 本家では深夜のお世話になりっぱなしだが、向こうからしたら『こんなオバサン相手に積極的ね』と深夜が言う始末。いやまあ、確かに実年齢を考えればそうなのだが、肉体年齢が二十代なだけに女性としての魅力が極めて高い。

 その反動で深雪の積極性に拍車が掛かり、二人きりの時は「今日は如何なさいますか、ご主人様」と意識の切り替えが素早い。結局、魅力に勝てずに押し倒して熱い夜を過ごしている形となっているわけだが。

 

 閑話休題。

 

「それで真夜さん。ここまで話したということは、こちらが進めている計画を葉山さんあたりから聞き及んでいることかと思います」

『ええ、その通りです。現状は巳焼島を候補地として見繕っていますが、如何でしょう?』

「問題はないかと思います」

 

 現状の『ESCAPES計画』の進捗度合いは、3年前(西暦2094年)に神楽坂家系列の神坂グループと上泉家系列の白河(しらかわ)グループによる合弁会社―――南盾島の『恒星炉』による事業を担う株式会社ステラデバイステクノロジー(通称:SDTC)が発足。悠元は理事長職、元継が副理事長を務める。

 元々は第三次大戦で所在者不明となっている不動産管理(悠元が剛三の代わりとして受け取る羽目となった国外の土地管理も含む)を目的として設立。南盾島の国防海軍研究所の撤退に伴い、それに代わる国防軍の防衛基地新設に伴う資材調達などを担う民間業者として一新した。小笠原諸島でも随一のショッピングモール経営も抱き合わせの形で担当することとなった。加えて、『恒星炉』の事業を実用化するための根拠という形で東京に本社ビルを置くこととなった。

 更に、国立魔法医療大学と付属校の新設にも資金提供という形で関与している。

 

 何故、不動産を専門に取り扱う合弁会社が核融合発電やサービス業、魔法教育分野にまで手を広げているのか、と思うだろう。何せ、この株式会社の設立理由は“魔法資質保有者の就職斡旋”―――つまるところの職業安定所(ハローワーク)を民間レベルで行うというのが起点であった。とはいえ、表立って魔法関連企業と名乗るのは問題があるし、事務部分で非魔法師を採用することもあって、名目上は不動産会社として発足した。

 

 人口比で見れば、数が少ない魔法資質保有者に合致する働き先というのもかなり厳しい。非魔法師の分野では人材不足であっても魔法師にとっては競争率が高くなり、結局は非魔法師と変わらない職業に就くケースも珍しくない。

 なので、働き口を斡旋しつつも雇用先を生み出すという意味で『恒星炉』の事業化を水面下で進めた。現状は工業用・燃料電池用高濃度水素ガスの生産と、その余剰分を用いて水素発電ならびに燃料電池発電がメインだが、将来的には核融合発電による電力供給を視野に入れている。

 

 株式会社ステラデバイステクノロジーが親会社となり、『恒星炉』発電および水素・燃料電池発電は名義上の子会社として東京(とうきょう)臨海電力(りんかいでんりょく)株式会社が、水素ガスに関する生産部門は株式会社ステラウォーターが子会社として設置される。本土から離れての離島勤務となる為、福利厚生はかなり厚遇され、離島手当も含めれば一月あたりの収入は本土よりも割高になるのは致し方のないことだ。

 

 魔法技術などによる移動手段も考慮に入れているが、本土と南盾島間を結ぶ魔法技術と科学技術を融合させた新世代型のVTOLが既に試験運用されている。

 最終的にはメガフロートを建設して、24時間運用可能な南東京海上国際空港の建設にも着手している。滑走路は3000メートルクラスが2本となる予定で、環境アセスメントに十分配慮したものとなっている。これは、台風などの自然災害によって本土の空港に発着陸出来ない場合、民間機の避難口としての役割も考慮されているためだ。

 

「巳焼島に設置するプラントの所有権や会社設立の際は声を掛けて頂ければ政府との交渉をお引き受けします。それで真夜さん、これはまだ秘匿されていることなのですが、実は内密に赤道より南側主要国の国家元首へお声を掛けて、国際魔法協会に代わる魔法資質保有者の権利保全を目的とした国際組織の設立を水面下で進めています」

『それはまた……三矢殿には既に?』

「現当主の父にだけ話しております。次期当主の兄には事の詳細を詰める段階で話すつもりです」

 

 国際魔法協会は魔法師の保護を謳いつつも主題が“核兵器の抑止”と軍事的な目的が強いため、政府に対しても人道的な積極的介入が出来ていない。魔法技術の民生利用を進める意味でも民間レベルの原子力に関する制限をしっかりと定義し、人口の大多数を占める非魔法師の魔法に対する忌避感を和らげる必要があった。

 イギリス、ドイツ、新ソ連、USNAと、欧米諸国やその近隣国と関係国に妨害を受けた身として、悠元は意図的に北半球の殆どの国家を組織構成の初期選定対象から除外した。そして、赤道直下より南側に位置する構成国家を中心として、その国家元首に対して日本が主導する形で国際的な非政府組織を設立する方向で段取りを進めている。

 

「このことは達也や深雪にも話しておりません。信用していないわけではありませんが、様子の変化に気付いて目聡く嗅ぎまわる人間がいますので、情報の出所はかなり制限しているのです」

『それは仕方がありませんわね。そうなりますと、組織の提唱者には悠元さんが立たれるのかしら?』

「ええ。どうせ祖父や母上のことからして目立たない保証なんて皆無ですし、何でしたら師族会議議長として名乗れば済みますから」

 

 日本、台湾、東南アジア同盟、インド・ペルシア連邦、南アメリカ連邦共和国、アラブ同盟、アフリカ連邦で既に締結されている大洋南部経済連携協定はその組織設立の為の“地均し”に他ならない。かつてのヨーロッパ連合(EU)も複数の経済協定をベースとして設立した経緯があり、それに倣った形だ。

 日本の代表者として悠元が出ることになるのは避けられない。何せ、現師族会議議長を務める身であり、国家非公認戦略級魔法師の一人でもあるし、護人・神楽坂家当主でもある。今やこの国において重責を担う立場となったからこそ、かつての達也のように“逃げる”という選択肢は取れない。

 

 そして、暫定的に『ESCAPES』という名を持つ恒星炉の事業スキームだが、魔法師の“兵器の宿命からの解放”という意味合いを持つものの、言葉だけを直訳すると『逃げる』という風にも受け取られてしまう。

 なので、悠元は南盾島の恒星炉事業立ち上げに際して別の名称を用いている。

 

―――Stellar-generator system

―――Totalize magical technology

―――Economic and energy line

―――Project

 

 直訳は『恒星炉システムに関する総合的魔法技術による経済活動およびエネルギーライン計画』。恒星炉事業を魔法資質保有者が普遍的な基本的人権を有する“一歩(ステップ)”とする意味を込めて、『STEP計画』を立ち上げた。

 

『現状、魔法協会でもカバーしきれていないのは事実でしょうけれど、それならば師族会議議長として提言をされても宜しかったのではなくて?』

「実効性の問題もありますし、非公式の約定があっても魔法協会では政府や軍の魔法師に対する横暴的な対応を咎めるための法的根拠が存在しません。それに、九校戦の問題で多忙を極めるところに騒ぎを持ち込んで機能不全は避けたいですから」

 

 言葉にはしなかったが、魔法協会に対する不信感があったのは事実だ。一昨年の『無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)』と、昨年のパラサイドールの一件(表向きは軍事色の強い競技変更)に対し、主催者側である魔法協会の後始末はどうにも煮え切らない部分が多かった。

 こんな状態ならば、今年一年ぐらいは九校戦を中止にしても不都合は出ないだろう。選手の不完全燃焼を回避するための対案は必要かもしれない。こうやって考えていくと、これまでの日本の魔法師社会が九島烈という存在にどれだけ依存していたのかが如実に分かる。

 

 九島烈を失ってからでは遅すぎる。ただでさえ90歳の大台が見えている御仁に甘えすぎていた現実―――師族二十八家はその事実と本気で向き合う時が来たのだ。

 

「九島閣下はもう十分に働かれ、功罪はあれどこの国の魔法師社会に貢献したのは事実です。我々だけでなく、政府や軍、魔法協会や政財界も含めて、もう彼という存在と四葉の『触れてはならない者たち(アンタッチャブル)』に甘える時間はとうに終わりました。数字(ナンバー)を持つ意味を、師族二十八家だけでなく百家も改めて考える時が来ています」

『……そう、ですね。本当に耳が痛くなるお話です』

 

 烈だけに限った話ではない。上泉剛三とその妻である奏姫、神楽坂千姫、そして30年以上前に国家へ復讐を成した四葉家先々代当主・四葉元造。生死の所在は違えど、彼らは立派にこの国を守ってきた。

 今度は、今を生きている現当主世代とその先の世代が彼らが守ってきたものを継ぎ、この国に降り掛かるであろう災厄を退ける。その為にやるべきことは数多くあり、少数の人間で処理するにも無理難題となってしまう。

 過去に縋り続ければ、それは緩やかな衰退を齎すことに繋がる。そうした行動の結果に何が起きたのかは過去の歴史が証明しているだけに、魔法師社会の中枢に近い立場を担う人間の役割は必然と大きくなる。

 

 無論、寝言や泣き言などは許されない。恩恵を受けている対価を示さねば、裏での影響力や便宜などにも大きく影響してくる。この点だけで言えば、七草家は自らの地位を高めつつも何とか魔法師にとっての利益となるよう模索していた。

 その対価として“四葉降ろし”というカードを用いていたことは一番問題だが。結局は七草弘一も四葉の存在に甘えていた一人であった、というべきだろう。

 




 今回のタイトルは蜘蛛の糸(九島烈)に縋りつこうとする者ども(師族会議)の構図の比喩です。働く意欲がある人間を止める権利はないにせよ、流石に魔法師とはいえ90歳ともなる人間を引退させるのが普通だと思うのです。

 恒星炉に関する概要をある程度形にしましたが、原作だと四葉系列の会社だけの部分を神楽坂・上泉系列の会社が先行して立ち上げた形です。
 そもそも、魔法師の育成を国策と言いながら就職先などの体制を構築しない政府にも問題がありますし、溢れてしまった魔法資質保有者を掬い上げるのが師族会議の役割だと自分は考えています。
 まあ、先人たちの名誉に甘えている部分が多すぎるがために、原作の師族会議体制がどこまで続くのか分かりませんが。

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