真夜との通話を終えた後、悠元は夕食をレンジで温めて食べ、使った食器を洗浄機にセットしてから自室で着替えを取ってから、そのまま浴室に向かった。達也たちは時間が時間なので今日は外食してから戻るらしい、と事前にメールを貰っていた。
「ふう……」
悠元は湯船に浸かって寛いでいた。いつもは聴覚制御を行うことで日常生活にも支障を来たすことはないが、こういう時は聴覚制御を切った状態で鋭敏な感覚を受けることで、自身の力を鍛える一助としていた。
いくら自身に備わった能力と言えども、使わなければ何の意味も持たない。悠元は自分にそう言い聞かせるように聴覚制御と向き合い、それを制御する術を会得した。身体能力に関する
すると、鋭敏な『耳』の感覚で司波家に帰ってきた三人―――達也、深雪、水波の存在を感じ取った。テーブルには書き置きを残しているので、それだけで事情を察してくれるだろう。悠元は三人が無事に帰ってきたということで一息吐いた。
だが、そんな彼の安息は一目散と言わんばかりに脱衣所へ駆け出す深雪の存在を感じ取った時点で終わりを告げたのだった。
◇ ◇ ◇
二十八家の若手を集めた会議の翌日、三矢家は厄介な客を迎えていた。
その客の名は、十山つかさ。国防陸軍情報部の女性士官で、軍名簿には『遠山つかさ』の名で登録されている。対外的に『遠山』を名乗っているのではなく、本名として届け出されている。
本来ならば就役上のルール違反以前の犯罪行為と咎められるべき案件だが、そのことを公に咎める者はいない。十山の名を隠して軍務に就くのは権力者の意向と軍の方針による部分が大きい。
市民にはその存在を知られず、政府要人の為にいざという時動ける状態にしておくことが、権力者によって求められている。
一方、三矢家は第三研の管理・運営という十師族としての仕事の他に、兵器ブローカーという裏の仕事をしている。魔法師としてではなく武器商人として世界の暗部に繋がる、という裏の顔を有する。それ故に、三矢家の人間は政府の暗黙の了解で外国勢力と交渉があり、密かに国外へ出かけることも少なくない。悠元が剛三に連れられても情報部以外の干渉を受けなかったのは、この部分が大きく影響している。
単に情報のみならず、時として外国の武装勢力へ兵器を供給し、日本政府にとって望ましい軍事行動を促す工作窓口としても機能している。
三矢家と国防軍は、ギブ・アンド・テイクという対等の関係ではなく、寧ろ軍の側が得ている利益が大きい。それでも、国防軍の
つかさは同じ二十八家の人間だ。十山家は十師族に選ばれたことがない(役割上選ばれることがない、とも言うが)から、十山家自体の序列は三矢家よりも下だ。しかし、国防軍の中枢と深くつながっているつかさを三矢家は疎かに扱うことが出来ない。それどころか、多少の無理を聞き遂げなければならないのが、三矢家と国防軍とつかさの関係であった。詩奈とつかさが顔見知りというのは、この関係の副産物でもある。
だが、その関係を壊したのは三矢家三男―――現在師族会議議長兼神楽坂家当主となった神楽坂悠元である。
彼は三矢家の意向という形で国防陸軍兵器開発部の魔法技術を用いた軍用装備の開発・解析を担当していたが、5年前の沖縄海戦で統合幕僚会議の要請に基づき国家非公認戦略級魔法師として参戦。その戦いの後、新たに設立された第101旅団独立魔装大隊の特務士官として配属された。
その事実を知った元老院四大老の一人にして悠元の義伯父にあたる東道青波が三矢と十山の関係性を壊すべく、三矢家の家業に対する表向きの理由を与えた。それを快く思わなかった十山家だったが、愚かにも同じ四大老である上泉剛三の屋敷に情報部主導の部隊が襲撃したことで、剛三の怒りを買って厳しい叱責を受けた。
本来ならば、悠元の事情からして三矢家が十山家に斟酌するという必要などない。それを知ってか知らずか訪れた客を無碍に追い返すのも十師族としての面子に関わってしまうため、三矢元は息子の元治を家業に集中するよう言い含めた上でつかさと対面した。
「お忙しいところすみません」
「いえ。それで如何なるご用件でしょうか」
元は事前に元治から若手会議の内容を聞かされていた。加えて、その会議に元継と悠元が出席しないという言伝も聞いていたため、つかさがどのような内容を述べるのかも大方予測がついていた。
「昨日の会議のことは聞きました。三矢殿は御存知ですか?」
「息子から事の詳細は聞いております。その会議が何か?」
元としては「無駄話をするのならば早く帰れ」と言いたい気分だが、つかさの話し方からして手早く済ませるつもりなどないようだ。十山家が欠席していたことも聞き及んでいる訳だが、『誰から聞いたのか』という疑問を片隅に置いた上でつかさの言葉を待った。
「和やかな雰囲気の中、たいそう親睦を深められたようですね」
「そのようですな」
「ただ残念なことに、最後の方で協調ムードを崩された方がいらっしゃったとか。その切っ掛けを三矢殿の息子さんが作ったとも聞いておりますが」
「……息子はただ、会議の目的がすり替わっているような雰囲気を疑問に思っただけで、息子に咎はありません」
そもそも、会議にすら参加していない十山家の人間に言われる筋合いなどない……と、元はその意味も含めての発言だが、肝心の相手はそれを意に介するような素振りを見せなかった。
「四葉殿は会食にも参加されなかったようですが」
「既に先約があって出席できなかった、とのことだそうです」
元の意思としては、どうにもつかさもとい十山家と四葉家が争うような素振りを見せていることだった。それに、この人物の為人は嫌というほど知っている為、つかさが―――国防軍情報部が何を目論んでいるのかを“四葉”という単語で察してしまっていた。
達也の振る舞いを問題とするならば、会食に参加しなかった三矢家や六塚家、一条家に一色家、それに七宝家も問題の槍玉に挙げられることとなるだけに尚更だった。
「司波達也さんの非協調的な態度については、我々も懸念しております」
「我々というと、国防軍ですか?」
「そうです。私どものセクションとしては、司波達也さんが治安維持の妨げにならないかどうか、テストしてみる必要があると感じています」
国防軍という広義的な単語であったが、正確には国防軍情報部だということを元も把握している。何せ、血縁上の息子の一人は国防軍の上級将校にいるから尚更だ。
それに、元はパラサイト事件の際に達也と直接面会している。その時の会話は沖縄のことを抜きにした上での会話だが、達也が自ら望んで秩序を壊すような性格には見えなかった。それに加えて悠元と親交があることからしても、彼がつかさの懸念が意図するような人物には思えなかった。
「司波達也殿は軍人ではありません。国防軍に、そんな権限はないでしょう。無論十師族にも、十山家にも四葉家の人間をテストする権限などない」
つかさの一方的な結論に対して元は強い口調で断言するように述べた。だが、つかさの出した結論が覆ることは無かった。
「権限はありませんが、テストは出来ますでしょう?」
「……十山さんは、我々に何をお求めなのですか?」
心が一切籠っていない笑顔を浮かべるつかさに対し、元は彼女の要求を聞くこととした。叶えるか否かはまだしも、聞くだけならばまだ共犯の領域に含まれないと判断して。
「私たちの演習に詩奈ちゃんを貸してほしいんですよ。演習と言っても、何も危ないことはありません。それに、詩奈ちゃんの許可は得ていますから」
つかさの要求に元は内心で舌打ちした。十山家と三矢家の諍いの件は家族で言えば当主の元と妻の詩歩に次期当主の元治、当事者側となる元継、悠元、詩鶴、佳奈、美嘉しか知らない。詩奈には時期を見た上で十山家のことを打ち明ける予定だったが、それが仇となった。
「どうせ私に拒否権など無いのでしょう」
「そんなことはありません。私は三矢さんに、快く協力していただきたいと思っております」
白々しいと表現するほかにないつかさの言い種に、元は表情を強張らせた。危うく舌打ちが出そうになったものの、元は深く一息吐いた上でつかさにこう告げた。
「……一つお伺いする。今回の件、私の息子は当然知っているのだろうな?」
「いえ、知りません。詩奈ちゃんにも彼に伝えないようにしてもらうのが協力の条件ですから」
つかさが帰った後、元はソファーに身を預けるような恰好で深く座り込んだ。そして、元は執務室の天井を見上げていた。
「……何も分かっていないのはお前の方だ、十山つかさ」
元がそう呟いたのは、先程つかさに投げかけた質問に起因する。
彼女の価値観など、所詮は十山家のものではなくその背後にいる人間の価値観でしかない。それに、いくら情報を制限しようとも彼がそれを認識した時点で全てが破綻する。他ならぬ父親として息子の規格外さを一番味わったからこそ、彼女の思惑などとうに意味を成さない。
すると、扉が開いて元治が姿を見せた。
「父さん、十山さんはお帰りになられたのですか?」
「ああ……詩奈を使って四葉家の人間をテストする、その企みに巻き込まれてしまった」
「そんなことが……どうします、元継や悠元に伝えますか?」
元治は既に三矢の家を出た弟たちの名を出した。だが、元はその問いかけに対して首を横に振った。
「それはマズい。元継や悠元は既に三矢の人間ではないのだ。家族としての付き合いならばまだしも、家として距離を置くというスタンスを崩すのは宜しくない」
「ですが……」
「それに元治。詩奈に何かあった時、下の五人が動かないという保証がどこにある?」
「あー、成程」
元治の脳裏に過ったのは、元継、詩鶴、佳奈、美嘉、そして悠元の行動原理であった。詩奈はアリサを養子に迎えるまで末っ子として家族皆に可愛がられており、その詩奈が危ない目に遭ったとなれば、理由の如何に拘わらず動くこととなる。その時点で上泉家と神楽坂家の現当主を巻き込んでいることからして大事だ。
「あの五人の実力は三矢の人間として飛び抜けている。加えて詩奈だが……義父殿の報告によれば、魔法武術だけで言えば奧伝に踏み込みつつあるそうだ」
「……はい?」
元治の言葉は、正しく元が最初に聞いたときの心境そのものだった。剛三の実力と見識を疑うわけではないが、よもや詩奈が悠元に次ぐだけの資質を有していることに複雑な心境を抱いていた。不幸中の幸いなのは、侍郎という嫁ぎ先がいることぐらいだろう。
「色々驚きもありますが、仮に彼らが暴れたら国防軍との関係が悪化しませんか?」
「それなのだがな……空軍と海軍からは先日の会議を機と見たのか、内密に兵器購入の打診が来ていた」
周辺国家と比べると陸海空の連携が問われる比率が高い日本の軍隊。国防軍内でも魔法師の確保競争が激化しており、とりわけその槍玉に挙げられるのは陸軍所属の第101旅団・独立魔装大隊になる。
海軍と空軍は南盾島の件の汚名返上に加え、就役した二隻の空母に関する事情もあり、軍人魔法師との繋がりが深い三矢家に兵器関連の仲介を頼むことで、仮に陸軍との折り合いが悪くなっても独力で切り抜けるだけの戦力を確保する意味も含まれる。
「悠元―――神楽坂殿から頼まれている部分を補完する意味でも彼らの打診は無碍に出来ない。私が今後悩むことがあるとすれば、彼らが黒幕の十山家の屋敷ごと破壊しないことを祈りたい」
「……」
元の述べたことが、現実離れしつつも実現の可能性が極めて高いということを鑑みた結果、「詩奈に対する報復としてやりかねない」と元治は冷や汗を流していたのだった。
◇ ◇ ◇
一高の放課後、悠元はのんびり図書館で魔法に関する蔵書を漁っていた。瞬間記憶能力を有する弊害として僅か1年でここにある蔵書や資料の全てを記憶してしまったわけだが、気分の問題でもあった。
すると、静かに蔵書を読んでいた悠元のもとに一人の女子生徒が近付く。制服は一高のものだが、在籍は三高の女子生徒―――四十九院沓子であった。
「悠元、ここにおったのか」
「沓子か。呼び出しか?」
「そういうわけではないのじゃが、会頭であるお主がここにおってよいのか?」
普通ならば学校三役の一角が見回ったりすることもなく図書館にいるというのもおかしな話だろう。だが、ここには悠元だけが抱える事情というものが介在していた。ここで話をするのも他の利用者に迷惑が掛かる為、カフェテリアに移動して飲み物が置かれてから話し始めた。
「三高はどうだか知らんが、俺がいると他の面子が恐縮し過ぎて活動にも支障が出かねない。別に敬ってくれるのは構わんが、その原因の一端がな」
「その言葉だけで大体予測できてしまうのが悲しい性じゃのう」
悠元が深雪の“抑止力”という側面を有している為、副会頭以下の面々が悠元の機嫌を損ねたくないという意味が理解できなくもない。それに加えて、悠元の姉たちが築き上げてしまった三矢家の噂がそれに拍車をかけていた。
「悪さをしなければ、誰だろうと叱りもしないし咎めもしない。魔法師以前に人として当たり前のことなのに、それが出来ていない奴が多すぎる」
仮にそれが出来ていたのならば、詩鶴が高校2年の時に起きた生徒会長選挙傷害事件も起きなかったし、一科生と二科生の争いを強引に止めた美嘉が退学騒ぎに巻き込まれることもなかったし、佳奈が二つの事件の当事者として関与することもなかった。
三矢家が十師族として真っ当な評価を得られていただけに、魔法科高校に入学する生徒の稚拙さにはほとほと呆れ返ってしまう。
「正当な理由での競争の結果として怪我が発生したのならば別にいいが、衝動的な理由や競争というには程遠い理由で発生したとなれば別だ。魔法を修得する前に“心”を鍛えるべきだと思うのだがな。義務教育で道徳が蔑ろにされているとしか思えん」
「ううむ、そう言われると否定できぬの」
魔法を使うために必要不可欠なのは“
沓子は百家でありながらも古式の慣習を熟知しており、悠元から魔法力に関する訓練を受けている身としても彼の辛辣な発言には説得力があると感じていた。
三矢家と十山家関連は元治の会話の部分を引っこ抜いて、元とつかさの会話にしています。彼女にロクでもないフラグが立っているからこそ、元は共犯者というより“傍観者”に近い立ち位置となります。何も知らされない国防軍の軍人たちの運命は決まりました……恨むなら、十山つかさを恨め。私は知らん(ぇ