魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

405 / 551
苦労を背負う若人たち

 悠元と沓子がカフェテリアで話していると、もう一人の女子生徒が近付いてきた。所属は第三高校だが第一高校に“聴講生”という形で在籍しており、悠元の婚約者の一人である一色愛梨であった。

 

「あら、悠元さんに沓子。逢引きですか?」

「逢引きって……概ね間違っていないところが悲しい性だが」

 

 元々四人テーブルのところに二人が向かい合う形で座っていたため、愛梨は悠元の隣に座った。沓子はやや不満げだったが、婚約者に嫌われたくないということでその心情を心の奥底に仕舞い込んだ。

 またフォローする一件が増えたと思いながら、悠元は愛梨に話しかけた。

 

「そういえば、愛梨は昨日の会議に参加していたんだよな。率直な意見として、どう見えた?」

「昨日のことですか……七草殿が些か増長しているように見えましたわ」

 

 ここにいる三人の中で若手会議に参加したのは愛梨だけだ。最初、愛梨も出席する予定ではなかったが、次期当主の長男が防衛大学校に在籍しているという理由で出席できないという理由を聞かされ、正直首を傾げたという。

 

「本来ならば、防衛大学校に在籍していても一部の事例を除いて軍籍を持っている扱いという訳ではありませんもの。結局、魔法科高校に在籍している私が東京に居るという理由で出席するように言い付かりましたが」

「愛梨も大変じゃのう」

「その程度ならばまだいいのです。問題は……七草殿が深雪さんを神輿として推した際、誰しもが責任を負いたがらないように見えてしまったことです」

 

 昨日の会議において、深雪を神輿として担ぎ出そうとしたことは達也の強硬な反対で頓挫した。

 そもそもの話、非魔法師の魔法師に対する恐怖を完全に取り除くことが極めて難しいことは誰しもが理解している。だからといって、国防や治安維持という観点で既に活躍している魔法師に対する批判を削ぐような対策も取っていないことは、許されることではない。折角一般社会に溶け込んでいるというのに、自分の家の名に甘えている人間が多すぎるのも問題だろう。

 

「……愛梨に前もって話しておくが、今月最終週の日曜に護人・師族二十八家の若手会議を開く。既に招待状は送付した」

「会議をですか?」

「昨日の会議に俺と兄がいなかったのは、前以て政府の要人と会談する予定が立っていたからだ。自分がいない時に他人の婚約者を担ぎ上げようとした人間を纏めて“説教”しなきゃならん」

 

 事前に得た情報で若手会議が物別れに終わるのは目に見えていた。なので、招待状については若手会議が開催される間に全て書き上げ、魔法協会経由で既に送付している。今度は横浜ではなく箱根の神坂グループが運営するリゾートホテルで、既に会場と宿泊先は抑えている。

 参加者については昨日の若手会議に準じる形としているが、今回の招集は師族会議議長としての招集であり、護人及び師族二十八家には出席の()()が生じる。愛梨に話したのは、一色家の代表として出てもらうためでもあった。

 

「すまないが、愛梨には一色家の代表として指名させてもらった」

「……はあ、実家と縁を切る方法はないものでしょうか」

「それこそ、一色の名を捨てる方法でしか実現できぬぞ」

「そうなりますわよね。栞が羨ましく思えてきましたわ」

 

 正直、十代半ば過ぎの人間が年上の師族二十八家の人間が集う会議で説教するというのもおかしな話だし、『若造如きが何をぬかす』と反発する可能性もある。だが、表沙汰にしていない部分での功績からすれば、同年代の護人・師族二十八家において間違いなく群を抜いている。

 西EUの一角であるフランスを味方につけ、南アメリカおよびアフリカの国家形成の遠因であり、四葉絡みでは国際的な犯罪組織である『ブランシュ』や『無頭竜』に深く関与していた顧傑を生かして拘束した。更に言えば、USNAの過去の遺産による全面的な核戦争を回避せしめた張本人でもある。

 

「若手会議が何かを決めずに課題として持ち帰り、今後も定期的に話し合うことで非魔法師の支持を得る方法を模索するというのであれば、会議を開くつもりは無かった。だが、結果はご覧の有様だ」

「そもそも、どうやって支持を得るというのですか?」

「出来なくはないと思うぞ?」

 

 その一端のヒントは九校戦に他ならない。創作物において、定められたルールの中で技量の優れた人間同士が競い合うということはいくつでも存在する。魔法の秘匿性という問題はあるのだろうが、既に下地があるのならばそれを生かす方法や手段を考えていけばいい。

 

「例えば、魔法競技をプロリーグにして興行すること。魔法師からは『我々は見世物ではない!』と反発する人間がいるだろうが、だったらプロのアスリートに対して同じ意見が言えるのか? ということになる」

 

 魔法師をスタントマンなどに起用することで芸能方面の分野を広げる人間はいるが、それだって裏を返せばかなりのリスクを負っていることに他ならない。とりわけ、魔法師は魔法の実力が伴うほどに容姿も良く、画面映えはするだろうが一方で要らぬやっかみや妬み、恨みを買う可能性が極めて高くなる。

 魔法を秘密にしたいのならば隠せばいいだけだし、ルールで定める魔法だって人を殺傷するようなものは確実に弾かれる。ようはものの考え方でどうにでもなるし、魔法の可視化技術はすでに実現している。『無頭竜』のように審判を買収する可能性はあるだろうが、そこについての全面的な責任の所在は追々考えていくし、必要であれば神楽坂家と上泉家で責任を負う。最悪、裏家業という形で四葉家に依頼して消すことも必要だろう。

 

「同じ見世物でも、過激な方向に走ることも少なくない芸能分野に比べれば、魔法競技はルールという規則で制限することが十分に可能だ。反魔法主義とかの反発というリスクはどうせ避けられないのなら、大半の民衆を熱狂させることで実体経済への寄与に貢献するという方向性に舵を切る」

 

 エンターテイメント分野で盛り上げれば、メディアも下手に反魔法主義を論調として書くことよりも利益を優先する。その結果として魔法師に対する批判を抑えるという点では智一と悠元の結論は一致している。

 だが、その過程で生じる責任の所在を提案者ではなく神輿として担ぎ上げられた側が責任を負い、提唱者との同調圧力に屈した側が何の責任も負わないという智一の描いた構図は極めて危険としか言いようがない。

 

「そこまで考えているのは、同年代でも多分悠元さんぐらいでしょう……私も勉強不足ですわ」

「いや、本来は大人たちが考えなきゃいけないことなんだがな」

「ゆくゆくはわしらに降り掛かってくると思うと、他人事ではいられぬの」

 

 余談だが、次の若手会議にはオブザーバーとして参加していた光宣にも出てもらうだけでなく、治安維持の役職に就いている魔法師ということで千葉寿和にも参加してもらうことにした。実際の職に就いている現役警察官の意見は決して無視できないし、率直な意見を出してもらうことで師族二十八家体制も本格的に刷新していく。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 その翌日、悠元は東京の上泉家別邸に赴いていた。

 新陰流剣武術の師範ということで武術指導をしつつ、鍛錬をしている茉莉花とアリサの様子を見るためでもあった。いくら婚約者とはいえ、悠元も武術の教練に関しては一切手を抜かない。とりわけ魔法師は襲われるリスクが高くなるだけに、一挙手一投足を見逃すことなく二人の鍛錬を見ていた。

 すると、人の“存在”を感じた悠元は近くにいた師範代にその場を任せて中庭に出ると、見るからに“くノ一”と言わんばかりの恰好をした少女がその場に控えていた。

 

「神楽坂様、“星見”からでございます」

「拝見する。……委細は承知した、とお伝え願いたい」

 

 悠元の答えに“はっ”と短く答え、その少女は気配を偽って姿を消した。神楽坂家が風魔一族を保護したことは知っていたが、恐らく彼女もその一族の末裔なのだろう。

 ただ、いくら空気抵抗や障害物による妨害を受けないためとはいえ、体のラインがハッキリ出る戦闘用スーツは如何なものかと思う……複数の婚約者がいる手前、欲情する気など皆無だが。

 そんな個人的な感想はともかく、彼女から届けられた紙に目を通して天神魔法で燃やし尽くした。

 

(情報部が動いた。事前情報から察するに、目標はUSNAから潜入した部隊か……大統領に思わず同情するな)

 

 USNA自体が政府と軍で異なる意見を有している状態で、この結果として起こったのが二度目のマイクロブラックホール実験だった。そもそもの話、同盟関係にある国の戦力を落とそうとした時点で国の面子などないに等しい。

 相手の戦略級魔法を無力化することに躍起になっている理由は察するが、それだったら相手の落としどころを探るのが理に適っているだろうと思う。あの時、セリアが慌てて出ていったのはUSNA軍の事情に巻き込みたくないという思惑あってこそだろう。

 仮にその情報をUSNA側に流したところで、今度は情報部がこちらの関与を疑って探りを入れてくるのが目に見えている。なので、今回は情報部の動きに目を瞑るしかない。だが、何もしないというわけではない。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 その日の夜、幕張新都心にある『マクシミリアン・デバイス』の日本工場(実態は工場の一部しか稼働しておらず、USNA軍の日本における工作拠点)が襲撃された。ニュースとして表沙汰になることはなかったが、その情報は直ぐに悠元とセリアの知るところとなった。

 

「予想通りになっちゃったね」

「まったくだな。騒がないのか?」

「今騒いでも何も解決しないからね……悲しんでほしかった?」

「よし、いい度胸だ」

「ニャー! コブラツイストー!?」

 

 シリアスという空気が何処へ消えたことはさて置き、マンションの悠元の自室で一緒に居た悠元とセリアはUSNAの工作部隊が国防軍情報部の諜報部隊に襲撃を受けた事実は掴んだものの、当事者に近い立場のセリアは特段悲しむ様子を見せなかった。

 セリアとて別に薄情というわけではないし、シルヴィアが捕まってしまったことについても複雑な表情を見せていた。それを誤魔化すための冗談だと理解しつつも悠元は容赦なく関節技を掛けた。

 

「今すぐに事態を解決させるのは難しい。今頃リーナが達也に懇願しているだろうが、状況が整えば直ぐにでも救出する」

 

 単に、情報部が裏で動くことによって達也へ恩義を売る行為ならばまだしも、彼らを内密にUSNAへ送り返すというつもりはないようだ。正直なところ、セリアから聞いた原作におけるUSNA軍の顛末からするに、この一件もUSNA軍を意固地にさせてしまった原因なのではないか、と思う。

 

「状況が整うのは?」

「USNA軍およびUSNA政府が揃って、今後日本の戦略級魔法を無力化するような行為の禁止をヴァージニア・バランス大佐が明言すること」

「口約束だと破りそうなんだけれど」

「別に構わん。リーナを本格的にこちら側へ引き込むためにも、『ヘビィ・メタル・バースト』をUSNAに返して新たな戦略級魔法を渡す。セリアにも渡すから」

 

 リーナの帰属問題で一番厄介なのは、戦略級魔法『ヘビィ・メタル・バースト』と『ブリオネイク』の存在だ。なので、それらをUSNAに返した上で新たな戦略級魔法をリーナとセリアに渡す腹積もりでいた。

 

「そんなにホイホイと戦略級魔法を生み出しちゃうお兄ちゃんって、やっぱ前世の兄さんの気質が乗り移ったんじゃない?」 

「否定できる材料が皆無過ぎるんだが……子と孫、曾孫に囲まれて大往生しやがらないとマジで許さねえ。てか、それを今更言うのもおかしな話だが」

「お兄ちゃんがそれになりそうだからね」

「……」

 

 久しぶりに出てきた前世の家族の存在に、悠元は正直感謝すべきか悲しむべきか怒るべきか分からなかった。そして、セリアのとどめとも言える台詞に対し、悠元は黙らせる意味でもセリアをベッドに押し倒した。

 

「いやん、今日は積極的なお兄ちゃん。きゃーたべられちゃうー」

「めっちゃ棒読みで説得力が皆無なんだが」

「二人きりの時点で興奮しちゃってました」

 

 結局、二人が熱い夜を過ごしたのは言うまでもないことであった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 魔法大学は教育内容が特殊だが、そこに属する学生のキャンパスライフまで一律に特殊というわけではない。カフェテリアの会話が魔法関連に傾いてしまうのは魔法大学らしいとも言えるべき傾向だが、自由を謳歌できない理由にはなり得ない。

 そのカフェテリアの一角で文庫本程度の大きさの書籍をテーブルに置いて眺めている女子大生―――背丈のせいでそういう風に見られないこともあるが―――がいる席に、一人の男性が近付く。

 

「七草、少しいいか?」

「あら、十文字君。別にいいけど、もう私は七草の姓じゃないわよ」

「む、すまん」

 

 若手会議があった日、真由美は都内の高級料亭で二木家当主・二木舞衣と会談し、正式に養女として七草家長女という肩書から二木家次女という立場に代わった。魔法大学にも既に手続きは済んでおり、二木(ふたつぎ)真由美(まゆみ)と名乗ることとなる。

 今まで七草の名で呼ばれていたことに加え、養女の件は既に他の師族へ通知されていたものの、克人からすれば呼び慣れた相手の名が変わったことに慣れないのも無理はない、と真由美は申し訳なさそうにしている克人に対して少しからかい気味な口調で話した。

 

「別にそこまで深刻にしなくてもいいんだけれど。それで、何かあったの?」

「そうだな……」

(ここじゃ話せないことかしら? 大方の予想は付くけれど)

 

 克人の様子を見るに、どうやらカフェテリアで相談するにも憚られる内容というのは真由美もすぐに察した。なので、その場で詳しい事情を聴くことは避けることにしつつ、克人の言葉を待った。

 

「手間を掛けるが、駅前の『寂存(ジャクソン)』という喫茶店を知っているか?」

「あの店なら、つぐみんが気に入っている店だから何回か行ってるけど」

「その店の二階に五時半で」

「うん、了解よ」

 

 話したいことを終えたのか、克人は黙ってその場を後にした。その後ろ姿を見た真由美はというと、背負っているもののオーラからして、とても同い年のそれとは思えぬような重しが圧し掛かっているように見えた。

 

「……十文字君も苦労しているのね」

 

 本を読むことと克人との話で夢中になり、すっかり冷めきってしまったコーヒーを一気に飲み干すと、真由美はゆっくりと立ち上がって本を手に取り、その場を後にしたのだった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。